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80話:不器用な謝罪と不器用な助言

 宿屋「樫の木のリス」の前でリアナと別れて、俺とフィリアは各々の部屋で仮眠を取ること数時間後。俺はベッドから身体を起こし軽く伸びをする。


「うーん……よく寝たぁ」


 部屋の窓を開け空を見上げると、太陽は真上に差し掛かっていた。今は、丁度昼頃といったところか。


「昼飯でも食いに出るかあ。フィリアの奴は……まだ起きてないか」


 出入口の扉の方に目を向けるも、扉付近の床には何も転がっていない。フィリアが先に起きて出かけていれば、フィリアのメモがそこに有るはずだ。

 それが無いということは、彼女はまだ部屋にいるってことだ。


「まあ昨晩は色々あったからなあ。慣れない野宿に安い寝袋、治療で魔力も大量に消費したことだし……これはもうしばらくは起きないかもな」


 そんなことを呟きながら手帳に『飯食いに出かける』とだけ書き、そのページを破ってフィリアの部屋に滑り込ませる。

 宿の外に出ると飲食の露店があちらこちらに展開しており、通りは食欲をそそる香りと休憩時間の職人や冒険者で満ちていた。

 食欲は多少あったが寝起きということもあり、食事は軽めの物にしようかなどと考えながら屋台を物色していくと、串焼きの屋台を見つけたのでそこに立ち入る。

 メニューは羊肉と豚肉、ソーセージやハツといった内臓焼きがあり、俺は羊肉とソーセージの物を一本ずつ購入し、それを持ってそそくさと屋台を離れる。

 羊肉を軽く啄みながら腰を落ち着かせられる所を探して歩いていると、前方から見知った男が歩いているのに気付いた。


「うん? あれは……」


 一瞬人混みに紛れてやり過ごそうかと考えたが、あちらも俺に気付いたようでそのままこっちの方へと近付いて来た。


「よう……」

「……俺に何か用か? ゴルド」


 昨晩と同じ恰好だが、汚れは落とされ小奇麗になっていたゴルドは、何故だか気まずげな様子で俺の前に立った。


「あー、その……なんだ……少し面貸してくれねえか?」

「なんだ? 獲物を奪われた文句でも言いに来たか?」

(ちげ)えよ。あれだ……少し話がしたくてな……駄目か?」

「ふうん? ……いいだろう」


 ゆっくり楽しもうと思っていた串焼きを一気に腹に収めると、ゴルドの後ろをついて行く。

 辿り着いたのは、広い街ならどこにでもある噴水広場だった。昼飯時のためか人気(ひとけ)は少なく、今は食後の散歩をしている老人くらいしか居ない。

 噴水付近の石段にゴルドは腰を下ろすと、おもむろに口を開いた。


「……さっき、冒険者協会に行った。あの夜狩熊(ハンターベア)、カイル達が倒したことになっているんだな?」

「なってるも何も、カイル達三人が倒したのは事実だ」


 俺の答えにゴルドは馬鹿にするなと言わんばかりに鼻を鳴らし、妙に確信を持った調子で聞いてくる。


「あいつ等だけで倒せるわがねえ。どうせ手前がやったんだろ? それなのに酒場ではあいつらの名前ばっかり出て、手前らの事は何ひとつ話題になっていねえ……手柄が全部取られてるわけだが良いのかよ?」


 ふむ……まあこいつ等の前で俺は夜狩熊(ハンターベア)を拘束したり受け止めたりして見せたからな。全部俺がそう思うのも当たり前か。


「同じことを統括者(ギルドマスター)にも言われたな。確かに軽い手助けはしてやったが、俺自身は一切攻撃してない。俺がやったのはせいぜい致命的な攻撃を妨害してやっただけで、それ未満の攻撃は全部カイル達に対処させたよ」

「そうなのか?」

「こんな嘘を言うわけがないだろ。お前等が与えていたダメージのおかげもあるだろうが、夜狩熊(ハンターベア)を討伐したのは正真正銘カイル達自身だ。それだけは否定させない。だから……いつぞやのように変ないちゃもん付けんなよ?」

