42話:旅は道連れ
ロスウェル村を離れて、俺は森の中に引かれた街道の上を歩く。
天気は良好そのもので、ここまでの道中で魔物とも遭遇していない。まったくもって平和そのものだ。
ただ一点を除いてだが……。
「誰か居るな……」
村を出てからというもの、ずっと何者かの視線を感じていた。
最初は魔物かと思ったが、その割には殺意は感じられなかった。害がないのならと無視して進んでいたのだが、見られている感覚は一向に消えず、それどころか時間が経つにつれて気配は少しずつ近づいているように感じた。
まさかまた盗賊が森に住み着いたのかと思い注意深く周囲の気配を探ったところ、煙のような魔力が俺の後ろから伸びていることがわかった。
「この魔力の属性は……風属性魔術か。おそらく追跡系の魔術だろうな。魔力の濃さから考えるに、中級の魔術か?」
中級魔術を扱えるとなると、並の相手ではない。
依然として悪意の類は感じられないが、わざわざ魔術で俺を追跡している以上は、何らかの目的はあるだろう。いずれにせよ、こそこそと付いて来られるのはうざったい。
そう思った俺は、一度立ち止まりその場に荷物を下ろす。そして懐から財布を出して、口を開けた状態で地面に軽く放った。
財布の中から大量の銀貨が無作為に転がったのを確認したら、俺はすぐ近くの木に登りちょうど荷物の真上にある枝に身を潜める。
「さて、どんな奴が来るかな?」
探知系の魔術を躱す術は俺も持っているが、それをすると俺を探知できなくなった相手が警戒する可能性があり、ともすれば追跡を諦めるかもしれなかった。相手の正体と目的が気になる俺としても、それは望ましくない。
故に下手に魔術を妨害するのではなく、その状態のまま相手を釣り出す作戦をとる。
更に荷物と金銭を地面に転がしておくことで、相手の視線を下に誘導して上への注意を逸らす。もし相手が金銭目的で近付いているとしたら、真っ先に大量の銀貨に吸い寄せられるはずだ。
しばらく待っていると、街道の向こうから人影が現れる。手には長杖が握られており、そこから魔力が伸びていることが確認できた。間違いなく俺に魔術をかけていた人間だ。
「……んん? あれは」
その人物は俺の荷物に気が付くと、どこか慌てたように小走りで近付いて来る。
先に俺の荷物を確認した後、傍に転がる銀貨が溢れた財布に気付いてそれを手に取る。かと思えば、焦りを感じさせる様子で、きょろきょろと周囲を見渡した。
一方俺はというと、唖然としてすぐには行動できなかった。というのも、その人物は俺にとってあまりにも意外過ぎる人だったからだ。
これはさすがに問い質さねばなるまい。
俺は【血濡魔術】で外套から長い鉤爪を伸ばすと、その切っ先をその人物の服に引っ掛けて一気に釣り上げた。
「きゃあああ⁉」
甲高い声を上げながら、その人物は空中にぶら下がる。その拍子に手に持っていた俺の財布を落とし、軽やかな音を立てながら大量の銀貨が地面を転がる。
おいおい、散らかすなよ。銀貨は高いんだぞ?
俺は呆れながら木から降り、ついでに外套から無数の触手を伸ばして銀貨を一枚残らず回収する。
「なんでお前がここに居るんだ――フィリア」
「ア、アゼル⁉ これは、えーっと……えへへ」
間抜けにぶら下がる人物――フィリアは誤魔化すように笑った。
服装があまりにも違ったから一瞬他人の空似かと思ったが、どうやら見間違いではなかったようだ。俺は回収した銀貨を財布に入れ直した後に、フィリアをゆっくりと地面に降ろした。
「もう一度聞くが、なんでここに居る? そもそも、その恰好はいったい……」
フィリアの装いは、丈が短めのジャケットに白いブラウス。下は丈夫な動きやすさを重視したパンツスタイルで、履物はふくらはぎまである編み上げのブーツを履いていた。上着には薄手のマントを羽織っており、マントの裏地は火を思わせる鮮やかな赤色だ。
