77話:パーティーの名前
「「う~~~ん……」」
「まだ悩んでんのか。もう適当に決めりゃあ良いだろ?」
冒険者協会の酒場の隅の席で眉をひそめながら唸るフィリアとリアナに、俺は呆れながら言う。
二人の間には一枚の紙が置かれており、そこには何らかの名前とわかる文字列が雑多に書かれていた。
「イヤよ! 初めての自分のパーティーなんだもん。とびっきりカッコイイ名前にするんだから!」
「そうよ! アゼルもアイデアの一つくらい出しなさいよ!」
二人から同時に責められた俺は、逃避気味に入り口広間に目を向ける。そこには居心地の悪そうな笑顔を浮かべながら周囲の冒険者からの賞賛を浴びている「ステップトレイル」の三人が居た。その後ろからは倒した夜狩熊が数人の男たちによって慎重に協会付属の解体場へ運ばれているところだった。
森で朝を迎えた俺達は、早々に野営地の片付けを行いカルディナの町へと戻って来ていた。
皆起きるのは早かったが、やはり昨晩の戦闘の疲労が取れいないのか、野営地の片付けを行う皆の動きはどこか緩慢だったように感じた。特にメリルは元々体力が低い上に魔力を消耗しすぎたこともあり、起床したのは一番最後だった。
意外なのはフィリアで、カイルとエマが起きた数分後にテントから出てきた。彼女もメリルに劣らず魔力を消耗したはずだから、てっきり起きるのは一番最後だと思っていたため軽く驚いた。
しかしよく観察してみると、目は半分閉じておりその表情も心なしか不機嫌そうだった。理由を尋ねてみたところ、ひと眠りしたのに眠った気がしないと愚痴をこぼした。どうやら慣れない地面の感触のせいで眠りが浅かったようだ。
それを聞いた俺は、口では「最初の野宿はそんなものだ」と慰めつつも、内心ではその新鮮な反応にほくそ笑んだ。
そんなわけで、昨晩同様夜狩熊の死体は町に入る手前までは俺が運ぶことになった。Cランクの魔物となると爪の一本から毛皮まで、どの部位も売ればそれなりの価値になるため、身体丸ごと運ぶ手段があるなら持っていかない手はない。
とは言え流石に町中まで俺が運ぶとなると悪目立ちするため、城壁手前で降ろしそこから先は冒険者協会に人を手配して運んでもらうことにした。
俺達が一足先に冒険者協会の建物に戻って人の手配をし、カイル達は城壁前に残って夜狩熊が盗まれないよう見張ることになったのだ。
そんな運びで「支援窓口」で人の手配を済ませた俺達はカイル達が戻ってくるまで待つ間に、ついでにパーティーの登録も済ませようとしたのだが……いざパーティーの名前をどうするかという段階で二人が悩み始めたというわけだ。
まったく……あんまりにも長く悩むものだから、カイル達が来るのが先になったじゃないか。
「ちょっとー、マジメに考えてる? アンタもパーティーの一員なんだから、案のひとつくらいは出してよね」
「うるさいなあ……その紙の一番上に書いてある『黎明の開拓者』じゃ駄目なのか?」
「「それは駄目!」」
何故だか二人に強く否定されてしまった。何もそんなに強く言わなくても……嫌なら何で書いたんだよ。
「いや、この名前が嫌いとかじゃないのよ! ただ、それは流石に畏れ多いというか……」
「畏れ多い?」
たかがパーティーの名前を考えるのにそんな表現が出ると思わなかったな。さては、どこかの有名な冒険者パーティーの名前か?
