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60話:ギルドマスター

名字システムを導入しました。あまり覚えなくてもいいです。

 その姿を見た俺は、一目で苦手な相手だと感じた。

 物腰は柔らかく、笑みからも穏やかな性格を伺えるが、同時に本心を隠すことに長けているような印象を受けた。

 こういった相手は大抵、迂遠な言い回しをしてくる上に、こちらのふとした言葉を目ざとく取り上げては、何かと要求や約束事を取り付けてくるから苦手だ。


「お会いできて光栄ですモルテインさん。私はロスウェル子爵家の娘フィリア・ロスウェルと申します」

「これはこれは。こちらこそ、お会いできて光栄です。ああ、ブライトリスさんは数日ぶりですね。まさかご一緒だとは思いませんでした」


 ブライトリス? 一瞬疑問を抱いたが、すぐにリアナが反応したことで、彼女の名字であることを理解した。今まで大して興味がなかったから気にもしなかったが、いざ名字を聞くと違和感を感じるな。


「前会った時に一回しか名乗っていないのに、よく覚えていたわね? 覚えてくれたのはありがたいんだけど、名字で呼ばれるの慣れてないからリアナって呼んでちょうだい。冒険者カードにも名前だけで登録しているし」

「これは失礼。冒険者は名字まで登録する人は存外少ないのでね。そしてあなたは――」

「……アゼルだ」

「アゼルさん、ですね。失礼ですが、そちらは名字ですか?」

「……それ、言う必要があるか?」


 少し挑発的に返してみたが、統括者(ギルドマスター)は表情を崩すことなく微笑むだけだった。ちょっとした探りを入れるための言葉だったが、統括者(ギルドマスター)は特に気を悪くした様子はない。ただ無言で、俺の次の言葉を待っている。

 しばらく黙ってみたが一向に次の言葉を発さないのを見て、俺はしぶしぶ質問に答えた。


「……名前(ファーストネーム)だ。姓はノクス――アゼル・ノクスだ」


 俺がそう名乗ると、統括者(ギルドマスター)は満足げに笑みを深めた。


「はじめまして、ノクスさん。今話題の冒険者にお会いできて大変光栄です」


 ……昨日の試合のことを言っているのだろうか。まさか冒険者協会のトップの耳にまで届いているとは、一体どれほどの噂になっているのだか。


「さあさあ、立ち話もなんですし、どうぞそちらに腰を掛けてください。今紅茶をお入れしますね」


 そう言う統括者(ギルドマスター)に促されるまま、俺たちはソファに腰を下ろす。

 ふむ、領主様の屋敷で見た物よりかはやや劣るが、よく手入れされており、座り心地も程良い。

 周りの調度品もそれなりに高価な物を揃えていることから、この部屋が貴重な客を招くための重要な応接室であることが伺えた。


「さて――なにやら特定個人の情報をお求めとお聞きしましたが?」


 俺たち三人分の紅茶を淹れた統括者(ギルドマスター)は、対面に座るなり本題に入った。


「はい。Bランク冒険者のコーネルさんのことを調べておりまして。既にご存じとは思いますが、彼は我が家が依頼したお仕事の途中で、非常に身勝手な理由から持ち場を離れ、そのまま失踪しました。幸い、依頼そのものはこちらのリアナさんとCランク冒険者のカイルさん、エマさんによって解決されたのですが、なにぶんお仕事中は我が家で宿泊していただいていたので、彼が我が家に関わる重大な機密を持っている可能性があります。ああ、もちろんあくまで可能性ではあります。宿泊は我が家の善意からであり、また冒険者の皆様には依頼を途中放棄する権利がございますが、放置するにはいささか不安が残るかと……冒険者協会の方でなにか手がかりを得られないかと思い、こうして尋ねさせていただきました」


 フィリアが非常に丁寧な言葉使いで、長々と説明を始める。

 しかし悲しいかな。隣で聞いていた俺の脳は早くも飽きが来たようで、フィリアの言った言葉が左から右へと通り抜けているのがわかる。

 顔を動かさず視線をフィリアの反対側へ向けると、リアナもどこか遠い目をして右から左へ聞き流しているのがわかる。

 おそらく何らかの意味があってこんな風に迂遠な言い回しをしているのだと思うのだが、おかげで何を言いたいのかよくわからない。

 ただ、わからないのは俺達だけのようで、言葉を向けられている統括者(ギルドマスター)はどこか作り物めいた困り顔を浮かべて答える。


「我々が派遣した人員がご迷惑をおかけしたようで、誠に申し訳ございません。こちらとしても、まさかBランクの冒険者が途中で任務を放棄するとは考えてはおりませんでした。しかし、フィリア様。既に冒険者の一員としていくつかの依頼を受けたことでおわかりかもしれませんが、そういった問題はあくまで冒険者と依頼人の間に発生したことでございます。我々冒険者協会は、あくまで依頼人と冒険者を繋ぐ仲介機関です。加えて今回のご依頼は、詳しい調査内容や報酬の受け渡しに至るまで、すべてそちらで行われています。こういった形態の依頼は貴族の方に限らず、市井の方からの依頼にもございますが、こういった形態は問題も発生がしやすいものでして。非常に申し訳難いのですが、協会としては対処しかねるのです」

