レノン占領と王国の終焉2
食事の後にミューリから聞かされた情報は確かに重要な物だった。
それが為に高橋は部隊を引き連れて街を一望出来る丘に上がりその様子を偵察する。
「なるほど、街の背後に色々集まっているな」
高橋は双眼鏡を覗きこみながら呟いた。
しかし、物資の集積が上手く行ってないのか、それとも別の理由でかは分からないが未だに脱出と言う事にはなっていない様だった。
「王族がいるなら確保した方が良いんだっけ?」
横の井上の言葉に高橋は頭を横に振る。
必ずしも王族の身柄は必要ない。
別に傀儡政権を打ち立てたり民衆を宥める道具にする気が無いからだ。
あくまでもレノンを素早く制圧し、西に睨みを効かせるのが目的なのだ。
実は日本は既に王都「シバリア」近郊まで進出していたのだが、シバリアから南と西において貴族諸侯が不穏な動きを初めて居たからだ。
南部はそれほど開発もされてない。
だが、西部は比較的開発が進んでいる。
しかも小国とは言え多数の隣国と接していた。
結果、援軍と称して外国の軍を招き入れようとしていたのだ。
今のところ動く国はまだない様だが、ここらで西に睨みを利かす拠点が必要だった。
そこで目を付けたのがレノンだ。
丁度、西部と隣するところに大きな川があり、城塞都市であることが万が一の時でも守りやすいからだ。
「少しでも早く此方の物にしたいんだろ」
高橋はミューリから情報を得て直ぐに後方の本部と連絡を取っていた時の事を思い出す。
「恐らく、降伏を勧告するんだろ。わざわざ王都目前なのに部隊の一部派遣を行うみたいだから」
高橋は最悪、民間人を巻き込んだ血泥の市街戦をすることになるかも知れないと思った。
「素直に降伏してくれるかね?」
自分たちが行った時でも抵抗を示したのだ。
井上がそう思うのは仕方がない。
「いや、あれは俺らが少数だったからだろ?それなりの部隊で退路を断てば降伏もありえるさ」
高橋はそう言ったが、井上は納得できない様だった。
「そりゃそうかも知れんが・・・もし最後の一人まで!て考えてたらどうなるよ?」
その問いかけに高橋は一言だけ答えた。
「その時は街が死ぬ」
その言葉は街そのものが廃墟となる事を示していた。
正午近くになったころ、上空からヘリコプター独特の音が聞こえだした。
それも一機やニ機ではない。
かなり多数の音だ。
「うわぁ・・・ヘリボーンかよ」
井上が上を通りすぎ、街を越えて背後に着陸していくCH-47チヌークを見ながら言った。
6機のチヌークはレノンの後背に着陸すると即座に中に搭乗していた兵士を展開させる。
チヌークは輸送ヘリとして自衛隊に採用され、中に兵員30名を乗せる事が出来る。
つまり展開している戦力は高橋たちの5倍の150名。
更に4機が軽装甲機動車を1機が155mm榴弾砲を下ろしていく。
最後の一機からは補給物資と共に数人の背広を着た人物が降りてきていた。
どうやら交渉の為に出向いてきた外務省の官僚だろうと思えた。
「まだ来るな」
高橋は上空に展開し街を見下ろすヘリコプターを見た。
UH-1Jが四機にAH-1Sコブラニ機だ。
「対戦車ヘリ、て、敵に戦車は無いぞ!?」
井上が思わず大声を上げてしまう。
AH-1S「コブラ」はUH-1J「イロコイ」と違い純粋に攻撃を目的とした攻撃ヘリコプターだ。
本来、そう言ったヘリコプターは攻撃ヘリコプターと呼ばれるが自衛隊ではコブラを対戦車ヘリコプターとし、AH-64D「アパッチ・ロングボウ」を戦闘ヘリコプターと呼称している。
その性質上、武装は凶悪で30mmM230チェーンガンにロケット弾、対戦車ミサイルを装備する。
もっとも、見る限りミサイルは無く、チェーンガンとロケット弾、そしてミニガンポッドを積んでいる様だった。
どちらにせよ、それはレノンを瓦礫の山に変える事が可能な装備だ。
「奴さんが活躍しない事を祈るよ」
予想以上の空中に展開した部隊に井上は本気で祈りたくなった。
それは高橋も同様だ。
「せめて交渉が上手く行くことを祈るしかないな」
高橋の言葉に井上は頷いた。
レノンは突然やって来た空飛ぶ怪鳥の群れに騒然となっていた。
次々にやって来て兵士や馬が無いのに動く馬車、そして細長い筒を備えた物・・・。
