41話:旅立ち
今回でロスウェル村編は終わりです。やっとこいつを旅立たせることができました……。
実家で夜を過ごした翌日。俺は家の整理をするために一度自宅に帰っていた。
旅立ちにあたり、この家をどうしようかとずっと悩んでいた。
と言うのも、この家は俺が自力で建てたものだから、細かい所の造りが杜撰になっている。倒れることはないが、内装をよく見るとやや不格好な所がある。
だから村を出る直前に壊してしまおうかとも考えていたのだが、昨日の父さんたちの言葉は俺の考えを変えた。
もし帰ってこれた時に、家が無いんじゃ恰好が付かないからな。
俺がいない間この家は、父さんたちが休憩所として使ってくれるそうだ。そうなるとベッドや農具の類は残しておいたほうが良いだろう。もしかしたらダリオンが結婚したら、ここに住むかもしれないしな。
とは言え残しておける物は存外少ない。せいぜいベッドや棚、食器類程度だ。寧ろ、残してはおけない物の方が俺の家には溢れている。
「あ、魔物彫刻……作っておいたが、結局こいつが動くことはなかったな。こいつは処分っと」
倉庫の入り口に近い角隅にひっそりと置いてあるのは、鋭い角と牙が生えた猿のような赤黒い彫像だ。
当然この魔物彫刻はただの魔除けではなく、【血濡魔術】で作られた土石動像だ。これもある種の【血骸操】とも言えるが、こちらは中身が死体ではなく木像だからどちらかと言えば【血織刃】の方が近い。
こいつは倉庫の警備として作ったもので、倉庫内に盗人などが入ったら遠隔で俺に知らせてくれる仕組みになっている。当然侵入者の排除もできるが、その機能を使うことも俺に知らせが届くこともついぞなかった。
「結構こだわって作ったが、旅に持っていくにも邪魔になりそうだな。血を抜いて屋根にでも飾るか」
【血濡魔術】で魔物彫刻を屋根に上げて、その頭に【渇紅紋】が付与された血染布を乗せてしばらく放置する。今後は普通の魔除けとして活躍してくれ。
血染布についてだが、こちらはすべて持っていくことに決めている。予備として用意していたものが三〇枚、その内の三枚には【渇紅紋】が不活性状態で付与してある。
「これを喰血哭との戦いで持っていれば、もっとましな戦いができたんだが……はあ、焦って動くと碌なことにならないな」
今振り返っても後悔しかない。昔から想定外の事態には弱く、その度に取り乱してしまっていたなあ……。
「血塗れ夜王」になってからは生きること自体に無気力になり、逆に焦ることもなくなっていたが、今思い返せばそれ以前の軍役時代はその傾向が特に顕著だった気がする。
「まあ、この失敗は重く受け止めるとして……やっぱり旅に出るとしたら、細い布だけじゃ野営に不便か?」
血染布は主に狩猟用の矢のために作った物ばかりで、どれも三十センチメートルほどの長さの細い切れ端ばかりだ。
いくら【血濡魔術】で長さや幅を膨張させられるとは言え、元が小さいと大きくするのにも限界がある。
血の量が増えればその分だけ大きく、また丈夫にできるが、それだけ大量の血液を含んだ物体を変形させるとなると、それにかかる魔力も多くなってしまう。さすがにそれは効率が悪い。
「大きな物を一枚持っていくことも考えるか。他の土地へ持ち運ぶとなると、最低限見栄えは良くしないといけないな」
ひとり呟きながら、俺は壁にかかった色褪せたローブに目を向ける。
もうずっと昔のようにも感じる野盗討伐の時に使っていたローブだが、こちらは完全に血を移し替えられており、もはやただのボロ布と化している。元が捨てられる予定だったお古を貰った物なので、この有様なのは仕方がないが、これを持っていくのはさすがに格好がつかない。そこに血を含ませるとなると尚更だ。
寝具の毛布を血染布にすることも考えたが、さすがに寝る時くらいは臭いを気にしたくはない。それに想定外の事態に遭遇した時に荷物を捨てることを想定すると、これまで通り身に着けていた方が良いだろう。
「よし、この際だ。新しく外套を作ろう」
