7話:冒険者
「待った待った! 俺たちは怪しい者じゃない!」
現れたのは武装した四人の人間だった。男二人、女二人の構成で、年齢もまばらだ。装備に統一感はないが、それぞれの人間が戦闘にこなれた雰囲気を醸し出している。
村の兵士ではない、かいといって野党のような有り合わせ感のある装備でもない。
とりあえず敵意はなさそうだから、俺はすぐに弓矢を下ろした。
「見ない人だな、冒険者か?」
俺が弓矢を下ろしたことで、声を上げた男は安堵したようだった。反対に、俺は内心で「面倒なパターンを引いたなあ」と愚痴を溢した。
これが村にいる他の狩人ならまだよかったが、他所から来た人間となると隠している【血濡魔術】が使いにくくなる。戦闘の経験を積んだ奴なんかは変なところで鋭いから誤魔化すのも難しいんだよなあ。
……なんとかしてお帰り願うしかない。
「いやあ、驚かせたようですまないな。俺たちは冒険者協会の探索者だ。名前はカイル。近くを通っていたところ、悲鳴に似た声が聞こえてね。人が居るんじゃないかと思って駆け付けたんだ」
「そうか……見ての通り狩猟中でな。アンタらが聞いたのはこいつの警戒音だろう」
「そのようだな。怪我が無くてなによりだ……ところで君はここの近くに住んでいるのかな? 俺たちロスウェル村に向かっているんだけど道に迷ってしまってね」
「ロスウェル村に?」
思わず声が漏れてしまった。自分の故郷のことをこう言うのは憚られるが、特段何かがあるわけでもない退屈な村だ。過去に冒険者が立ち寄ることがなくはなかったが、たいていが休憩場所を求めてたどり着いた者たちだった。しかし、彼らはどうもそんな様子ではない。明らかな目的があってロスウェル村を目指している。
考えられるのは何らかの依頼を受けて来たのだろうが、俺が知る限り村で問題は起こっていないはずだが。
「……この方角をまっすぐ進めばロスウェル村に着く。今から向かえば夕刻より早く森から出られる」
俺は村の方角を彼らに示した。気になるが、冒険者でもない俺が深く突っ込むのは野暮というものだ。詮索するのはやめよう。
「そうか、教えてくれてありがとう! それじゃあ――」
「……ねえ君。きみさえ良ければ村まで案内してくれない?」
リーダーの男の言葉を遮る形で、メンバーの女がそんな提案をしてきた。
「見た感じ、ここには君ひとりで来たのよね? ひとりでその地穿鹿を運ぶのは大変でしょ? 道を教えてくれたお礼に運ぶの手伝ってあげる」
……なるほど。俺みたいな若い奴がひとりで森にいるから、心配になった口だな。なんとも優しいことだが、余計なお世話だな。
「いいや結構だ。これくらいひとりで運べる。他にも探すものがあるからあんたらの手は借りない」
「その獲物を抱えて? いくらこの森に慣れているからと言って、そんなに大きなものを仕留めちゃったらそれを抱えたまま動くのは難しいはずよ。それに君、もう矢が一本しかないじゃない」
「む……」
そこを指摘されると痛い。実際には二十本の矢を持っているのだが、それを説明するには俺が固有魔術を持っていることを説明しなくてはならない。別に【武具創造】なら話してやってもいいが、説明やらなんやらが面倒くさい。
「……はあ、わかった。村まで案内しよう。だが獲物を運ぶのにあんたらの手は必要ない。その代わり魔物が来たら相手してくれ」
「むう……わかった。なら魔物の相手は任せて頂戴。二人もそれでいい?」
「私は問題ないわ」
「私もです」
女が残りのメンバーに確認を取ると、両者とも了承の意を返した。やれやれ、地穿鹿一匹でとんだ手間が増えたなあ。母さんの木の実はまた次の機会にするか。
「ねえねえ、それなら早く解体しちゃいましょ。私地穿鹿の解体初めてなの」
そう言って自身のナイフを取り出したのは、俺と同じくらいの年齢の少女だ。冒険者の一団の中で最も若いが、冒険者としての経験はそれなりに積んでいると思われる。
しかし、張り切っているところ悪いが、彼女に近付かれるのはいささか都合が悪い。
「解体の必要はない。ああ、血抜きは終えている。少しどいていろ」
彼女らに何かを言われるより先に、俺は服の下に仕込んだ【血織刃】に魔力を通すと地穿鹿の腹に腕を回してそのまま肩に担ぎあげた。
腕や脚、関節部の素肌に巻き付けた【血織刃】は防具としての役割だけでなく、筋肉の補助や力そのものを増幅させる強化鎧として活用できる。
「おお、すごい。身体強化の魔術ですか?」
