76話:焚火の前でその手をとる
「グ……ヴゥ……」
夜狩熊は苦し気に小さく唸ると、そのまま力なく地面へと倒れた。
「た、倒したっ……やっと……!」
カイルは首筋に突き立てた剣をゆっくりと引き抜くと、小さく噛み締めるように言った。
「はあぁぁ……し、死ぬかと思ったあぁぁ……」
「…………きゅう」
その言葉を皮切りに、エマは安堵から大きな溜息を吐いてその場にへたり込む。
メリルに至っては、奇妙な声を漏らすとそのままふらりと倒れていった。
「おっと。大丈夫かメリル…………って、気絶してる」
地面にぶつかる前に血染布を伸ばして支えたが、おそらく魔力が底を尽きかけた状態で魔術を行使していたためだろう。ぐったりとした様子で眠っている。
周囲にはメリルが持ってきていた補給用の魔石が、透明感のある白色になった状態でいくつも転がっていた。白くなった魔石は中身の魔力が空になった証だ。
「そう安い物でもあるまいに……よく最後まで戦ったもんだ」
恐らく三人の中で一番負担が大きかったのはメリルだ。
メリル自身は攻撃をすることは少なく、後半はほとんど夜狩熊の妨害に専念していた。彼女は俺が時折入れる【紅鎖鞭】の拘束を見て参考にしたのか、終始夜狩熊の動きを阻害する魔術を使い、攻撃は全てカイル達に任せていた。
それを厄介に感じた夜狩熊が何度かメリルに攻撃を仕掛けていたが、メリルは俺の指示通り【魔術障壁】に頼らず逃げることで対処してみせた。
いやー、夜狩熊の全速力の突進を紙一重で躱してすれ違いざまに【拒絶する奔流】で夜狩熊を吹き飛ばした時は驚いた。流石は探索者パーティーの冒険者と言ったところか。なんだかんだと言いながら、魔物の動きをよく見ている。
「二人もお疲れさん。重症は負っていないはずだが、動けるか?」
勿論、頑張ったのはメリルだけではない。
カイルは夜狩熊と正面から斬り合って、攻撃と注意を一手に引き受けていたし、エマはメリルの方へ飛んでいく風の刃を【風裂刃】で散らしたりカイルの隙を埋めたりと細やかなサポートもしていた。
それでも戦況はギリギリだったため、前衛で戦っていた二人の身体は所々傷を負っている。特にカイルは何発か重い攻撃を受けて転がされたこともあったため、かなりボロボロだ。
もちろん、俺はしっかり見ていた上で見逃していたので、骨折等といった大きな怪我は二人には無いはずだ。
ゴルド達が多少ダメージを与えていたとは言え、あいつ等よりも少ない人数で、しかも一人は魔力もギリギリの状態で、よくぞ勝ったものだ。
「正直もう動きたくないな。というか……本当に最後まで助けてくれなかったな」
「何を言う。危ない攻撃からはちゃんと守ってやっただろ? まあ、夜狩熊に腹を殴られて数メートル転がった時は、流石に少し哀れに思ったが……」
「そうだな……そうだろ……はあ、とにかく疲れた。今はただ、休みたい」
「なら頑張ってテントまで帰らないとな。近くに設営して良かったろ?」
「まったくだ。設営時にはどうかと思ったが、今は感謝しかない……悪いが、夜狩熊の方は――」
「俺達が運ぶよ。どうしてもしんどいなら、ついでにあんたという荷物も運んでやっても良いが、どうする?」
「いや、大丈夫だ。自分で歩ける……」
俺の軽口にカイルも軽く笑いのろのろと歩き出した。
野営地へと向かう姿を横目に、俺は気絶したメリルをリアナに引き渡す。別に俺が運んでも構わなかったが、元気な女性がいるならそっちに渡した方が良いだろう。
「さてこいつは――【血織刃】」
俺が唱えると、木々の間からこの餌場の周囲に張り巡らせていた赤い帯と糸が無数に伸びて来る。それらは俺の前で集まるとやがて一枚の大きな布へと変化していき、地面に横たわる夜狩熊の身体を包み込む。
後は帯を縦に二本渡してっと……これで即席の背負い鞄の出来上がり。
俺は帯に両腕を通すと、一呼吸おいてから立ち上がった。
「よっこいしょ……うし、じゃあ帰るか」
「身体の大きな夜狩熊をそんな軽々しく……一応聞くけど、それって身体強化とかしてない、のよね?」
呆れたように俺を見るリアナに向かって頷く。
