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78話:目指すべき方角

「……統括者(ギルドマスター)か」

「数日振りですね。フィリア様にリアナさんも、朝からお元気そうで何より。お仕事は順調ですか?」


 相変わらず柔らかな物腰で挨拶をするが、数日振りに会った統括者(ギルドマスター)の顔は僅かに疲労が見えており目には薄く隈ができていた。


「おかげさまでな。対してあんたは……あまり上手くいっていないようだな。前よりも顔色が悪く見えるぞ?」

「ははは、これはお見苦しいものを。最近は少々徹夜が多かったもので……ですが仕事の方はすこぶる順調ですよ。順調に進みすぎて、この先一か月の仕事は片付けてしまったほどです」

「ふうん?」


 一か月とは、これまた随分と張り切ったものだな。それも、わざわざ徹夜までして……何か理由でもあるのだろうか?

 そんな風に考えていると、フィリアも丁寧な所作であいさつを始めた。


「ごきげんよう、モルテイン統括者(ギルドマスター)。お仕事熱心なのは結構ですが、あまり根を詰めすぎては倒れてしまいますよ?」

「おお、これはご丁寧に……ご心配下さりありがとうございます。そうですね、近い内に休暇でも取ろうと思います。ですがその前に、重要な案件を済ませませんと……」


 そう言うと統括者(ギルドマスター)は、手に持っていた紙の束をフィリアに差し出した。


「こちら、頼まれていた物です。恥ずかしながら、ご期待に沿えるかは少々自信がありませんが……」

「……拝見いたします」


 そういうや否や、フィリアは紙を捲りそこに書かれている内容を読み始めた。場所が場所なだけに軽く流し見る程度だが、それを考えても次のページに移るまでの速度が早い。学園に通っていたからか、こういった資料を読むのに慣れているのだろう。

 そんなフィリアだったが読み進めている内に、眉間に僅かにだが皴が寄ってきた。なにか不審な点でもあったのだろうか?


「……アゼル、ちょっとこれ見て」


 フィリアに手招きされたので、俺も横から資料を覗き込む。


「どれどれ……ってなんだこれ?」


 資料の前半はこちらの要望したコーネルの情報が確かに書かれていた。しかし、コーネル本人の情報に関しては全体の三割程度しかなく、その後に書かれている血追いの徒の正確な情報に関してはせいぜい全体の一割しかなかった。

 そして後半からは明らかにコーネルとは関係のない、怪しい魔道具に関する事ばかりが羅列していた。それも、噂や伝説といった眉唾な情報まで。

 これはいったいどういうつもりで書いたんだ?


「申し訳ありません。私の力では、どれだけ頑張っても彼に関して冒険者協会で得られる情報はその程度でした」


 二人して訝しんでいると、統括者(ギルドマスター)は少し目線を落として謝罪をする。


「――ですが、それではあまりにも面目が立たない。ならば代わりにと思い、例の遺物と思わしき特別な魔剣や魔道具の在り処や所有者に関する噂等をまとめてみました」

「なるほど、そういうことか。そういえばあんたには遺物のことを話していたな」


 そういうことなら納得はできる。実際、俺が要求したコーネル本人の情報に関しては、思った以上に中身が薄い。

 資料によると、コーネルの出身はリューネという港町で、冒険者登録もその町で行われたようだ。しばらくはリューネで活動を続けていたがその後、王都へと移動し以降活動はそこを中心にしている。時折方々へ遠出をしているものの、これといって変な記載はない。

 ただし、統括者(ギルドマスター)が付け加えた備考には「約二か月間、活動が停止していた期間あり」と書かれていた。これの時期はコーネルがCランクに上がったばかりの頃のようだ。

 この空白期間に血追いの徒と接触したように見えるが、現時点ではまだ何とも言えない。

 全体的な評価としては、どの行動も怪しいが、どの行動も不自然ではない。言ってしまえば、血追いの徒が関わっていると断言できるだけの情報がない。唯一違和感が有る情報がコーネルがBランクに上がるきっかけとなった鏡爪虎(ミラージュタイガー)の討伐なのだが、その件に関しては既に種が割れているから無視する……いや逆に考えれば、コーネルが「夜王の遺物」を手に入れたのはそれ以前であると考えられるか。

 なんにせよ思ったよりもコーネルに関する情報が少ない――と言うより普通といった感じだ。この感じでは、どれだけ調べても大した情報は出なさそうだな


「……なるほど、そうでしたか。モルテインさんのお心遣い、まこと感謝いたします……アゼルどう? なにか引っかかるところとかある?」

「…………ふうむ」


 もともと俺としては出身地や主な活動拠点を起点に血追いの徒の本拠地がわかれば良いな程度にしか期待していなかったため、情報が少ないことに関してはさほど気にしていない。

