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21話:謎の魔物

 進むにつれて臭いはどんどんと濃くなっていき、リアナに追いついた頃には生臭さに混じり、別の臭いまでするようになってきた。

 そんなリアナだが、様子が変だった。ただ呆然と前方を見詰めており、俺が近付いたことに気がついていない。

 彼女を驚かせないように慎重に肩を叩くが、それでも彼女は肩を震わせ素早く腰の短剣に手が伸びたので、小声で急いでそれを制した。


「落ち着け、アゼルだ」

「ア、アゼル? びっくりしたぁ……」


 味方だと知ってリアナの緊張が幾分か和らいだようだ。

 ……それにしても緊張しすぎだが、いったい前に何がいるんだろう?

 リアナが無言で前方を指さしたので、俺も十分に警戒しながら指された方向を視認する。


 そこには巨大な獣ような影が蠢いていた。

 木々の影に覆われているため正確な風貌は見えない。全長は五メートル……いや六メートルはあるか。地面からの高さは二から三メートル程と、とてつもなく大きい。

 ピチャピチャと水音を立てながら、泥奔猪(マッドタスク)の死体に覆いかぶさっているその魔物は、しばらくすれば別の死体に移る。泥奔猪(マッドタスク)の腐肉を食らっているように見えるが、離れた死体からは肉は一切欠けているようには見えない。となるとあの魔物が食っているのは肉ではなく――


「やっぱり血液か……」


 俺の呟きを合図に、上空に浮かぶ月にかかっていた雲が晴れる。

 木々の隙間から零れた月光により、影に隠れていたその風貌が明かされた。

 その姿を見た俺は異臭の正体についてようやく思い出すことができた。それは俺にとってはこれ以上ないほどに馴染み深く、むしろなぜ気がつかなかったのかと一抹の恥ずかしさを感じる程だった。


「なに、あれ……」


 同じく見ていたリアナが、怯えたような声を漏らしたが無理もない。


 そこにいたのは血の塊だった。


 体毛が血で濡れている、などの状態を指した比喩ではない。その体表はミミズのように蠢く血液の毛皮に覆われていたのだ。

 頭は耳のない狼のようで、四つの足には五本の指と鋭い爪が伸びており熊のように太く丈夫だ。前後の脚は身体の横についており、遠目で見れば尾のないトカゲのようにも、這いつくばった人間のようにも見える。

 頭に付いているはずのその位置には眼球がなく、代わりに光を飲み込むが如く暗い丸い窪みが二つあった。


 到底生き物のソレではない。血液が無理やり生き物の形をとったような、狂気的な姿。

 そんな存在が口を大きく開けて、泥奔猪(マッドタスク)に一心不乱に齧り付く様は、飢餓で正気を失った人間のようだ。

 さすがの俺も何年かぶりかの恐怖を感じて、無意識に剣の柄を強く握っていた。


「リアナ、あの魔物について何か知っているか?」


 このような魔物、前世でも見たことも聞いたこともない。若くとも冒険者としてそれなりに経験があるリアナに答えを期待して尋ねてみたが、しばらく待っても言葉が返ってこなかった。

