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54話:冒険者稼業初日のトラブル

 ベタすぎて誰もが知っているが、誰もやらない。なら敢えて進むのも一興かなって……。

 帰りは魔物と出会うことなく、無事に町に辿り着くことができた。のんびりと歩くことができたため、花も一枚の花弁も散らすこともなく完璧な状態だ。

 冒険者協会の建物に着く頃にはもう夕食を取るのに丁度良い時間になっており、建物の内も外も多くの冒険者で賑わっている。

 仕事終わりで後は酒を引っ掛けて寝るだけなのか、人の多さに加えて様々な会話が飛び交い騒然としている。

 特に隣の酒場が騒がしい。朝は寝起きや仕事始めということもあり比較的落ち着きがあったが、今は酒が入り酔い始めた冒険者が報酬を分け合って喜んでいたり、逆に仕事で上手くいかなかったのか不満をぶつけたりしている。

 視線を前に戻すと、受付は朝と同様に冒険者が列を成しており、いつ途切れるかわからない。


「あの列に並ぶのか……もう少し早く来れば良かったか?」

「そうだったかも……って、なんか朝も同じ会話しなかった?」


 そうだったか?

 幸いなことに、受付の職員もこの混雑には慣れているのか列の進みはかなり早い。大人しく列に並べば、十から二十分くらいで受付に辿り着けるかな。

 こうしてもたもたしていると、後から来た冒険者に先を越されて余計に時間がかかってしまいそうだ。


「酒場で飯を食おうと思ったが、この列じゃあ他の奴に場所を取られそうだな」

「あ、じゃあアゼルが並んで報酬受け取ってよ。アタシとフィリアは先に席を取っておくわ」

「それは助かるが……報告はひとりでも大丈夫なのか?」

「フィリアの冒険者カードを一緒に出せば問題ないわ。アタシも原理はよくわからないけど、きちんとカードに記録されるわよ」


 そう言うことならと、俺はフィリアから冒険者カードと依頼物を受け取り列に並んだ。

 俺を置いて酒場へ向かう二人を遠目で観察していたが、二人は丁度よく空いた席を見つけ素早く確保したようだ。席に着いたフィリアが俺の視線に気付き、軽く手を振り居場所を知らせる。かと思うと、彼女は何に気付いたような顔をして、そのままリアナと向かい合って談笑を始めた。

 ……ふむ、どうやらあちらは大丈夫そうだな。

 二人から視線を外し大人しく列を進んで行く。だが、十分程経った頃、列の半ばまで進んだ辺りで、周囲からおかしな視線が向けられていることに気づく。加えて、喧騒に隠れてなにやらひそひそと話している声が聞こえる。

 新人が珍しいのだろうかと思ったが、俺が新人であるかどうかを彼らが知っているはずがない。

 不思議に思い、俺は耳を澄ませてその会話を聞き取ることにした。しかし、俺はすぐに聞かなきゃよかったと後悔した。


「なんあいつ? 花束なんか大事そうに抱えて」

「丁寧にラッピングまでして……この後告白でもするのかしら?」

「ありゃあ、薔薇の一種か? 見たことねえ花だな」

「いいや、わざわざ花を抱えてこんな所に並ぶはずがねえ。相手は受付の誰かと見た!」


 俺はぎこちない動きで手に握る緋露芍薬(ひつゆしゃくやく)を見た。緋露芍薬は観賞用としても扱われるだけあって、その花は非常に美しい。

 緋露芍薬の情熱を思わせる朱と、フローレ草の若さを思わせる翠緑が混ざり合い、大変見栄えの良い花束になっていた。フィリアやリアナが摘んだ分も束ねて、これらを傷付けないように血染布で丁寧に覆ったのだが、この包装のせいで仕事帰りに花屋に寄った感が演出されている。

 依頼を完璧に遂行するための処置で何の意図もないが、なるほど見ようによってはプロポーズで渡す花束と勘違いされても仕方がないか。


 ……なんて、無理やり自分を納得させたが、やっぱり恥ずかしいなコレ。


 羞恥心を隠すため、他にも同じような奴が居ないかと見渡す。俺たちと同様に採取依頼を受けたであろう冒険者は何人かいたが、そいつらは俺とは違い採取物を袋に詰めるか包まず手で握っていた。