「そう、か……いや、手前がそれでいいなら俺からは何も言わねえよ。元々少し気になっただけだ……」


 少し強めな口調で念押ししたが、ゴルドは俺の威圧的な物言いに少し怯みはしたものの、以前のように生意気だと反抗するようなことは無かった。

 そんな素直な様子のゴルドに、俺の方がかえって動揺する。昨夜のことがあったとはいえ、プライドの高いこいつが年下(外見上は)のガキから上から目線で言われて何も反応しないとは思ってなかった。てっきり悪態の一つ二つ……最低でも舌打ちくらいはすると思っていたんだが……。

 そんなゴルドへの戸惑いから、しばらく無言の時間が続いた。


「……昨晩は、仲間の命を助けてくれたこと感謝する。それと、今までのことを謝らせてほしい」


 不意に、ゴルドはそう言って俺に向かって頭を下げた。その姿に俺はまたもや驚きつつも、これが本題だとわかった。


「どうやら、お仲間は無事教会へ運べたようだな?」

「ああ。お前の指示通り治療師に怪我の経緯を伝えて、治療の他にも解毒の魔術をかけて貰った。バルクは念のため教会で様子を見てもらっているが、明日には問題なく退院できるって」

「そうか。そいつは何よりだ」


 あの男は腸と脾臓が破れていたからな。かろうじて修復することには成功したが、内容物が漏れ出ていたから、後になって感染症にならないか気になっていたんだ。

 きちんした治療師による魔術で内臓の消毒・洗浄をされたのなら、余程のことがない限り病気に罹ることは無いだろう。


「バルクを診た治療師は俺の説明を聞いて驚いていたよ。森から町の教会まで持ちこたえたこともそうだが、何より治療痕は甘いが適切な処置がされているって」

「ほう。本職に褒められたのなら、あいつ等も鼻が高いだろうな。魔術師の二人に伝えておくよ」

「……いちおう俺は、お前に言ったつもりなんだが」

「なら、あの二人に向けて言い直したほうがいいな……俺はただ傷口をチクチクと刺しまくってやっただけにすぎん。むしろ当の本人からしたら、よくもあんなことをしてくれたなと恨み言を言いたい気分だろうな」


 俺も何度か自分でやったことがあるが、身体の内側を麻酔無しで縫うのはいつまで経っても慣れるような痛みではない。

 まるで魔物が腹の内側で爪を立てているかのような激痛に、胎児が癇癪を起して筋肉を掴んでいるかのような引き攣り感、そして食い破って出てくるんじゃないかと思うほどの苦痛。

 そんな死よりも苦しい麻酔無しの縫合治療……いくら命を助けられたとはいえ、素直に礼を言える人間は居ないだろう。


「そも俺は、あいつ等が助けようとしなければ、見捨てる気満々だったしな」

「おい」

「当たり前だろうが。人が設置した餌場を奪おうとした挙句、餌に釣られた獲物を先に獲ろうとしたんだ。おまけに罵倒付き――そんなコソ泥が助けてもらえるとでも?」

「そりゃあ……悪かったよ。けどそれなら、何で助けてくれたんだ?」

「だから言ってるだろ? そんなコソ泥をあいつ等が――フィリア(ツレ)が全力で助けようとしたからだよ」


 だからまあ、本当に礼を言うべきはフィリアだな。あの場、あの瞬間で、唯一助けることを諦めなかった彼女がいたから、俺も少しばかりの苦労をしてやる気になったのだ。


「ま、育ちの良いお嬢様(フィリア)の優しさと優秀な魔術師(メリル)に助けられたことを覚えておけばいい。なにはともあれ、礼と謝罪は受け取った。これに懲りたら、もっと謙虚に生きるんだな」