「何その顔……まさか、「始まりの冒険者」の話を知らないの?」
「始まりの冒険者?」
「ウソでしょ? この話を知らない人っていたんだ……」
信じられない物を見る目を向けるリアナに軽くイラっとしつつも、俺は彼女の語り始めたその物語に耳を傾ける。
はるか昔、この世界にまだ冒険者という職業が存在しなかった時代。「黎明の開拓者」という世界中を旅する一団が居たという。
その者達は多様な種族で構成されており、共に世界の果てを目指していた。森を拓いては魔物と戦い、海を拓いては自然の厳しさに襲われ、砂漠を拓いては人を助け、空を拓いては神秘に見える。
時に困難にぶつかりながらも、決して歩み止めることなく、ただひたすら世界の果てを目指して世界を開拓していったのだという。
そんな彼等に憧れ、感化されていった者達は、やがてその足跡を追い次々と旅の仲間に加わっていった。その流れは時を経るごとに更に大きくなり、いつしか国ぐるみでその一団の支援をするようになっていった。そうして設立された組織が「冒険者協会」であり、その起源となった「黎明の開拓者」をいつしか「始まりの冒険者」と呼び称えるようになったという。
「その「黎明の開拓者」達の足跡は伝説として残っていて、今では親が子どもにおとぎ話として聞かせたりしてるの。本にもなっているから、大きな町にある図書館に行けばいろんな話が知れるよ」
「ふーん……初めて聞いたな」
「逆にレアね。アゼルのご両親は寝物語を語ったりしなかったのかしら?」
「どうだったかな……していたような気もするし、していなかったような気もする。なにぶん俺自身がそういうことに興味がなかったからな」
語ってくれたこともあったんだろうが……多分俺があんまりにも興味なさそうだったんでやめたんだろうな。前世の子ども時代だったら楽しめたのだろうが、今世の俺の精神年齢は大人を通り越してもはや爺だからなあ。
今の俺が知っているのはせいぜい「血塗れ夜王」の物語と教会が語る「創世神話」程度だ。
「ともかく理解した。その「始まりの冒険者」に憧れはあるが、その名前をそのまま使うのは逆に恥ずかしいってことだな」
「そういうこと。この名前を書いたのはあくまで参考よ」
確かに「黎明の開拓者」の下の空白には、「明かり」とか「開拓」の単語に似た言葉がいくつか書かれていた。気恥ずかしいが、強い憧れからそれにあやかりたいのだろう。
それ以外では「狐」とか「魔導」といった俺達三人の個性を表そうとした単語が並んであったが、それらは納得できなかったのか何個かには斜線が引かれていた。
「とにかく、アンタも何か出してよ。できるだけアタシ達三人を表すような言葉をさ。それが思いつかないなら、せめて好きな単語だけでも良いからさ!」
「ったく、面倒だなあ……単語……単語ねえ……」
何か一つでも出しておかないと引き続きネチネチと文句を言われそうなので、少しばかり考えてみることにした。
三人を表す単語と言われたが、俺達に共通するような言葉はそう簡単に出てくるわけがない。となると俺の好きな単語を挙げるしかないのだが、好きな単語と言われてもなあ……。
「……黄昏」
「うん?」
「夕暮れを別の言い方だ。これじゃ駄目か?」
黄昏時――それは陽と月が切り替わる刹那の時間。
目前には太陽が空と大地を明るく染めながら、背後からは夜の闇が迫る……神秘的ながらもどこか畏れも感じさせるような、そんな昼でも夜でもない不安定なひと時。
特別好きと言うわけではないが、前世の俺はこの時間を毎日心待ちにしていた。もっともその感覚は、決して良い意味でも心地良いものもなかったが、それでも俺にとっては特別な意味を持つ時間だ。
「お前等の髪色的にも良いんじゃないか? フィリアの赤色とリアナの黄色……どれも夕焼け空にぴったりじゃないか」
うん。思い付きで出した単語だったが、中々どうしていい名前が出せたんじゃないか?