眼鏡をかけた、一見戦闘に不向きそうな男が尋ねる。おそらく俺が魔力を使ったのを感じ取ったんだろう。わずかな魔力なのによくわかったものだと感心すると同時に、こいつの前でこれ以上魔術を使わないことにした。
魔術師は熟練の者ほど魔力の流れや属性を読み取ることに長けているからな。下手をすれば固有魔術の保有者ということまで気づかれそうだ。
地穿鹿は胸に刺さった【紅穿】の矢にあらかじめ施しておいた、吸血効果を持つ蛭を模した紋様――【渇紅紋】によって血液を吸収されていた。
外見からはわからないだろうが持ち上げると減った血液の分だけ軽いため、触られると不審に感じられる可能性がある。
「村の友人に魔術学院に通っているヤツがいてな、そいつから少し……村はこっちだ、ついて来な」
それだけ言い俺は先頭を歩き始めた。道すがら何度か少女に話しかけられたため、その際に互いの名前を知ることができた。
俺に案内を頼んだ女はエマといい、リーダーのカイルとはもともとパーティーを組んでいたらしい。本来はもう一人いたらしいのだが体調を崩したらしく、今回の依頼を受けるにあたり急遽別の冒険者と組むことになったのだとか。
その助っ人が、俺と同年の少女リアナと眼鏡の男コーネルだ。
リアナは何というか、良い表現をすると明るくて活発な奴だ。俺の所感を包み隠さず言うと、うるさい。こいつが聞いてもないことをペラペラしゃべってくれたおかげで、彼らの名前を知ることになったのはありがたいが、俺に対していろいろ聞いてくるから困る。特に困ったのは魔術関係の質問だ。「誰から教わったのか」だとか「他にどんな魔術が使えるのか」とか、とにかく答えずらいったらありゃしない。
そういった質問に関しては、下手なことは言わず適当にあしらっていたら、俺の雰囲気を察してかカイルが彼女を窘めてくれた。この時点で彼の評価を上方修正した。
コーネルだが、彼はこの一団の中で最も冒険者ランクが高いらしい。カイルとエマはCランクで、リアナはCを目前にしたDランク。そしてコーネルがBランクなんだとか。軟そうな体格からはとてもそうには見えないが、魔物を狩る討伐者として名を上げた人物なんだとか。
世界を股にかけ、各地に拠点がある冒険者協会には三つの役職があるのは聞いたことがある。
開拓や生態調査を行う探索者。
魔物の討伐を行う討伐者。
現地から持ち帰った素材を研究する研究者。
外でよく見かける冒険者はほぼ探索者か討伐者だ。
それぞれの役職に就くには色々と細かい規定があるらしいが、さすがにそこまで知りたいとは現状思わない。
しかしコーネルか……なんというか怪しい人物だな。到底強そうには見えないのに、他の三人を制圧できそうな威圧感も感じる。おそらくヤツは戦士のように、真っ向から敵と戦うタイプではないな。誤解がないように言うが、それが悪いとは微塵も思っていない。むしろそれで戦場で生き残ってのし上がるのは、まっとうなことだと思う。
だが……俺の所感だが、見た目ほどまともなヤツではないように感じる。
「……見えたぞ。あれがロスウェル村だ」
妙に疲れる――主にリアナのせいで――進行を経て、俺たちは森を抜けた。村に入ったらまずは詰所に行き、俺は帰還報告をする必要がある。ついでにこいつらを詰所の人に引き渡して、あとのことはお任せしよう。
詰所に向かう途中村の人たちが物珍し気に冒険者たちを見ていた。実際行商人以外でこの村に人が来るのは本当に珍しい。
「おうアゼル、戻ったか。ん? その後ろにいる人たちは?」
「森で会った冒険者の人たちだ。この村に用があるみたいだったから連れてきた。悪いけど、あとを任せてもいいか?」
「あー、そういえば……あんたらもしかして領主様――ロスウェル子爵の依頼を受けてくれた冒険者か?」
「ああそうだ。俺はパーティーリーダーのカイルだ」
「あんたらが来たら、領主様の館に案内するように言われている。アゼル、案内ありがとな。後のことは俺たちがやる」
「ああ、わかった。それじゃあ俺はここで」
「助けてくれてありがとう。多分しばらくこの村に滞在すると思うから、次に会うときは今日のお礼をさせてくれ」
「縁があればな。じゃあな」
カイルたちに別れを告げて俺は帰路に就いた。しかし領主様が冒険者協会に依頼を出していたとは……彼らのランクの高さといい、どうにも嫌な予感がする。
「何事もなければいいが……」
太陽が沈み始めほのかに赤く色づいてきた空が、かつて見たいつかの光景と重なり、胸中に生じた不安がしばらく拭えなかった。




