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1話:ロスウェル村のアゼル

 拝啓、お元気ですか先生。俺はまあ、元気です。今はアゼルという名前を貰って、平穏に過ごしています。

 俺が赤子になってから、もう十六年が経過しました。

 もうすっかり今の生活になじみ、今日も今日とて畑の土をいじっています。


「こんなもんかな。あとは種を撒いてっと……」


 生前はまったくやる機会のなかった畑仕事も、今ではすっかり板についたものだ。

 鋤を軽く地面に突き立て軽く寄りかかりながら一息つくと、汗ばんだ肌に春の風が撫でた。その心地よさに俺は思わず空を仰いだ。澄んだ空がとても美しい。


「……うっし、もうひと頑張りすっか!」


 自身に気合を入れなおし、作業を再開する。


 俺が今いるこの地はロスウェル村。ノイヴェルト王国の辺境に位置する土地だ。そして俺が生まれたこの時代は、俺が死んでから約二〇〇年が経過した時代のようだった。

 出生当初は先生が何らかの魔術を施して俺を赤子にまで若返らせたのではと疑ったが、十六年経った現在まで先生が一向に現れないこと。それから俺が意識を失ってから赤子として目覚めるまでの二〇〇年という空白の時間を鑑みて、自身が本当に赤子として生まれ変わったことを理解した。

 最初のころは戸惑った――より正確に表現すると「また生きなければいけないのか」と絶望したが、産みの親や村の人、それから友人たちのおかげで今の生活はとても楽しい。


「……本当に平和だなあ」


 幸せだ。心からそう思える。

 感傷に浸っていると、背後で何者かの気配を察知した。その人物は足音を殺して畑の敷地に入ると、慎重に俺の背中に近づいてくる。


(やれやれ、またか……)


 俺は接近する人物にあえて気付かぬ振りをして、背を向けたままわずかに体を揺らし誘い込む。

 接触までの距離、残り十歩……五歩、残り三歩のとこまで接近し、いざその人物が仕掛けようとしたところで、俺は腕を背後の襲撃者に向かって振り下ろす。


「とう!」


「あ痛ぁぁ⁉︎」


 脳天に軽く手刀を食らわせると、襲撃者は間抜けな悲鳴を上げた。


「まーた家から抜け出したのか、フィリア」


 視線をわずかに下げると、そこには蹲り頭をさすりながら不満げに俺を見上げる赤毛の少女がいた。


「むう……気付いていたなら振り向くなりしなさいよ」


 この少女はフィリア・ロスウェル。俺の幼馴染でロスウェル村を治めるロスウェル子爵家の三女だ。こいつは幼少のころからよく子爵の館から抜け出して村の子どもに混じって遊ぶ、いわゆるわんぱくお嬢様だ。そんなんだから俺含め、同年代の奴らはこいつのことを敬称では呼ばず昔から仲良くしていた。

 子爵、それも三女といえど、貴族のお嬢様がお付きのひとりも付けずに、よくもまあほいほいと出歩くものだと昔から思っていたが、十六の乙女となった今になってもその性格はまったく変わっていないなあ。


「むう……相変わらず後ろに目があるんじゃないかってくらい、人の気配に敏感ね」


「それがわかってなお、人の背後から飛びかかろうとするのは、昔から変わってないよな。なんか用か?」


「あら。用がなきゃ来ちゃいけないのかしら?」


「そうは言わないが、フィリアの場合はむしろ、用があったほうが落ち着いた日を送れるからなあ」


「心外ね、まあいいわ。いつも通り村のみんなの顔を見に遊びに来ただけよ。そっちは仕事中だったみたいね」


「御覧の通りな。遊びに行くなら少し待ってくれ、そう時間はかからないからさ」


 俺は手早く耕した畑に種を蒔く。その間フィリアは、畑を囲う柵に寄りかかり俺の作業を見ていた。

 正直じっと見られるといろいろな意味で作業がやりづらいのだが、まあ誰かが側にいるというのは悪くない。これが毎日となると鬱陶しいがな。

 とはいえ畑の面積はそれなりに広い。それほどかからないといったものの、何もせずに待つには退屈が過ぎるだろうに。だがフィリアは何が面白いのか、俺が仕事中の時はいつも真剣にそしてどこか楽し気に観察している。