そうと決まれば早速買い出しに出かける。領主様からの報酬のおかげで、お金はいくらでもある。これなら少し良い生地を買えるだろう。
布の素材には悩んだが、ここは毛織物にしよう。
丈夫な麻や見栄えもよい革も捨てがたいが、毛織物は撥水性が高く雨に強い。【血濡魔術】にとって雨は旅における最大の天敵だ。少しでも弾いてくれると助かるというものだ。
おまけに羊毛は動物性タンパク質であるため、染めるに当たって血とはとても相性がいい。
村の織物屋に行き白い毛織物を一反買って帰ったら、次はその布を染色する。白色を選んだのは、きちんと血が染まったかをわかりやすくするためだ。
買った布を酢と一緒に火にかけている間に、俺は床下に隠している水瓶を取り出しその中身の状態を確認する。
蓋の部分は【血濡魔術】で完全に密閉されており、空気が入らないようにしている。蓋を開けると中には水瓶いっぱいに血液が満たされていた。
「よし、若干変色はしているが、腐敗や凝固はしていないな」
軽く手を入れるとドロリとした不快な感触の中に、細かい粒があるのがわかる。俺はそれらに手にまとわりつくよう命じて、ゆっくりと水瓶から手を引き抜いた。
「うえぇ……我ながら気持ちの悪い魔術だ。晩年の俺がどれくらい狂っていたかがわかるな……」
血に染まった手にまとわりついていたのは、おびただしい数の赤い蛭だ。それらは湿りヌメヌメと蠢いては、俺の手に付いた血を吸い取っている。
【蠢血蟲】――俺はこの蛭たちをそう名付けた。
こいつも【血骸操】で動かした蛭の死体だが、戦闘用に使っているものと違い、これは「血の長期保存」のためだけに生み出された特別製で、こいつらに戦う機能はない。
蛭の持つ血の凝固を防ぐ体液に目を付けて、そこにさらに魔術による改造で抗菌作用も持たせた。
蛭に血を吸わせて体内で保存液を分泌させて血液と混ぜる。それを吐き出させ、また血を吸う。それを繰り返させることで、血の長期保存を可能にした。
血というのはどうしても劣化が早いもので、欲しい時にすぐに用意するというのが難しいものだ。この血液も緊急のための備えとして、定期的に蛭ごと中身を入れ替えながら家に隠していたのだが、今回の染色で捨てる手間が省けそうだ。
蛭を脇に退けてから、下処理を終えた布を血液いっぱいの水瓶の中に放り込み、火にかけて染色を行う。血を火にかけるというのはいかがなものかと思うが、血液は雑菌に塗れているため臭いや衛星の観念から加熱消毒は必須なのだ。
しばらく放置してから血から引き上げると、ドロドロと血を滴らせた赤色の布が出来上がった。ここから更に色が落ちにくくなる「媒染」という作業をする。今回は酢と鉄錆を入れた鉄媒染液を用意した。血液自体が鉄分を含んでいるため、相性は良いだろう。
「もっと暗い色になるかと思ったが、存外はっきりと赤色に染まったな。乾いたら少し汚い色になってしまうが、この分なら思ったよりもましになりそうだ……ともあれこれで、人間大の血染布を持ち歩けるようになったな」
デカい物が有るのと無いのとでは、今後の戦術にも大きな差が生まれる。
染色した布を水で軽くすすいで乾かしたら、後の加工は簡単だ。
布に魔力を流し【血濡魔術】で、手早く裁縫をしていく。布自体が胴や袖の形へ切り分けられていき、針も用いずに端の繊維が互いに絡み合い、そこを補強するために赤い糸が蛇のように動いて縫い合わせていく。首への防御が気になったのでそこを覆うような襟と、ちょっとした装飾として木製のボタンをつける。
瞬く間に、足に届くほどの丈のロングコートが完成した。血が乾いたことで、色は赤黒い褐色になってしまったが、比較的マシな色であると言えた。血ではない染料で鮮やかな赤色に染色することも考えたが、そうすると血が薄まってしまうと思い止めた。
上はボタンで占められるようになっており、腰から下は走行の邪魔にならないように前方が開いている。
仕上げに外套に大きな【渇紅紋】を描き、水瓶の中に残った僅かな血液をすべて吸収させる。
「お前たちの役目も終わりだな。ご苦労さん」