 不審に思って隣を見ると、瞳孔を見開き額におびただしい汗を滲ませて、荒い呼吸を繰り返す彼女の姿があった。


「リアナ……おい、しっかりしろ」


 こいつ、極度の緊張で釘付けになってやがる。

 俺は強めに彼女を揺さぶると、ようやく我に返ったのか一度大きく深呼吸をすると、気持ちを整えるように頭を振った。


「ごめん、ぼーっとしてた」

「そうなるのはわかるが、気をしっかり持ってくれ……もう一度聞くが、あいつを知っているか?」

「知らない。身体の表面だけ見ると粘魔(スライム)が思い浮かぶけど、あんな大きくはないし、あんな風になるかしら?」

粘魔(スライム)なんかよりもはるかに強いだろ、あれ。仕方がない、いったんカイルたちのところに戻って――」


 血の魔物に視線を戻したその瞬間――俺はリアナと同じように、緊張で固まるはめになった。しかし、それも無理のないことだと許してほしい。

 なぜなら、いつの間にか死体を食むことを止めていた血の魔物が、顔だけをこちらに向けていたからだ。

 完食したのか、俺たちの話し声が聞こえてしまっていたのか……。ともかく魔物は、なんの感情も読み取れない空洞の目で確実に俺たちを捉えていた。


 ――気付かれた


 そう確信した俺はリアナに突進する形で、その場から飛びのいた。


「ゲルルゥゥ……」


 間一髪。

 血でうがいをしたようなゴボゴボした鳴き声を上げながら、一瞬前まで俺たちが立っていた場所を魔物の巨体が激突する。

 木が裂ける音と、大質量の物体が地面に落ちる轟音が、夜の静けさを容赦なく破壊していく。


「おいおいおいおい! 冗談じゃねえよ!」


 巨体に似合わず随分と速く動くじゃないか! 飛びかかる動作に気付くのが遅れていたら、二人まとめて潰されていたぞ⁉


 心中で悪態をつきながら、すぐに突き飛ばされて倒れたリアナを引っ張り起こして、共に逃走を始める。

 完全にこちらに狙いをつけているようで、木々を避けることなく薙ぎ倒しながら、時に爪を振り下ろし、時に牙で嚙み砕かんと、脇目も振らず俺たちに追い縋る。


「ちっ、このまま二人で逃げても振り切れない……二手に分かれるぞ! 片方が囮になって、もう片方が攻撃を与えていけ!」

「わかった! アタシが囮になっても逃げないでよね!」


 そう言うと同時に俺は左へ、リアナは右へ逃げた。突如別れたにも係わらず、魔物は少しも迷うそぶりもなく俺を追いかけてきた。何を判断基準に俺を狙ったかが気になるが、今は少しでも足止めしてリアナが攻撃するタイミングを与えなければならない。

 俺は胸の内から偽魔道具を取り出して、血の魔物と対峙する。


「【血織刃(けっしょくじん)断紅障(だんこうしょう)】!」


 圧縮された血染布(けっせんふ)が解かれ、瞬く間に巨大な壁となり地面へと固定された。

 大岩で城壁を叩くような硬質な音と、大きな水袋が破裂したような音が響く。予想以上の重圧を感じるが、受け止めることには成功した。

 その隙に俺は魔物の脇に回り込み、別の血染布の束を取り出す。魔物は頭から突っ込んで脳震盪でも起こしたのか、【断紅障(だんこうしょう)】に接触したままその場から動かない。


「力とスピードは厄介だが、頭はそんなに良くないみたいで助かるぜ――【血織刃(けっしょくじん)紅鎖鞭(こうさべん)】」


 三十センチ程度の血染布が鎖の形状をとり、一本の布が三メートルまで伸びる。紅鎖鞭(こうさべん)は互いに繋がり絡みつき、魔物を拘束し大地に繋ぎ止めた。

 【血濡魔術ブラッティー・マジック】の権能は、物体をある程度膨張させることもできる。元の長さが三十センチメートル程度の布でも、最大で十五メートルくらいは伸ばすことが可能だ。

 今回は三メートルに留めてその分強度を上げ、足りない長さは血染布の量で補った。さらに血染布には【渇紅紋(かっこうもん)】を付与してあるため、拘束した対象の血を吸収し、更に強度が上がる仕組みになっている。

 魔物の体表が血液に見える別の物でなければ鎖の強度は上がり続け、この拘束を抜け出すことは不可能だ。唯一警戒すべきは強度が最も弱い最初だけで、最初の段階で拘束を破壊できなかった時点でこいつにはもう、【紅鎖鞭(こうさべん)】を抜け出すことはできない。


「今!」

「ナイスよ! 食らいなさい!」


 リアナが高く跳びあがり、上空から魔物の頭に短剣を振り下ろす。魔力の流れから、身体強化に加えて短剣にも魔術が乗っていることがわかる。


「【振土(トレマー)】!」

「ゲルルアァァ⁉」


 突き立てた短剣を中心に頭部が揺れて、表面の血が細かく波打つ。ダメージが入ったのか、魔物は驚いたような声を上げてもがいた。

 【振土(トレマー)】は土属性下級魔術で、前方または自身を中心にした小さな範囲の地面を揺らすだけの魔術だ。しかしそれを短剣に付与して生物に直接ぶつけ、脳を内側から揺らすとは思いもしなかった。

