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79話:利益の押し合いと乙女の交渉術

 統括者(ギルドマスター)が挨拶しに行って間もなく、カイル達を取り囲んでいた冒険者達がようやく離れていった。

 解放されたカイル達はほっとした様子で統括者(ギルドマスター)に礼を言うと、受付に行き討伐完了の報告をする。ただし、対応をしたのは最初から窓口に立っていた職員ではなく、わざわざカウンターに回った統括者(ギルドマスター)だった。

 戸惑うカイル達を置き去りに、統括者(ギルドマスター)はてきぱきと夜狩熊(ハンターベア)の討伐を証明する「討伐部位」である爪を査定し報酬を手渡していた。正直、死体を丸ごと持ってきたから本物かどうかの査定をする必要はないと思うが、そこは形式的なものだろう。

 報酬を渡した後も統括者(ギルドマスター)とカイル達は何かを話したかと思うと、しばらくしてようやくカイル達は受付を離れた。


「ふうー、やっと終わった。随分と待たせてしまったな」

「こっちも色々やってたから構わんよ。統括者(ギルドマスター)と何か話していたみたいだが、何言われたんだ?」

「それがなあ、また新しい依頼を受けないかと言われたんだ」

「もう次の仕事か? それも統括者(ギルドマスター)が直々に言うとはな」

「正直、討伐が終わったばかりだからしばらくは休もうかと思っていたんだが、危険も少ない簡単な護衛依頼だから考えておいてくれって言われてな……」

「冒険者としてはいい事じゃないか。夜狩熊(ハンターベア)を討伐したことで早速名が売れ始めたようだな?」

「それに関してはアゼルの功績な気もするがなあ……本当に協会には何も言わないつもりか?」

「二人はともかく、俺はランクを上げることには興味無いからな。俺の能力を考えると、注目を集めるのも面倒だしな。だから今後も、俺達の名前は出さないでくれよ?」


 俺は旅の路銀を確保と、旅をするのに怪しまれない身分を得るために冒険者になったのだ。その日に眠れる場所と、食っていけるだけの金さえあればそれでいい。

 過度な注目は、もしもの時に非常手段を取る邪魔になるからな。


「そうは言うがな……いや、わかった。アゼルがそう言うならこれ以上のことは言わない。だがせめて、今回の報酬だけでも受け取ってくれ」


 そう言ってカイルは今しがた受け取ったばかりの依頼報酬の入った袋を差し出してきた。確か今回の依頼報酬額は銀貨十五枚ほどだったか?


「いらんいらん。そんな大金受け取れるかっての。手伝ってやったとは言え、夜狩熊(ハンターベア)を倒したのは紛れもなくあんた等三人だ。後ろで見ていただけの俺達が受け取るわけにはいかない」


 そう言って俺は袋を押し返すも、カイルもこれに関しては譲れないのか袋を押し返して頑なに渡そうとする。

 そしてそれは「ステップトレイル」の総意なのか、エマとメリルからも援護射撃が飛んでくる。


「どうか受け取ってちょうだい。アゼル達の助けがなかったら、私達は夜狩熊(ハンターベア)に勝つことなんかできなかったわ。そうだ! 夜狩熊(ハンターベア)の爪もあげようか? 鍛冶屋に渡せばいい武器になるわよ?」

「そうですよ。そもそも、最初は私がお手伝いをお願いしたことが切っ掛けなんですから、それを立派に果たしてくれたアゼルさん達にも報酬を受け取る権利があります」


 報酬が減るどころか更に増えてきた。

 なんだってこんなに人が良いんだ。金はいらないと言われたら、普通は喜んで全額懐に入れるだろ?