 見た所フローレ草のようだが、俺たちが摘んだ物と比べて根本の方から千切られており葉はよれているな。アレでは少し値が落ちるかもしれない。


 ……などと、平時の俺ならそう考えたが今重要なのは、俺以外にプロポーズ前のような姿の者がいないということだ。くそっ、恥晒しもいいとこだ! いっそのこと、この場で血染布を取ってやろうか? 今思えばあの二人が俺を見て笑い始めたのは、俺の間抜けな姿に気付いたからか。

 俺は半ば八つ当たり気味に、二人が座っている場所を睨み付けた。しかし、その恨みもすぐさま霧散することとなった。


「ん、なんだあいつら?」


 二人が座っている席に目を向けると、その前には男の冒険者が何人か立ちはだかっていた。数は四人で、討伐の仕事帰りなのか皆武器を携帯している。

 男たちはこちらに背を向けているためその表情はわからないが、席に座ったままのフィリアの表情は眉を顰めて不快感を滲ませている。リアナに関しては席を立ち、嫌悪感を隠そうともせず男たちを睨み付けていた。

 おいおい、この短い間にトラブルか? いや手に持った酒瓶を見るに、酔っ払いに絡まれた感じか?

 助けに行こうかと思ったが、今ここで列を抜けるとまた並び直す羽目になってしまう。ここまで十数分も待ったのだから、振り出しに戻るのは少々惜しい気持ちがある。

 それに俺が出たところで上手く場を納められるとは限らないと――いうより、俺も人とのコミュニケーションが得意ではないため、変に話が拗れる可能性もある。


 ……よし、ここはリアナに任せよう。あいつもCランクのベテラン冒険者だ。こういった事には慣れているだろう。Fランクの俺が出るよりかは、上手くこの場を収めてくれるはずだ。

 そんな俺の予想とは裏腹に、雲行きは段々と怪しくなっていく。リアナの正面にいた男がすぐ隣の席に不躾に座り、また別の男がフィリアの隣にさも自然な風に座った。

 流石にマズイかと思ったその瞬間、リアナは唐突に脚を持ち上げて隣に座った男を椅子ごと蹴り倒した。

 酒場に派手な音が響くと、その場に居る者たちが一斉にそちらを向き一瞬の静寂が広がる。


「アンタと飲む酒なんか一滴もあるかってのよ! この[冒険者スラング]が!」


 リアナの怒声が響き渡ると同時に、周囲から「おおっ!」という感嘆の声や口笛が鳴り、喧騒が先程よりも大きくなって戻ってきた。どうやら冒険者たちにとってはこの程度の争いは日常茶飯事、むしろ酒の肴でしかないようだ。


「あーあ、何やってんだか……」


 リアナの思い切りの良い行動には俺も思わず胸がすいたが、このまま任せるのは難しそうだ。仕方なく列を抜けて二人の元へ向かう。


「おーい、何があったんだー?」

「ああん、なんだテメエ⁉ 今取り込み中だってのがわからねえか!」


 蹴り倒されて今にもリアナに掴みかかろうとしている男を制するように声をかけると、男は怒りを露わにしたまま八つ当たり気味に叫ぶ。だがそれも俺が持つ花束を見て、すぐに怪訝な表情へと変わった。


「あっ、お帰りアゼル。報告終わったの?」

「見ての通り終わってねえよ。騒ぎのせいで抜けて来たんだ。それとあんた。そこは俺の席だから退いてくれると助かる」


 リアナの言葉に答えつつ、俺はフィリアの隣に座った男の肩を掴んで彼女との距離を引き離す。急に見知らぬ男に肩を掴まれたのが気に食わなかったのか、男は最初は抵抗して動こうとしなかったが、俺が少し力を加えて無理やり押しのけると男は少しよろめきながら椅子から退いた。


「うおっ……なんだこのガキ。花束なんか持ちやがってよ」

「これはただの依頼品だ、気にするな……で、何があったんだ?」


 フィリアに視線を送ると、彼女は先ほどよりも少し安心した様子で答えた。


「その人たち、他に席がないからって相席しようとしてきたのよ。最初はリアナの名前を呼んで近付いてきたから知り合いかなと思ったけど、リアナはその人たちを見るなり嫌そうな顔をして……」


 なるほど、それで二人はそんな嫌そうな顔をしていたのか。男たちの持っている酒瓶を見ると、どうもこの酒場で提供されているものではなさそうだ。おそらく外で一杯引っ掛けてから、ここに来た口だろう。

 見るからにガラが悪そうだし、女性二人が嫌な気持ちになるのはわかるが、リアナとはどういった関係だ?


