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20話:夜の見張り そして異変

 十数分後。

 徹底した灰汁取りの甲斐もあり、泥奔猪(マッドタスク)の煮込みは満足のいく出来になった。


「うま⁉ 何これすっごい美味しいんだけど⁉」

「ま、まさか泥奔猪(マッドタスク)の肉がこんなに柔らかいとは!」

「くはぁ……鼻を入れた時はどうなるかと思ったけど、スープもコクがあって美味しいわね」

「この味を知っている人はいったいどれだけいるんでしょうか。協会拠点に戻ったら是非報告したいところですね」


 最初のひと口は恐る恐るといった様子だったが、口に含んだ瞬間皆から絶賛の声が上がった。一時は不安だったが、喜んでくれたようで何よりだ。


「それにしてもこのスープ、よく見るとゼリーみたいにプルプルしてる……泥奔猪(マッドタスク)の肉を入れるとこうなるの?」

「そいつは鼻から出てきた成分で、成分自体は鶏肉や骨とかを煮込むと出る。なんて言ったか……確かコラーゲンって名前の成分だ。とりわけ泥奔猪(マッドタスク)の鼻には他よりも多く含まれているようでな……あとこれは俺も眉唾にしか思っていないが、コラーゲンってやつは美肌効果があるって聞いてな。もしかしたら喜ぶんじゃないかと――」

「「美肌?」」


 ゾクリ――と、一瞬周囲の気温が下がったような錯覚を覚える。横目でちらりとエマとリアナを見ると、表面上は変わらず、しかし気持ちスープを飲むスピードが上がったような……。

 二人の様子に気付かなかったカイルがおかわりをしようと杓子(レードル)に手を伸ばしたが、エマとリアナが互いに横から奪い、自身の器に溢れんばかりに注いでいった。

 ……やはりどの時代も、女性は美を追い求めるんだなあ。


 すっかり鍋の中は空っぽになり皆が満足そうに――訂正。男たちはやや物足りなそうに――食後の穏やかな時間を楽しんでいた。

 俺も剣を軽く研ぎながら腹を落ち着かせていると、カイルが近付いて来た。


「アゼル。お前も夜の見張りのメンバーに組み込んでいいよな。順番の希望はあるか?」

「特に希望はない。好きに組んでくれ」

「じゃあ悪いが、二番目に入ってくれるか? 見張りの時間は三時間。最初は俺とエマが見張るから、俺と交代してくれ。そのあとエマとリアナが交代する。時間になったら、お前はコーネルさんと交代してくれ」

「了解した……文句はないんだが、俺とリアナが一緒で大丈夫か? 自分で言うのもなんだが、リアナも俺も若いし、経験が豊富ってわけじゃないだろ?」


 そう言うとカイルはなぜか苦笑する。


「……日中にリアナが言っていたが、本当に変なところで謙虚だな、お前は。リアナはまだDランクではあるが、あの若さですでにCランク相当の実力がある。確かに俺たちと比べて経験は少ないかもしれないが、冒険者としての基礎はしっかり積んでいる。今更新人みたいなミスはしないさ。Cランクと言えば、下の奴に仕事を教えたり、試験の教官をしたりする仕事があるくらいだ」

「……教官? あれがか?」


 思わずといった感じで俺は、木に登って太い枝に腰を下ろしているリアナを指さす。何が楽しいのか単調な鼻歌を歌いながら、子どものように足を揺らしている。


「今回の依頼を終えてCランクに上がれば、いずれやるだろう。彼女くらいの若さでCまで上がれる奴はそういない。いわゆる天才というやつだな……俺から見れば、お前もそうだぞ?」

「あー……そう言ってくれるのは、嬉しい」

「お? なんだ照れてるのか」


 あ、うぜぇ。ニヤつきやがって、鬱陶しい。

 からかった笑みを浮かべたカイルを、「しっしっ」と手を払って追い出した。笑いながら去ったカイルは、リアナに近づき見張り番の予定を伝えた。


 そうして迎えた夜の番。男用のテントで寝ていた俺は、カイルに呼ばれて目を覚ます。

 両腕と脚に巻いた血染布が緩んでいないことと、胸の内に忍ばせた偽魔道具があることを確認した後、剣を手に取りテントを出る。

 外に出ると一瞬焚火の明かりで目が眩んだが、数回瞬きをして目を慣れさせる。そんな様子に笑いながら、エマが軽く手を挙げて出迎えた。


「おはよう。いや、こんばんはかな? どう、眠くはない?」

「大丈夫だ。夜の森は久しぶりだが、眠気で身体が鈍るようなことはない」

「ならよかった――ほら、座って。お茶でも入れてあげるよ。見張りと言っても夜は長いんだ、力を入れ過ぎないように……って、君には言わなくてもわかるか」

「会った時から感じていたが、随分と世話焼きなんだな」

「あははっ、よく言われるよ。Cランクになってから結構長いから、新人の子の面倒を見ることが多くてね。気に障っちゃった?」

「いいや。あー、いや……正直、最初は少し鬱陶しく感じていた。これは別にあんたが悪いわけじゃない。ただ単に俺が人と関わるのが苦手なだけだ」


 最初に会ったのは東の森で地穿鹿(グロヴェリン)を狩った直後だったな。あの時は早く離れて欲しいと切に願っていたのに、エマのお節介のおかげで母さんに頼まれた果実を採れなかったからなあ……。

