24話:捕縛 そして逃走
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時は少し遡る。
カイルが喰血哭の血液を求める習性に気がついたと同時に、その光景を遠目で見ていたアゼルもまた気付いた。
「リアナ……止まってくれ……」
「はあ⁉ 何言ってるの。ここで止まればすぐ狙われるわよ!」
「わかっているが……俺に、考えがある。安心しろ、死にに行くつもりは毛頭ない」
そう言いながら俺は偽魔道具と、残った血染布に魔力を流し【血濡魔術】を開放する。
「何をするの?」
「俺の、とっておきを見せてやるよ……」
また内臓が痛み軽く咳きと血を吐いてしまったが、それすら今の俺には好都合だった。今しがた俺が吐いた血を密かに布に吸着させて、【血濡魔術】の効力を上げる。
血染布が宙を舞い、膨張し、折り重なり……やがて巨大な武器の形を成す。
前方は三日月のように弧を描き、十字架のようにその中心から発射台が伸びている。下部には二本の杭が生えており、武器の完成と共に自重により勢いよく地面へと打ち付けられ固定された。
その形状は砦などでも備えられている兵器――大型弩弓であった。
【血織刃:血鋼弩葬】――対軍、対大型生物のために編み出した、遠距離貫通特化の形態だ。
「す、凄い……アンタこんなものも作り出せるの?」
「俺も人前で見せるのは初めてだ」
だが重要なのは大型弩弓ではなく、発射台の上に装填された赤い槍にある。
血晶と血染布に含まれた血のほとんどをこの一本の槍に込め、さらに俺の血を混ぜて作り上げたことで威力、付与した魔術の効果を格段に上げた。
【血濡魔術】は鮮度、種族を問わず、血液に覆われてさえいれば魔術の対象になるが、やはり古い血よりも新鮮な血の方が、他者の血よりも自身の血の方が強い効果を発揮しやすい。
俺は自身の血を用いてこの槍に【飢魔招香】の魔術をかけた。
怪我をしていなかった俺を喰血哭が執拗に狙っていた理由は、血染布に含まれた大量の血液の臭いを嗅ぎ取ったからだと思う。
そう考えると、先日に小悪鬼を倒した直後に喰血哭が咆哮を上げたのも、おそらく俺が持っていた血染布に興奮したからではないだろうか。
ならば話は早い。【飢魔招香】は肉食獣を釣りだすために、血と肉の香りを魔術的に再現した狩猟用魔術だ。俺が持っている大量の血液を用いて最高の釣り餌を作ってやれば、血の臭いに釣られる単純馬鹿なぞ簡単に拘束できるはずだ。
大型動物何体かの血液に加え、俺の血を与えてやるのはちいっとばかし癪だが、これで全員が生き延びれるなら儲けのもんだろ!
「せいぜい食らってな、喰血哭!」
【血鋼弩葬】の弦が自動的に引き延ばされる。狙うは喰血哭――ではなく、その真上!
角度を上へ修正して槍を打ち出すと、赤い光が夜空を切り裂き喰血哭の頭上に到達する。【飢魔招香】によって齎される濃厚な血の臭いにすぐに気がついたのか、喰血哭はカイルを追う足を止めて頭上を見上げる。
そのまま見送れば、槍は先日と同じように森の奥へと消えて、喰血哭はそれを追うことになるだろう。だが今回は少し芸を凝らしてみることにした。
「解放――【赫籠陣牢】」
槍が十分な高さに達したことを確認した俺は、付与したもうひとつの魔術をする。
槍は俺の合図と共に空中で破裂し大きな彼岸花が咲いたかと思うと、無数の花弁が地面へ向かって伸びていく。
それは槍の形状から解かれた無数の血染布であり、それらは喰血哭の周囲に等間隔で突き刺さり、やがて大きな鳥籠へと変貌する。柱には内側に向けて細かい針が備えており、普通の生物がそれに触れて傷つけば、体表に出た血を吸って檻の強度も増す仕組みになっている。
とは言え、吸血能力においては俺の魔術を上回るヤツを相手にはほとんど意味がないだろう。柱のどれかに触れられればそこの血を奪われ、簡単に脱出されてしまうだろう。故に柱には檻として機能するだけの最低限の血液しか含まれておらず、閉じ込めるための障壁というよりも血晶を頂点に吊るすための支えとしての役割が大きい。
本命たる血晶に付与した【飢魔招香】は、大量の血を封じ込めたことに加え、俺の新鮮な血を上乗せしたしたことで先日よりも効力が増している。それによりどうなるかは、目の前の光景が物語っている。
「ブ、喰血哭が……」
濃密で香しい血の臭いに釣られて、一生懸命にそれを食らわんとその場で飛び跳ねる喰血哭の姿がそこに有った。血晶が吊るされている位置は周囲の木よりも高く、背中の腕を伸ばしても僅かに届かないようになっている。
その様はまるで飼い主に獲物を取り上げられた猟犬の如く。あるいは木にぶら下がる果実を地上から必死に手を伸ばす猿が如く。どちらにせよ、なんとも間抜けな姿であった。
【飢魔招香】は飢えていればいる程、理性が薄ければ薄いほどに強烈な誘惑作用をもたらす。普通の獣どころか、時には飢餓に苦しむ人間にさえも効果を及ぼすのだから、小悪鬼以下の知能じゃあ魔術が切れるまで抜け出すことは不可能だろう。
唖然とした様子のリアナの下に、いつの間にかカイルを支えてエマが近寄ってきた。
「あ、あの檻は、アゼルがやったの?」
