67話:狩りの誘い
時間を潰すこと数十分。ようやく報告を終えたカイル一行改め「ステップトレイル」の面々が、俺たちの座るテーブルへやってきた。
「待たせたな。また会えて嬉しいぞ」
「あんたらも元気そうで何よりだカイル。それにエマも。村の件では本当に世話になったな」
「どういたしまして。といっても、大それたことはしていないけどね。ああ、そうだ! この子のこと紹介しなくちゃ」
エマはそう言うと、彼女の隣に座る女性の肩に軽く手を置いた。
「初めましてメリルと申します。皆さんのことはカイルとエマから聞いています。フィリア様、リアナさん、アゼル君、お会いできて光栄です」
メリルと名乗った女性はお辞儀をし、とても丁寧なあいさつをする。
「こちらこそ、会えてうれしいですメリルさん! 私もあなたのことは、お二人から聞いていました。とても優秀な魔術師なんですてね!」
「いえいえ、そんなことありませんよ。私なんて隠れる魔術が少し得意なだけで、魔物との戦闘なんかは主に二人に任せっぱなしで……」
会えたことが嬉しかったのかテーブルの対面からメリルの手を握るフィリアに、メリルは謙遜をしながらもはにかんだ笑顔を浮かべる。
ふうむ。彼女が体調を崩して村に来れなかったと言っていた、カイルたちのパーティーメンバーか。
年齢はカイルとエマと同じ、二十代後半といったところか。二人との気安いやり取りを見るに、同郷かそうでなくとも相応に古い付き合いなのだろうだろう。
冒険者にしては身体の線は細く頼りなさげだが、持っている杖から魔術師であることがわかる。また身体から漏れる魔力の量から、熟練の魔術師であることも窺える。
おそらくだが使用する魔術は中級がメインで、下級はもうほとんど使わないんじゃないだろうか。
「しかし、どうして二人がカルディナに、それも冒険者協会に居るんだ?」
「ああ、それはだな――」
俺はカイルたちに冒険者になったことを端的に伝えた。案の定カイルたちは大いに驚いてくれた。リアナの時もそうだったがやはり皆、俺が冒険者になったこと以上にフィリアまでも冒険者になったことに驚いていた。そりゃそうか。
「ま、アンタらが来たことがキッカケなったってところだ。よくある話だろ? 他所から来た冒険者が村を救って、村のガキがその冒険者に憧れるってのは」
俺がそう言うと、カイルとエマ、ついでにリアナは照れ臭そうな仕草を見せる。そんな三人の反応を見て、メリルも微笑ましさと羨ましさを含んだ笑みを浮かべる。まあ、本当はそんな単純な事情ではないんだがな。
しかしリアナ。そんなあからさまに照れるなよ。お前は俺たちの本当の事情を知っているだろうに……。
「こほん……それよりも、だ。結構長い間受付に拘束されていたようだが、何かあったのか?」
「ん? ああ、それか……実はちょっとばかし面倒なことが起きてな」
「面倒なこと?」
「アゼルたちはここから東側にある森へ行ったことがあるか? 街道も通っていて人の往来も多いところなんだが……その森に夜狩熊が出るようになってな」
夜狩熊か。ロスウェル村の周りにも住んでいたCランクの魔物だが、まさかここカルディナにも居るとはな。……いや。違うか?
「まさか、アレが暴れたことで、俺たちの村の近くに居たヤツがここらへんに引っ越して来たのか?」
「断定はできないが、おそらくな」
なるほど。それで報告の時表情が硬かったのか。もしや先ほどリアナと話していた街道付近に出るようになった小悪鬼はそれが原因なのか?
「例の喰血哭が原因かどうかはわかりませんが、少なくとも一か月前までは居なかったのは確かですね。もちろん、単純に親元から離れた若い個体が居付いたのかもしれませんし、たまたま濃い瘴気溜まりが発生して生まれたのかもしれませんし……」
「まあそうか……って、ちょっと待て」
メリルが補足するようにさらりと言った言葉の中に見逃せない単語が出たことで、俺は思わず静止の声を上げた。
「今、喰血哭と言ったな? 俺は「アレ」としか言っていないにもかかわらずにだ。まさか――」
チラリとメリルの横に座る二人に視線を送ると、案の定カイルとエマは気まずげに視線を逸らした。
こいつら喋りやがったな! 統括者にすら喋らなかった情報を、パーティーメンバーには漏らしやがったんだな。領主様から口止め料まで貰ったくせに、信じらんねえ!
