開戦へ2
「取り敢えず、交渉の余地は無さそうですな・・・では、お引き取り願いましょうか?」
北野はそう言って話を切り上げた。
そこにカストィーアが待て!と制止をかけたが、北野は部下たちを引き連れ退室していった。
ホードラー王国が日本に対し膝を屈しろとした要求を聞いた時点で交渉など不可能だった。
彼等は妥協する気は全くなく、ただ子供の我儘の様に振る舞うだけだ。
これでは交渉どころではない。
彼等が冷静になり、日本に対する戦争行為が無意味なものと認識出来ない以上、北野は話し合う気はなかった。
後に残されたカストィーアたち外交使節と、警備の為に残った自衛隊員とでにらみ合いが起きたが、カストィーアたち外交使節は大人しく国外へと退去していった。
「やれやれ、まさかこれ程無茶苦茶な要求が来るとはね」
伊藤が北野にぼやく。
結構な無茶は言って来ると思ったが、まさか隷属せよとは・・・。
これは外交などではなく、自分たちの力を過信し、そして相手を知ろうと、理解しようとする気のない無知だと言えた。
「政府への報告、どうしますか?」
伊藤の質問に北野はその目に珍しく怒りの色を表していた。
「可能な限り大規模増員を要請します。これは最早、国同士の利益を巡る衝突、紛争ではありません」
北野はそう言って彼等外交使節が渡してきた十ヶ条の要求を机の上に放り投げた。
「これは日本と彼等王国との存続を賭けた戦争です」
北野の言葉に伊藤は諦めにもにた胸中になる。
だが、それも致し方ない。
ホードラー王国は日本を属国にする気でいる。
そんな事はさせない。
その為に自衛隊は存在するのだから。
「施設科の一部を除いて総員に召集をかけろ。デフコン4を発令、警戒を厳とせよ」
伊藤は司令室に電話をかけると北野に敬礼した。
「これより我が調査派遣隊は有事に備え行動します。また、増援が到着次第指揮権を引き継ぎます」
北野がこの場における実質的最高指揮権を有するため、こう言う形になったが、北野は餅は餅屋に任せる気だった。
むしろ幕引きの見えない戦争になるのは予想できる。
ならばその幕引きをするのは自分だ。
と思い、伊藤の後ろ姿を見送った。
―――同日、日本国内閣総理大臣官邸。
北野から即座に届いた事態の推移とホードラー王国の要求に関する報告は、鈴木の頭を悩ませた。
だが、それでもまだ想定の範囲内だ。
「向こうさんはやる気だな」
伊達の言葉に橋波があわてていた。
「落ち着いている場合ですか?戦争ですよ!?」
慌てても仕方あるまいに・・・と橋波の様子を見ながら阿部は考えた。
「だから全権委任なんてしたくなかったんです!」
今更ながらに主張する橋波を横目に伊庭は取れる手段を考案していた。
その伊庭のとなりでは橋波が鈴木に責任の追及をしていた。
「総理!あなたがこんな事態を招いたんですよ!どうするのですか!」
全権委任をした以上、橋波も責任を免れまいに・・・。
伊庭はもうこの人には何も期待出来んな。
と思った。
「責任云々以前に、奴等が日本に突き付けた要求を読んだのか?」
伊達が睨み付けると橋波は読みましたよ!と怒鳴る。
「難民なんか保護するからです!」
橋波の心無いセリフに遂に伊達が怒りを露にした。
「ふざけるな!難民を見殺しにしろとでも言う気か!」
激しい怒声に橋波の身がすくむ。
それだけの威圧感があった。
「例え難民を見殺しにしても、遠からず我々の存在に気付くだろう。そして同じように隷属を要求してくるのは目に見えていたさ」
落ち着いた鈴木の言葉に伊達は怒りを押さえた。
「早いか遅いかの違いでしかありませんからね」
伊庭が鈴木に同調する。
それが今更戦争だから何だと言うのだ。
戦争回避の為に日本を日干しにするつもらりなのか、と問い正したくなる。
「それと発表だが、国民にはありのままをつたえよう。恐らくそれが一番いい」
鈴木はそう言って椅子にもたれかかった。
伊達はそんな鈴木の判断に対し、それしかあるまい、と考えていた。
「ついでに橋波、君はしばらく休め・・・これ以上は精神的に持つまい」
更迭宣言を受け橋波は項垂れた。
平時における外交手腕は決して悪くなかった。
だが、こう言った難しい局面に耐えられるだけの許容力が橋波に無かったのだ。
鈴木は最後にすまんな、とだけ言った。