「ああ。とは言えほとんど張りぼてだがな……てっぺんの宝石には昨日見せた矢と同じ効果がついてあるから、あれが機能しているか奪われない内は、喰血哭が動くことはないだろうよ」
「そうみたいね……信じられないわね。あの伝説の魔物をあんな風に封じ込めちゃうなんて」
「今回は喰血哭の習性と、知能が低さに助けられた……」
とはいえかなりの無茶をした。大型兵装である【血鋼弩葬】や【赫籠陣牢】を形成するにはそれ相応の量の血液と魔力が必要になる。今回は更に魔力を余剰に込めて強度と効果を向上させたから、かなりきつい。傷も相まって、気を抜けばすぐに寝てしまいそうだ。
「アゼルのおかげで助かったが、今は一刻も早くロスウェル子爵の下へ向かうべきだ。あの檻はどれくらい持つ?」
「雨が降るか、喰血哭が真上にある宝石を手に入れるか、はたまた誰かが意図的に破壊しない限り解けることはまずない……あー、と思う。拾った物だから詳しくはわからない、うん」
「……そうか、わかった。長く持つことを祈って、急いで森を抜けよう。エマ、俺はひとりで歩けるから、アゼルに肩を貸してやれ」
「……わかったわ。ほらアゼル、腕回すわよ?」
「助かる……」
正直に言うと、走るのは厳しいと思っていた。カイルには曖昧な言い方をしたが、【飢魔招香】の効力はすぐに消えることはない。それこそ俺たちが森を出るどころか、日をまたいでも持つ。それでも急いだほうがいいのは確かなので、俺は身体の内側からの痛みに耐えながら二人に支えられ速足で歩きだす。
村の入り口に辿り着くまでの道中、俺たちは魔物以外にもある人物への懸念があり常に周囲を警戒して移動していた。しかし移動している間に遭遇することもなく、また村に着いてもその姿はどこにもなかった。
てっきり森の途中、少なくともとっくに村に逃げ着いていると思っていたのだが……いったいコーネルはどこへ行ったのだろうか。
***
アゼル一行が森を離れてから約一時間が経過したころ、彼らが建てた野営地にコーネルは立っていた。彼は当然のようにテントの設備を利用し、当然のように放置されている荷物を漁る。
「ふむ……やはり大したものは残っていませんね。幸い食料は潤沢に残っているので、飢えることは考えなくてもよさそうです。あの小僧が献身的に今晩の食事を持ってきてくれたおかげですね」
そんなことを言いながらコーネルはアゼルの荷物を漁る。小さな背負い袋には多くはない保存食と、消毒用の薬品、それから清潔な布がいくつかと、大小さまざまな血に染まった布。コーネルは血に染まった布を並べて、それらを念入りに調べ始める。
手ぬぐい程度のサイズの布が一枚と、均等に切られた細長い布が五枚ずつ束ねられた物が四束。
コーネルはそれらを丁寧に持ち上げ、布の端から端までを何度も見返し、時に魔力を流しながら調べ上げた。やがて期待していたものと違ったのか、落胆した表情でそれらを無造作に寝げ捨てた。
「もしやと思い期待しましたが……はあ、そんなわけがありませんでしたね」
すっかり消えてしまった焚火の跡に再び火をつけお湯を沸かす。休憩のためのお茶を用意しながらコーネルは、遠くから鳴り響く地揺れの音に耳を傾ける。その表情はどこか恍惚としており、非常に満足そうでいた。
「しかしまさか、このような所で伝説の喰血哭を見つけることができるとは。ふふふっ、幹部の方々ですら目にしたことはないかもしれませんね。私の攻撃により注意がこちらに向いてしまった時はどうしようかと焦りましたが、彼らが上手く引き付けてくれたおかげで逃げられたのは行幸です」
喰血哭のあの悍ましい姿を思い出し、コーネルは一抹の恐怖とそれを上回る興奮で身体を震わせる。しかも彼の喜びは喰血哭に出会えたことだけではなかった。
「加えて喰血哭を閉じ込めるあの檻……ふふふ。まさかこんな辺鄙な田舎に「夜王の遺物」があるとは思いもしませんでした。片田舎の下らない依頼だと思っていましたが……これも「月血聖帝」の思し召しでしょうか」
アゼルたちが生き延び全員が村に帰ってしまったため、彼らを見捨てた自分が再び姿を現すことは難しくなったが、そのおかげで聖遺物が発掘されたのだから損失はないものであると自身に言い聞かせた。
「さて、これからどうしましょうかね……あの檻の聖遺物を回収するのは必須として、問題は喰血哭をどうするかですね。迂闊に開放すれば私が襲われてしまう……偶然にも水属性魔術が効くことを確認できましたが、戦闘に入れば私に勝ちの目は薄いでしょう……」
しばらく悩んだ末、コーネルはある考えが思い浮かび頬を釣り上げた。
「喰血哭は血を狩る殺戮の獣……あはっ、近くに餌があるじゃないですか。ふむ、適当に動物を狩って誘導してしまえば……」
そうしてコーネルは熟考する。彼にとって喰血哭の存在は、崇高なる献上の儀式を行うまたとない機会をもたらした。
突如与えられたチャンスをモノにしようと、脳内で納得のいく計画を組み立てる。
「おお、偉大なる我が主よ! 敬虔なる信徒が今、あなた様に生贄を捧げます……」
やがてコーネルは喜びに震えながら、両手で器を作り首を垂れる。それは彼が所属する教団の祈りの形であった。




