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緊急事態2

―――7月19日アルトリア基地


「大森林で攻撃を受けた?」

伊藤は上がって来た報告に首を傾げた。

未開の地であるとは聞いていた為、人が居るとは思っていなかったのだ。

「はい、また田淵直人軍曹が戦死しました」

その報告の方が衝撃的だった。

何せ能力的問題はあるにせよ自分の部下に戦死者が出たのだ。

それは旧王国との戦いでも出なかった物なのだ。

まさか、と言う思いの方が強い。

「攻撃を受けた状況は?」

伊藤はそう聞いた物の全く要領を得ない報告を聞かされただけだった。

曰く、田淵が幻聴を聞き出したかと思うと発砲、直後・・・。

これでは何を言っているかさえ疑わしい。

「薬でもやってたのか?」

あり得ないとは思うがそう言わざる得ない報告なのだ。

「薬物反応はありません。ただ、弓矢による攻撃があったのは事実です」

部下の報告に伊藤は腕を組んで考え込む。

しばらくして報告書を手に帰還した二人の元に足を運んだ。


数時間後、事情聴取を終えた伊藤は漸く幾つかの事態を把握した。

それはかなり面倒な問題だ。

「司令と北野さんに報告しなければならないな」

そう呟くと、聴取結果を報告書として出すように部下に伝えると自室に足を向けた。



―――シバリア行政府。


しばらくシバリアに釘付けとなっていた北野は行政府に日本の省庁から派遣されてきた官僚に引き継ぎを済ませ帰ろうとしていた。

宿泊先に行って体を休めたら明日にはアルトリア基地、忙しい身の上だ。

「ああ、そう言えば今晩は夕食に誘われていたな」

北野は思い出した様に時計を見る。


午後5時半、今から行けば間に合うか?


そんなことを思いながら車に乗り込む。

そこに行政府の人間が走ってくる。

それを見た北野はまだ何かあったかな?

と思いながら窓を開けた。

「どうかしましたか?」

何気無い一言だったが、アルトリア基地からの報告に北野は呆れ返らざる得なかった。

「・・・明日の朝一に連絡機を使います。準備しといてください」

流石に今日これからは無理があるので翌朝にアルトリアに向かうと伝えると北野は夕食に招待されている迎賓館に向かった。

「・・・この大変な時期によくもまあ・・・」

死んだ人間には悪いが何をやっているのか?と無理矢理にでも問いただしたくなる。

「漸くシバリアも安定してきたのに・・・これは厄介だな」

そう言いながら新たに遭遇した森の現地人に興味があった北野は、ついでに夕食会で何かしらの情報を得ようと思った。


カトレーアが少ない予算をやりくりして行われた夕食会は質素なものだった。

だが、元々日本としても冷遇するつもりも無いので変に贅沢をしなければそこまで苦労する筈のない予算を割出していたはずだった。

が、予想してなかった事だったのだが、カトレーアは王族の立場(あくまでも今は元王族扱い)であるにも関わらず慈善事業家だった事だ。

その為、迎賓館は身寄りの無い子供たちがたくさんいた。

また元近衛だった騎士たちは今や簡単な武装(戦闘用とは言いがたい剣など)を持ったカトレーア専属のSP(要人警護官)となっていたのでその彼等にも少ない予算を割いていたのだ。


(これは予算配分を考え直す必要があるな)


流石に元王族であったカトレーアを粗末に扱っては要らぬ誤解を招きかねない。

そう言う意味では彼女もまた厄介な存在ではある。

しかし、当の本人からすれば王族と言う重荷から解き放たれた解放感と日々の充実感から気になってはいない。

「カトレーア嬢、もし不自由がありましたらお申し付け下さい。出来る限り便宜を図りますよ」

北野の言葉にカトレーアは首を振った。

「いえ、私は貴殿方に助けて貰うばかりで何もして差し上げられません。ですからこのままで良いのです」

時に無欲は如何なる知謀であろうと太刀打ち出来ない。

それをまざまざと見せ付けられた思いだ。


(ある意味、彼女が彼女の幸せを掴むまでは日本が責任を持たねばならないな)


