81話:さらばカルディナ
次の日、俺とフィリアは自身の荷物をまとめて「樫の木のリス」を出て町の璧門前へと向かう。
「――あ、来たわね! 待ってたわよ」
門へ着くや否や、待ち合わせをしていたリアナが大きく手を振って出迎えた。どうやら俺達よりも早くに来ていたようだ。
しかし、彼女の周りには他にも見知った人物の姿が三つあった。
「カイル、エマ、それにメリルまで……どうしてあんた等まで居るんだ?」
「いやな、たまたま今朝冒険者協会の前で通りかかったリアナと会ったんで、俺達も見送りくらいしておこうと思ってな」
そう言って少し照れ臭そうに笑うカイル。朝早くからこんなところにまで見送りに来るとは、なんともまあ律儀な奴らだ。
「改めてありがとな。アゼルのおかげで俺達は冒険者としてまた一皮剥けたと思う。お前と出会えたことは生涯の宝になった」
「んな大げさな……」
「大げさなものか。今回だって、アゼルが居なかったら俺達が夜狩熊に勝つことはできなかっただろう。それどころか、お前と出会わなかったらこんなにも早くCランクの魔物と戦おうとは思わなかっただろう。挑戦しようと考えたのは全部、お前とあの村での出来事がきっかけなんだぞ?」
カイルの言葉を肯定するように、エマも言葉を続ける。
「そうよ。それに夜狩熊のことだけじゃないわ。そもそも私達は、喰血哭と出会った時に死んでいたかもしれない。「ステップトレイル」が揃ってここに居られるのは、間違いなくあなたのおかげよ」
「おいおい、エマまで……」
少し過剰にも思えるような感謝の言葉に、俺は何と言葉を返すべきか一瞬迷う。
自分ではそこまで感謝されるようなことはしていないんだがな。そこまで重く捉えられると、なんだか照れ臭い。
「アゼルさん、私からはこれを」
すると今度はメリルが、一枚の小さな革札を差し出してきた。
「これは?」
「ちょっとした感謝の気持ちです。これには【香消】の術式を刻んであります。アゼルさんがテントについた血の臭いを気にしていたのを思い出したので昨日ありあわせの物で作らせていただきました。急いで作ったのでお世辞にもきれいな物とは言えませんが、フィリア様かリアナさんに魔力を込めて貰ってテントに結べば血の臭いを抑えてくれるでしょう。あ、勿論衣服につけても良いですが、アゼルさんの場合精気の魔力が服にかけられた魔術を阻害する可能性があるので、念のため服に着けるのは避けるか、戦闘以外の時が良いと思います」
まじか⁉ 昨日の買い出しの時それとなく探したんだが、見つからなかったんだよな。
属性魔術の術式だから俺の魔力では使えないのが難点だが、フィリア達に任せればまったく問題ない。
「わざわざこんな物まで用意してくれて……なんでここまでしてくれるんだ?」
「私自身は皆さんと出会ったばかりですが、それでもカイルやエマと同じ気持ちです。とても短い時間でしたが今回の件は、私にとっても忘れられない貴重な体験ができました。特に身体強化に隠された可能性の話は大変興味深く……ふふふ、ですのでお嫌でなければどうぞ受け取ってください」
「……本当に、大したことはしていないんだがなあ」
手伝ったのはカイルとエマに村での恩があったからだったし、メリルに至っては初対面なのに戦闘では嫌なモノを見せてしまった。正直、討伐が終わったら関わることは無いと思っていたから、ここまでの物を用意してもらえるとは思ってもみなかった。
「そういうことなら、ありがたく受け取る。実は昨日探していたんだが、中々良いのが見つからなくて諦めていたんだ。これなら持ち運びも楽だし使いやすい」
「そうですか。そう言っていただけると嬉しいです」
メリルから革札を受け取ると、それを見ていたフィリアとリアナが何やら微笑ましそうな――と言うには、些か怪しげな目つきで笑みを浮かべていた。
「良かったわね~アゼル。素敵な贈り物をいただいて」
「ねえねえ照れてる? 照れてるでしょ~?」
「…………【血織刃】」
「「――あ痛あっ⁉」」