 俺の言葉にエマは少し面食らった顔をしたが、気を悪くした様子はなく、すぐに笑みを浮かべた。


「へえ、思った以上に正直に話すんだ……本音を話してくれるくらいには信用してくれるようになったかな?」

「ふっ……『気に障った』か?」

「ううん、悪い気分じゃない。でもそれならリアナみたいな子は結構苦手なんじゃない?」

「あいつに関してはもう慣れた。初対面であんな喧しい奴はそういないが……知り合いに似たようなヤツがいてな」

「……もしかしなくても、フィリア様? 気になっていたんだけど、君たちっていったいどういう関係なの?」


 興味が引かれたのかエマはわずかに身を乗り出して、声を潜めながらも興奮した声音になった。その目は好奇で輝いているように見える。

 この目は……本当に女性はこういった話が好きだな。

 村の娘が恋愛の話をする時と同じ目をしている。男でもこの類の話で盛り上がることはあるが、とりわけ女性はこの手の話に目がないイメージがある。


「この前も言ったが、恋仲とかじゃねえよ。ただの幼馴染だ」

「えー、その割にはすっごく仲良さそうに見えたけど。そもそもどうやって貴族のお嬢様とお友達になったの?」

「それは別に俺だけじゃない。フィリアはガキの頃から館を抜け出しては、村の子どもに混じって遊んでいたんだよ。俺もそのうちの一人に過ぎない。そんな感じだから、俺の同年代の奴らは皆フィリアの幼馴染なんだよ。何だったら今でもしょっちゅう抜け出して、俺ん家とかに来るぞ?」

「け、結構おてんばなお嬢様なのね。お館で挨拶した時はそんな素振りなかったんだけど……」


 あれでもしっかりと子爵家のお嬢様だからな。自分の家ではそれ相応の振る舞いをしなければならないんだろう。

 裕福ではあるが堅苦しい生活。多くの人間にとっては恵まれた家庭だが、彼女の気質を考えるときっと合わないのだろう。だから村で見かける彼女はとても自由奔放であり、その姿こそが彼女の本質なんだと思う。


「とは言え、あいつもいい年なんだから、もう少し落ち着きを持ってほしいところだけどな。領主様が魔術学院に通わせたのも、貴族同士の繋がりを作らせるためだろうに……」

「そうかしら? 学院ってこう、魔術の勉強をするところじゃない?」

「俺も初めはそういう認識だったが、学院にいる間のフィリアから送られる手紙を読んだ感じ、一概にはそうは言えないっぽくてな。貴族の子息からの絡みが鬱陶しいやら、他の家の子女からのやっかみがしんどいやら、平民出身の子からは避けられてるとか……純粋に学びを求めて通っているやつの方が少ないみたいだ。俺たちの前ではお気楽な姿を見せているが、あいつも社交には苦労しているようだ」


 そしてその気持ちは俺にはよくわかる。フィリアとはまた立ち位置が違うだろうが……あんなところに何年も身を置きたくはないなあ。


「へえー、貴族様には貴族様なりの悩みがあるのねえ。平民の私たちには想像つきにくいけど……ていうか手紙貰っているのね?」

「まあな。これでも幼馴染だ。気が向いたら返事を返すようにしている」


 ちなみに文字の読み書きや基礎的な算術は村の修道院で開かれる「寺院学校」で勉強した。幸いなことに言葉は大して変わっていなかったから会話には困らなかったが、前世で身に着けていた文字の知識は、大半が使い物にならなかった。そのため文字の勉強は特に力を入れた。

 修道院で教える人によっては、簡単な魔術なんかも教える場合がある。


「手紙のやり取りなんてロマンチックねえ。まるでどこかの恋愛文学みたい」

「……何でもかんでもそっち方向に結びつけるな。俺にあいつに対する恋慕の情はないし、あいつにはすでに貴族の許嫁か見合い相手がいるんじゃないか? 貴族と平民、立場を超えた恋愛なんてものはしょせん物語だ」