「種蒔きだけとはいえ随分と手間がかかるわねー。「魔術」で種蒔けないの?」


「俺の魔術のことはある程度知っているだろ? 俺の魔術の特性から考えて、こういう細かい作業は向かないことくらいわかるだろ?」


「それくらいわかるわよ、だてに学園で魔術を学んでいないわ」


 学園。首都にあるノイヴェルト魔術学園にフィリアは去年から通っている。彼女はお転婆な少女だが、魔術に関してはなかなかに良い筋をしている。その能力を汲んで、彼女の両親は魔術学園に通わせるようになったのだ。


「あんたも知っての通り、魔術を使うためのエネルギー「魔力」には四つの属性があり、その属性に対応するように四つの魔術がある」


 フィリアは学園で習ったのであろう知識を、さながら教師のように披露し始める。


「そして魔術は術式を介してそれらの魔力を運用して現実の世界に確たる形、現象として発現させる。術式は魔力を現象に形作るための、いうなれば型ね」


 この世界では魔術という技術は広く普及されている。なにせすべての人間、いや生物が魔力を持って生まれるのだ。前世でも魔術は普遍的に広まり使用されていた。例えば【着火(イグ)】の魔術とかは、火を熾すための火種として使われていた。

高い金を支払えば魔術書も買え、より高度な魔術を扱える。

 これが一般的に魔術と呼ばれる技術だ。だが――


「ごくまれにそれら四属性とは異なる魔力を持って生まれる人がいる。それらの魔力を持った人は、ある特別な魔術を行使することができる。それが――」


「それが【固有魔術(ユニークマジック)】、だろ?」


 俺は種を蒔く手を止めフィリアに見せつけるために、自身の固有魔術(ユニークマジック)を発動する。俺が右手を伸ばすと、まるで最初からそこにあったかのように黒みを帯びた赤い剣が現れる。


「わぁ……久しぶりに見たわね、アゼルの固有魔術(ユニークマジック)


 彼女は剣に近づき、興味深そうに剣を眺める。彼女がしょっちゅう俺にからんでくる理由が、おそらくこれだ。

 固有魔術(ユニークマジック)――特殊な条件や、特定の効果しかもたらさない代わりに、術式を必要としない。

 一代限りの特異魔力。固有魔術(ユニークマジック)の最たる特徴は、その魔力に属性がないことだ。いや正確には、四属性に属さない()を持った属性を持っているといったところか。


「異質な魔力を持つ人は、属性魔術を一切扱えない代わりに特別な魔術を生まれながらに備えている。それは、属性魔術よりも優れていることもあれば、逆に複雑な儀式(てじゅん)を必要としたり……未知の分野の魔術だから、特異で不思議な力……」


 フィリアの顔がどんどんと剣に近づく。それ以上近付かれると危ないと判断し、俺は剣を消すことにした。あ、不満げな顔になった。


「……アゼルの固有魔術(ユニークマジック)ってたしか、【武具製造(クリエイトウェポン)】って名前だったかしら?」


「そうそう。魔力で形成された武器を生み出す、一見は戦闘向きの魔術だよ」


「実際戦闘では重宝しそうよね。手入れも必要なし、持ち運ぶ必要もなし。魔力さえあれば武器を際限なく作れるんだもの」


「その代わり強度は魔力依存だがな。半端な魔力じゃ木剣並みだし、切れ味も(なまくら)程度にしかならん。強度を上げようとするならそれなりの魔力が必要になるんだよ。つまり――」