まあまあ重いが動けない程ではないし、身体強化も魔力使うからな。俺も先の治療でと戦闘支援で魔力をだいぶ消耗したし、今夜は少しでも魔力を節約したい。
そう言うと、リアナは今度は疲れたような溜息を吐いた。
「そのサイズを運ぶなら普通は身体強化使うものだと思うけど……もう今更か。その進化、じゃなくて肉体の変質って言ったっけ? それ、アタシもできるようになる?」
「それは努力次第だな。冒険者の活動を続けて成長していけば、その内に身体強化無しで夜狩熊の突進を受け止められるようになってるだろうさ」
「ホントに?」
「嘘は言わん。相応の時間はかかるだろうがな。ただそうだな……一つアドバイスをするとしたら、どういう身体になりたいかという方向性は考えておいて損はないぞ?」
「方向性?」
「いわゆる目標だな。魔力に込める願いは、純粋かつ単純な方が早く効力が出る。漠然と「強くなりたい」と願っても効果はあるが、それよりも「岩を砕くほどの腕力が欲しい」とか、「怪我をしない頑丈な身体が欲しい」という風に、ある方向に身体の性能を特化させていくのもひとつの手だ。実際俺もそうして肉体を変質させている」
「そっか、ならどうしようかな……」
そう言うとリアナは軽く考え始めた。
リアナの戦闘スタイルを考えると、やっぱり脚力を強化する方向が良いんじゃないかな。もしリアナがその方向に特化させて肉体の変質が完了したら、俺では彼女に追いつけなくなるかもしれないな。
勿論、現状不足している腕力や耐久力を向上させる方向にしても良い。まあ結局のところ、どんなことを考えて変質させるかはリアナ自身が決めることだ。
「それって、私にもできるかしら」
するとフィリアも興味が出てきたのか、同じような質問をしてきた。純魔術師であるフィリアにはあまり興味のない話かと思っていたが、進化やら肉体の変質やらを聞いて黙ってはいられなくなったのだろうか。
「勿論できる……と言いたいが、フィリアの場合は少しばかり難しいかもしれないな」
「どうして? 私も魔術師だから、魔力の操作に関してはむしろリアナよりも上よ? 身体強化程度なら……ほら、できるわ」
俺の口振りに変な負けん気が発揮したのか、なけなしの魔力を使って身体強化をして見せるフィリア。
しかしそういう問題ではないのだ。
「じゃあ聞くが、魔力による身体強化と魔術による強化、どっちの方が効果が高いと思う?」
「そりゃあ勿論……圧倒的に魔術ね」
「だろ? 魔力による肉体の変質にかかる時間は一年や二年では利かん。それならその時間と魔力を、より上位の魔術の習得に充てた方がよっぽど効率が良いとは思わないか?」
「それは、確かに……で、でも! 身体が強くなるのなら、勉強の合間にやっても良いと思う!」
「もっと言うと、肉体を変質させるためには魔力を身体に馴染ませる必要があるんだが、その過程は筋肉を鍛えるのとほとんど変わらないぞ。一応聞いてやるがお前、一日に一から二時間の筋トレを五年から十年間毎日続けることができるか?」
「………………………………できるもん」
フィリアは普段からはあり得ない程の小さい声で、精一杯の強がりからそう言った。
無理そうだなあ。魔術師というのは大抵運動を苦手とする者ばかりだ。フィリアは活発でそこいらの文弱共よりも体力がある方だが、それでも純粋な戦士とは比べ物にならない。絶対にできないとは言わないが、フィリアが筋肉を傷めつけるような訓練に耐えきれる想像がつかない。
「な、なら、筋トレの代わりに強化魔術を毎日身体にかけるのはどう⁉ 魔力を使うという点では同じだし、効果は身体強化よりも上。これなら魔術をかけるだけで良いし、きつい筋トレをする必要はない。むしろ身体強化よりも早く進化するかも!」
「うーん、それはどうだろうな。確かに同じ魔力というエネルギーを使っているから可能性はあるんだろうが、精気と瘴気とで違いもあるかもしれん。術式を介しているから、俺からは何とも言えんな」
術式とは魔力に与える「指示書」のようなものだ。術式そのものが命令文で構築されているため、その文を魔力が読み取りそのように現象を引き起こしてくれる。
