3話:アゼルの固有魔術
夜狩熊を倒し終えた直後、放ったネズミが戻ってきた。どうやらもう見つけたようだ。
手早く夜狩熊の死体に魔術をかける。手をかざしたまましばらくすると、死んだはずの夜狩熊が身体を起き上がらせた。
「思いがけず良い駒が手に入ったな。やっぱり殺したては動きが良い」
緑色の体毛がすっかり赤く染まった夜狩熊を引き連れ、ネズミに導かれて目的の場所に辿り着いた。
「こんなところに洞窟があったのか。それもかなり深そうだ……」
入り口にもわずかに刺激臭がする。おそらく獣除けか何かだろう。よくもまあ、ここを見つけられたものだ。密かにこのネズミたちにの能力に感心する。
耳を澄ませると複数の人間の声が聞こえた。声の数からして十五、六人といったところか。結構多いな。
声の響きからしてかなり奥にいるようだが、酒でも飲んでいるのかここまで声が届いている。
こいつら隠れ潜んでいる自覚があるのかよ? さてどう攻めたもんか。
「ネズミを放って、混乱しているうちに奇襲するか? いやせっかくデカい奴を手に入れたからいっそ豪快に突っ込んだ方が手早く済むか?」
入り口で二の足を踏んでいると、中から聞いたことのある唄が聞こえてきた。
『暮れ暮れ 暮れ暮れ 血を流すなよ
夜に転べば 夜王が来るよ
暮れ暮れ 暮れ暮れ 叫んじゃだめよ
聞いてる夜王 遠くの丘で
暮れ暮れ 暮れ暮れ 名前を呼ぶな
ひとたび呼べば もう戻れない
暮れ暮れ 暮れ暮れ 開けてはだめよ
ドアの外には 血塗れ夜王』
「ん? この唄は……いやどういう状況だよ?」
村の子どもたちもよく歌っている『血塗れ夜王』。どうやらこの国だけでなく周辺の国、ひいては吟遊詩人の間でも定番の一つと化しているらしいこの唄は、俺自身も何度も聞いたことがある。地域差による別バージョンもあるというから恐ろしい。
まさかこんなところで聞くとはな。
「ふむ……これも因果、か」
洞窟を崩壊させる案まで出たが、気が変わった。せっかくだからそれらしく片づけてやるか。
そうなると今の武装だとやや不安か? 三人や四人ならいいが、十人以上となると、手数と範囲が不安だな。
「せっかく動かしたが予定変更だ。全部もらうぞ」
夜狩熊に手を触れる。体表の血はすっかり渇き固まってしまったが、その身体の奥にはまだ温かい血が残っている。その血液に意識を向けると、夜狩熊の血が俺の手を伝って登ってくる。血は腕からローブへと染み込んでいき、やがてすべての血が俺のローブへ吸収されていった。
後に残ったのは元の体色に戻った夜狩熊の死体だけ。
丁度そのタイミングで、洞窟の奥から野盗の一人が出てきた。見張りか、異変を感じ取られたか。
「うお、なんだお前⁉」
(随分と間抜けな反応をする奴だな。しかも出てきたのはひとりだけか……)
人が出てくるのは予想外だったが、やることは変わらない。俺はすかさず固有魔術を発動する。
「【血織刃:鎌首】」
纏ったローブの背中に垂れるいくつかの細い布が浮き上がり、その形状を大きく変化させる。それは月の光を浴びて光沢を帯びた赤黒い大鎌。
【武具製造】というのは偽りの名だ。
俺の固有魔術の正しい名前は【血濡魔術】という。
その名が示す通り、血を媒介に物を操る魔術だ。発動条件は、全体の五割以上が血液で濡れていること。その条件を満たしたあらゆるモノの形状や強度を変え、自在に操ることができる。
今纏っているローブも、俺の血をふんだんに吸った物だ。当然これを完成させるのには長い年月がかかったが、その甲斐もあり優秀な鎧兼武器となっている。唯一の難点は、血生臭いことと着心地がクソ悪いこと、人の目には晒せないことだ。……いやほんと、普段から着られたら嬉しいんだけど、いかんせん血の匂いがした服は人目がなあ……。
「とりあえず死ね」
「な、なんだよお前⁉ う、うわああああ‼」
