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修羅場のさなか突然異世界に召喚されたら番が迎えにきました。今忙しいんですけど!

作者: アキヨシ

立ち寄って頂きありがとうございます!


※作中【】で囲われている単語は日本語のみで通用する言葉です。


今、人生で最大の修羅場に遭遇してます!


なんでこうなったのか。

ただ運が悪かったとしか言いようがないのかもしれないけど、冗談じゃないってーの!


たまたまよ?

学校帰りに立ち寄ったコンビニで、そんな事件に遭遇するって誰が想像できる!?

いや、無理でしょ!


レジにいるコンビニ店員さんに、「金を出せ!」と包丁を突き付けている強盗。

たまたま店内にいたお客さん。

そして、たまたま店内に足を踏み入れたわたし。


急いで回れ右をしようとしたら、足元が眩しく光ったもんだからつい目を瞑ったよね。

で、気づいたらコンビニも歩道も街路樹も消えていたってわけ。


なんで!!!




「「「おおっ! 召喚は成功だ!

 異世界からの客人が四人!!」」」




わーわーざわざわ、なんか賑やかで、きょろきょろ見回してみた。

現代日本から、突然昔のヨーロッパとかに場面転換したみたいに、人種も服装も違和感ありまくりな人たちがたくさんいたー!!


なんで!?


でも、あれ?

黒い鞄を盾に、後退っているサラリーマンのお兄さんがいる。コンビニ店内にいたお客さんだよね?

そしてコンビニ店員のお姉さんもいた。そして――

視線を転じると、あの強盗が包丁を持ったまんま、周りを威嚇してた!!


え? 待って! つまり、あの時コンビニに居た四人がそのままここに!?


「なんなんだ!? どうなってんだよ!! 金出せよぉ!!」


「いやちょっと、それどころじゃないでしょ!!」


コンビニのお姉さんがもっともな事言った。

だけど強盗は聞いちゃいないみたい。


「なんと血気盛んな勇者様だ!」


はぁ? 勇者とか何言ってんの!

強盗だよ! 強盗犯!!


「大神官! どなたが勇者なのだ!?」


「あの()()を振り回しているお方です!」




「「「はぁぁぁ!? 【強盗】が『勇者』!?」」」




コンビニのお姉さんと、サラリーマンのお兄さんと、わたしの声が被った。

てゆーか、今この場所にいる人たち誰!?

ここ何処!?


あっ、白いぞろぞろした服を着たおじいちゃんが、強盗犯に無防備に近づいて行くんだけどぉ!?

こうゆうの蛮勇って言うんだよね。


「勇者様、どうかお静まり下さい。ぎゃっ!」


落ち着かせようとしたのか、両手を相手に上下に振って見せたのに、その手を包丁が掠めていったの。

血が飛び散って、おじいちゃんが悲鳴を上げて、別の男の人が引きずって行った。


血を見てパニックになったのか、強盗犯は増々包丁を激しく振り回して、なんか喚いてる。


「金を出せ!! 早くしろ!!」


「無理だって言ってるじゃん!!」


もうレジも商品棚もないのに、“コンビニ強盗”から抜け出せないみたい。

対するコンビニのお姉さん、言い返してるとかスゴイ。

それでもじりじりと距離を取ろうと後退りしている。


うん、本当は一目散に走って逃げたいよね。

でもね、分かる。本能が背中を見せてはいけないって言ってるの。

多分、熊に遭遇した時の注意事項とか思い出してるのかもしれない。熊に遭遇した事ないけど。


「誰か、勇者様をお止めしろ!」


被っていたキャップは脱げたけど、サングラスとマスクで相変わらず人相が分からない強盗犯。

ぶん回してる包丁が、何故だか光り始めているのは気のせいかな!?

まさか、勇者の力が覚醒し始めている……とか? ええ~。


チラッとお姉さんと目が合った。

ムリムリ! こちとらか弱い女子高生。自分の鞄をぎゅっと抱きしめる事しか出来ないからぁ、ごめん、助けるのなんて無理!!


で、チラッとサラリーマンのお兄さんを見た。

変わらず鞄を盾にしてじりじりと後退っているだけで、おそらくお兄さんも戦う事は出来そうもない。


しかし、何だか分からないけどこれだけ人が大勢いても、誰も強盗犯(勇者)を取り押さえようって行動しなくて、ただ右往左往している。

鎧みたいのを着てて、腰に剣らしきものをぶら下げている男の人達がたくさんいるのに!

それ、警棒じゃないよね? まさか木刀とか?

それでも武器らしき物を持っているって事は、それなりに訓練を受けている人たちじゃないの?

まさか本当に映画のエキストラ役だとか言わないよね!?


ちょっと失望していたら、突然ドカン!! ガラガラガラ! と大きな音が鳴り響いて、天井が明るくなった。

びっくりして、何事って振り仰ごうとしたら、目の前に黒くてデカイ人が立ち塞がっていた!

誰っ!?


「こんな所にいたのか。ようやく見つけたぞ、我が唯一、我が『ツガイ』」


「――は?」


突然現れたデカイ人が、目の前で唐突に跪いてそんな事を言い出したら、わたしの取るべき行動は何だろう?


「何者だ!?」とか騒いじゃってるから、ここの人達の仲間じゃないのは分かった。

そして頭に角が生えているのも分かった……てぇ!? 鬼? ええっ!?


