緊急事態
さて、これより大陸の話に戻ります。
休暇中の高橋たちは出てきませんが、大陸で起きた問題に日本はどう対応するのか?
と言うお話になります。
では第17話「緊急事態」お楽しみください。
―――同日、アルトリア北部、大森林地帯近郊。
この地域に派遣された田淵は不満だった。
田淵自身のミスだったが、初戦を飾った高橋たちに比べ、指揮放棄の行動が問題視されずっと後方で補給科だったのだ。
今回は名誉挽回として送り出されたが、そんな事よりも次の昇進試験が気になっていた。
とは言え、試験を受けるにしても今のままでは昇進など無理だ。
だからこの森林地帯に来たのだが、遠くから観測し変化があったら報告しろ、と言う厄介者扱いだったのだ。
「何故俺がこんな・・・」
一人もんもんとしながらも、平地から大森林を観測し続けていた。
高機動車が使えるのは良いが、結局田淵に与えられた任務は任務と言える様な内容ではなかった。
「班長、今日も異常はありませんね」
部下の一人がそう田淵に声をかけた。
連れている部下二人は田淵のミスを知らない。
しかし、だからこそ不幸だったのかも知れない。
「異常なんかあるものか」
吐き捨てる様に言うとまた大森林を見る。
だが、ここでふつふつと田淵に欲が生まれてきた。
(この時代遅れの世界では自衛隊は無敵だ。ならもっと接近しても良いんじゃないか?)
万が一の時にまた責任問題になりかねないのだが、田淵は現代技術で武装した自衛隊が野蛮な原始人に負けるものか、と言う感覚に捕らわれた。
今の日本の状況を客観的に見るなら、新しい問題は出すべきではない。
未知の領域に対してなら慎重になるべきだ。
だが、一度失敗している田淵は、今度は何かしらの成果が必要だと思ったのだ。
「もう少し近づくぞ」
突然の田淵の命令に部下は当然ながら慌てた。
「し、しかし我々は現在地で・・・」
だが、田淵は聞く耳を持たなかった。
自身の現在の立場に対して焦りが田淵にそうさせたのかも知れない。
「言われた事をそのままやってたら何時までも使いっ走りだぞ!」
怒鳴り付けながら早く動かせ、とばかりに蹴飛ばした。
部下二人は顔を見合せながら渋々車両を大森林に向けて走らせる。
背の高い草が視界を限定し、彼等の侵入を阻むが特に邪魔になる物もなく高機動車はどんどんと近付いていく。
田淵は上のハッチを開いて身を乗り出した。
「ふん、こんな簡単な任務に何時までも関わってられるか」
そう言って不敵な笑みを浮かべたが、それは自らが築いた実績からではなく、他人が必死に築いた自衛隊の実績によしかかった慢心でしかない事に彼が気付くことはなかった。
また、彼等が大森林を監視すると同時に、彼等自身もまた監視されていることにも気付かなかったのは不幸だった。
大森林の目の前に着いた彼等は、一先ずこれ以上の接近をやめ観測に入った。
高機動車の上部から上半身を出しながら双眼鏡を覗く田淵だったが、大森林の異様な静けさが気になった。
「やけに静かだな・・・?」
そう言いながら大森林を見る。
遠目では分からなかったが、以外と茂みが少なく車両でも入れる事が分かった。
「これならまだ行けるな」
そう言って田淵は更に前進を命じる。
だが、流石に二人の部下は嫌がった。
「何があるか分からない以上は不用意に入るべきでは・・・」
慎重な意見を田淵は一笑に付した。
「怖いだけだろ。なんならここから徒歩で帰ってもいいのだぞ?」
逆らう事は許さない口調に部下はため息を吐いた。
仕方なくそのまま前進を開始した。
森の中で方向感覚を見失わない様に慎重に車両を進める。
「何もないじゃないか」
軽く笑いながら堂々とする田淵にそれはやって来た。
「警告する!」
突然耳元で聞こえる厳しい声に田淵は度肝を抜かれた。
「な!?」
思わず周囲を見るが何も見当たらない。
「今誰か何か言ったか!?」
田淵にいきなり怒鳴られ部下は二人とも怪訝な表情だ。
「は?いえ、何も・・・」
「誰も何も言ってませんが?」
ばかな、自分だけにしか聞こえなかったとでも言うのか!?
田淵は狼狽えながらも周囲を見張る。
するともう一度先ほどの声が聞こえた。
「警告する!これより先は我等森の民の領域!直ちに出ていけ!」
またも警告の声が聞こえた。
田淵は今度こそと思い下の部下に声をかけたが二人は田淵の頭がおかしくなったのでは?と言った目を向けただけだった。
(そんな馬鹿な・・・)
二人の様子に田淵はキョロキョロと落ち着き無く見回したが、何も見付けられなかった。
「班長、もう気がすみましたか?」
明らかに馬鹿にした様子になった部下に田淵は愕然としていた。
その時、視界に何か動く者を見付けた。
田淵は9mm拳銃を抜くと安全装置を解除、スライドを引き初弾を装填する。
田淵の行動に危機的な物を感じた部下は即座に動こうと身をよじった時、田淵が木の上の動く何かに向けて9mm拳銃を発砲した。
乾いた破裂音が数回森の中に響き渡り、木の上の何かが落下した。
「はぁはぁはぁ・・・ざまぁ見ろ・・・」
田淵は血走った目で落ちた何かを凝視した。
それは粗末な服装の人に見えた。
田淵はまだ息のある人に止めを差そうと9mm拳銃を再び向けた。
ドスッと言う鈍い音が田淵の拳銃を持った腕から聞こえてきた。
田淵が自分の腕に目を向けると一本の矢が突き刺さっていた。
「う、うわぁぁ!」
まさかの事態に田淵が悲鳴をあげる。
だが、その田淵を待っていたのは無数の矢が自分に向けて飛んでくる光景だった。
「うわぁ!?」
「班長!?」
上半身の至るところに矢を浴びた田淵が車内に崩れ落ちてくる。
二人は田淵の状態から、田淵にもう息が無い事を知ると直ちに高機動車を発進させ、元来た道に引き返して行った。
森を抜けるまで高機動車を叩く金属音がなり続けたが二人はそんな事よりも早くここから逃げ出したかった。
田淵は自衛隊最初の戦死者として名を知られることになる。