 俺は残りの種をやや雑に蒔く。


「相応の魔力量がないと、武器としては使えないんだよ。非常用として使うのならいいだろうがその実、武器屋できちんとしたものを用意した方が効果的だし効率もいい」


 パンパン、とこれ見よがしに手の土を叩き落としてフィリアのほうを向く。


「うしっ、これで終了。さてお嬢様、本日はどちらに行かれるご予定で?」


「ふふ、今日は伯爵領から行商人が来ているそうなの。珍しいものがあるかもしれないから見に行こうかと思ってね。エスコトートしてくださる、騎士様?」


 こちらのおどけた演技に対し、こなれた演技で返された。互いのらしくなさに、俺は即座に音を上げた。


「騎士様はやめてくれ。まったく、慣れん冗談はするもんじゃないな。早く行こうぜ」


 したり顔のフィリアを連れて、その行商人がいるらしいが所へ向かった。


「ねえアゼル、今年からでも学園に入らない? ほら、勉強すればあんたの固有魔術(ユニークマジック)もより深く理解できるかもしれないわよ。今よりももっと多くのことができるかも」


「またそれか……誘ってくれるのは嬉しいが、ただでさえ親父たちに無理言って実家から出させて貰っているんだから、学園になんか通えないっての」


「あんたの【武具製造(クリエイトウェポン)】も大きく化けるかもしれないわよ? 今でこそ強度はいまいちかもしれないけれど、訓練次第で魔力も増えるだろうし、複数の武器を同時に作り出して手数で戦う強い戦士になれるかもしれないわよ? えーっと、「人間武器庫」みたいな異名がつくかも?」


「嬉しくない異名だな。そも、首都の学園なんてお貴族様が通っているようなところだろ? 入学にも膨大な金がかかるだろ」


「お金に関しては大丈夫よ。ノイヴェルト王国は魔術にとても力を入れているのは知っているでしょ。手続きをして一定の成績を収めていれば、国から給付金が出されるわ。現にそうやって学園で勉強している平民の子はたくさんいるわ。そりゃあまあ、貴族や富豪の子どももいるけど」


「貴族様の顔色伺いながら生活するのはごめんだな。しがらみも厄介事も多そうだ」


 それに自分の固有魔術(ユニークマジック)に関しては前世のノウハウがあるから、勉学にも魔術の鍛錬にも大して興味がない。そもそも偽っているからな――自分の固有魔術(ユニークマジック)。バレるといろいろ面倒くさい。


「お、あれか」


 話しているうちに前方に大きな馬車と人だかりが見えた。さらに近づくと、見知った行商人の顔が見えた。


「あれは、ラルバさんか。なるほど、この人だかりも納得だな」


 ラルバさんはロスウェル村出身の商人で、里帰りついでに各地で仕入れた良い商品を持ってきてくれるのだ。


「こんにちはラルバさん」


「ああ、これはフィリア様。お久しぶりでございます。またお館を抜け出したのですか?」


「そうなの、抜け出すのいつも大変なんだから、館の皆には黙っていてね」


 フィリアはそう言ってウィンクした。それに対するラルバさんさんの反応は、少し困ったような笑みを浮かべるといったものだった。まるでなんと言おうか迷っているようだ。さらによく観察すると、彼の視線はフィリアの背後へ何度も向いていた。ふむ……これはまさか。