また魔力は術者のイメージを基にして魔術を構築するため、このイメージする力が乏しいと上手く魔術は発動できない。しかし術式に刻まれた命令文が足りない想像力を補うことで、術者の想像力が乏しくても魔術を成立させやすくなっている。だから新米魔術師でも、火を矢の形にして飛ばすことができるし、そよ風で物体を切り刻むということができるのだ。
そんなわけだから魔術は知識さえ学べば誰でも使えるようになっているのだが、それは同時に術者本人の意思が反映されにくくなってしまっているとも言える。
ゼロではないため強い思念を乗せれば効果はあると思うし、それ用の魔術を使えば出来るかもしれないが、今のところ魔術師で強い肉体の持ち主には会っていないな。先生に関しては……俺もよく知らないんだよなあ。
「そ、そっかあ……」
それを聞いたフィリアはがっかりした様子を見せた。それなりに期待していたのだろう。
「ま、まあ、魔術師なら上級魔術の習得を目指した方が強くなる一番の近道だ。それに、魔術師でも肉体の変質ができないわけじゃない。鍛錬はちとキツイだろうが、興味があれば付き合ってやるよ」
「それは……ちょっと遠慮しよう、かな? 今回のカイルさん達や数日前の私へのテストのやり方を考えると、アゼルの教え方は学園の教育指導の先生よりも厳しいし……」
そんなに厳しいだろうか? いや、よく思い返せば前世の兵役時代でも俺の部隊に配属された奴は、早々に兵士を止める奴とずっと残る奴で二分されていた気もするな。俺のところに回されるような兵士は大抵落ちこぼれか碌でもない奴ばかりだったから、逃げ出しても特に誰も何も言わなかったな。
厳しすぎたのかもしれないが、訓練くらい乗り越えないと戦争では簡単に死ぬからな。訓練の厳しさに負けて逃げ出すくらいならそのほうが良い……まあ、俺の訓練を乗り越えた優秀な部下たちは、みんな戦時に死んじまったがな。
……今思えば、あれが俺の運命の分かれ目だったかもなあ。
「まあ、方向性に悩んだら候補に入れる程度でいいさ。とりあえず今はテントに戻って休め。カイル達もそうだが、フィリアも魔力を限界まで使って疲れただろう。夜警は俺とリアナでやってやるから、お前も今夜はゆっくりすると良い」
もっとも、慣れていない野営用寝具でぐっすりと眠れるかはわからんがな。
そんなことを考えながら俺達は、疲弊したカイル達の足並みに合わせてゆっくりとした足取りで自分たちの野営地へと戻るのであった。
野営地に戻るや否や、カイル達は手持ちの回復薬を塗って細かい傷を癒し軽く身体の汚れを落とすと、「後は任せた」と言って各々のテントへと入っていった。
フィリアも俺が建てたテントへ入ると、焚火の前に残されたのは俺とリアナの二人だけとなった。
「しかし、最近の回復薬はよく効くな。さっと塗っただけで即座に傷が塞がるとは。昔の回復薬はもっと治りが遅かったんだがなあ」
「昔って、いつの話をしてるのよ? アンタまだ十六かそこらのクセに、そんな年寄り臭いことを言って」
俺の知識は前世で止まっているからなあ。俺の頃の回復薬は塗ったら半日で傷が癒える代物だったのだが、カイル達が今使った物は塗ったら即座に傷が塞ぎ始めた凄い物だった。
軽傷程度にそんな高価な回復薬を使うのかと驚き尋ねたのだが、あれで一番安い商品だと言われて更に驚いた。
そりゃあ俺の死後二百年も経っているのなら、魔術と同様に薬も進歩するか。
ちなみに回復薬は外傷を治すために使われることが多いため、店で売られている物もほとんどが軟膏だ。高価な物は中級の治療魔術に相当する効果を持っているらしく、たとえ全身に深刻な火傷を負ったとしても塗ればたちどころに皮膚が再生して完治するという。
こういった最新の常識を知る度に、まだまだ自分の認識が今の時代に追いつけていないなと強く感じてしまう。
「アンタって色々なこと知ってるけど、変なところで世間知らずだよね?」
「ほっとけ」
「冒険者になったなら回復薬は必須装備よ? 持って来てないって聞いて逆にビックリしちゃったし……何なら少し分けてあげようか? その手の怪我、痛いでしょ?」
