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75話:身体強化の可能性

「カイルー、今の攻撃は風属性の魔力も乗っていたから、受けてたら最悪死んでたぞー? 避けられないと判断して咄嗟に【石膚(ロック・スキン)】を使ったんだろうが、お前の腕じゃ下級の防御魔術で防げるものじゃない。そんなのに魔力を使うよりも身体強化するか懐に潜り込め。それが無理なら気合で避けろ」

「む、無茶を言うな⁉」

「無茶を通せなきゃ死ぬだけだ。今のお前に足りないのは魔力による身体強化の練度と、腕をもがれようと死ぬ気で敵に食らいつかんとする気合と勇気だ! それ、頑張れ!」

「この鬼めーー‼」


 カイルの抗議を無視して夜狩熊(ハンターベア)の腕に絡みついた【紅鎖鞭(こうさべん)】解除する。

 突如として腕が解放されたことで凄まじい勢いと威力を伴って地面を叩く腕を、カイルは必死の様相で回避し剣を振るう。


「エマ! さっきから距離を取りながら【風裂刃(ウィンド・カッター)】を連発しているが、夜狩熊(ハンターベア)の毛皮を突破できてないだろ? 効きもしない魔術に魔力を消費するよりも、身体強化に魔力を回したほうがいい!」

「簡単に言うけどね! こいつ速いうえに、腕もそこそこ長いから振り回されたら近付けないのよ!」

「それでも剣で戦っているカイルよりかはマシだろ? あんたの獲物はスピアなんだから、もっと強気に攻めても致命傷は負わん! とにかく脚と腰回りの筋肉に魔力を回して突きまくれ! 身を守ることは二の次だ!」

「む、無茶苦茶よーー⁉」


 悲鳴を上げながらエマは上体を仰け反り、横薙ぎに振るわれた夜狩熊(ハンターベア)の爪をすんでのところで躱した。

 エマはそれで事なきを得たが、しかしそれによって同時に放っていた夜狩熊(ハンターベア)の風刃が後方のメリルの方へと飛んで行った。

 メリルは別の魔術を放つ用意をしていたため反応が少し遅れたが、風刃が届くギリギリのところで【魔術障壁(アルマ・マギカ)】を展開することに成功した。

 ふむ、反応は悪くないが……少し勿体ないな。


「メリルー、今のは普通に避けれたんじゃないかー? いくら風の刃が速いとはいえ、避けれない攻撃ではないだろ。事前に用意していた魔術を諦めることは無かったんじゃないか?」

「そ、それを言われたらそうですが! そもそも私は普段から後方から魔術で支援してばかりなので、身体を動かすのは苦手なんです! カイルやエマならともかく、私では咄嗟に避けるなんてこと出来ませんよ!」

「いやいや、飛んで来る風の刃に気付いて魔術を発動できるなら、避けるくらいは簡単に出来るだろ。まったく、魔術師ってのは何でもかんでも魔術に頼るからいけない……次からは身を守る為に【魔術障壁(アルマ・マギカ)】を使うのは禁止な?」

「ええっ⁉ じゃあ私はどうやって身を守ればいいんですか⁉」

「だから普通に逃げればいいだろって……とにかく、いつでも逃げられるように足回りを強化しておけ。術式を二つ並列起動することは難しくても、魔術師なら身体強化と魔術を同時に使うことくらいできるだろ? あ、目の周りの筋肉を強化するのもお勧めだぞ? 眼筋が向上すると敵の動きがよく見えるようになるからな」

「ひいいん……」


 なんとも情けない声を上げながらも、メリルは土属性中級魔術の【絡縛の土根(アース・バインド)】を発動する。地面から伸びた土の根が夜狩熊(ハンターベア)の手足を拘束し、その隙を狙ってカイルとエマは一斉に攻撃を浴びせた。


「……ねえアゼル。アタシ達、このまま見ているだけでいいのかな?」


 そんな彼らの様子を、後方から見守っていたリアナがハラハラとした様子で訊ねてきた。


「今のところは問題ないだろう。さっきも言ったが、これはカイル達のための修業のようなものだ。さっきのゴルド達の惨状を見て心配になる気持ちはわかるが、俺達が戦闘に加わるのは本来の目的からは逸れている。そうだろ?」

「それはそうだけど……万が一ということはあるじゃない?」

「その万が一が起こらないように、時折手も口も出してるんだろ? さっきだって【石膚(ロック・スキン)】で受けようとしたカイルを魔術で助けてやったしな」

「その助けが結構ギリギリだから不安なのよ。メリルさんはともかく、前線で戦ってる二人は何度も攻撃が当たってるし、細かいケガだって……」

「それくらいは我慢して欲しいところだな」


 相手がCランクだということもあって心配が勝っているんだろうが、冒険者なら細かい傷程度は日常茶飯事だろう。極論、骨折やら失血死の恐れがある傷以外は全て軽傷とも言える。