「そう、か……そうだな。今回のことで俺も、これまでのあれこれがどうでもよくなった…………とにかく、言いたいことは終わりだ。時間を取らせて悪かったな」


 そう言うとゴルドは立ち上がり、そのまま俺に背を向けて歩き出した。その背中はどこか丸まっており、すっかり自信を無くし消沈しているように見えた。


「………………………………むぅ」


 ちっ……なにを考えているんだ俺は。

 今回の失敗でゴルドが落ち込もうが、辛うじて取り繕っていた自尊心が完全に崩壊しようが、俺には一切関係がないだろうが。むしろ、大人しくなって良いじゃないか。

 だというのに……どうにも収まりが悪い。


「…………おいゴルド」


 気が付けば、俺はゴルドのことを呼び止めていた。いや本当に、何をやってんだ俺は。

 ゴルドのことは、初対面の時から良い印象は持っていない。今この瞬間は多少丸くはなっているが、だからと言ってこれまでの言動が消えるわけでも、心証が向上するとかはなってはいない。

 ないのだが……こいつがこのまま背中を丸めたまま生きていく姿は、なんだか面白くない。


「あー、その、なんだ…………Cランク冒険者だからって見栄張ってCランクの討伐依頼ばかり受けようとするな。しばらくはDランクの魔物を相手に基礎を勉強し直せ。一体一体は大したことは無いだろうが、群れるとそれなりに厄介だからな」

「はあ?」


 ゴルドが「いきなり何を言い出すんだコイツ」と言いたげな顔をする。うん、俺も何でこんなことを言い出したのかは説明はできない。


「それから、下級でも攻撃系じゃなくても良いから魔術の勉強もしておけ。どうせ難しいからと嫌厭しているんだろうが、魔術一つ覚えておけば使い方次第で戦闘の幅は一気に広がる」


 どうせこいつ等、報酬はほとんど酒や女に使ってんだろ。せっかく属性魔術が使える身体のだ、魔術書や装備に金を使えってんだ。


「それから装備もそうだ。だいたいなんだ、その貧相な防具は! 魔術が使ないのなら、せめて対魔術の装備の一つくらい持っておけ。少しでも調べれば夜狩熊(ハンターベア)が風の魔力を飛ばすことくらいわかるだろ。昨晩だってそれで不覚取ってんじゃねえのか? それから身体強化――お前等のそれはあまりに未熟だ。魔力の扱いが未熟だから有効打を与えられず、あんなザマになったんだよ」

「な、なんだよ? 呼び止めたと思ったらいきなり説教かよ……そんなこと、手前に言われる筋合いはねえだろうがよ」


 ゴルドは不満気にそう言ったが、自覚はあったのか強くは言い返しては来なかった。


「――だがまあ、あの時にやっていた戦法自体はそう悪くはなかった。力さえ足りてさえいれば、あの夜に夜狩熊(ハンターベア)を討伐できていたのはお前等だったかもしれん」

「……え?」

「特にお前と、剣を持ったあいつ(ロッツ)――普段から魔物の正面に立ってるからか知らないが、(すじ)はそう悪くない……だから、なんだ……せいぜい励むんだな」


 驚いたように目を見開くゴルド。俺はその目から逃げるように、呆然とするゴルドを置いて逆の方向へと歩き出した。

 まったく、何を言ってるんだか俺は。昨晩の教官気分がまだ抜けてないのか、つい助言をしてしまった。


「そんな資格、俺にはないのにな……」


 だがまあ、言いたいことを言って気は晴れた。あの言葉を受けてゴルドがどう感じどう生きるかには興味ないが、今後も冒険者として活動するならば多少はマシな人間になるだろう。実力の方でも人格の方でも、な。

 そんなことを考えながら、俺は昼の通りを散策する。昨晩の野営で俺達の旅に必要な物がわかったし、今のうちに色々買い込んでおこう。

 なにせここは商人の町カルディナだ。村では滅多にお目にかからないような、珍しい品が見つかるだろう。


「まずはそうだな……あいつ等のためにちゃんとしたテントでも買ってやるかな」

 変なツンデレを見せるアゼルでした。

 それはそれとして、ほぼ24時間活動した直後に約3時間程度の睡眠で「よく寝た」と宣うアゼルの異常性。

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