「い、いやあ。一緒に行動している仲間から、秘密を隠し通すのは難しくってなあ。装備を駄目にしたてまえ、誤魔化し続けるのは無理が出てきて……」
「あ、安心して。メリルには他言しないように言っているし、彼女以外には本当に話していないから!」
「……まったく」
言い訳を並べる二人に、俺は軽い溜息を漏らすしかなかった。
しかしまあ……二人の言い分も理解はできる。それに、領主様の言いつけを守って統括者に報告しなかったことに免じて、これ以上の追求は勘弁してやろう。
よく考えたら、統括者とリアナに細かい事情まで話した俺が言えたことではないしな。
そもそもの話として、喰血哭のことは領主様が最初の手紙で統括者に説明していたようだし、こいつらが言おうが言うまいが関係はなかったか。にもかかわらず領主様が統括者への報告まで禁止するよう言ったのかは謎だが、まあ騒ぎを多くするなという暗に伝えたかったのだろう。
「あはは。大丈夫ですよ。二人からも言い含められているので、みだりに口に出すようなことはいたしません……それよりも、本当にあの伝説の魔物が?」
「ああ。少なくとも直接対峙した俺たちは本物であると確信している。少なくともBランクの魔物が出せるような覇気ではなかったな」
「そうですか……」
それだけ言うとメリルは少し黙った。まだ何か聞きたげな様子ではあったが、こちらの事情を慮ってかそれ以上のことは言わなかった。
「話を戻すとして、冒険者協会は夜狩熊をどうするつもりなんだ? 討伐するのか? それとも放置か?」
「どうだろうな。ただまあ十中八九、討伐することになるんじゃないか? 依頼が掲示板に貼られるか、どこかのCランクの討伐者パーティーに指名されるかは予想できないがな。これがしっかりと縄張りを定める魔物だったら放置もできたんだが、相手が夜狩熊となるとな……アゼルなら言いたいことわかるだろ?」
「ああー……そうだな」
「え、どういうこと?」
「夜狩熊はなんと言うか、悪い意味で縄張り意識が薄いんだよな。こう、拘りがないというか……」
「……?」
疑問符を浮かべるフィリアに、俺は夜狩熊の生態を説明する。
「夜狩熊は、気に入った場所を見つけたら適当に巣を作ってそこに住み着くんだ。そんでそこら一帯を縄張りとして生活するんだが、だからと言ってその縄張りを守ろうとは考えないんだよ。理由は単純。あいつらは強いからだ」
「……強いのと、縄張りを守らないのって、どういう関係が?」
「縄張りってのは、自分の分の食料を他の肉食獣から守るために張るものだろ? だから普通は他の動物が入ってきたら、死に物狂いで魔物ろうとするんだが……夜狩熊は何とも思わない。何故か? 夜狩熊にとっては、侵入してきた他の肉食獣も自身の腹を満たす獲物のひとつだと認識しているからだ」
これが夜狩熊が獰猛と恐れられる所以のひとつだ。狼であっても捕食対象として襲うし、同じ熊型の魔物だとしても時には争い、勝てば容赦なくその肉を食らう。おまけに他の奴が仕留めた獲物だろうが横取りし、腐肉すらも食らうことがあるから質が悪い。
強力な筋力に加え、風属性の魔力を駆使して風の刃を飛ばし馬に匹敵する速度で走行する夜狩熊は、Cランクでも上位の力を持つ。同ランク帯の魔物と戦っても大抵は捻じ伏せてしまう程の実力を持つが故に、一度狩りに出れば目についた端から襲い掛かっていく。なんとも場当たり的に狩りをする魔物だ。
「なんて言うか……結構適当な魔物ね? 傲慢とも怠け者とも言えるかしら?」
「まあな。だが驕るだけの力はある。それに、魔力を使った攻撃ができるからな」