「でもそれだと、アゼルの黒髪には合ってないんじゃない? ちょっと赤色が混じっているといるけどさ」
「そこはあれだ、夜的な?」
「うーん、単語としてはカッコイイけど………………何かイメージが暗いからボツで!」
「はっ倒すぞテメエ」
せっかく人が案を出してやったというのに、ボツにするとは何事か。
「ちっ……まあいい。お望み通り案は出してやった。後は勝手にしな」
「あー、ゴメンって! さっきも言ったけど、単語自体はカッコイイと思うからさー。そんなに拗ねないでよー!」
舌打ちした俺にリアナが慌てた様子で猫撫で声を出す。傍から聞いていたら愛らしいが、はっきり言って今使われても気色悪い。
「……じゃあ、曙光は?」
そんな俺達のやり取りを見ていたフィリアが、ふと思いついたように言った。
「曙光?」
「夜明けに差す朝日の光よ。「黄昏」が日が沈んで夜の闇を迎える時間なら、その反対は夜の闇を切り開く始まりを迎える「曙光」かなって……これなら少しは明るいイメージになるかなって」
どうかしら? と伺うように訊ねるフィリア。その言葉を聞いたリアナの反応はと言うと、目を輝かせながら明るい顔をした。
「曙光……良いわね! 新しいパーティーの名前にピッタリじゃない!」
「ほ、本当に?」
「うん! この単語を基に考えましょ」
その言葉にインスピレーションを受けたためか、リアナとフィリアは先程とは一転して楽し気な様子で名前を考え始めた。
それから数分後。フィリアが紙の真っ白な裏面に大きく一つの名前を書くと、リアナがそれを見て満足そうに頷いた。
「よし、出来たわ! これがアタシ達のパーティー名よ!」
興奮したように俺の方へと突き出したその紙にはこう書かれていた。
『曙光の導標』
「どうよ?」
期待の籠った目で訊ねるリアナに頷きを返す。
「良いんじゃないか? 中々に洒落ていると思うぞ」
「やった!」
俺がそう言うとリアナとフィリアは嬉しそうに笑った。
本当に良い名前だ……俺が名乗るには勿体ないと思うくらいにはな。
「じゃあ早速パーティー登録しに行くわよ! ほらほら、早く!」
「わわっ、ちょっとリアナ!」
「お、おいっ。わかったから、腕を引っ張るな……」
興奮するリアナに引かれるまま、冒険者達に囲まれているカイル達の脇を通り、俺達が冒険者登録をしたのと同じ「登録窓口」へ向かった。
受付の前に立つと職員に一枚の書類を渡され、リアナはそこに先ほど決めたパーティー名とその構成員――つまり、俺達三人の名前を書いていく。
リアナが書いている間に俺とフィリアは、改めてパーティーの仕組みについての説明を受けた。説明と言っても、冒険者登録時の説明と比べると難しい話はない。
パーティーを組むことのメリットは、単純に受けられる依頼の幅が広がるという点だ。
人手があるということはそれだけで有利だ。例えば剣も握ったばかりのFランク冒険者一人だけでは、せいぜい出来る依頼は近場の採取依頼や粘魔の討伐くらいしかできないだろう。しかし、それが三人集まれば戦力は三倍となり、そうなるとEランクの討伐依頼にも手が届くようになる。
また行商人の護衛といった依頼は、荷馬車を魔物や野盗から守れるだけの人数が求められるのだが、その際に予めパーティーを組んでいる冒険者ならば、ソロの冒険者を集めて即席のパーティーを作ることに比べはるかに依頼を受けるハードルが下がる。
もっとも、そういったパーティーは連携が上手く行かないことを理由に失敗する確率が高いため、協会側は既にあるパーティーに直接話を持ち掛けることが多くなり、必然とソロ冒険者には掲示板に貼り出されるような採取依頼や魔物の討伐といった一人でも「問題のない」依頼しか回ってこなくなる。
成功率やら生存率の面から考えても、ある程度の人数が固まることは利点が多い。
反対にデメリットとしては、責任が連帯性になることだ。
冒険者が依頼に失敗は自己責任、というのは登録初日にも聞いたが、パーティーを組むとその失敗は他の構成員にも影響する。失敗しても違約金が増えることは無いしよほど酷い結果にならなければ大して評判が下がるといったことにはならないが、これが依頼人や一般人との人間関係のトラブルとなると話は変わる。