そう言われたから、俺は自分の手の平に視線を落とした。
ゴルドの仲間を治療するために付けた傷は消毒し清潔な包帯を巻いたが、実のところ出血自体はもうとっくに止まっている。
痛みに関してはまだ残っているが、これくらいはとうの昔に慣れているから気にならない。
「いや、遠慮しておく。自分でつけたものだし、こんなのに回復薬を使うのも勿体ない。それに――この程度の怪我はすぐに治る。そういう風に変質している」
「……それって、さっき言っていた肉体の性能を特化させる話?」
「そうだな。俺の場合は強い腕力や速い脚力と言った大それた能力じゃなく、もっと生存に特化した形だ」
俺の身体は前世で至った肉体を参考にしている。
なにぶん若い頃から戦場に身を置く過酷な日々だったからな。怪我は絶えなかった。
加えて【血濡魔術】の条件もある。
「【血濡魔術】はどうしたって血が必要になる。戦闘中に相手を傷つけ、その上で必要な量の血を得ることができればそれに越したことは無いが……今ならともかく、戦う力も乏しい時代ではそう上手くは行くわけないだろ? だから戦う前の事前準備が必要になるんだよ。今羽織っている外套や血染布とかな。だが、それら道具を製作するにもまた血が必要になる」
血を得るための準備に、血が必要……なら、始めはどこから得るかは自ずと限られる。
「まさか……自分の血を?」
「そういうことだ。加えて【血濡魔術】は他者よりも、自身の血を使うと効果が高いからな」
今の時代に産まれてからは、すぐに肉体に魔力を流し馴染ませていった。幼い身でありながら意識ははっきりとしていたため、早く行う分には容易だった。
数年が経ち身の回りのことを自分で出来るようになってからは、俺は家族の目を盗んで自らの身体を傷付け、その血で血染布を作っては己の身を密かに守っていた。
肉体が痛みに慣れていなかったせいか、それとも子どもの肉体というのは感覚が鋭敏が過ぎるのか、かすり傷程度でも凄まじい激痛が走ったことを今でも覚えている。
しかし村の外に出て他の生き物の血を取るのも難しかったから、痛みを歯を食いしばりながら耐えて血染布を作り続けた。
今振り返ってみれば、あの優しい人達に対してなんとも無駄な心配をしていたと思う。しかし産まれたばかりのあの頃の俺は、いつあの家族が豹変するかを深刻に警戒していた。
まだ幼く変質もしていない弱い肉体では、他者の庇護無しでは到底生きられないと理解していたし、固有魔術の存在を知られて捨てらるだろうと思っていた。そしてそうなったら、武器無くしては幼い身では生存はできないと確信していた。
その甲斐もあって、俺は齢五つの頃にはEランクの魔物程度の肉体強度は持っていたし、【血濡魔術】があればCランクの魔物が相手でも十分に戦えた。
それでもそんなことを数年に渡って続けていたおかげで、今ではすっかり前世の肉体と同じくらい痛みを感じにくくなってしまった。
「だからだろうな自然と俺は「早く傷が治ってくれ」「早く血を作ってくれ」とそんな風に考え……それに魔力が応えた」
「……どんな身体になったの?」
「人よりも傷の治りが早くなったんだ。魔術や回復薬と違い目に見える程の速度じゃないがな。この手の平の傷だって、次の日の夜には塞がっているはずだ。三日後には傷跡すら残ってないだろうな」
肉体の変質自体は幼少から少しずつ進めてはいたが、喰血哭の戦闘で何度か殺されかけたことで、ここ最近で段階が一気に進んだ。村の人が死んだから「おかげで」なんて絶対に言わないが……ま、怪我の功名と言ったところだな。そう言うには、災に対して利があまりに小さいが。
「……そう聞くと便利だけど、なんていうか、少し悲しい話ね。治療魔術を受けられないのに、魔術を使うためには怪我を受け入れないといけないなんて」
「もう慣れたことだ。それに、昔はともかく今は魔物や動物の血を使っているから、この体質が役立つことなんてあまりないぞ。せいぜい筋肉痛になりにくい程度だろう」
「それはー……ちょっと羨ましいかも」
そこで話が途切れて、辺りには焚火の爆ぜる音と風に吹かれて擦れる枝葉の音だけが静かに響く。