ただの人形に言葉をかける程無駄なことはないと思うが、なんとなく別れを告げてから外套の上に【蠢血蟲】を乗せると、そのまま蛭たちは身体の血液を抜かれて動かなくなる。
血をすべて吸収したことを確認してから【渇紅紋】を消し、これでようやく外套が完成した。
気が付けばもうかなりの時間が経っているようで、外はすっかり暗くなっている。染色にかなりの時間がかかったが、裁縫が手早かったおかげで何とか一日で仕上げることができた。
俺は部屋の中に血が一つも残っていないことを確認し、最後に旅装を確認する。
「武器は剣、それから解体用のナイフに血染布。衣服は数着あれば良いだろう。寝具はいつもの毛布を持っていくとして……食器類が意外と邪魔になるな。もう少し大きなカバンを用意するか」
他にも火打石や周辺の地図、手製の薬や日々の出来事を記録する手帳など、細々とした物を確認した後、それぞれ鞄に詰めていく。着替えや鍋といった大きなものは巾着型のバックパックに。血染布や薬などの小さいものは、ベルトのついたサイドポーチへ入れていく。
「ふう、何とか終わったな……この家とも今日でお別れか」
元々無駄な物を極力置かない質だったため、内装は大きく変わっていない。それでも片付ける前とは違い、今はどこか寂しさを感じた。
別れに対する僅かな寂寥感を抱いたまま、俺は家のベッドで最後の眠りについた。
そして迎え旅立ちの日。
村の人がまだ起き始めたばかりの時間に、俺は実家の前で最後の別れを告げていた。
「これ、俺の家の鍵だ。使っていた道具はほぼ全部置いてあるから、俺が居ない間は適当に物置として使ってくれ」
「ああ、預かるよ……本当に、行くんだな」
鍵を受け取ったダリオンが、寂しそうに言う。そんな彼の表情に、俺は少し困った笑みを浮かべながら静かに頷いた。
そんな俺に対しダリオンは、仕方が無いと言うように力なく首を振った。
「わかった。何度も言うが、必ず帰ってこい。たとえどれほどの年月が経ってもな……間違っても、死体で帰ってくるんじゃないぞ?」
「わかってるよ。こちとらAランクの喰血哭とやり合って生き残ってるんだ。たとえSランクと戦っても生還してみせるさ」
そう言って俺たちは笑い合う。
「アゼル、これ持っていきなさい」
母さんが手に持っていた小包を手渡してくる。
「お弁当よ。お昼にでも食べなさい」
「ありがとう母さん」
「お前のことだ、きっと普通の旅ではないのだろう。それでもどうか、アゼルの旅路が良いものであるように祈るよ」
「ありがとう父さん。皆も、どうか元気で……と、そうだ――」
俺はふとあの時の夜のことを思い出して、腰のポーチから三枚の血染布を取り出す。旅立ちの日に何も送らないというのも味気ない。
俺は家族の前で【血濡魔術】を発動し、血染布を三本の赤いガーベラの花に変えた。少し多めに魔力を流したことにより、色が鮮やかな赤色になっている。
「俺の魔術で作った造花だ。皆が嫌じゃなかったら受け取ってくれ」
俺にとって花を贈るという行為は、親しい人との別れによく行う習慣のようなものだ。
元は戦場で散った仲間への献花から来るのだが、いつの間にか死者に限らず別れが惜しい人へ向けて送るようになった。
「まあ……触っても大丈夫?」
「ああ。汚れることはないが、水に濡れると元の布に戻るから、そこだけ注意な」
「ありがとう。花瓶に挿して飾るわね」
そう言って母さんはガーベラを受け取った後、優しく俺を抱きしめた。次いで、父さんとダリオンも抱擁を交わす。
「それじゃあ、行ってくる」
そうして俺は家族に別れを告げて歩き出す。少し歩いたところで背後を振り返ると、家の全体と玄関に立つ家族の姿をひとつで見ることができた。この光景を目に焼き付けてから、俺は再び村の出口へと向かう。
「よし! 目指すは隣の町、カルディナだ」
俺は決意を新たにし、東に向かって進んでいく。故郷の風景を己が内に刻み付けて。
作者「以上で『血染めの世界に花は咲くか』、序章という名の導入は終わりです。それでは『血染めの世界に花は咲くか』本編始まります、よろしくお願いします!」