 拘束はしているしこのまま追撃して――まずいっ⁉


「【紅鎖鞭(こうさべん)】!」

「え、なに⁉ ってうわ、危ない⁉」


 拘束していたはずの腕が解けて頭に乗るリアナを叩き潰そうと動いたため、急いで【断紅障(だんこうしょう)】を解除し【紅鎖鞭(こうさべん)】で頭上のリアナを引きずり下ろした。間一髪、リアナは躱すことができたが、俺は内心穏やかじゃなかった。


「こいつ――どうなってやがる。【渇紅紋(かっこうもん)】を付与してるんだぞ⁉」


 万全だと思っていた拘束が、気が付けば鎖が身体に沈み込んでいき、そのまま体内に飲み込まれていった。

 血染布の端が飲み込まれていく寸前、赤く染まっていたはずの布が元の白色に戻っていたのが見えた。

 まさかと思い、手元に戻した偽魔道具を調べると、明らかに血晶に込めた血の量が減っていることがわかった。


「【渇紅紋(かっこうもん)】を超える、吸血能力だと……」


 ありえないと思いながら、しかしそれしか今の現象を説明することはできなかった。こんなこと前世も含めて経験したことがなかった。

 さらに不可解な情報は増える。


「アゼル、おかしいわ。アイツの頭を直接揺らしてやったのに、目を回した様子すらない! 手応えも分厚い皮膚を刺した感じだったし……」


 【振土(トレマー)】は地面を震わせるだけの単純な魔術だが、それでも人間のバランスを崩させるだけの効果はある。それを脳に直で食らえば簡単に脳震盪を起こせるはずだ。巨体であることを考慮しても、軽くふらつくくらいはあっていいはずだ。

 しかし目の前の魔物は驚いた声を上げただけで済ませ、ふらつくどころかすぐに爪を振り上げてこちらに追撃を仕掛けてくる。


「アゼル、もう一度やるわよ!」


 力も強く巨体に似合わず素早いが、幸いなことに動きは単調だ。動きは簡単に読めるし、予測で回避も可能だ。

 またこれまでの動きで知能がほとんどなく、馬鹿の代名詞小悪鬼(ゴブリン)にも劣ることがわかった。二手に分かれて攻守を担当する戦法も驚くほど有効で、次々と攻撃が当たる。

 しばらくこの戦法を繰り返したが、それにより疑問と問題点が一つずつ上がった。疑問は、魔物はなぜか俺ばかりを集中して追いかけているということ。問題点は、リアナではダメージを与えられないということだ。


 リアナの攻撃自体は確実に当たってはいるが、どこを当てても痛痒を与えた様子はなく、動きが衰える様子が見えないのだ。おそらくリアナの獲物である双短剣では、長さが足りないのだろう。

 ならば攻守を交代すればいいのだが、それができない。魔物は執拗に俺を狙ってリアナの方を追いかけようとはしないため、なかなか引き離せない。

 最初の時と同じように【断紅障(だんこうしょう)】で動きを止めてから、槍などの長物を作って貫こうと考えたが、相手が血染布の血を奪うことを考えると迂闊にそれもできない。

 無暗に受け止めたり、通用しない攻撃を繰り返せば、俺の戦闘能力が減少する。いや下手をすれば、相手の力を増強させる可能性だってある。吸血型の魔物とは戦ったことがないから強化されるかは定かではないが、俺自身がそうなので警戒するに越したことはない。

 なんにせよ二人では手が足りない。かと言ってこいつのスピードは人間の走る速度と同等であるため、逃げられない。

 だから俺たちは逃げる隙を伺いつつ時間を稼ぐ。そして――


「すまん待たせた! 二人とも大丈夫か⁉」


 遠くの方で声が聞こえる。ようやくカイルたちが合流したようだ。

 悍ましい生物を目撃した貴方はSANチェック1D3/1D6。

 リアナちゃんはダイス運がなかったようです。

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