 俺達が押し問答をしていると、それまでやり取りを黙って見ていたフィリアが、微笑ましそうに笑いながら仲裁に入った。


「まあまあ、皆さん落ち着いて……アゼル、せっかくのご厚意なのだから少し頂きましょう?」

「いや、そうは言うがな……」

「人からの親切は素直に受け取るものよ。でも、アゼルの言い分もわかるわ。どうあれ夜狩熊(ハンターベア)と戦って勝利したのはカイルさん達です。ですので、私達は討伐報酬の二割程で結構です」

「報酬の二割と言うと……銀貨三枚程度だぞ? それは少なすぎる」

「いえいえ、そこまでいただくわけには……うーん、わかりました。ではその倍の六枚――いえ、もう少し貰って七枚ならどうでしょう? これ以上は流石に受け取れません。ご厚意はありがたいですが、流石に直接戦っていない私達がカイルさん達よりも多くいただくわけにはいきません。アゼルの手助けがあろうと、どうあれ夜狩熊(ハンターベア)を討伐したのは「ステップトレイル」のお三方なのですから!」

「七か……うーん、それならまあ」


 フィリアがそう言うと、カイルも渋々ながらも納得したようだ。それでも銀貨七枚――銅貨に換算すると七百枚か。


「良かった! ほら、アゼルもこれならいいでしょ?」

「むう……まだ貰い過ぎな気も――」

「い・い・で・しょ? はい、決まり! 文句は受け付けないから!」


 そう言ってフィリアは強引に決めると、俺の言葉を待たずカイルから銀貨七枚を受け取った。

 良いのかなあ……本当に俺達は後ろから茶々入れていただけなんだがなあ。カイルとエマには村での借りもあったし、俺も夜狩熊(ハンターベア)の血も貰ったから報酬なんて気にしなくても良かったのだが……。


「……まあ、もういいか。何はともあれ、討伐お疲れ。身体強化を用いて少し負荷の強い鍛錬を続けていれば、いずれかは単独でもCランクの魔物を相手できるようなるから、依頼がない日でも軽い鍛錬くらいはしておけよー」

「ああ。今回は色々と勉強になったよ。アゼル達は今後はどうするんだ? まだしばらく町に滞在するのか?」

「いや、ここでの用は済んだから今日中にでも……いや、明日この町を出ようかと思う」

「明日か⁉ 随分と急だな?」

「まあな。ついさっき頼んでいた物が来たんでな。そろそろ次の町へ行くことにする」

「そう、か。会ったばかりだというのに寂しくなるな」

「大げさな。だがまあ、そうだな。もしまた手助けが必要な時は、冒険者協会の連絡網を使って俺達に――「曙光の導標」宛に伝言を伝えてくれ。行けそうなら行く」

「曙光の導標……ってことは」

「そう! アタシ達三人のパーティー名だよ!」

「おお! パーティーを組むことにしたのか。おめでとう!」


 リアナが自慢げに言うと、カイル達は口々に祝いの言葉を口にする。

 そこからテンションが上がったのか、カイルがパーティー結成を祝してお祝いしようと言い出した。それにエマもリアナも便乗したのだが、流石に昨晩の疲れが残っている状態は駄目だろうということで俺を筆頭にメリルとフィリアが止めた。

 魔力をかなり使った俺達魔術師組は、とにかくちゃんとした寝床に入って身体を休ませたかった。魔力を回復させるのに最もいい休息は眠ることだからな。

 野営に慣れていないフィリアなんかは特に、宿に戻ってちゃんとした睡眠がとりたいと思っていたのだろう。表面上は嬉しそうに笑みを浮かべていたが、眉間の寄り方から密かに焦っていたことが伺えた。

 そんなやり取りがありつつも、俺達は互いに改めて感謝と労いの言葉を伝えて冒険者協会を出た。


「いやーそれにしても、上手い事値切ったわねフィリア。あの場の落としどころとしては中々のものじゃない?」


 カイル達の姿が見えなくなると、リアナが突然そんなことを言い出した。


「値切りって言うと……報酬のやり取りの話か? あれは少し貰い過ぎだったんじゃないか?」


 あの場ではフィリアがやや強引に話を進めて、結局銀貨七枚――討伐報酬金の約半分を受け取ることになったわけだが、個人的には少々申し訳なさを感じるな……。


「それりゃあ討伐依頼の報酬額だけを見ればね。あの場ではお互いが相手に全額譲ろうとして言い合っていたから、フィリアが間に入ってくれなければいつまで経っても終わらなかったよ? これまで報酬の分け前で揉める冒険者は数多く見たけど、まさか相手に渡す金額を減らすんじゃなくて増やす方向で揉めることがあるなんて思いもしなかったわー」


 そう言ってリアナは愉快そうに笑った。それに関しては俺も同感だ。フィリアが入らなければ話が終わらなかったのも事実だろう。

 しかし、上手い事値切った言ったのはどういう意味だ?