 傷を負う訓練がが良いものだとは到底言えないが、自分よりも格上の魔物に命の保証がされた状態で戦える機会なんてそうそうない。折角だから、カイル達には危機感を持ちながら死闘を演じてほしいところだ。


「身体強化もさせているから、多少攻撃が当たったくらいでは酷い事にはならんだろう。というか、そのために身体強化させてるんだし」


 ゴルドの仲間も、身体強化をしていたおかげで即死を免れたんだからな。


「……なんだかやたらと身体強化を勧めているけど、アゼルが言ってるのって魔力での強化よね? メリルさんは肉体強化系の魔術も使えたはずだけど、どうして効果の高い強化魔術を使わせないで魔力による身体強化をさせてるの?」

「もっともな疑問だな、フィリア。理由は主に二つある」


 一つは単純に、メリルの魔力残量が少ないからだ。

 外傷治療用の魔術を変な使い方をした上で、何回もかけ続けたのだ。メリルの魔力が具体的にどれほど残っているかはわからないが、大雑把に考えても全体の半分以上は消費してしまっただろう。そう考えるとあまり魔術を放てる余裕はないはずだ。

 その一方で、カイルとエマの方は魔力が万全。であるなら、肉体の強化やら身を守ることくらいは自分自身で行い、メリルには攻撃や夜狩熊(ハンターベア)の妨害に徹した方が効率がいい。たとえ魔術による強化より数段劣っていようとな。

 もう一つの理由についてだが……実は身体強化には隠された効果があるのだ。


「少し話を変えるが、魔物には時折「進化」と呼ばれる現象が起こることは知ってるか?」

「え? ええ……」

「確か、突如として肉体が変容したり、特殊な能力を獲得する、魔物特有の突発的な変化・成長現象よね?」


 流石に冒険者歴の長いリアナは詳しいな。

 細かいことを言うと、進化する魔物は総じて過酷な環境やら戦闘やらを生き延びた個体にのみ見られる非常に稀な現象であり、全ての魔物が必ずしも進化するというわけではないのだが……まあ、全ての魔物には進化する可能性を有していることは違いない。

 ここで重要なのは、進化した存在は進化前よりも強くなっているという点だ。


「例えば、森林地帯に生息していたEランクの魔物が、火山の過酷な環境に適応した結果Cランクの狂暴な魔物に進化したり、瀕死に追い込まれた魔物が生き延びるために進化して特異な能力を獲得たりと、進化の形や方向性は様々だ。研究では魔力が関係している説が有力だが……ここで問題だ。魔物以外の生き物。人間や動物が、魔物と同じように進化現象が起こると思うか?」

「人間が? いや、そんなことは流石に……」


 否定の言葉を口にしようとするフィリアだったが、俺の口元に僅かに浮かんだ笑みに気付いたのかだんだんと言葉尻が小さくなっていった。


「まさか……するの? 進化」

「ああ、するとも。魔物のように大きく形が変わったり、目に見える速度で変化することはないがな。そう考えると、進化と言うよりかは成長と言った方が表現としては近いかな?」


 それを聞いた二人は「信じられない!」と言うように、目を見開いて俺の方を見た。

 くくくっ、驚いてくれたようでなによりだ。だが、少し考えれば何ら不思議なことではない。


「考えてもみろ。今カイル達が戦っている夜狩熊(ハンターベア)も含めて、多くの魔物は人間よりもはるかに強い。B以上のランクの魔物に至っては、もはや一人の人間でどうこうできる領域を超えている。しかしだ、この世の中には高ランクの魔物と一対一(タイマン)でやり合える人間が居る。それこそ、BランクやAランク冒険者と呼ばれるような奴らがな。だが、これはおかしな話だと思わないか?」


 ()()()人間が戦えるレベルの魔物は、どれだけ高く見積もってもCランクが限界だ。戦闘訓練を完了した熟練の兵士でも、Cランクの魔物と一対一で戦うとなると勝てる可能性は五分五分だ。