自分たちの都合でこの国を滅ぼした以上は、偽善であれ自己満足であれやらねばならないと思っていた。


後日、北野はこれにより自分自身の身の振り方を真剣に悩まねばならなくなる。


それはさておき、北野もただ食事をして終わりには出来ない。

ダメで元々でも大森林について知ってる限りの事を聞かねばならないのだ。

「時にカトレーア嬢、一つお伺いしたいのですが?」

畏まった北野にカトレーアは笑顔で楽にしてください、と言った。

「それで、何をお話すればいいですか?」

愛嬌のあるカトレーアに北野は不躾ながら大森林について聞いてみた。

「アルトリア北部の大森林ですが、人が住んでいるとか何か聞いた事はありませんか?」

いくら何でもこれは無駄かな?

と北野は思ったが意外な事に返答があった。

「大森林ですか?たしか何年か前に大森林に進軍した国がありましたわ」

その答えに北野の目が鋭くなる。

口の悪い知り合いからすれば「あの目の時は悪巧みか陰湿な事を考えてる」となるが、北野をよく知る者からすれば「ああなったら北野は最善と言える思考をする」となるから不思議だ。

ただしカトレーアからすればまた別だ。

(お仕事の事ですね)

ちょっと寂しさを感じるカトレーアだが、男とは時に全てを捨てて大義に生きる事を知っている。

だから何も言わなかったし態度にも出さなかった。

「いや、失礼しました。ちょっと問題が起きてましてね」

ただしカトレーアの誤算は北野自身、勘の鋭い人物のためバレバレである事だ。

しかし、ここで北野はミスを犯した。

事もあろうに問題が起きている事を暴露してしまったのだ。

これには直ぐに気付いたが今更だ。

(私もまだまだ、だな)

ため息を吐きたいのを我慢しながら北野は己のミスを悔いる。

「問題ですか?」

やはりそこは突いてくるよな。

北野はカトレーアが外交や政治に疎いが感覚だけで本質を突いてくるだけの能力がある事を初めてあった時から知っていた。

「と、なればやはりエルフ絡みですね」

カトレーアはSPの一人が持ってきた紅茶(この世界にも品種が違うが紅茶があった)を口に運びながら言う。

「エルフ?」

ファンタジー小説とかに出てくるあれか?と北野は想像する。

「エルフは森の賢者とも言われる種族です。見た目は人で違いは耳くらいですね」

その説明に北野はまんまファンタジー小説だな、と思いながらも耳を傾けていた。

「何年か前に大森林に進軍した国はエルフと争い敗北した、と聞き及んでいます」

敗北と聞いた北野はエルフと呼ばれる種族はかなり強力な戦闘能力を持つのだなと感じた。

「エルフ・・・ですか・・・やはり何百年も生きるのでしょうねぇ」

半分独り言だが、その通りなら根の深い問題になりかねない。

だが、カトレーアは意外な言葉を発した。

「たしかに長生きですが、せいぜい150年くらいですよ?」

流石に自分のファンタジーに対する知識が何ら役に立たない事を実感せざるえない。

普通エルフと言えば何百年も生きる森の妖精と描かれるからだ。

「人より少し長生きなだけですよ」

そう言われた北野はまだ何とかなるかも知れないと思った。

「なるほど、それは良い事をお聞きしました。いや、我々の常識が通用しないとは分かってましたがここまでとは」

笑いながらそうは言ったものの、北野は心底痛感していた。

「そうですね。私たちも私たちの常識以外は存在しないと思ってました。貴殿方と出会うまでは・・・」

そう呟くカトレーアに北野は罪悪感が浮かぶが直ぐに打ち消した。

彼女らには悪いが北野ら日本人に取って日本の命運が何よりも優先されるのだ。

それは残念ながら事実であり、日本が転移してきた以上は運命と言わざるを得なかった。

「さて、貴重なお話をお伺い出来ましたし、今日はここらでおいとまさせていただきます」

北野はそう言って席を立った。

カトレーアも席を立って北野を見送るために正面玄関へと歩き出す。

「今度、時間が作れれば此方がご招待させて頂きますよ」

北野はそういうと会釈した。

「楽しみにさせて頂きます」

カトレーアもそう言って会釈する。

北野はそのまま外に止めてある車に乗り込むと迎賓館を後にした。


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