大鎌が大きくしなり、野盗の首を刎ねる。
恐怖に歪んだ首があっさりと地面に転がり、残った体は背中から倒れた。頭を失った首からはとめどなく血が流れ、洞窟のほうへと伸びていく。きれいにかつ素早く刎ねたから、痛みは一瞬、もしくはほとんどなかったはずだ。
夜狩熊の血も吸収したから刃が大きくなったが、おかげで強度も鋭さも増したようだ。
「こいつの悲鳴は……中まで届いたか。慌てて出てこないのは賢いな」
洞窟の奥から仲間を案じる声を聞き届けた俺は、転がる死体に大鎌を突き立て同様に血を吸収する。
「お、こうも立て続けにデカい奴を吸収すると量もすさまじいな」
やや重くなったローブを整え、俺は口笛を吹きながら洞窟の中へ足を踏み入れる。狭い通路に口笛が反響して、鎮魂歌代わりにしてはやや不気味だがまあいいだろう。
通路を抜けると、武器を構えて待ち構える野盗たちに出迎えられた。
ふーん……弓を構えているヤツが二人いるな。しかも樽や簡易ベッドの上に立って若干ながらも高所を取っている。存外に悪くない。
「てめえ……何もんだ⁉」
リーダー格と思われるヤツが怒鳴った。
「お前たちだな。ここらで商人を襲った野盗は」
ほぼ確信しているが、形だけでも確認を取る。ここで否定されたらかえって困るが、こんなところに潜んでいる時点でまっとうな者たちではないか。明らかに自分たちの物ではない荷物が積まれているしな。
「困るんだよな、ここらへんでやんちゃすんのは。気になって気になって、おちおち寝ていられん」
「そいつは悪いな。詫びに永眠させてやるよ」
その言葉を合図に、向かって右側の弓持ちが矢を放つ。
うーん、特に魔術も掛けられていないようだし、掴み取ってもいいが……いや、軌道から予測するとこれは胸に当たるな。ここはあえて何もせずに身体で受けようか。
【血濡魔術】で強化されたローブは、その外観からは想像がつかないような強度を誇る。それこそ鋼鉄を軽く凌駕する。
「ありがたいね、やりやすくって。ここで降伏とかされたら、かえって困ったよ」
これで心置きなく始末できる。
今度は剣を持った奴らが一斉に襲い掛かってきた。まとめて斬りかかるとは楽でありがたい。
無防備に振りかぶってまあ――急所ががら空きだぞ?
「【血織刃】」
再び背中から大鎌が形成される。先と違うのは、一本ではなく三対六本の大鎌が生えたこと。
まるで花弁が開くように、繭から蜘蛛が這い出るように刃が伸び、そして斬りかかった者たちが鎌を視認するよりも早く、その凶刃はあっさりと首を刎ねた。
「は?」
短く間抜けな声が漏れる。この声を上げたのは、動かず様子見していた残りの者か、何が起こったのか理解できぬまま地面へと落下する首のどれかからか。
「さて、次は誰が来る?」
俺の殺意に感応して、鎌の切っ先が獲物を手繰り寄せるかのように空をかく見て、野盗たちは悲鳴を上げることすらできず、顔を青ざめる。
「血濡れ、夜王……」
リーダー格の男がポツリと零した。
俺はその言葉には答えず、鎌の刃を残った者たちへ伸ばした。
***
「生まれ変わって十六年。なんだかんだで人を殺したのは今生では初めてか」
死体から血を抜いて人目につかないように洞窟のそば放った後、ついついぼやいてしまう。
抜いた血は全てローブに纏わせて硬化させる。【血濡魔術】は血液の鮮度を問わない。
自身の血か他者の血かで、魔力の消費量は変動するという違いはあるものの、付着した血液の量が多ければ多いほど強度や変形範囲が増える。故にこうして少しずつ血液のストックを貯めてるが、臭いが強くなるのが難点なんだよなあ。
そう考えると前の肉体は随分と鼻がバカになってたんだな。鼻だけじゃなく舌もか?
「運が良ければ誰かに見つかるか、そうじゃなくても森の中。獣に漁られるだろう」
そう結論付けて、俺は朝日が昇る前に急ぎ家へと向かった。