背中には俺よりも大きいバックパックを背負っており、更に肩には革製のショルダーバッグを下げている。腰には以前見た小杖が覗いた小物用のポーチが付いていた。おそらくその中には、戦闘に役立ちそうな小物が入っているのだろう
一見するとありきたりな旅人風な装いだが、よく見るとどれも上質な素材が使われており、ジャケットやブーツ、鞄などに金の刺繍があしらわれており、どことなく上品さが感じられる。
明らかに「ちょっとそこまで出かける」なんて雰囲気ではない。
「あら、見てわからない?」
「できれば、わかりたくないな。道に迷ったか?」
「聴いたわよアゼル、あなた旅に出るのよね?」
先ほどの気まずさはどこへやら、俺の軽口を無視してフィリアは得意げに胸を張る。そんな様子の彼女に俺は僅かな既視感と、非常に馴染みのある嫌な予感を覚えた。
「私も旅に出ることにしたわ!」
「お出口はあちらです」
嫌な予感は当たり、案の定フィリアはとんでもないことを言い出した。確か領主様に尋問されていた日、こいつは扉の前で聞き耳を立てていたな。全部聞かれているとは思わないが、静かな場であったから一部分は聴いていたのかもしれない。
普段からこいつは碌なことを言い出さなかったが、今回ばかりは遊びでは済まない。
「馬鹿言ってんじゃねえ! これはいつもの遊びじゃないんだぞ⁉ 村に帰れる保証なんかないし、いつ終わるかもわからない。そもそも俺が何のために旅に出ているのかわかってんのか⁉」
「聴いたって言ったでしょ? あなたが夜王の遺物を破壊するために血追いの徒を追っているってことは、既に理解しているわ」
「なっ⁉」
なぜそこまで知っている。まさか、一部どころか全部聞こえていたというのか⁉ いや、あの部屋の造りは相当頑丈だったし、扉からも少し離れていた。言葉の断片が漏れることはあっても、そこまで正確に聞き取れるはずがないと思うのだが……。
「アゼルが帰った後、お父様が全部教えてくれたわ」
「何やってんだ領主様ぁ⁉」
自分の娘の性格をよく理解しているんじゃなかったのか⁉ こいつに話せば、同じように旅に出ると考えなかったのかよ⁉
……考えなかったのかもしれない。普通のだったら聞いたからと言って、自分も旅に出ようなんて思わないだろう。
五日前までの俺――いやつい先ほどまでの俺でも、話したところで突然旅に出るなんてことはしないだろうと思っていた。
だが現実では、俺の旅立ちを聞いたこの馬鹿は、俺と同様に旅に出ようとしてる。
フィリアという少女を、俺たちは甘く見ていたのかもしれない。
「……待てよ? 五日前?」
領主様との会話を思い出す。確かあの時の領主様はこう言っていた……。
――旅立ちの日程は決まっているか? ならばそうだな……五日後が良いだろう――治療師は三日後に向かわせる――
あの一瞬、何かを考えるような間が確かにあった。そしてずっと謎だった、旅立ちに生じた二日の猶予。
まさか、まさかとは思うが……領主様はフィリアの行動を見越した上で、五日後という期日を提示したのか⁉
あの時は、俺が家族に別れを告げさせるための領主様なりの優しさだと思っていたが、実はフィリアの準備期間だったとでも言うのか⁉
「わからん……わからんが……領主様から聴いているのなら、この旅が途方もなく危険なものだということは知っているはずだろ。だいたいお前、魔術学園の方はどうするんだよ? そろそろ長期休みが明けるころだろ」
「それならもう、退学の手続きをしたわ。今頃はもう手紙が学園に届いているんじゃない?」
「ほんとに何やってんのお前ら?」
あっけらかんと言い放つフィリアに、俺はドン引きする。
怖い。ロスウェル家の目的が読めなくて、ただただ怖い。
人は得体の知れない物を本能的に恐れるが、その未知から来る恐怖をまさか幼馴染とその父親に覚えるとは夢にも思わなかった。これは悪夢ですか?