 Bランクの魔物ともなれば、熟練の兵士が部隊を編成しても勝つ可能性が低い。ましてやAランクは、百単位の兵士が軍隊を成して多大な犠牲の上で討伐できるような存在だ。

 そのAを超えるSランクの魔物に至っては……もはや普通の人間では、どれだけ束になろうと対処できる存在ではない。それほどまでに、魔物という生物は強い。


「そんな災害レベルの生物と渡り合えるような者達が果たして――「ただの人間」と呼べるか?」


 いいや呼べまい。少なくとも、「普通」とは程遠い。

 ここまで言えば、もうわかるだろう。


「高ランクの冒険者は皆「進化した人間」……ということかしら?」

「そういうことだ。冒険者に限った話では無いがな」


 魔物と戦う冒険者に多いことは事実だが、幾重もの戦争で生還した兵士やら、闘技場で勝利を重ねた剣闘士などにもいる。共通しているのは、いずれも「幾度も戦闘を重ねた強者」であるということだ。


「カイル達の戦闘が始まる前、アンタは『今の俺の肉体なら』って言ったわね。あの時はよくわからなかったし夜狩熊(ハンターベア)が居たからスルーしたけど、もしかして……」

「まあそういうことだ。俺の今の身体は、村に居た時の身体よりも強靭な物へと変化している」


 もっとも、俺の身体はまだAランクには至っていないのだがな。

 正直、喰血哭(ブラッドハウル)を討伐できたのは、俺に知識と血を吸収する【渇紅抉(かっこうけつ)】があって、奴の強みを削ぐことができたからに過ぎない。

 喰血哭(ブラッドハウル)が厄介だったのはとんでもない厚みと、殺した生き物から血を吸収することで増していく血液の装甲と、それによって演出される不死身性だったからな。

 本体が腐屍者(ゾンビ)だと気付けなければ、倒すことは不可能だったな。


「進化ってそんな簡単に……そりゃあロスウェル村ではとんでもない経験をしたけど、こんな短期間にできるものなの?」

「普通は無理だ。魔物と違って突然変化することも形が変わることもない。相応に時間がかかるものだ」

「ならどうやって……」

「コツを知っていた……いや、気付いていたのと、()()()()()()()()()()()()()からだな」

「短期間じゃない? それってどういう――」

「大した話じゃない。それより気になるのはコツについてだろ?」


 リアナの追求を遮って話を進める。話せないことではないが、少し前世の話が絡むのでそこを誤魔化して説明するのは少し面倒だ。

 なまじ前世の記憶と経験、積み重ねた魔力量があるために、進化に至るための必要な時間や経験値を短縮できている。


「そのコツっていうのはな、さっきからカイル達に使わせている身体強化にあるんだよ」

「身体強化が?」

「より正確に言うと、「意思を乗せた魔力」を「肉体に流す」ことだな」


 魔力とは、魔術を行使するのに必須のエネルギーだが、同時にこの世界のありとあらゆる場所に当たり前のように存在しているのだが、とりわけ生物の中に多く含まれている。

 魔力は通常、ただそこに有るだけでなんの影響も与えないモノであるが、これらは生物の意志に強く感応し、また何者かが自身の意思を乗せて命ずることで活性化し驚異的な現象を引き起こしてくれる。

 その現象を完璧に制御し効率的に運用、かつ誰が行っても同じ結果へ導く技術が魔術だ。

 その魔力を認識し意思を伝えるのにも素養やら訓練が必要なのだが、魔術が一般的になった現代では多くの者が魔力を認識できるようになっている。昔のことを考えたら凄い事だ。


「そんな魔力に「強くなれ」と命じ肉体に浸透させたら、果たしてどうなると思う?」

「どうって……普通に身体が強くなるでしょ? それが身体強化なわけだし」


 確かにそうなのだが、この場における回答としては不十分だな。


「正しくはあるが、より正確に言うと――強靭な肉体へと「変質」しているんだよ。より嚙み砕いて言うなら、魔力が肉体を()()()()()いるんだ」


 人の肉体が弱く脆いのであれば、強靭なモノに作り変えてしまえばいい。とても簡単な話だ。


「魔力が、身体を作り変えるの? 本当に?」

「少し大げさに聞こえるかもしれないが、そうとしか表現できないな。強化魔術が武器や防具と言った「補助具」であるなら、魔力による身体強化は「薬」のようなものだ。皮膚や筋肉などの肉質やらを、根本から変えるんだ」


 万能のエネルギーたる魔力ならそれができるし、術式を介さない純粋な魔力での身体強化はもっとも簡単な進化の方法だ。


「念じ続け掛け続けた魔力は、次第に身体を己が望む形へと作り変える。強く――それこそ他の雑念が入り込む余地がない程に強く、純粋な願いを込めれば、魔力はそれだけ早く応えてくれる」


 それこそ生死を分けた極限の状況なんかは、願いを単純化する最も効率的な方法だ。なにせそこでは、人間の持つ三大欲求すらも鳴りを潜め、自らの内に秘めた真の欲求が願いが抽出されるのだ。