魔力を意識的に操ることができる魔物は、Cランクの中でもそう多く無い。これが出来るのと出来ないのとでは、同ランクでも魔物の格が変わるし、これが出来るから夜狩熊は上澄の魔物として挙げられるわけである。
「とまあ、こんな感じだ。ただ、夜狩熊は夜行性の魔物だから、よほど運が悪くなければ昼間に遭遇することはまず無いだろうさ」
「そうだな。しかしアゼル、知っているだろうと思ってはいたが、ずいぶんと詳しかったな。もしかして、故郷で戦ったことがあるのか?」
「まあな。何回か倒したことがある。あいつは無駄に足が速いから、逃げるほうがかえって面倒でなあ」
俺がそう言うとカイルとエマ、リアナの三名は関心やら納得したような反応をし、メリルとフィリアは大小の差はあれど驚いた反応を見せた。
「倒したって……アゼルあなた、村にいた時からそんな危ないことしてたの?」
「うん? 言ってなかったか?」
どこかで言ったと思っていたが……よくよく振り返れば誰かに話したのはカイルたちと共に森に入ったあの日だけだったな。
フィリアは驚きはしたものの、俺の力量を知っているためか反応は小さめだった。対してメリルの方は、仲間であるカイルたちから否定的な反応が出なかったことで、俺の言葉が嘘や冗談ではないと悟り戸惑っているようだ。
「えっと、話を聞く限りアゼルさんは数日前に冒険者になったばかりですよね? Cランクの魔物を倒せるほど強いのですか?」
「そりゃそうよ、メリルさん。なんたってコイツは、あの喰血哭をひとりで抑え込めるほどよ? 今はFランクだけど、実力で言ったらAランクに届いているはず」
「そうね。実際、泥奔猪の群れが相手でも難なく対応して見せたし、武器の扱いも巧みだったわ。正直、私とアゼルが戦ったら勝てる自信はないわね」
「そうなんだ……そんなに強いなら」
リアナとエマが揃って肯定したことでメリルはようやく信じたのか、顎に軽く手を添えて少し考え込む素振りを見せた。やがてメリルは居住まいを正すと、一呼吸おいてから再び口を開く。
「アゼルさん。それにリアナさんとフィリア様も……お三方にひとつ、ご提案があるのですが」
「提案?」
「私たちのパーティーと協力して、夜狩熊の討伐をしませんか?」
「なっ⁉」
「ちょっとメリル⁉」
「……ふうん」
メリルの提案にここに居た者は大なり小なり驚いた様子を見せる。
特に慌てたのはカイルとエマだ。まさか彼女がそのような提案をすると思っていなかったのか、その声音にはどこか咎めるような響きが含まれていた。
「本気か? リアナはともかく、俺とフィリアは駆け出しのFランクだぞ?」
いやそもそも、他人から聞いただけでよくもまあ俺の力量を信じられたものだな。嘘は言っていないが、普通は冗談だと思うだろ。
「リアナさんとアゼルさんのことは二人から聞いていますし、戦闘に関してのことは私はこの二人を全面的に信頼しています。フィリア様のことはあまり存じていませんが、カイルとエマが揃って「手練れ」だと評価するなら、十二分に信じられます。そしてフィリア様に関してですが……」
メリルはそこで言葉を区切ったかと思うと、まるで観察するようにじっとフィリアを見つめる。いや、僅かだが魔力が目に集まっているのがわかる。実際に、フィリアの魔力を観察しているのだろう。
「やはり、なかなかの魔力量ですね。魔力の流れにはまだまだしこりがありますが、年齢を考えれば十分以上と言えるでしょう。おそらくですが、中級も扱えるのでは?」
「は、はい! 火属性の【紅蓮の焔槍】と風属性の【風の道標】を習得しています!」
「やはりですか……ねえカイル、エマ。やっぱりこれ、挑戦してみるには絶好のチャンスなんじゃない?」
「いや、そうは言うが……」
挑戦? いったい何を言っているんだ?
