64話:夜王の遺物の見分け方
「それで~? なんか目ぼしい話は聞けたの?」
露店との距離が十分に離れた所でリアナは早速、買ったネックレスを首に掛けながら尋ねる。
「残念ながらゼロだな。話の真偽はともかくとして、その魔剣は夜王の遺物ではないだろうな」
そう前置きして、二人にも店主から聞いた話を共有する。フィリアはドランデルをある程度知っていたのか、火竜と魔剣の伝説を面白そうに聞いていた。
「有名なあの鉱山都市にそんな伝説があったのね。でも、どうしてそれが夜王の遺物じゃないって思ったの? 竜を倒せるほどの魔剣なら、可能性は大じゃない?」
「ないな。そもそも、血塗れ夜王の遺物に炎を発生させる能力はないからな」
「……そもそも夜王の遺物ってどうやって見分ければいいの? さっきのお店でもぱっと見て判断していたみたいだし」
そう言えば、教えていなかったな。フィリアにはざっくりとは教えていたが……この際だ、事情を知っているリアナも含めて教えてやるか。
「夜王の遺物には、大きく分けて二つの種類がある。最もわかりやすい物は――」
そう言いながら俺は、統括者にも見せた特別な【渇紅紋】が付与された血染布と取り出し、同時に腰に帯びた剣を示す。
「この魔術紋様が刻まれた「血濡れた武具類」だ。魔術の効果は「吸血」で、こいつに刺された生き物は血を吸われて失血死する」
「……喰血哭の本体に刺さっていた魔槍も、同じ物だったわね」
「そうだ。コーネルも同じものを持っていた。そっちは短剣だったが、どれも人間を含め血の通った生物には無類の強さを持った魔剣だ」
「槍に、短剣……血塗れ夜王って、鍛冶師か何かだったのかしら? それか、いろんな種類の武器を集めるのが趣味だったとか?」
不思議そうに首を傾げるリアナに、俺は何とも言えない気持ちを誤魔化すように「そうかもな……」と返すしかなかった。
「遺物の中でもこいつは最も見分けやすい。なにせ全体が血に染まっているかいないかで判断できるからな」
【血濡魔術】は血に依存する魔術だ。その外側が最低でも半分以上は血が塗られていなければ、どうあがいても効果は発揮されない。その上、魔術紋様も血を固めて描いたものだから、一度水か何かで外側の血が流されてしまえば、その時点で魔道具としての機能が失われてしまう。
そもそもの話として。この魔剣タイプの魔道具は、血塗れ夜王が帝国軍や連合軍という数の多い敵を殲滅するために用意した、いわば使い捨て前提の投擲、射出用の武器だったのだ。
使い方も単純で、大型弩弓などに装填して一度に大量に放射するというものだ。
材料となる武器は、敵の軍隊から奪った剣や槍、鎧、矢といった様々な武具を利用していた。魔剣の形状がばらばらなのはこれが理由だな。それらを人間が何十人も浸かれる広さ深さの血の池に放り込み、一つ一つにひたすら手書きで【渇紅紋】を描いていったのだ。
人の身体に刺さってしまえばいいので、鎧といった大きい物は適当に砕いて、木の棒に括り付けて槍にすれば十分だった。まあ、その棒の材質には少しばかりこだわったのだが……。
そのせいかは知らないが、だからこそ喰血哭のようなイレギュラーが生まれてしまったんだろうな。
そうしてできたのが血塗れ夜王の魔剣たちなわけだが、その総数は俺でも把握していない。五百かもしれないし、五千かもしれない。
なにせ不老不死の肉体を得たことを良いことに、寝食を捨てて何日、何十日も生産に取り掛かり、池から血が減れば自分の血を使って補充していたからな。途中からは面倒になり、胸を切り開いて刃で固定し、池の中で作業をしていた。材料となる武器が無くなるまで。
不老不死とは言え、腹も減るし眠くもなると言うのに、よくもまあ休まずやり切ったものだ。後半は意識がなかったんじゃないかと自分で思う。
「コーネルの話じゃ、血追いの徒の本拠地には二百を超える遺物があるって話だが、数の多さを考えるとその九割九分は魔剣タイプだろうな。あるいは、全部がそうかも」
「……? 夜王の遺物って、魔剣だけじゃないの?」
俺の言葉に何か引っかかる点があったのか、フィリアは不思議そうに小首を傾げる。
「だけじゃない。だがまあ、見つかる可能性が高いのはこれだろうがな」
なにぶん数が多い。現状俺のこの旅は主に、この魔剣を探して回収する旅になると予想される。
だが、先も言った通り魔剣はあくまで「消耗品」。命中時に一つに付き一人殺せれば十分で、その後は俺が敵軍の中心で戦う際に武器となる血を集めてくれれば役割を果たしたと言える。戦が終われば用もないので、使用した物はすべて敵の遺体と共に戦場に放置する程度の物だったのだ。
「だが、そうではない物もまたある。それがもう一種類の魔道具だ。こいつの見分け方は、何というか……難しいと言えるし、簡単だとも言える」
「何それ、なぞなぞ?」
そう言いたくなる気持ちもわかるが、その魔道具に込められた魔力を感じれば、俺が言っている意味もなんとなくわかるはずだ。
なにせ、そこに込められた魔力は【夜闇呪文】の「死と夜」の魔力なんだからな。
「その魔道具は魔剣と違って血には染まっていない上に、日が昇っている間は魔力が不活性になり何も感じ取れなくなる。だから昼間の時に見つけてもただのガラクタだと思うだろう。だが夜になると魔力は活性化し、その時には言いようのない不気味な気配を感じるはずだ」