「あら、どうやら誤解させてしまったようですね。我が家としては冒険者協会への責任を追及するつもりは毛頭ございませんわ。結果として当初の依頼は達成されましたし、依頼を受けて村に来てくださった冒険者のお三方には、突発的に発生してしまった問題にも対処してくださいました。彼女たちを派遣してくださった冒険者協会には私も父も、そして村の者も感謝しております。コーネルさんとの間に発生した問題とその責任の所在についても、重々承知しておりますわ」

「それを聞いて、安心しました――」

「ですが。先も申し上げた通り、我が家の機密を掴んでいる可能性があるのもまた事実。放置するわけにはいかないと、どうかご理解くださいまし。とは言え、何も捜査に協力しろとは申しません。ただ、彼がどこへ行ったのかを掴めるだけの手がかり、ひいては彼の出身と普段活動していた場所の情報を教えて欲しいのです。それさえあれば、こちらとしても最低限足取りを掴めると思いますので。まさか、それすら協力できないなんてことありませんよね?」


 フィリアと統括者(ギルドマスター)は互いに笑顔を崩さないまま、言葉の応酬を繰り広げる。その言葉はとても丁寧で、礼節を尽くしているようだが、口調とは裏腹にどこか冷たく無機質にも感じる。

 フィリアのこういった姿を見るのは初めてだが、こういったやり取り自体は前世で少し見たことがある。それも、グラディア帝国の宮殿で開かれたパーティーの門の警備をしていた時に遠目で見聞きした程度のものだ。

 俺とリアナは途中から完全に理解するのを諦め、ぼーっと虚空を眺めるか視線を動かして調度品を眺めるかして、ともすれば眠りに落ちていきそうな思考を懸命に誤魔化している。


「フィリア様のおっしゃる通りです。もし本当にコーネルが機密情報を盗んで逃亡し、それをみだりに流布したのならこの国に存在する冒険者協会全体の信用にも関わってしまいます。それが本当であれば、ですが」

「あら。お疑いになられるので?」

「いえいえ、滅相もありません。そちらのリアナさんにたちの証言もありますし、コーネルが任務の途中で逃亡したのは事実でしょう。ですからこうしましょう。コーネルが冒険者である以上、必ずどこかの冒険者協会の建物で仕事を探すはずです。既に彼の個人実績にはロスウェル子爵様からの依頼の途中で任務を放棄した旨と、その違約金を支払っていないという旨が記録されており、その記録は世界中の冒険者協会に広まっております。もちろん彼が正しく違約金を支払えば、また次の依頼を受けることができますが、今回重要なのはそこではありません。彼がどこかの協会の建物に現れたら、すぐにロスウェル子爵家にお知らせいたします。より確かな証拠と法的に正当な理由があれば、協会側で彼の身柄を拘束することもできます。どうでしょう? これならばフィリア様も安心できるのではありませんか?」

「……それは」


 ……ん? フィリアが言葉に詰まったな? よし、眠りかけていた頭を働かせてさっきの会話を思い出してみよう。


 フィリアの要求は、コーネルが活動していた場所の情報を開示しろということ。

 うん。フィリアは「我が家の機密」という言葉を度々使っていたようだが、おそらくこれは統括者(ギルドマスター)からの追求を避けるためだろう。機密という言葉を使えば、事情を細かく追及するのは失礼に当たるもんな。上手い事やりやがる。


 だがそれに対し、統括者(ギルドマスター)は個人情報の提示の代わりに世界中の冒険者協会の協力してコーネルを捕縛するという、聞きようによっては破格の提案をしてきた。

 統括者(ギルドマスター)の言葉を全面的に信じるならば――と言うか、奴の発言には嘘を吐いた者特有の嫌な臭いがしなかったから、おそらくこの発言自体はすべて本当だろうし反故にすることもないだろう――既にコーネルの業績には「貴族からの依頼を途中放棄した」という、大きすぎる瑕疵がついて世界中に伝わっていることになる。この数日でそれが可能なのかという疑問はあるが、冒険者協会の設備には俺の知らない魔道具がいくつもあったから、不可能と断じることもできない。


 この提案により表面上では、俺たち側の要求は完全にクリアしたことになる。ただひとつの問題――コーネルが既に死んでいるという点を除けば。


「おや? あまり嬉しそうな様子ではありませんね。何か問題が?」


 フィリア、もしくは俺かリアナの顔に出ていたのか、こちらの不都合を察知して統括者(ギルドマスター)が疑問を投げかける。


「非常に有難い提案ですが、なにも冒険者協会の皆様にそこまでしてもらう必要は……先ほどモルテインさんが仰ったとおり、この問題が我が家とコーネルさん個人の間で起こったことです。ここだけならばともかく、冒険者協会全体を巻き込むわけには……」