 敵を倒すことを願えばそれに魔力は応え、岩をも砕く腕力を与える。

 敵の攻撃に耐えることを願えばそれに魔力は応え、鋭い刃を防ぐ皮膚を与える。

 敵から逃げ果せることを願えばそれに魔力は応え、馬の如き脚力を与える。


「その変化はほんの微々たるものでしかないがな。筋肉と同じさ。今日の自分より明日の自分の方が強くなり、明日の自分より明後日の自分の方が強くなる。そうして強くなった肉体に、さらに身体強化を重ねればさらに強くなっていく。身体強化は魔術の使えない頭の悪い戦士のための、苦し紛れの技術なんかじゃない。()()()()()()()()()()――これこそが俺の言う進化であり、身体強化はそれに至る足掛かりなんだよ」

「身体強化が、進化への足掛かり……」

「そんな話、聞いたことも……でも魔力の性質を考えれば……」


 俺の話を聞いた二人は真剣な表情で考え込んだ。

 まあ、口で言うほど簡単な道のりではないがな。

 それは目の前で戦っているカイル達がよくわかっていることだろう。


「あのー! 後ろでこそこそ面白そうな話をするの止めてくれます⁉ ただでさえこっちは魔力が枯渇しかけて疲弊していると言うのに!」

「お、おおう……すまんかった――っと、【断紅障(だんこうしょう)】」


 そんな話をしていると前方で魔術を必死に放っているメリルに、普段の柔らかな態度からは信じられないような剣幕で怒られた。

 その勢いに圧されて反射的に謝りつつ、集中力を欠いていたメリルの隙を突くように飛んできた風の刃を血染布(けっせんふ)を操って防ぐ。


「戦闘中によそ見するな。魔術師なら集中を欠いたら駄目だってわかるだろうに……」

「誰の所為ですか、誰の⁉ そう思うなら少しは手伝ってくださいよー!」

「うわあ、メリルがあんな風に怒るなんて……あの子が人に向かって怒鳴ることなんて滅多にないわよ」


 飛んできた風刃に乗って来たのか、遠くで槍を振るっているはずのエマの呟きが妙にはっきりと聞こえてきた。

 メリルの普段の性格を考えればエマが驚くのも無理はない。

 だがそれはそれとして、次第に怒られたことが僅かにではあるが理不尽に感じ始める。集中を欠いたのはメリルの責任だというのに……魔術師のメリルが興味を引きそうな話をしたのが悪いと言われればそこまでだが。


「……エマ、お前確か【風裂刃(ウィンド・カッター)】使えたよな? 夜狩熊(ハンターベア)には大して効かないだろうが、そいつが飛ばす風の刃を相殺することはできるだろ。それで少しはメリルの負担を減らしてやれ」

「ちょっ、こっちは前線で夜狩熊(ハンターベア)の攻撃を躱しながら戦ってるのよ⁉ 槍を振るいながら魔術を使うだけならまだしも、狙って相殺なんて芸当できないわよ!」

「でもそうすればメリルは負担は軽減できるし、その分魔術の支援も増えるだろ? 何かと器用なお前なら行ける行ける」

「……メリルに怒られたからって、私に八つ当たりしてない?」


 さて何のことやら。


「とにかく、だ。カイルは身体強化を全身に回して、夜狩熊(ハンターベア)に貼り付きつつ攻撃。注意を引く立ち回りを意識しながら、攻撃を受けるタイミングで瞬時に魔力を集中できるとなおベスト! エマは身体全体ではなく脚や腕、腰回りに魔力を集中して身体強化、余裕があったら【風裂刃(ウィンド・カッター)】で夜狩熊(ハンターベア)の風の刃を妨害。急所を狙って攻撃に集中すること! メリルは目の筋肉を強化して夜狩熊(ハンターベア)の動きを見極め、必要に応じて魔術による妨害を行う。【魔術障壁(アルマ・マギカ)】で二人を守るのは許すが、強度的に風の刃以外の攻撃には耐えられないと思うから、肉体を拘束するタイプの魔術に魔力を回せ! ここまで来て倒せませんでしたじゃ情けないから、各々気張って戦え!」

「「「後ろから指示するだけじゃなくて手伝え(ください)!!!」」」


 うーん、怒られた。前世で部下の兵士に教練をしていた時を思い出してそれっぽく振る舞ってみたが、やっぱり安全圏から好き勝手に言うと怒られるなあ。

 いつの時代も、後方から指示しか飛ばさない人間は嫌われるものか。戦闘中に口出しするのは控えて、静かに危険な攻撃から助けるのに徹するか。

 そう考えた俺はいつも通り、危ない時にだけ手を出しつつ、カイル達の戦闘が終わるまで黙って見守るのであった。

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