例えば、俺が気に入らない依頼人を雑にぶん殴ったりしようものなら、「曙光の導標」には依頼人を気まぐれで殴る冒険者が居るという噂が瞬く間に広まり、その結果パーティーの構成員であるフィリアとリアナまでも何らかの問題がある冒険者として周囲からは見られてしまうだろう。それがたった一人の素行不良による問題だったとしても、そいつが所属しているパーティー全体に対する信頼が落ちる。
これはいつの時代どこの組織にだってある。どこかの組織に所属する者が信頼を崩すような問題を起こせば、その組織全体の信頼まで落ちるというケースは何も冒険者のパーティーに限られる話では無い。
実際、ゴルド達「鉄牙団」はそういったことが重なったことで落ちぶれたパーティーだったみたいだしな。
まとめると、パーティーを組めばいろんな依頼を受けやすくなり、結果的に冒険者ランクが上がりやすくなる。反対に失敗したり問題を起こせば全体の評価が下がり、その責任が構成員全員に降りかかる――という感じだ。
一般的な冒険者ならパーティーを作るのにメリットの方が大きいだろうが、俺の場合【血濡魔術】があるからなあ。周囲にこの魔術の特性が広まってしまったら、何もしなくてもパーティーの風聞が終わりそうな気がするのだが……まあそれをわかった上でリアナたちはパーティーを組むことにしたのだから、それについては考えないようにする。
これまで通り極力隠していけばいいし、どうしようもなくなったら解散すればいいか。
「ねえねえ二人とも。書類にパーティーの責任者――つまりパーティーリーダーを書かなきゃいけないんだけど、誰がなる?」
俺達が簡単に説明を受けていると、リアナからパーティーリーダーになるかという質問をされたのだが――
「リアナだろ」
「リアナよね」
「やっぱりアタシになるよね」
相談するまでもなく満場一致で決まった。
当然だわな。冒険者のランクやこれまでの経験を考えると、リアナをリーダーとするのが一番安定しているし新人の俺達としても安心できる。
「りょうかーい。これが新人同士だったら「一番強いヤツがリーダーだー!」って言って決闘するのがお決まりの流れなんだけどねー。すんなり決まって楽っちゃ楽だけど」
「新人てのは血の気が多いな。元気が有り余った若者らしいっちゃらしいが」
「アンタもその新人で若者の一人でしょうが……よし、書けた! これで良い?」
「――はい、確かに。それではこの情報を冒険者カードにも記録いたしますので、一度皆さんのカードをお預かりいたしますね」
そう言うと職員は書類と三人のカードを見ながらカウンター下に視線を落として手を動かす。依頼達成手続きをするときにもみられる行動だから、多分歴精記盤をいじっているんだろう。
以前にも、冒険者の達成した依頼情報を記録する魔道具と聞いたが、パーティーの情報も記録できるとは……いったいどんな原理なんだろうか?
「お待たせしました。これで、お三方のパーティー登録が完了いたしました。改めまして――パーティー「曙光の導標」の皆さん。パーティー結成おめでとうございます」
「ありがと! やったー、これでアタシ達は正真正銘、冒険の仲間になったのね!」
冒険者カードを受け取ったリアナは嬉しそうにはしゃいだ。
「そんな大げさな……」
「ふふ、でもリアナがはしゃぐのもわかるわ。私もなんか感慨深いもの……カードには何も書かれてないけど」
フィリアの言う通り、カードには文字が増えた様子はない。正直、冒険者カードを見ただけでは同じパーティーになったと言われても実感はない。
「細かいことは気にしないの! 大事なのは運命共同体っていう事実なんだから! あ、でもどうしてもパーティーの証が欲しいなら、何か共通のエンブレムを作ってあげても良いよ?」
「要らん。無駄遣いすんな」
まったく、嬉しさのあまり調子に乗り始めたな。気持ちはわかるが、ここで止めておかないと本当にエンブレムのデザインを考えかねん。
そんなことを考えながら、リアナに呆れた視線を向けていると――
「おや? これはこれは、アゼルさんではありませんか」
背後から聞き覚えのある声で呼びかけられた。