「ははは、何をおっしゃいますか。それこそ先ほど私が言った通り、これは冒険者協会全体の信用に関わる問題でもあります。真偽はともかくとして、我々としても内部に犯罪者が紛れている可能性があるのならば、早急にその芽を摘んでおかなければなりません。それとも――全体に流布されて困るような事情があるとでも?」

「それは……」


 おっと、これはマズそうだな。この一瞬のやり取りで、一気にフィリアの立場が不利になった。

 こちらに後ろ暗いことは何ひとつ無いのだが、その事情を説明するには領主様の許可が必要になる。

 そもそも俺たちがここに居るこの状況はフィリアの独断によるものが大きい。フィリアが領主様からどこまでの権限を持たされたか、あるいは持たされていないかは知らないが、勝手にロスウェル家まで巻き込んだとしたら、このままでは少し問題が生じる。

 統括者(ギルドマスター)の提案が実行されたらロスウェル家の国に対する信用に傷が入り、少しの問題では済まなくなってしまうだろう。

 そもそもの話として、俺たちが欲しいのはコーネル自身のことではなく、血追いの徒の情報なのだ。こんなところで、しかも既に死んだ人間が原因で話を拗らせたくない。

 つーか、面倒臭くなってきたな……よし。


「つまらん腹芸はもう止めにしないか? 回りくどいったらありゃしねえ」


 自分の目の前に用意された紅茶を一気に飲み干して喉を潤すと、俺はこれまでの流れを断ち切るように言葉を発した。

 唐突に乱暴に言葉を発した俺に、統括者(ギルドマスター)もフィリアも驚いた様子を見せる。


「……ほう?」

「ちょっと、アゼルっ」


 フィリアが焦ったように俺の名前を呼んだが、悪いが俺に止まる気持ちはない。


「この際はっきり言うが、俺たちが知りたいのはコーネルがどこに居るかではなく、どこから来て何をしていたか、だ。奴本人に関しては既にどうでもいい」

「……これはおかしな話ですね。フィリア様の説明では、コーネルはロスウェル家の機密を盗んだ疑いが……いいえ、盗んだとは言っていませんね。とにかく機密を流布する可能性があるから、彼を捕まえお話をしたい。そのために、出身やこれまでの活動履歴から手がかりを得たいということでしたね。それなのに、本人はどこに居るかはどうでもいいと?」

「要約してくれてどうも。こいつとは長い付き合いだが、実のところ何言ってたかわからなかったんだ」


 隣に座るフィリアが怒りからか俺の口を止めるためか、何度も肩を叩いて来る。少なくとも焦りは感じるな。


「その質問に答える前に、こちらの質問に答えてもらう。あんた、俺たちの村の事情についてある程度知っているな?」


 この部屋に入る前に、リアナは前に一回呼び出されたと言った。このことから詳しいことはわからないまでも、少なくともロスウェル村で何か大きな事が起こったことに察しがついているはずだ。

 もちろん確信は無い、ただの予想と勘ではあるが。


「いいえ。私が把握していることは何も。だからこうして事情を聞こうと――」


 統括者(ギルドマスター)が言い切る前に、俺は少しばかりの殺気をぶつける。

 すると統括者(ギルドマスター)はびくりと身体を震わせたかと思うと、素早く組んでいた手を解いて腰を少し浮かせる。

 へえ、見た目に反して随分と良い反応をするじゃないか。一瞬魔力が励起した気配もしたし、さてはこいつ魔術師だな? 魔力の淀みのなさから考えて、最低でも中級は扱えそうだ。


「悪い悪い。だが、こちらが先に隠し事をしたとは言え、嘘は良くないな」


 殺気を放つのを止めると、俺は薄く笑みを浮かべてソファの背もたれに体重をかける。

 そんな俺の様子に、統括者(ギルドマスター)は笑みを消して俺を警戒する。

 正直に言うと、統括者(ギルドマスター)が嘘を吐いているかは、まったくわからなかった。俺が見破れるはせいぜい、敵意や殺意、それからこちらを利用しようとする欲に塗れた悪意からなる嘘だからな。

 だがこの反応を見た限り、ロスウェル村で起こったことに関して統括者(ギルドマスター)はある程度の情報を掴んでいるとみて間違いなさそうだ。


「俺はロスウェル子爵家に仕える人間じゃない。ただのロスウェル村に住む、いち村人に過ぎない――そこを念頭に置いて、()()腹を割って話をしないか?」


 フィリアのやる行儀の良い、つまらん腹の探り合いはもう止めだ。ここから先は、俺のやり方でやらせてもらう。

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