俺の疑問が顔に出たのか、エマが疑問に答えた。
「実は私たち、前々から冒険者としてステップアップができないかと考えていてね。私たちも何度かCランクの魔物と戦った経験はあるし、倒したこともある。だけど、討伐者みたいに自分から挑むことはしてこなかったの。生態調査中に偶然接触しても追っ払うか逃げるかして、どうしても逃げられないときに戦う、て言う感じで活動していたんだけど……あの村での一件以降、今後冒険者として活動するなら逃げてばかりじゃ駄目だと考えるようになっててね」
「それで夜狩熊を?」
「ええ。ここらで一度、自分たちよりも少し格上の魔物との戦いを経験しようかと思っていたのよ。ただ、万が一を考えるとどうしても尻込みしちゃって……。だから挑戦する時は、信頼できるCランクのパーティーにフォローしてもらおうって話になったんだけど、まさかメリルがあなたたちに協力を頼むとはねえ。ああ、別に不安とかじゃないのよ! むしろ実力は十分すぎるんだけど……いくらなんでもねえ」
Fランクの新人がCランクの魔物に挑むってのは、流石に冒険者協会が止めるかな。
しかし、俺的にはこの提案悪くないと思う。さっきは半ば反射的に怪訝な声を出してしまったが、実はこちらとしても良いタイミングだ。
ちょうど血の補充を考えていたし、フィリアの戦闘訓練も計画していたしな。
「どうするフィリア。俺は正直悪くないと考えているが?」
「ええ? いや、メリルさんの申し出には興味があるけど、足手まといにはならないかしら? アゼルやリアナは大丈夫だろうけど、私がね……」
「そこは気にしなくてもいいと思うぞ。実際に相手をするのはカイルたちだろうし、不測の事態が起こっても俺がフォローしてやる。中級の【紅蓮の焔槍】ならCランクの魔物でも通用するし、そうでなくともお前の得意の火属性魔術なら風属性の魔力で構成された夜狩熊には相性が良い。カイルたちじゃないが今回は挑戦してみる気持ちで行っても大丈夫だろう」
「そう? そういうことなら……」
提案をされた時点で興味自体はあったのだろう。フィリアは気合が入った面持ちを見せた。
しかし、血染布の血を換えようと思っていたこのタイミングで夜狩熊が出てくるとはな。細かい理屈はわからんが、強い魔物の血は【血濡魔術】の効果が上がるからなんだかんだ嬉しいんだよな。
夜狩熊はカイルたちに譲るとして他に魔物を見つけたら、ついでにフィリアの訓練もできるし、一石二鳥だ。
「ちょっとー。決まった雰囲気出してるけど、アタシへの確認がまだじゃなーい?」
話が纏まろうとしたところで、リアナが不満げな声をだした。不満と言っても、不快とまでは行かず、目はジトーっと細めて入るものの、口元は苦く笑っていた。
「あん? なんでわざわざお前に確認する必要があるんだ?」
そう言って俺も軽い調子で返したのだが、何故だかこの言葉にリアナは気を悪くしたようだった。
「……ちょっと。それどういう意味よ」
別段、不機嫌に言ったわけでも、嘲りの意図もない、単純な疑問と普通の声音で発した言葉だったのだが……明らかにリアナの声音が一段階低く、そして冷たくなったのを感じ、俺は僅かに動揺した。
「い、いや……別に仲間ってわけじゃないんだから、確認もなにもないだろ? カイルたちと違ってパーティーを組んでいるわけじゃないんだからよ……この話を受ける受けないはリアナ自身が決めるべき事であって、別に俺たちが受けたからってお前も受けなきゃいけないことは――」
「ちょ、ちょっとアゼル!」
フィリアが異常に焦った様子で俺の口を塞いでくる。しかしそれは少し遅かったようで、リアナの表情はみるみる険悪になっていく。
こうなると流石の俺も、自分の言葉選びが悪かったようだと理解した。具体的にどこが気に食わなかったのかまではわからないものの、このまま何も言わずに放置する事だけはまずいと悟り、急いで謝罪する。
「わ、悪い。メリルは俺たち三人へ提案したんだから、お前にも確認を取るべきだったな、うん。それで……えっと……」
「もういいわよ! メリルさん、いつ行くんですか⁉」
「は、はいぃ! あ、明日のお昼頃……十二時!……じゃ早いか。ええっと、十三時にここへ集合とかどうでしょうか⁉」
リアナの怒気にあてられたのか、メリルは委縮し慌てながらそう言った。
「十三時ですね、わかりました! じゃあアタシも勝手にするから! アンタも勝手にすれば⁉」
誰かが口を挟む間もなくリアナは捲し立てると「バンッ!」と机を叩いて立ち上がり、そのまま外へと出て行ってしまった。
「あっ、ま、待ってリアナ! ア、アゼル、あとの細かい話を詰めておいて!」
フィリアは矢継ぎ早にそう言うと、自身の荷物をまとめてリアナを追いかけて行った。後に残された俺は何も言うことができず、ただ茫然と彼女たちを見送ることしかできなかった。
「「「…………」」」
見送る俺の背中をジーっと責めるような視線が突き刺さる。その視線に耐えかねて、俺は三人に向き直りポツリと言葉を零した。
「俺は……俺の何が悪かったんだ?」
情けなく助言を求める俺に「ステップトレイル」の三人は呆れやら困ったような仕草をした。




