選択と行動3
北野の歩き査問委員会の審議室の中を歩きながら話を切り出した。
「いいかね?現状の我々に裁判ごっこなどしてる余裕はおろか人材だってない」
完全に場を支配した北野の部下の官僚に向き直ると鋭い眼差しを向ける。
官僚はその冷たい表情に膝が震えだしていた。
「そもそも、私は内閣総理大臣と外務大臣の両人から調査派遣における事態に対する全権委任を受けている。その私が許可し、そして認可した行動はどの様な結果であれ政府の承認の下の物だ」
高橋は北野を一種の役者として見ていた。
おそらく、この機会に調査派遣隊の意思を完全に統一する気なのだろう。
その気になればそのまま独立してしまえるぐらいに。
「つまり、今回の彼の行動を認められない場合は本国より私の全権委任取消しが通達されてしかるべきだ。それがなされないのであれば許容範囲と言うことになる」
官僚は上司たる北野の主張を前に沈黙していた。
しかし、何かに気付いた様に反論を試みる。
「では、相手国の者に対してこの辺りは日本の領土と言った事はどうなりますか!?それに相手国の人を虐殺したことは!?」
これならどうだ、と官僚が勢い良くまくし立てる。
だが、それを聞いても北野は何とも思わなかった。
それどころか官僚に対する視線が更に厳しい物になった。
睨まれた官僚は、血の気をひいて小さな悲鳴を上げた。
「貴様は本当に無能だな。我々は日本が存続するための手段を求めてこの地に来たのだ。お友だち探しではない」
普段は隠れている冷徹な顔が表に現れている。
これは温室育ちの人物では立ち向かうのが困難なものだった。
伊達や酔狂で20年以上も外交畑に居たわけではない。
その差がここに現れていた。
「ここら辺は何処の国の領土でもない。日本が領有を宣言して問題があるのかね?そして、ホードラー王国とやらが日本の存続を邪魔する障害となるのならば、滅ぼすのもやぶさかではないのだよ」
公式の場では無いが日本政府の見解をはっきりと示すのはこれが初だ。
官僚はそれを聞いて、軍国主義だ、と呟いた。
「ほう?君は日本に住む全ての人に皆と仲良くして餓えて死ねと言うのだね?いや、こんな無能が部下とは情けない。荷物をまとめておきたまえ。私の部下に外交がなんたるかを理解出来ない無能は要らん」
この言葉を聞いた官僚はその場で卒倒した。
「弁護・・・では無いでしょうがありがとうございました」
伊藤と北野に調査派遣隊基地の小会議室に呼ばれた高橋は最初に感謝を表した。
とは言え、伊藤や北野が善意でやった訳ではないのは分かっている。
「まあ、気にしないで下さい。実際、優秀な人材を無意味な事に割く余裕はありませんから」
北野が人懐っこい笑顔を向けてくる。
これは油断できない。
北野は幾つもの表情を使い分けているようだ。
「取り敢えずかけてください。折り入って頼みがあります」
そう言われ高橋は断れないのを理解した上で席につく。
「頼みと言うのは他でもありません。実は保護した難民の処遇について相談したかったのです」
意外な要請に高橋は首を傾げる。
そんな事を自分に相談なんぞしなくても良いだろうに。
と思ったが、どんな裏があるのか興味を引いた。
「貴方もご存知の通り我々と彼等の間の常識はかけ離れています」
北野の話に高橋は頷けると思った。
彼等は高橋たちの時代から見ても随分と前の、以前、佐藤から聞いた中世の初期ぐらいの文明しか持たないからだ。
中世と現代の常識はほとんど180度方向が違う。
「このまま保護するよりは他所に行って欲しいのですが、彼等は我々に保護を求めています。彼等と直接関わった軍曹の意見を聞きたいのですよ」
北野の話を聞きながらなるほど、と思いながら聞きなれない物を聞いた高橋は思わずおうむ返しに聞いてしまった。
「軍曹?」
高橋の疑問に伊藤が答えた。
「この度、階級の呼称を旧軍の物にしたのだ。語呂も良いしな」
笑いながら言う伊藤ではあったが、高橋には更に別の疑問があった。
「・・・だとしても私はせいぜい上等兵ですけど?」
この質問には北野が答える。
「なに、単なる昇進ですよ」
笑顔で言われたが、逆に不安感が増した様な気分になる。
「それは兎も角、どうですかね?貴方はどう思いますか?」
北野に先の話の意見を求められた高橋は少し考え込んだ。
そして、自分の主観を元にした意見ですが、と前置きしてから発言した。
「日本の保護下に居たいならそうすべきです」
打算や計算ではなく、率直に人情から高橋はそう答えた。
今まで思想などの事から辛い思いをしてきた彼等に、受け入れてくれる場所がある事を教えたいのだ。
「日本が今後も存続出来るかは、この世界に日本がどれだけ順応出来るか?ではないかと思います。幾ら食料や資源を得ても日本が交流を持たず存続する事などあり得ません。長い目で見ればゆっくりと衰退するだけです」
そう言った高橋だったが、正直政治の絡む話はほとんど分からない。
これが正しいのか、間違いなのかさえもだ。
だが、日本が何処とも交流せず、単独で存続するのは無理があるとは思う。
交流を水の流れに例えれば国は大きな水溜まりだ。
水溜まりは単独では単なる水溜まりでいずれ蒸発して消えてしまう。
しかし、これに細くともつながりが出来れば?
水溜まりがやがて池になり、湖になり海になり得る。
そして何より流れのない水は澱み濁り腐る。
今回の難民保護、いや難民を難民ではなく日本の保護下にある一市民とするなら、彼等の世界を知り交流の源に出来ると思えたのだ。
「しかし、そうすれば争う事もあり得ますよ?特に南にあるらしい国家とは特にね。交流が必要なら彼等を引き渡して話し合いで交流の道を作れると思いますが?」
高橋の話に北野が疑問をぶつけてくる。
その内容に高橋は受け入れ難いものがあったが、北野の本心ではないと感じ続けた。
まだ続きますよー。