その言い方がウザい事ウザい事。思わず外套の一部を変形させて二人の額を引っ叩いた。
さて……礼の品というが魔道具を貰っといて何もしないんじゃ、少しばかり収まりが悪い。かと言って今から何か買いに行くのも違うし、それにどうせならこちらも冒険者の活動で役立ちそうな物を渡してやりたい。
「今この場で渡せる物となると……うーん、少し気取り過ぎな気もするが、まあいいか」
俺は懐から三枚の血染布を取り出すと魔力を流した。
「さて、どんな形にするか……あれがいいか?」
「アゼルさん? 布を取り出して何を……」
皆が見守る中、俺の掌の上で血濡れた布が独りでに捻じれ、渦巻き、丸まり、裂け――――そして開いた。
「これは、芍薬? いえ……もしかして緋露芍薬ですか?」
「ああ。これは俺がこの町に来て初めて受けた採取依頼の品でな。なにかお返しをと考えた時に、最初にこの花を思い出したんだ」
思えば、この花が切っ掛けで色々あったな。ゴルドに叩き落とされたり、それにフィリアが切れたり、その流れで喧嘩したら因縁付けられて、かと思ったら夜狩熊の取り合いになって、仲間の命を助けて礼を言われて……うん、ゴルドとの思い出しかないうえ、おおむね良い思い出ではないな。
まあ、俺の冒険者としての初仕事の品だから、記念であるのには違いないか。
「これには、俺の【飢魔招香】を――飢えた獣を引き付ける香りを出す魔術の魔術紋様を付与させてある。この紋様については……実は最近完成させたばかりだから、ひとまず【飢香紋】とでも名付けておこうか。フィリアから魔物の魔石から瘴気を取り出する術式があるって聞いたんだが……今更ながら、メリルは使えるか?」
「あ、はい。魔石に魔力を込める術式は知りませんが、魔石から瘴気を取り出して別のところに流すことなら従来の抽出術式で出来るはずです」
「なら良かった。この造花に魔石の瘴気を流せば使えることは確認済みだ。もし、敵わない魔物に遭遇した時はこの花に刻んだ魔術紋様を起動させて遠くに投げろ。相手の腹が空いていれば、たとえAランクの魔物でも誘導できるはずだ」
ここ最近で、狩猟用に開発した【飢魔招香】が魔物の誘導に使えると理解してからは、これの術式化に日夜頭を悩ませていた。
俺が居るときはなら問題はないが、居ないときにフィリアの身に何かあったら助けられる道具は一つでも多いほうがいい。そういう思いから完成した魔術紋様だったが、まさかフィリア以外にも渡すことがあるとはな。
これなら時間経過で込めた魔力が抜けても血が劣化しても、魔物の魔石から取り出した魔力を使えば機能するだろう。
「まあ、これはあくまで万が一の保険だ。これを使うようなことにならないように、上手く立ち回ってくれよ」
そう言ってカイル、エマ、メリルの三人に、緋露芍薬の造花を渡す。
「これは……また素敵な物をいただいてしまいましたね。地味な革札を渡してしまった私が恥ずかしいくらいです」
「あっ……す、すまん、嫌味に感じたか? そういうつもりじゃなかったんだ」
「ふふ、冗談です。嬉しいですよ」
そう言って笑うメリルに暗い感情は感じられなかったため、ほっと胸を撫で下ろした。
緋露芍薬は観賞花としても価値があるため贈り物の形としても良いと思ったが、メリルが精神的に成熟年上の女性で良かった……と言うのも、また失礼に当たるのか? なんだか頭が痛いな……。
「緋露芍薬とは中々憎いことするじゃない。素敵なお花をありがと」
「何から何までありがとなアゼル。こいつはお守りとして依頼には必ず身に着けることにする。男の俺が身に着けるには、ちと恥ずかしい気もするがな」
エマとカイルからも好評のようで、嬉しそうにお礼を言ってくれた。
即席で作ったものだったが殊の外喜んでもらえて何よりだ。いつの世も、花を贈るのは良いものだ。
「それじゃあ、俺達はそろそろ行く」
「ああ、旅の無事を祈る」
他の二人も別れの言葉を交わして、俺達は町を出た。
次の目的地は鉱山都市ドランデル。竜と魔剣の伝説が根付くその町では、果たしてそこに「夜王の遺物」が有るのだろうか。