夜狩熊(ハンターベア)の討伐報酬は銀貨十五枚。これを六人で――いえ、二つのパーティーで山分けしたらいくらでしょう?」

「いきなり計算問題か? 銀貨七枚と銅貨五十枚だ」

「そうでしょ? アタシ達が受け取ったのは銀貨七枚……ほら、この時点でもう銅貨五十枚分多くカイル達に渡している」

「まあ、そうだな?」

「フィリアは会話中に敢えて低い値段から交渉してから、カイルが渋るのを待ってから「倍」と言って、そこから更に自ら少し金額を上乗せしたことで、こちらが受け取る金額を少し抑えたのよ。値段交渉の常套手段だけどね」

「お、おお……なるほど?」


 確かに最初は全額渡す方向で進んでいたことを考えると、こちらが受け取る金額が半分未満に抑えることに成功しているな。


「あら、気付かれちゃった? ふふん。ポイントは、「二倍」と言わずに「倍」と敢えてあいまいな表現をしたところね。あんまり意味はない誤魔化しだけど、「二」という数字は小さく感じるからね。「倍」という言葉を使えば、若干だけど大きい印象を与えられる気がしない?」

「そうか? ……そうかも?」


 なんだか釈然としないが、フィリアがさりげなく交渉術を仕掛けたことはわかった。だがそれでも、金額的には山分けしたのと変わらない。やはり貰い過ぎな気がするのは変わらない。

 そんな俺の心情を知ってか、フィリアは得意げな顔をして言った。


「そんな顔しなくても大丈夫よ。私の本当の目的は、カイルさん達の視点をある物から逸らすことにあったから」

「ある物?」

夜狩熊(ハンターベア)から獲れる素材よ。ねえリアナ、夜狩熊(ハンターベア)の素材を換金したらどれくらいの利益になるかしら?」


 その言葉に俺とリアナはあっという表情をした。


「えーっと、協会の査定次第になるけど……エマが爪は良い武器になるって言っていたし、毛皮は少し傷だらけになっちゃったから少し値段は落ちるだろうけど、そこらの革鎧よりも良い防具になるはず。Cランクだから魔石もかなりの値段になるだろうし、アゼルが血をきれいに抜いたおかげでお肉はかなり状態が良いはず。これらを考えると……少なく見積もっても、もう十五枚。いえ、二十枚は銀貨が入ると思う」

「はは、二十か……Cランクってそんなに価値があるんだな」


 リアナの言った金額に、俺は思わず笑ってしまった。直前まで押し問答をしていたことが原因か、はたまた俺が血以外にさほど興味がなかったのが原因か、フィリアに言われるまですっかり夜狩熊(ハンターベア)のことが頭から抜けていた。そしてそれは、なんだかんだ疲労が残っていたカイル達も同じだったのだろう。気付いていたらあれで納得していなかったはずだ。


「ということは、総収入は最低でも銀貨三十五枚。その内俺達が受け取った金額は銀貨七枚、か……大した交渉術だな」


 「ステップトレイル」と「曙光の導標」の報酬の割合は七体二……それは最初にフィリアが提示した「報酬の二割」と同じ額だ。冒険者協会の査定次第ではもっと上がるとすれば、その割合は更に「ステップトレイル」に偏る。


「どう、アゼル――『これならいいでしょ?』」


 悪戯っぽく笑いながら先の言葉を繰り返したフィリアに、俺は苦笑しながら両手を挙げて降伏の意を示すしかなかった。

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