夜狩熊が大暴れてくれたおかげか、ここら一帯は他の魔物どころか動物や虫の鳴き声すら聞こえない。
そのまましばらく無言の時間が続いたが、おもむろに俺は口を開いた。
「それで、どうするんだ?」
「どうって?」
「パーティーの件だ。まさか一晩で片が付くとは思わなかったが、夜狩熊を倒した以上、これでカイル達に頼まれた仕事は終わりだろ? 俺の固有魔術の能力については昼の樹冠脚竜との戦いの時点で十分に理解しただろ。あの戦いが終わった直後のお前は、なにやら悩んでいるみたいだったから放っておいたが……俺の戦闘を見て、何か思うところがあったんだろ?」
そしてそれは、決して良い感情ではなかったはずだ。
「……そう、ね。うん、ゴメン。あの時は少し驚いちゃって」
「別に謝ることは無い。あれを見てなんとも思わない方はむしろ異常者だ……で、どうする?」
正直断ってくれた方が、今後の旅で気を遣う必要が無いから楽なんだがな。ただでさえ、フィリアが居るせいで使用する技も選んでいるんだからな。
中々良い仲間が見つからないと本人は愚痴っていたが、こいつ自身は性格は悪くない。Cランクに上がった今ならしっかりと探せば、パーティーを組みたがる人間なんて引く手数多だろう。実力面でも彼女と肩を並べられる者なんか五万と居る。
たまたま俺たちと出会って、たまたま人数的に足りなそうで、それでいてフィリアのような人物が居たから、パーティーを組もうとなんて考えたんだろうが……なにぶん俺のような人間が居るからな。俺の旅の目的を考えると、リアナが憧れているような冒険は期待できないだろう。
それを示すために【血濡魔術】を披露したのだが……。
「うん。少し戸惑ったけど……決めたよ。アタシやっぱり、アンタ達と旅したい」
「……理由を聞いてもいいか?」
「アゼルがアタシを拒んでいた一番の理由は【血濡魔術】を隠していたからでしょ? 確かに世間的には血を使った魔術は不吉だし、実際に死体すらも徒に傷め付けて血を周囲に撒き散らしながら戦うアゼルの姿は不気味に見えた。その姿を見て、正直どうするか悩んだんだけど……夜狩熊の戦いを見て考えが変わった」
「夜狩熊の? ほとんど何もやってないが……」
「あら。カイル達が死なないように、赤い帯で度々手助けをしていたのは誰だったかしら? アンタは全体を見ていたメリルよりもカイルとエマ、そして夜狩熊の動きをよく見ていた。そうじゃなきゃ、絶妙なタイミングで攻撃を邪魔するなんて芸当出来ないしね。それだけじゃない。ゴルドと喧嘩しそうになった時だって、アンタはあの場の誰よりも夜狩熊の奇襲に気付いて、攻撃からみんなを守った。普段は他人なんかに興味がないような素振りをしているくせして、誰よりも周囲のことを気にかけていた」
「……別に普通だろ。俺は安全圏からゆっくりと俯瞰していたから、戦場に立っていたメリルよりも俯瞰して物事を見れていた。しかもメリルは、魔力が切れかかって集中力も落ちていたからな。万全だったら俺の手助けなんか必要なかったかもしれない。奇襲に関しては……喧嘩に夢中になり過ぎたか、お前たちが鈍すぎたんじゃないのか?」
「あはは。それ照れ隠しでしょ? アンタって自分が褒められたら、すぐ謙遜したり否定したりするよね。横柄な態度を取ってるくせして、褒められ慣れてないんだ?」
その言葉に俺は大きな舌打ちをする。リアナのからかうような言い方に腹が立ったのもそうだが、それ以上に俺の自覚していない部分を言い当てられたような気がして、なんだか無性に気恥ずかしくなったからだ。
「くすくす……ゴメンゴメン。でもね、アタシの考えが変わった一番の理由は、ゴルドの仲間を助けたところなんだ」
「……まさかとは思うが、「敵を助けるなんて意外と優しいところがある」なんてこと言わないよな?」
「おースゴイ! よくわかったね? 敵とまでは思っていなかったけど、そんな感じだよ」
「馬鹿馬鹿しい。あれはただ単に、皆が必死に助けようとしていたから手伝ってやっただけだ。あの男が助かったらゴルド達に恩を売りつけてあの場から追い出せるんじゃないかという打算もあったし、治療が失敗してあいつが死んだとしても、俺自身は何とも思わん」