「あまり詳しくはわからないけど、どうも前にパーティーを組もうとしてリアナに断られたみたい。私の顔を見るなり、パーティーを組んだのかとか、「こそう」? がどうとか言い出して……リアナって普段はひとりで活動していることが多いみたいで、パーティーを組むなんてこと滅多にないみたい」

「あー……そういうことか」


 ロスウェル村にいた時の彼女の戦いを見ていた時も、やけにひとりでの戦闘に慣れていると思っていたが……そうか、普段は単独(ソロ)で依頼をこなしているんだな。

 「こそう」というのはよくわからないが、そんな彼女が誰かと一緒にいるのが珍しくて目についたというところか。快活で明るい性格の彼女がひとりを好んでいるのは意外だが、それはひとまず置いとくとしよう。

 要するにこいつらは、リアナのお客というわけだ。それならかえって話は早い。


「なにやら積もる話があるようだな。そういうことなら、俺たちはお(いとま)しよう。リアナ、今日は手伝ってくれてありがとな。それじゃあ――」


 俺はフィリアを立たせてこの場を去ろうとする。

 リアナには悪いが、当初の予定通りこいつらは彼女に任せよう。なあに、見た感じこの男たちの実力は大したことなさそうだし、リアナならば余裕で切り抜けることができるだろう。詩と喧嘩は酒場の花と言うし、後のことはベテラン冒険者のリアナが何とかするだろう、うん。


「「いや、待ちなさい(よ)」」


 しかし手を引くフィリアとリアナに止められてしまった。くそ、このまま自然な流れでフィリアだけでも連れ出せるかと思ったが、さすがに甘い考えだったようだ。しかもよりによって本人に止められるとは。


「まさかとは思うけど、リアナを置いていくつもり?」

「冗談じゃないわよ! こんな可憐な乙女を見捨てるなんて、アンタの良心は痛まないわけ⁉」


 かれん……?

 そうは言うがなあ。経緯はどうであれ、先に手を出したのは彼女だ。であるならば、彼女に責任を取ってもらうのが筋というものだ。過去にもいざこざがあることも踏まえると、当人同士で話を付けたほうが良いと思うんだがなあ。

 つーか、新人の俺たちを巻き込まないで欲しい


「へっ、リアナ。さんざん俺たちの誘いを()っていたってのに、まさかこんなガキと組んだのか?」


 蹴飛ばされた男は俺を一瞥すると、鼻を鳴らして小馬鹿にする。


「いいや、こいつとは組んでないが?」

「そうよ、これからしばらくはこの子たちと組むことにしたの」


 おい、一瞬で話が食い違ったぞ? 怪訝な顔をする俺と男たちを無視して、リアナは胸を張って挑発するような笑みを作る。


「あんたらと比べて、この子たちは(ちょー)優秀なんだから。それこそ、Cランクの魔物なんか簡単に倒しちゃうんだから。それこそ、Bランクに上がるのなんて夢じゃないんだから」


 おいおい、そんな大げさなことを言いやがって、いったい何のつもりだ?

 リアナの方に視線を向けると彼女は「話を合わせて」と言うように目くばせする。それに対して俺は構わず「面倒臭い」と言う視線を返すと、リアナはやや目を細めて今度は甘えるような目つきをする。その目つきからは「男でしょ? アタシを守って〜♡」と雄弁に訴えている。俺も目つきは冷ややかになった。さっき威勢よく男を蹴飛ばしたのはいったい誰だったかな?