……どちらにせよ、このまま流されてはだめだ。フィリアを死の危険がある旅路に同行させるのは、考えるまでもなくリスクが高すぎる。
言葉で帰らせることができないのなら、ここは力づくで――
「あ、そうだ。お父様から手紙預かっていたんだ」
「血織じ――うん? 手紙だと?」
「はいこれ。アゼルのことだから、私が同行しようとすると力ずくでも家に帰そうとするだろう、ですって。さすがお父様、直接話したのは少しだけなのにアゼルのことをよくわかってる」
魔術の発動を一時中断した俺は、フィリアから差し出された手紙を受け取る。
手紙には確かにロスウェル家の家紋である「鹿と月桂樹」の封蝋がしてあった。封を破って手紙を読むと、そこには簡潔にロスウェル子爵の貴族としての建前と、一個人としての本音が書かれてあった。
建前の方では、喰血哭と夜王の遺物の両方と密接に関わっている思われる【血濡魔術】の観察と監視、それから血追いの徒を追い夜王の遺物の破壊という目的の支援として、優秀な魔術師であるフィリアを派遣したということらしい。
嚙み砕いて言えば、【血濡魔術】は怪しくて危険な香りがするから、子爵家の魔術師に監視をさせて、危険がないか調査するといった内容だ。
これはまあ、派遣された魔術師がフィリアであることを除けば、わからないでもない理由だ。だがそれを「これは子爵家としての建前である」と文の冒頭で書く必要はないだろ……。
「なあフィリア。お前、この手紙の内容読んだか?」
「いいえ? 家を出る前に渡されたから内容は……何書いてあるの?」
手紙の後半、領主様個人としての文にはこんなことが書かれていた。
『娘をどうかよろしく頼む。
フィリアは昔からアゼル君のことを気に入っていてな。私から教えなくても、君がいなくなったことを知ればすぐにその後を追いかけたことは想像に難くない。
アゼル君にとっては迷惑かもしれないが、その子は軽い言動に比べて芯の強い子だ。それこそ死に立ち向かえるほどにな。
きっとこの旅はフィリアにとって重要なものであると私は確信している。そして、アゼル君にとってもその子の存在はきっと大きな助けになるはずだ。
身勝手なことだが、ひとりの父親としてアゼル君に頼みたい。どうかその子の命を最後まで背負って欲しい。』
ここで手紙は終わっている。
何度か読み返したが、正直何を言っているのかわからない。これならまだ建前部分だけを書いたほうが納得できた。
娘のわがままを叶えるために、その娘を死地に送るようなことをするとは。おまけに俺のような人間に大事な娘の命を委ねるなど、常軌を逸しているとしか言えない。
ただひとつわかることは、領主様も俺の旅にフィリアを同行させたいと思っているということだ。
親子共に覚悟が決まっているのならば仕方が無い。できればこういった手は使いたくなかったのだが……。
「フィリア、最後の忠告だ。この手紙を持って村に帰れ。俺に付きまとえば、地獄のような苦しみが待っているぞ?」
俺は脅すように手紙を【血濡魔術】の刃先で持ち上げ、それをフィリアの眼前に突き出す。
刃を向けられたフィリアは一瞬緊張して息を飲んだ様子を見せたが、すぐに無理やりの笑みを作って、あろうことか手紙ごと刃の先端を握った。
「お断りよ。たとえ私を気絶させて無理やり村に返したとしても、目が覚めたら必ず追いかけるから!」
「……わからんな。旅に出たいなら、ひとりで行けばいいじゃないか。なぜ頑なに俺に付き纏う?」
ただ旅をすることに憧れているだけなら、勝手にすればいい。俺に付き纏わなければ、きっと普通に旅ができるはずだ。俺みたいな特別な事情がない奴が、血追いの徒とかいう殺人集団と積極的に関わろうとするべきではない。人殺しと関わった人間は、いつだって碌な末路を送らないのだから。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、フィリアはそれでもなお不敵な笑みを崩さず言った。
「アゼルを村へ連れ戻したあの夜、私はとっくに決めたの。絶対にあなたをひとりにしないって――あなたは絶対にひとりにしちゃいけない人なんだって」
その言葉は妙な確信を持っているようで、血染めの刃を握る彼女の手が僅かに強くなる。それはフィリアが持つ生来の負けん気であり、同時に彼女の覚悟の表れだった。
「私が村に帰る時は、アゼルが村に帰る時よ」
「………………まったく」
俺は重々しい溜息を吐いて、【血織刃】を解く。フィリアの手には、少し皴になった手紙だけが残った。
刃を無造作に握ったフィリアの手には一切の傷はない。もともと刃は潰しており、端から彼女を傷付ける意思は俺にはなかった。
「好きにしろ。ただし、俺が無理だと判断したら、そこらへんの町に適当に置いていくからな」
俺は地面に置いた荷物を担ぎ、再び道を歩き始めた。
「誰に物言ってるのよ。いつもあなたを振り回しているのは私よ?」
声に喜びの色を滲ませたフィリアが背後から駆け寄り、そのまま俺を追い越して一歩先を歩き始める。
やれやれ……今思えば、俺はこの幼馴染に口論で勝てたことは一度もなかったな。
さっそく予定が崩れてしまい俺はこの先の旅路に一抹の不安を覚えつつ、このおてんばが過ぎる少女から決して目を離さないようしようと誓った。
好んで孤独で居る人を、私は不幸と言うつもりはない。しかし、孤独は心を満たさない。
友がいなくとも、家族がいれば満たされる。家族がいなくとも、友がいれば満たされる。
ずっと孤独で居続けると、些細な何かが心を壊す。
なぜなら、どれだけ気取っていようが、人はひとりで生きてはいないのだから。