「……それだけ? そんなん説明じゃ、見逃しちゃうじゃない」
リアナが若干不満げに懸念点を指摘するが、おそらく実物を見つけることができればその心配もなくなることだろう。
「不気味と言っても、それは「なんとなく嫌な感じがする」なんて生半可なものじゃない。別の言い方をするなら、そうだな……死臭がする、とか。死体を見る、触るといったような不快感、とか。あとはそうだな、高位の不死骸に見つめられているような――」
「オーケー、わかった。もういい。とにかく最悪な気分になるってことね」
リアナは両手を突き出し、心底嫌そうな顔をして俺の言葉を遮った。
一方そばで聞いていたフィリアだが、気分が悪そうにしながらも納得したように頷く。フィリアは実際に喰血哭の槍を見ていたため、俺の言いたいことを理解しやすかったのだろう。
とは言え、あれに込められた魔力は【血濡魔術】の血の魔力が大部分であったため幾分かマシだったがな。
「ま、こいつもどれだけ残っているかわかんないという点では魔剣と一緒だな。ただその魔力の性質のせいかわからんが、不死骸を引き寄せる性質があるから、どこかにあるとしたらきっと喰血哭みたいに不死骸が持っているか、血追いの徒や物好きなコレクターのような普通じゃない奴のところにしまってあるかだな」
「……? ……ふーん。だからお店の人に不死骸の話を聞いたのね」
「そういうことだ」
ただ、あれらがあっちこっちに流れている可能性は低い。
あれらは俺にとっても重要な魔道具だったからな。グラディア帝国を滅ぼした後もずっと近くに置いていた。数もそう多くないが、俺が死んだあとどうなったかはわからない。
どこかの国に回収されたのか。破壊されたのか。どれも効果が特殊だからな、あれらを使いこなせるのは【夜闇呪文】を持っている血塗れ夜王しかいないだろうが……。
「まあそっちは見つかれば御の字って感じだな。今は理解できなくても、現物を見ればそれとわかるさ」
我ながらどれも一癖も二癖もある――訂正。倫理を一つも二つも放り投げた――魔道具ばかりだが、それ故に誰かに見つかれば自然と注目されるだろうよ。血追いの徒の本拠地っていう保管場所もあることだしな。
とは言え、このままの探し方ではさすがに無理がある。それが、あるかどうかもわからん物なら尚更だ。なにか、効率の良い探し方はないものか……。
「それにしても。夜王の遺物に関して随分と詳しいわね? コーネルはそんなことまでアンタに話してくれたの?」
考えに耽ろうとしていた俺の思考は、リアナの鋭い指摘によって瞬時に引き戻られてしまった。
「どうしたの?」
「っ、ああ、そうだな。あいつの油断を誘うために、わざと攻撃を受けて弱った振りをしたんだ。そしたら冥途の土産だとばかりに、聞いてもないことをペラペラと喋り始めてな。前にも教団は夜王の遺物も集めているって教えたよな。遺物のこともそん時に聞いたんだ。いやー、話を聞いている間は腹が立って仕方が無かったが、我慢した甲斐があったというものだ、うん」
「うわ、急に早口で喋り出した。アンタってそんなに舌回せたの?」
「うっ」
しまった。何百年も前の記憶を掘り起こしながら話していたばかりに、説明が詳しすぎたようだ。慌てて誤魔化そうとコーネルの名前も出してまくし立てたが、かえって不自然に思われてしまった。これには、フィリアまでも怪訝な顔をする。
「なによそんな焦ったような顔をして。別にアンタが、実は血追いの徒の一員でしたー、とか疑ってないからね?」
そんな俺の心情を感じ取ったのか、リアナは呆れたような顔をする。
「そ、そうか?」
「まったく、軽い質問だったのにそんなに慌てるなんて……アゼルとは知り合ったばかりだけど、アンタが悪人じゃないってのはわかるんだから」
リアナの言葉に、俺は思わず安堵の息を吐く。同時にリアナの身分不相応な評価をされたことが気恥ずかしく、ついつい軽口を返したくなってきた。
「……人を見る目には自信があるとか言っていたが、どうやら節穴と見えるな。俺をどう見れば善人に見えるんだ」
俺の正体を知らないからこその評価なのだろうが、それにしたって酷いものだ。こちとら何十万人と殺した殺人鬼だというのに。
「あら、そうかしら? アタシの知っている悪人なら、村の人を案じたり幼馴染を気に掛けたりしないし。血追いの徒ってい悪の組織を潰すために故郷を離れたりしないけどね? そこんところどう思う、フィリア?」
「……そうね。うん。アゼルは昔から、人のことを思いやれる良い人よ。やり方はちょっと不器用だけどね!」
「……ふん」
ここまで来ると、一周回って呆れが来る。出かかったボロを何とか誤魔化すことはできたのは僥倖だが……まったく。何をどう見ればそう見えるのやら。
俺のような人間に対しそんな風に感じるなら、そこら辺の三流詐欺師は聖人に映るだろうよ。
そんなことを思いながら、俺たちは魔道具店を求め昼前の商店街を歩き回るのだった。
このやり取りで、誰かの中にひとつ疑問の種が植え込まれたようです。その種がいつ芽吹き花開くのか。あるいは開く前に萎れるのか。