 だがこうして、血追いの徒に関する事件をまとめてもらうと少し見えてくるものがあった。


「気のせいかも知れないが、どうにも事件が起こった場所が国の北から東の土地に偏っているように感じるな……」

「え……本当だわ。年代がバラバラ過ぎて気付かなかったけど、確かに大規模な殺傷事件は東北に集中しているように見えるわね。西や南にも怪しい傷害事件はあるにはあるけど、どれも小規模で事件的にはよくある物ばかり……」


 そう考えると、コーネルの出身であるリューネは北にあるし、遠征した土地にも北や東の端に行ったものが数回ある。となると、だ。


「血追いの徒の拠点は、ノイヴェルト王国の北東にある?」

「その可能性はあります……もしかしたら、ノイヴェルト王国の外にあるのかもしれません」


 自信がないのか、統括者(ギルドマスター)が控えめにそう付け加えた。

 なんにせよ、目指すべき方角を定めるには十分な情報だ。あまり期待してなかっただけに、この成果には思わず笑みを浮かべてしまう。数日も待った甲斐があるというものだ。


「礼を言う、ライナス・モルテイン統括者(ギルドマスター)。魔道具の情報の方も、ありがたく利用させてもらう」

「そう言って貰えて一安心です。私も苦労して調べた甲斐がありました。ところで――」


 統括者(ギルドマスター)は広間の方に視線を送る。おそらくここに降りてきた時から気にはなっていたんだろう。


「あちらの中心に居るのは「ステップトレイル」の方々ではありませんか? なにやら大物を仕留めたご様子ですが」

「ああ、昨日張り出していた夜狩熊(ハンターベア)の討伐を終えたばかりなんだ。報告自体はあんたの耳にも入っているんじゃないか?」

「ほう、夜狩熊(ハンターベア)を! 依頼書を発行したのは昨日だというのによくもまあこんなに早く……ですが、自分達で倒したにしては些か困っているように見えますが? 酷く疲労した様子を見る限り、そうとうな苦労の末に倒したこと伺えますが……それでしたら威張るまでと行かずとも、少しくらいは自慢げな顔をするのが冒険者というものなのですがねえ?」

「……きっと実力を誇示しない謙虚な性格なんだろ」

「そうかもしれませんが、私の感覚としましては……どなたかの手伝いありきあっての成果、といったようにお顔にも感じとれますねえ。そう例えば……伝説の魔物を倒せるほどの力を持った新人さんの力を借りた、とか?」


 こいつ鋭すぎないか? 疑われた時点で半分諦めたとは言え、カイル達の顔からよくもまあそこまで読み取ったものだ。


「さてね。だが……夜狩熊(ハンターベア)と戦い仕留めたのは、間違いなく「ステップトレイル」の三人だ。それだけは確固たる事実だから、そこら辺はきちんと評価してやれ」

「ふむ……確かに、三人が纏う雰囲気は数日前に見た時よりもより洗練されているように感じますね。特にメリルさんの魔力の質はかなり向上しているようですし……」


 統括者(ギルドマスター)は少し考え込んだかと思うと、何かを思いついたのか僅かに口元を綻ばせた。


「では統括者(ギルドマスター)らしく、新進気鋭の冒険者に挨拶でもしましょうか。要件は終わりましたので、私はこれで失礼させていただきます。それでは「曙光の導標」の皆さま、どうか良き冒険を」


 そう言って軽く頭を下げると統括者(ギルドマスター)はカイル達の方へと行ってしまった。

 その背中が冒険者達の中に入っていくのを見届けると、リアナが呆れの中に僅かな驚きを含ませたような声で呟いた。


「「()()()()()()()()()……だって。あの人、いったいいつから近くに居たんだろう?」

「さあな、もしかしたら俺達が窓口に入った時から居たのかもな」


 そうでなければ、たった今登録したばかりの俺達のパーティー名を呼べるわけがない。まったく、最後まで捉えどころのない男だったな。


「なんにせよ、目的の物は手に入った。この地に夜王の遺物がないことは調査で確認が取れたし、もうこの町でやることは無いな」

「なら、旅立ちの準備をしないとね。次の目的地は決めてあるの?」

「ああ。より正確に言うと、今決めた」


 そう言ってからフィリアに資料のとある記載を示す。


「うん? なになに……『鉱山都市ドランデルの鉱山に巨大な空洞を発見。高純度の火精石が大量に発見されたことから、かつて火竜の巣穴であったと思われる』……ドランデルに火竜って、どこかで……」

「前に、露天商の商人から聞いた話だな。竜殺しの魔剣が鉱山には埋まっているとか眉唾の伝説があるところだ」


 まさかこの資料の中でもその名前を見ることになるとは思っていなかった。竜殺しの英雄が振るったという魔剣が夜王の遺物である可能性は限りなくゼロに近い。

 資料でその名前を見るまではすっかり忘れていたし行く気も無かったのだが、書かれてなおかつ目に留まってしまっては、単なる偶然であっても多少の縁を感じるというものだ。


「それじゃあ、次の目的地は――」

「鉱山都市ドランデルだ」

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