5話:捜査隊の報告と予兆
捜査隊が帰還したその夜。ロスウェル子爵の館の執務室にて、バルドルが子爵に報告をしていた。
「バルドル。今回の任務ご苦労であった」
「もったいなきお言葉でございます。私共は痕跡を発見しただけで、盗賊とは交戦しておりませぬ故」
「そう言うな。少なくとも盗賊たちの危険は排除され、他の領地を繋ぐ道の安全性をひとつ確認できた。これもひとえに諸君らが盗賊のねぐらを発見したからこその功績である」
「お褒めにあずかり光栄でございます。隊員たちにも、子爵様のお言葉を伝えましょう。しかし――」
バルドルは口ごもる。その理由をロスウェル子爵は前もって受け取った報告書から察していた。
「うむ、私も報告書を目に通したが、報告の中に気になることがあった。その様子からお前も、私と同じ懸念があるようだな。おまえの口から直接、報告を聴きたい」
子爵の口調が一層引き締まったものに変わり、バルドルも姿勢を正しつつ現場の光景を思い出しながら報告を始めた。
バルドルたちは捜索を始めてから三日ほどで、洞窟を見つけ出した。行商人が通る道路までの距離も、遠すぎず悪路らしい悪路もないため、商人を襲った後も積み荷を運びやすそうにバルドルは感じた。
洞窟の入り口には何かを焚いた跡と足跡が残っており、ここ数日で人が出入りしたことがわかった。
捜査隊は盗賊との戦闘を考慮に入れて、十分に警戒しながら洞窟に突入した。
「しかし、盗賊たちは洞窟の中で死に絶えており、その中に夜狩熊の死骸があった、か」
「はい。盗賊の死体の内の何体かは大きな噛み傷や強い力で殴られたような跡があり、夜狩熊の身体にも無数の切り傷が付けられておりました。洞窟の壁にも大量の血が付着しており、激しい戦闘があったことが予想されます」
「うむ。加えて空の酒瓶が多く転がっていたらしいな。報告書では盗賊たちが酒盛りをしていたところに夜狩熊が侵入して、戦闘になり相打ちになった。そう書かれていたな」
「はい。夜狩熊は冒険者協会がCランクに規定した危険かつ獰猛な魔物であり、人を襲うこともあります。並の集団では太刀打ちできませんが、盗賊団の遺体を数えたところその数は十六体あり、これほどの人数が居ればCランクの魔物を討伐するのも可能かと……ただこれは現場に残された状況から想像して組み立てた予想でしかありません」
酒に酔った盗賊団に対し、単独で乗り込んだCランクの魔物。その結果が両者引き分け、相打ちとなる形になったのだろう。というのが捜査隊の見解であり、報告書にもそのように書かれていた。
「しかし遺体を調べた結果、いくつか不自然な点が見つかった。そうだな?」
「はい……盗賊どもの遺体の中には斬傷がついたものもありましたが、それが魔物の爪でできたものとは少し違うように感じました。まるで刃物で斬り付けられたかのような……それが特に顕著だったのが、数体の首を断たれた遺体です。夜狩熊は風を刃とする力を持っているようですから、人体を断つことも可能なのやもしれませんが、私にはどうにも不気味に感じて……」
「なるほど、人の手による可能性もあると」
盗賊団の死が人によるものだとしたら、それを行ったのは何者か。
提出された報告書には、置いてあった盗品についての報告もあった。食料や日用品の他にも、装飾品などの少しばかり値が張る物まであったが、それらはほとんど傷がない状態で放置されてあったようだった。
盗品の取り合いがあったとしても、それらが手付かずでいるはずがない。それに洞窟内に夜狩熊の死体が転がっている理由には繋がらない。
「だがそれらは大した問題ではない。それよりも明らかで重大な異常がそれらの遺体にはあった。そうだろう?」
小さな疑問はあるが、それらはもうひとつの発見に比べれば、あまりにも些事であった。
「はい。現場にあった死体のすべてが、全身の血液を抜き取られておりました。加えて森の奥へと続く、極めて大きな獣の足跡が……」
全身の血が抜かれていた。それが意味することは非常に限られている。
「吸血鬼によるものと思うか?」
「その可能性もありますが、私はやはり吸血性の魔物ではないかと……足跡は夜狩熊ものとは比べ物にならないものでした」
バルドルの言葉にロスウェル子爵は顔を顰める。もし別の魔物がそこにいたのだとしたら、それはCランクの魔物を倒しうる強さを持っているということだ。少なく見積もってCからBランク、最悪の場合Aランクに届く可能性がある。
「現状、あの森で確認された魔物の中では夜狩熊が最も強い捕食者です。それ以上に強い魔物の存在はこれまで確認されておりませんし、また捜査中その姿を確認したわけでもありません。現状では夜狩熊との戦闘があった可能性のほうが高く……」
「もしくは他所の土地から逃げ出した魔物が迷い込んだのやもしれないな……この件は、慎重に調べる必要がある」
「では、捜索は引き続き我らが?」
「いや、捜査隊の任務はこれで打ち切る。お前の目を疑っているわけではないが、もしかしたら多くの偶然が重なった結果やもしれぬしな。もし本当に吸血鬼が出たとなったら、兵を外に出すより防衛に当てた方がよい。それに魔物の調査となると、兵士よりも適任がいるだろう」
「なるほど、冒険者協会ですね」
「そうだ。後の調査は協会に依頼しよう。何かわかればそれでよいし、何もなくても安全が保障できればそれでよい。明日からは通常の警備に戻れ」
「承知いたしました」
バルドルは一礼して執務室を退出した。ひとり残ったロスウェル子爵は、視線を落として先の情報を整理する。
「血を抜き取られた死体に、大型の獣の跡か。ただの魔物ならばまだ良いが、吸血鬼となると……ああは言ったが、時間をかければ村にまで被害が出るやもしれん。そう考えると低ランクの冒険者ではかえって被害が拡大するやもしれんな……」
そう判断した彼はさっそく冒険者協会に向けて依頼書を作成するのだった。