 こういう時しっかりと否定しておかないと、変な噂が流れていつか互いに不利益を被ることがあるからな。それに俺には……。


「この話はもう止めだ。くだらん話に熱中して警戒が疎かになるんじゃ、お笑い草だ」

「はあ~い。これ以上からかったら、会ったばかりの時に逆戻りしちゃいそう」


 それからは話題を何度か変えながら、周囲の警戒を続けた。警戒中は俺たちが発する音か、風が吹く音が時折強くなる程度の物音しかなく、とても平和なものだった。

 そうしてしばらく何もない状態が続いて、エマの交代時間になった。


「そろそろ時間ね。リアナを呼んでくるわ」


 彼女は立ち上がり女性用のテントの中に入っていく、中からはかすかにエマの声とリアナの呻き声が聞こえてくる。そう間を置かずして金属が擦れる音がしたから、装備を整えている最中なのだろう。


「さてさて、あいつとの会話で他の奴らを起こさなきゃいいが、っ――」


 瞬間、鼻孔がかすかな異臭を感じて、俺は言葉を詰まらせた。

 俺は剣を持って立ち上がり、集中して臭いを探る。臭いは一瞬だけで、その正体まではわからない。

 生臭い――腐葉土のような気もするが、どこか違う。だがこの臭いに俺は確かな覚えがある。しかし心当たりはあるのに、その正体が思い出せない。

 そんな不快感を抱きながらも、その臭いはゆっくりと強くなってきている。


「おはよー……ん? なんか変な臭いするわね。あんた用でも足した?」


 わずかに眠気が残っているのか目を細めながら出てきたリアナが、同じように異臭を感じてそんなことを言ってきた。

 ……寝惚けているのかもしれんが、その言い分はなんだか腹が立った。


「奇遇だな。俺もお前が屁でもこいたかと思ったよ」

「なんてこと言うのよ⁉」

「ちょっと。おしゃべりするのは良いけど、うるさくしないでね?」


 テントの中からエマの注意が飛ぶ。これから休むところ申し訳ないが、まだ寝かせるわけにはいかない。


「エマ、異臭がする。何の臭いかわからないが警戒しろ」


 それだけ言うと、俺はエマからの返事を聞くより先に、今度は男用のテントに入る。まだ寝ている二人を静か揺さぶり起こしている間も、謎の生臭さは消えずに風に乗って辺りを漂っている。


「アゼル……? 何かあ――何か変な臭いしないか?」

「ついさっきからな。原因はわからないが、少しずつ強まっている。何かあるかもしれないから、すぐに動けるようにしてくれ」


 そう伝えると、カイルと起きたコーネルが急いで――しかし物音を立てずに装備を身に着け始める。

 先に外に出ると、リアナとエマが周囲を見渡しながら臭いの発生源を探しているところだった。


「どこから臭っているかわかるか?」

「……多分あっち。今のところ何かが近付いている気配はないけど、確実に何かいる。今はこっちが風下に立っているけど、風が変わればこっちに気付くかも」

「ふむ……」


 リアナが指した方角は、奇しくも俺たちが泥奔猪(マッドタスク)と戦闘した場所だった。そこにはまだ泥奔猪(マッドタスク)の死体が放置されている。今の森の状況と、カイルたちが発見した血が抜き取られた死体の情報を考えると、そこにいるのは例の謎の魔物の可能性が高い。

 あの時感じた気迫を考えると、迂闊に近づくのは危険だ。しかし同時に、事件の解明に繋がるチャンスでもある。リスクはあるが、近付かないという選択肢はない。そしてそれは隣に立つリアナも同じ考えだった。


「よし。アタシ先に見てくる」

「ひとりで先に行くつもりか? 危険だぞ?」

「わかってる。でも少しでも情報はあったほうがいいでしょ? 足の速さには自信があるから、何かがあっても逃げ切れるはずよ。それにこうしてる間にも相手がどっか行っちゃうかもしれないでしょ?」

「あ、おいっ」


 俺の返事を待たずにリアナは走り出して行った。

 確かに敵情視察に斥候が先んじて探りを入れるのは、戦術におけるセオリーだ。昼間の彼女の動きを見れば、斥候として申し分はないと思う。

 しかしなぜだろうか。胸が妙にざわつく。嫌な予感、という程ではないが、じっと待ってはいられないような焦りが俺の中にある。


「……エマ、俺も先に行く。三人は後から追いかけてくれ」

「……わかった。くれぐれも深追いはせず、姿を確認したらすぐ戻るのよ? カイルたちが出てきたらすぐに向かうから」

「了解」


 了承を得た俺は急いでリアナの後を追いかける。身体強化は使わず、足音を殺すことに尽力して移動する。

 そこに何が居て、何が有るかはわからない。しかし俺には不思議と、俺にとって重要な存在があるという確信があった。

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