ラルバさんの視線を辿りその先にいた人物を認識すると、俺は無言でフィリアの肩をつついた。


「なにアゼル?」


 隣にいる俺に尋ねるフィリアに無言のまま背後を指す。そこには笑みを浮かべた筋骨隆々の男――バルドルさんが立っていた。


「このようなところで奇遇ですな、フィリア様」


「げっ! バルドル、なんでここに⁉︎」


 バルドル。子爵邸とロスウェル村の自治を務める私兵隊の隊長だ。普段は子爵邸の警護をしてるが、時折村で見回りを行っている姿が見られている。

 そんな彼の仕事着は腰に剣を佩いた鎧姿だが、現在は剣はそのままに鎧を脱ぎ俺たちと同じような動きやすい素朴な服装をしている。


「こ、こほん……バルドル兵士長、今日は休暇だと聞いたのだけれど?」


「ええそうですね、本日は休暇いただきました。ですので私がここにいることは何らおかしな点はないと思いますが?」


 そりゃそうだ。休みなんだからラフな格好で村を散歩してもおかしなところはない。まあ、休みの日でも帯剣しているのはどうかと思うが、そこは彼の真面目さゆえだろう。休みであれど、兵士を束ねる者として気を緩めていないようにしているのだろう。


「しかしフィリア様、このような所で会うとは。失礼ですが、子爵様から外出の許可は取られているのでしょうか?」


「と、とーぜんよ! 今日は特別に許可貰ったんだから!」


 フィリアの言葉を聞いて、この場にいる者の過半数が笑い、残りの者は呆れの表情を浮かべた。俺とラルバさんは前者、バルドルさんは後者だ。フィリアの脱走癖は村の共通認識だ。

 最初のころは子爵からは何度も叱られていたようだが、反省せず何度も繰り返しているため現在では軽く注意されるくらいでほぼ黙認されているようなものだ。その証拠に――


「はあ……まあ、そういうことにしておきましょう。ですがくれぐれも、淑女としての振る舞いをお忘れなきようお願いたしますぞ」


 非番であっても、連れ帰るべきである兵士長までもお目溢しされている状況だ。


「むう、わかってるわよ……」


 不満げに答えた後、フィリアはバルドルさんの視線から逃げるように商品を眺め始めた。

 屋台には主に、衣服やアクセサリー、それからロスウェル村では見られない食べ物なんかが並べられていた。小さい子ども等なんかは菓子類に釘付けになっているが、フィリアを筆頭に女性陣はアクセサリーなどの装飾品に目が行っているようだった。

かく言う俺もアクセサリーを、しかし彼女たちとは少し違う観点で眺めていた。


(指輪……素材はともかく大きさがなあ。暗器くらいにはなるか。ネックレスは首周りの防具にはなりそうだが、結構値が張るし男の俺がつけてると変に目立ちそうだ。つけるとしたらスカーフだが、柄物が多いな。染めちまうとフィリアあたりに指摘されそうだ。そもこの布だと大して吸わなそうだし、あまり効力を乗せられんな……)


 見栄えが良いだけで有用と言えるものがなかったため、装飾類には早々に見切りをつけて、代わりに首都の菓子を買い、物欲しそうにこちらを見る子ども等にくれてやる。


「バルドルさん、少しお伝えしたいことが……」


(ん?)


 ラルバさんが神妙な顔つきでバルドルさんを呼び寄せる。バルドルさんが彼のそばまで来ると、屋台から少し離れた上で声を潜めて二人は話し始めた。

 ふむ……ラルバさんの雰囲気と、あまり離れないことを鑑みるに、余人に聞こえてもいいけど、声を大にして言うのははばかられる話、といったところか。

 少し内容が気になるため、二人に気付かれないよう近づき耳を立てる。


「村に帰ってくる途中、道で争いの痕跡がありまして……」


「野盗か?」


「足跡や馬車と物と思わしき木片と、柄の入った布切れも見つけたので、おそらくそうかと……どうにもこの近くに潜んでいるのではないかと、行商人の間でも噂になっておりまして……」


「わかった、子爵様に報告はしておく。さすがに村にまで来ることはないだろうが、村から出る者を狙っているかもしれん。ラルバも警戒しておけ」


 ふーん。野党がこの近くに、ねえ。どこかの洞窟にアジトでも構えているんだろうか。

 真面目なバルドルさんのことだから近い内に兵が近辺を捜索するだろうが……どうするかな。

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