4話:盗賊捜査隊と森の後片付け
血塗れ夜王――そう呼ばれる者がいた。その者について、多くの詩多くの伝説が語られている。
殺戮を好む破滅者。魔族を信仰する狂信者。死の国から蘇った不死の王。血をすする吸血鬼。滅亡した国が造った人造人間、もしくは人造魔獣。裏切られた復讐鬼。とにかくいろいろだ。
伝説故に荒唐無稽なものも多いが、確かに言えることはある。
その者は多くの人間を殺し、果てはひとつの国を滅ぼしたということだ。
伝説の内容がどこまでが本当で、どこまでが偽りか。それを知るものはその時を生きた当事者しか知らないが、「血塗れ夜王」は確かに存在していた。
夜と共に現れ、死者を引き連れ、血の雨を浴びる。通った後に残るのは無数の屍と、血に染まった大地のみ。夜王の前に命はあり、夜王の後に赤き死が続く。
夜に現れ血を残すことから、「血塗れ夜王」と呼ばれるようになった。
その夜王は賢者によって打ち倒され、血の夜は明けて朝日を迎えた。
――というのが「血塗れ夜王」の伝説だ。
そして俺ことロスウェル村のアゼルが、その「血塗れ夜王」の生まれ変わりである。
まさかこうして自分が伝説になるとは思いもしなかったな。しかもこうして生まれ変わるなんて。
過去のことを思い出すことは時折ある。自分で言うのもなんだが、まともな人生ではなかった。
前世の俺は戦災孤児だったが、そこを師匠に拾われた大人になるまで世話になったのは最大の幸運だったと思う。
だがそれ以降の人生は最悪の一言に尽きる。良縁もあったし、人生における最大の幸福もあったが、それらすべてを人の悪意が飲み込んでいった。
「……いや止めよう。朝から気分が沈むようなことを思い出すのは」
俺は一時作業の手を止め一息つく。
前回の盗賊討伐からしばらく日にちが経過した。
村は相変わらず平和そのもので、俺も変わらず畑の世話をしている。
畑仕事は存外大変だ。財産であり納税のための手段なのだから、世話を疎かにすることはできない。
それにただ自分の家の畑のことだけを考えればいいというわけではない。他所の家の畑の手伝いをすることだってある。
村の生活は助け合いだ。他所の人間が困ったら助けてやり、その見返りとして自分が困ったときに助けてもらう。その関係が時折面倒に感じることがないでもないが、決して蔑ろにしてはいけない大切なことだ。
そして今日は、俺の両親の畑の手伝いだ。まあ俺の家の畑も元をたどれば親父の畑を分けてもらったものだから、家族の一員として俺がやらなければならないことのひとつだ。
「ねえアゼル。私、ある重大な情報を知っているんだけど聞きたい?」
「フィリアおまえ、また抜け出してきたのか……」
作業の合間の休憩を見計らったかのように現れたフィリアがそんな風に切り出してきた。
ここ数日は家から出られなかったのか姿を見せなかったが、今日は見事に脱出を果たしたようだった。
そんな彼女だがなにやら真剣な面持ちだ。わずかに危機感のようなものも感じる。
「その重大な情報って?」
「今朝、バルドルが隊を率いて村の外に出かけたのは知ってる?」
「知ってる――というか見たな。見回りにしては気合が入っているなって思った」
「でしょ? 私も気になってそれとなくお父様に聞いたんだけど……どうやらこの近くに盗賊団がいるかもしれないんですって」
「盗賊団かそいつは危ないな。被害が出ているのか?」
驚いたふりをしているが当然知っている。俺としてはようやく捜査に入ったかという感じだ。
ここ数日で村の外縁の警備が強化されていたし、討伐のためにいろいろ準備していたんだろうなあ。
まあまだ村内では広まっていない情報なので、初耳だという態度を崩さず努めてとぼける。
「……あんまり驚いていないようね」
「驚いてはいる。けど、バルドルさんたちが出ているんだろ? そのうち解決するだろう、とも思っている……それでどうなんだ?」
「村での被害はないみたい。ほら、この前ラルバさんが来たでしょ。その時に道路に戦闘の跡があったみたいなの。バルドルは大規模な集団による犯行だと思ったみたいで、お父様はここ数日で急いで隊を編成したみたい」
ほほう、さすがバルドルさんだな。俺と同じく大人数であることを見越していたか。そしてその意見を信じて迅速に準備を進めた領主様も賢いな。俺の知っている領主(前世の人間)なら捜査に乗りかかるだけでも最低一か月はかかっていたと思うが。
……まあ彼らには申し訳ないが、件の盗賊団は俺が殲滅した後だ。運が良ければ死体が見つかるかもしれないが、おおかた魔物やら動物やらに食われていそうだな。
「ていうか。そんな重要そうな話、俺に言っていいのかよ?」
「大丈夫じゃない? 隊が村の外へ行ったのを見た人は大勢いるだろうし、その内誰かが村の警備を担当している兵士に聞いて、明日には村中に広まる噂になるわよ。お父様も私に教えるくらいだから極秘とかじゃないだろうし、村の皆の防犯にも繋がるから悪いことじゃないわよ。アゼルの言った通り、バルドルが出たからそう時間をかけずに討伐されるわ」
そりゃそうか。ならこの件は、もう俺が気を回す必要はなくなったな。今思うと、ラルバさんの話を聴いてすぐに動いたのは良い判断だったな。一日でも遅れていたら、村から出るのが面倒になっていたかもしれん。
「ま、いち村人の俺は無事に隊の皆が帰ってくるのを祈るだけだな」
一日や二日で帰ってくるとは思えないし、盗賊団も森の主だった夜狩熊もいないとはいえ他にも魔物はいるし、そうでなくても野営はそれなりにきつい。不要な怪我をしないように隊の皆には気を付けてもらいたいものだ。
心の中で祈りながら、俺は休憩を終えて畑作業に戻った。フィリアも仕事中であることはわかっているため、ほどなくしてその場を立ち去りその日は終わった。
それからさらに数日が経過すると、捜査隊が盗品と思わしき荷物を持って帰ってきた。どうやら無事あの洞窟を見つけたようだ。
少々疲労している様子だったが、欠けた人も目立った外傷を負った人もなく、全員が無事だった。
そのころにはすっかり盗賊団と捜査隊の噂が広まっていため、村の人は口々に労い捜査隊を迎え入れた。
村人に囲まれる兵士の姿は、さながら英雄たちの帰還だな。
彼らが見つけた時、洞窟内がどんな状態になっていたのか気になるが、そこを追求するのはいらぬ災いを招くことになりそうだから、好奇心は胸の内にしまい込むことにした。
ただひとつ気になることは、隊長のバルドルさんが悩まし気に顔をしかめていたことだ。
うーん、いちおう夜狩熊の死体を洞窟内部に放り込んで盗賊団と相打ちしたように現場をでっち上げたんだが、なにぶん即興だったからなあ。違和感をバルドルさんは感じたかもしれない。
幸い他の隊員は不審に思っている様子はないから、まあ大きな問題ではないのだろう。
そう判断して、俺はこの件を片づけた。その考えが甘いものだとは知らずに。