見たことの無いその異様な存在に住人は恐怖し、兵士たちは戸惑った。
同様に街の上空にいる怪鳥たちが更に恐怖を掻き立てる。
それは館でも一緒だった。
「脱出を目前にして・・・くそ!」
近衛騎士の一人が机に拳を降り下ろす。
「これでは脱出も難しいかもしれん・・・」
項垂れた騎士がそう言って外の光景を見る。
街の動揺は押さえきれないだろう。
最悪、街と共に討ち死にしかない。
だが、一人上座に座る美しい女性が立ち上がると場の動揺は静まり返った。
「・・・脱出はもう無理でしょう。せめて街の人々だけでも救わねばなりません」
女性の言葉に騎士たちは色めき立った。
「姫様!我等が血路を開きます!ですから・・・!」
「そうです!姫様には指一本触れさせませぬ!」
口々に声をあげる騎士たちを頼もしく思いながらも、その身を案じる様子を見れば何故、レノンの住人が守ろうとしたのかが分かると言うものだ。
「いえ、私の身一つで皆の命が救われるなら私は本望です」
騎士たちは涙ながらに姫、カトレーア・フィン・ホードラーの言葉に項垂れた。
だが、カトレーアは正直怖くて仕方がなかった。
まだ17才と言う若さでしかない。
それが王女と言う立場だからと言って耐えられるものではない。
それが為にカトレーアは身体が震えていた。
異教徒と呼ばれる人々に迫害を続けてきた王家の自分が捕まればどうなるか分からない。
それが更なる恐怖を抱かせていた。
それでも、彼女は最悪自害も辞さない覚悟があった。
王家の誇りを守るためなら、自分に付き従う騎士や兵士、そして慕ってくれている街の人々を守るためならこの命は惜しくない。
カトレーアはそう思い、降伏の宣言をしようとした。
その時、ドアを叩く音が響いた。
「失礼します。日本の代表で北野と名乗る者が話し合いの場を持ちたいと来ておりますが?」
報告に来た兵士に視線が集中する。
この後に及んで交渉?
日本は何を考えているのか?
その場にいた者の多くはそう疑念をもった。
「どれだけ連れて来ている」
万が一此方を油断させる為なら容赦しない、と言った雰囲気で騎士が尋ねる。
聞かれた兵士も困惑を浮かべながら答えた。
「は、はっ!当人含め三人です!」
その言葉に命知らずなのか?
それともそれで十分と考えたのか?
今一意図が読めず困惑が広がる。
「・・・会いましょう。ここに呼んでください」
カトレーアはどの道降伏するのだから、その前に話ぐらいは聞いてみたいと思っていた。
「危険では?」
騎士が警戒すべきとして進言するがカトレーアはそれを退けた。
「その気なら話し合いなどせずに踏み潰しているはずです。彼等にはそれが出来るのだから・・・」
そう言われては騎士も引き下がらざるえない。
そして、カトレーアに促され報告にきた兵士はそのまま北野を呼びに走り出した。
「はじめまして、日本国外務省調査派遣隊全権大使の北野武と申します」
意外な事に礼儀を尽くす北野にざわめきが起きる。
「おや?如何なさいましたか?まさか蛮族には礼儀が無いとでも思っておりましたか?」
やや棘のある言い方に眉をひそめる者もいたが、カトレーアがそれを制した。
「失礼しました。私はカトレーア・フィン・ホードラー。この国の王女です」
カトレーアはそう言って北野に着席を促した。
北野はそれに従い素直に着席する。
ただし、着いてきた二人は後ろに立ったままだ。
「話し合いと言いましたが、どの様な話し合いですか?」
間違いなく降伏を勧めにきたとカトレーアは思っていた。
しかし、北野は降伏は選択肢の一つとしか考えてない。
今まで外交と言う別の意味での戦争をしてきた北野はそこまで簡単な男ではなかった。
「まあ、降伏でも構いませんが、それはお嫌ではありませんか?」
北野の言葉に降伏させると言う意図が感じられずカトレーア自身戸惑いを隠せない。
「それは嫌です。ですが、貴方はそれを勧めに来たのではありませんか?」
北野はやっぱりそう考えていたかと内心ほくそ笑えんだ。
「いえ、降伏してもらっても構いませんが、逃亡して頂いても構いませんよ」
挑発ではなく、純粋にカトレーアたちに好きにしなさい、と言う意図を込めて北野は自分たちの考えを述べた。