「ちっ……こんな弱そうなガキとか? 見るからに草むしりしか能のなさそうな探索者(シーカー)じゃねえか」

「あ……」


 リアナと見つめ合って無言で面倒事を押し付けていたら、その姿が気に入らなかったのか、男は無造作に腕を振り上げると俺の持っていた緋露芍薬の花束を拳で払い落とした。

 リアナに責任を負わせて逃げることに集中してそちらの注意が疎かになっていたため、花束はあっさりと俺の手から離れてしまった。

 


「ちょっと、何をするのよ!」


 リアナが怒鳴り声を上げるよりも先に、これまでじっとしていたフィリアが勢いよく立ち上がり厳しい声を上げた。フィリアは急いで落ちた緋露芍薬を拾い上げるが、すっかり茎は折れ曲がり花弁は散ってしまっている。

 むう、これは俺の落ち度だな。これじゃあ売り物にならないか。

 いやそれよりも――これは、マズイか?


「お、おいフィリア、落ちつ――」

「ただの酔っ払いだと思って黙って聞いていれば、あれこれ勝手なこと言って! 挙句人の財産をこんなにして、恥を知りなさい!」


 フィリアはくたびれた花束を抱えると怒り心頭といった様子で、あろうことか男に詰め寄った。

 あちゃー、ついにフィリアの怒りが爆発した。こうなる前にフィリアだけでも遠ざけたかったのに…。

 もちろん喧嘩に巻き込まれないようにという意図もあったが、フィリアの性格を考えるとこういった輩を糾そうと動くことは目に見えていた。

 俺が花束を持っていた手で額を抑えているのに対し、糾弾された男たちはというと、フィリアの勢に面食らったもののすぐに顔を歪ませ彼女を嘲笑い始めた。


「ぷっ――ひぃーっははは! は、恥を知れだってよ? ひっひひひ……なあ、お前ら? 恥を知りなさーい、だってよ? ぎゃははははっ!」


 男がそう言うと男の仲間は一層大きく笑った。あまりに反応が予想外だったのか、フィリアは怒りの表情から一転してぽかんとした。

 男たちだけでなく、離れた位置でこちらを見ていた数人の冒険者も、つられて笑っているようだった。全体の少数ではあったが、そいつらもお世辞にもガラが良さそうだとは言えなかった。うん、他人だろうがあいつらも同類とみた。

 こいつらは自分の行いが悪いとは微塵も思っていないのだろう。その上で、正論を振りかざし真剣な顔で説教を垂れる小娘(フィリア)が滑稽で、もっとイジメてやろうという気持ちでも湧いているのかも知れない。

 ここまで来ると、流石に俺も不愉快な気持ちになってくる。リアナに至っては、もはや怒気を通り越したのか、冷めた目をしてゆっくりと腰の短剣に手を伸ばしている。その射るような眼差しからは、僅かに殺気がこもっている。だが気持ちはわかる。

 悪酔いしているせいか知らないが、こういった人間に対し穏便に済ませようと考えたのがそもそも間違いだったかな。


「ぎゃはは――うべっ⁉︎」

「なっ⁉︎ おいフィリア!」


 リアナの殺気に意識を取られた一瞬、フィリアは笑う男の横面に思い切り平手を叩きつけた。小気味良い音が響き男の顔が横に逸れたが、残念ながら男が倒れる程の威力は無かったようだ。それどころか大した痛痒を与えられてはいなかったが、この場に生じた衝撃はかなりものでリアナが蹴りを入れた時と同じような感嘆が再び周囲から発せられた。

 一方俺はと言うと、焦りからそちらに気を回す余裕をすっかり失っていた。


「離しなさいアゼル! このクソ野郎、全員殴らないと気が済まないわ!」

「気持ちはわかるが落ち着けって⁉︎ 手ぇ出したら収められる場も収まらないだろうが⁉︎」


 腕を振り回すフィリアを後ろから羽交締めにして必死に抑える。ま、まさかこいつが初対面の人間を「クソ野郎」呼ばわりして、あまつさえ手を上げるとは。彼女の性格を熟知していると言っていいこの俺をもってしても読めなかった! この少女がもつ正義感を!


 あーもう、滅茶苦茶だ。こうなるなら無理矢理にでも引っ張っていけばよか――――それは流石に許さねえよ。

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