思惑2
その頃、ホードラー王国本陣では慌ただしく攻撃準備を行っていた。
全軍の指揮を取る事になったレオル・ヴァスター公爵は陣中に集まった将たちを前に軍議を開いていた。
軍議は意外にも難航し、幾つかの方法を巡って紛糾していた。
これは、ラークより報告された「見えない攻撃」と「予兆なしの爆発」と言う未知の魔法が問題視されたからだ。
「正面攻撃で十分」とするハーマンたち教会派と「迂回し側面を突く」とするアトレー将軍派、そして少数だが「情報を集め慎重に行動すべき」とするラークら先鋒派が争っていたのだ。
初戦から痛い思いをしたラークらは経験からまともにやりあっては勝てない、と学んだものたちの意見が最初は重要視されていたが、ハーマンが「異教徒相手に背を向けてはならない」と言う主張から徐々にラークらの意見は押され、やるからには弱い側面を突くべきだとアトレー将軍が主張した事により方針が定まらなくなったのだ。
「公爵閣下、奴等が如何に強力な魔法を使ったとしても所詮は異教徒。神の加護受けし我々が破れる道理はありません」
ハーマンは神の加護を強調して主張するが、それにアトレーが異を唱えた。
「破れる事は無くとも犠牲が増える。見たところ側面にはそれほど戦力はいない。ここは少数でも側面に廻すのが戦術と言うものだ」
アトレーは歴戦の将軍で、数々の戦場を渡り歩いた経験から、力押しが駄目な時は策を用いる事を知っている。
しかし、ハーマンはアトレーの主張を一笑に伏した。
「神の信徒が異教徒相手に小細工を弄するなどあってはなりません。私は教会から派遣された従軍司教です。言わば教会の代理人です。その私の言葉を聞けませんか?」
自らに軍事的才能が無いにも関わらず、自らの存在をアピールするためにハーマンは教会を傘に主張した。
流石にこれは集まった将軍や将を無視する物になる。
だが、ハーマンは自分の主張こそが正しいと信じて止まなかった。
「・・・ハーマン大司教、お気持ちは分かりますが無為に将兵に犠牲を強いる訳には・・・」
遠慮がちにヴァスターがハーマンに進言する。
これではどちらが総大将なのか分からなくなる。
しかし、それでも気が収まらないハーマンは誰も異を言わなくなる切り札を口にした。
「私の言葉が聞き入れて頂けないのであれば聖堂騎士を引き上げて聖戦認定を取り下げねばなりませんな」
この一言にヴァスターは青くなった。
聖戦認定がされればその戦争は正当な戦いとなり、得たものは全て正当な戦利品になる。
しかし、聖戦認定が無ければその戦争は不当な戦いになり、得たものは終わり次第返却せねばならない。
しかも認定無き戦争を行った場合、異端認定されたり、破門されたりしてしまう。
そうなると周辺の国々が例え同盟、婚姻関係にあっても敵となって攻め寄せてくる様になるのだ。
そうやってこの大陸ではファマティー教が平和を保ってきたのだ。
ある意味、権限のみで平和を保ってきた事は、その実績から国連よりも高い水準にあると言える。
しかし、反面として異教、異端認定された側からすれば奴隷より酷い扱いとなり地獄の様なものだった。
しかし、そうやって大きな争いをコントロールして押さえる事によりこの世界のこの大陸は比較的平和が持続していたとも言える。
ある意味で、この世界に日本が転移してきた事により保たれていた平和を壊してしまったとも言える。
だが日本に責任はない。
日本とて転移したくてした訳でも、この世界を選んで転移した訳でも無いからだ。
とは言え、教会の持つ役割が大きく影響を与えるこの世界において、その教会から支援を打ち切るとなればホードラー王国その物に与える影響は計り知れない。