実際にその思惑は上手く行って、無事ゴルド達を追い出すことができた。それを親切と捉えるのは違うだろうに……。
「でもアンタは助けた。それこそメリルさんとフィリア以上に魔力を消耗しながらさ。見かけ上は平然としているけど、実はけっこう疲れてるでしょ?」
「む……」
意外にも鋭い指摘に、俺は思わず押し黙る。隠せているつもりでいたが、バレていたか。
「精気と瘴気は真逆の性質。精気の魔力で満ちている人の身体の中に入った針を、瘴気の魔力で操るのは至難の業。例えるなら、激しく流れる川を小さな小舟が遡上するようなもの。半端な魔力じゃすぐに制御できなくなる。それに加えて、身体の外からも大量に魔力が注がれている。正確な表現じゃいけと思うけど、あの時のアンタは三人分の精気の魔力と戦いながら魔術を操っていた……そりゃあ消耗しない方がおかしいわよ」
「……意外とわかっているんだな」
「下級とは言え、魔術を習っているからね。専門的なことは知らないけど、魔術やら魔力やらの基礎知識くらいは理解しているわ」
そうだったな。固有魔術とは違い、術式を用いる属性魔術は知識なしでは操れない。後から落ち着いて振り返れば容易に気が付けるか。
「冷酷な人間はあんな風に必死に人を助けるとは考えられないでしょ? 本当の人でなしは「人の死を利益と捉えるような人間」よ。あの時のアンタは、あの人を「助けない」という選択を取ることもできたし、それを選ぶことで被る損失は何ひとつなかった。フィリアは優しいから構わず治療魔術をかけてあげたでしょうけど、メリルさんはもしかしたら治療は無駄だとわかって、軽い応急手当だけやったらその後の戦闘のために魔力を温存したかもしれない。どっちにしろアンタが治療に加担しなかったら、ゴルド達は仲間を背負って町へと帰って行ったはずよ……むしろあの状況では、助けない方が私達の利益になっていた。違う?」
「……これまた意外だな。結構、冷徹な損得勘定をするじゃないか。お前はそいう考えは許せない性格だと思っていたんだが?」
「もちろん許せないわよ! そんな人は魔物のエサにでもなっちゃえばいいと思う――だけど、そういう考えの人が居るのも事実でしょ?」
「ははっ……違いない」
まったくもって違いない……そういった人間は、前世で嫌と言うほど見てきたよ。
「アンタは一見、冷徹で冷酷な人間な印象を受けるけど、その芯は他人のために必死になれる人だよ。それは【血濡魔術】だってそう。自分や他の生き物の血を使って動く魔術は、敵を倒すだけじゃなく、誰かを生かすことだってできる。そう考えれば、過度に恐れる必要なんて何ひとつないじゃない」
「………………」
「それにアンタ色々物知りだから、一緒に居ればいつか凄腕の冒険者――それこそSランク冒険者も夢じゃないわ! あ、もちろんフィリアが居るのも理由としては大きいわよ! あの子には色々と相談も乗ってもらったし、話も合うからすっかり好きになっちゃった! 冒険者としてはまだまだだけど、それもすぐに追いつかれそう。なんたって登録試験では投げ飛ばされちゃったしね! いやー、あの時はビックリしたなー……だから、うん――」
そう言うとリアナはこちらに向き直り、俺に手を差し出した。
「アタシを――アンタ達の旅の仲間に加えさせてちょうだい」
俺を見つめるその瞳からは、昼間に見た戸惑いの色はすっかり消え失せ、代わりに強い決意と期待の色が見えた。そこに恐れといった感情は一切ない。
「………………はああ。まったく酔狂なことだが、条件を提示したのは俺だからなあ」
時間を与えて考えた末の決断ならば、俺からもう何も言えない。
俺は呆れからそっぽを向き、少し長めの溜息を吐く。
「好きにしろ。だが、この先どうなっても責任はとれんぞ?」
差し出されたリアナの手を軽く握る。
顔を背けたままだから彼女が今浮かべている表情は定かではないが、それでも喜色に満ちた明るい声からどういった顔をしたかなんとなくわかった。
「うん! これからよろしく!」
こうして、俺の旅路にもう一人の同行者が加わった。