しかし呆気に取られている場合じゃない。

まずは強盗犯(勇者)から逃げる方が肝心だ!

なのに――


「我が『ツガイ』、どうか俺の手を取って欲しい」


「今忙しいんで、後にして下さい!」


そう言ったのも仕方がないと思うの。

今、強盗犯(勇者)がどうしているか確認しようと目を逸らしたから、その鬼(?)さんがどんな顔をしていたか分からない。


「……忙しいとは?」


「あれですよ、あれ! 包丁を振り回している【強盗犯】が『勇者』で困ってるんです!!」


何かしらおかしな言葉になっていたけど、構っていられない。

わたしが強盗犯(勇者)を指差したら、あちらもちょっと呆然として立ち止まってたのに、我に返ってこっちに向かって突進してきた!!!


「ぎゃーっっ!!」


可愛くない悲鳴を上げて逃げようとしたのに、鬼さんにぶつかってぽすんと腕の中に飛び込む形になっちゃった!

アッと思ったら視界が真っ暗になって、ドカンと大きな音だけが聞こえた。


あれ? 衝撃が来ないぞ?


「我が『ツガイ』に刃を向けるなど、万死に値する!!」


えっと? もしかして、鬼さんが助けてくれた?

いい人、いやいや『人』じゃなくて、『鬼』かもなオニーさんは、わたしをふんわりと腕の中に囲っている。

初対面でこの状態ってあり得なくない?

でも緊急事態だから仕方ないか?


「このような物騒な所では、落ち着いて話も出来ないな」


わたしの混乱を知る由もないオニーさんがそう言うと、ふわっと体が浮いた。

えっ? なに!? うえ、何か気持ち悪っ。


「ああ! 聖女様ーーー!!」


そんな声を後に、意識が遠退いた。




***




「……知らない天井だ」


まさか人生で、このセリフを言う時が本当に来るとは。


気が付いたら知らない部屋で、フッカフカのベッドに寝ていた上に、何だか高そうなネグリジェに着替えさせられていたって……わぁ!?


「ここは何処ぉーーー!!」


「お気を確かに!」


頭を抱えたら、女の人の声が聞こえた。

もしかして最初からこの部屋にいたんですか? 恥ずかしー。


「お体の調子はいかがですか? 具合の悪い所などございますか?

『転移魔法』で酔ってしまわれたようですが」


優しく訊いてくれた女の人。

でも、顔の脇じゃなく、頭の上に耳が付いていた。ケモ耳ってやつ。

メイドのような黒いワンピースに白いエプロン姿。

そして、ふわふわした茶髪から覗く茶色いケモ耳……コスプレ?


思わずケモ耳をぼけーっと見つめていたら、目の前で手を振られた。

あれぇ? 手の平に焦げ茶色の肉球があるぅ。

なんて凝り性なの、とか思っている間に「ご主人様を呼んでまいります」とか言って、メイドさんが出て行ってしまった。


あれ、『ゴシュジンサマ』は『オキャクサマ』のわたしじゃなくて?

あ、これはメイド喫茶か。


いやはやもう、何が何やら分からない。

とりあえず、時系列で思い出してみよう。


1.学校帰りにコンビニに寄ったら強盗がいた。

2.逃げようとしたら地面が光って気づいたら見知らぬ場所にいた。

3.見知らぬ場所にはコンビニに居た四人(強盗犯込み)が一緒にいた。

4.見知らぬ場所にいた見知らぬおじいちゃんが、強盗犯が『勇者』だと言っていた。

5.突然オニーさんが降って湧いて出てわたしを『ツガイ』とか言ってた。

6.オニーさんがここは物騒だとか言っていた後の記憶がない。

7.目が覚めたら知らない部屋でケモ耳メイドさんがいた。(←今ここ)


こんな感じかな。

うーんと、これって誘拐されたって事かな。しかも二回。


一回目は、もしかしたらラノベでよくある、勇者召喚に巻き込まれたってやつ。

強盗犯が勇者ってのは納得いかないけど。

二回目はオニーさんに連れ去られた?


訳分らん。


ベッドから降りて部屋の中を見回す。

部屋全体が白が基調で、調度品とか金の装飾がされてて、ピンクの小花柄やレースにフリルという、乙女な部屋である。

今着ているネグリジェも淡いピンクで、襟元や袖口に白いレースが縁どられているの。

可愛いのに上品な感じだから拒否感はないかな。


わたしの学校の制服がチェストの上に畳んで置かれていたのを見つけたので、とりあえず着替えようとベッドまで持ってきて、ネグリジェを脱いだ。

こんな防御力が低いままでは、何か起きた時に心もとないし。

あ、下着はそのまんまだった。良かった。


――と思ったのも束の間、バタンといきなりドアが開いて、オニーさんが乱入して来た!


なんで防御力ゼロの時に来るかな!? お約束か!


「ほう、()()()になったのならやぶさかではないぞ?」


は?

ソノキって何のキ?

なぁんて呑気に考えてる場合じゃなかったんだ!

いきなりベッドに押し倒されたーーー!!!


「離せ変態!!」


丁度右膝がオニーさんの鳩尾に入ったようで、ぐっと呻き声が漏れた。

更に蹴って思い切り身を捩り、オニーさんの腕から逃れ、ベッドの反対側の陰に隠れたわたしは悪くないと思う。


「ご主人様、()()を襲うとは……軽蔑してよいですか?」


「いや待て。ツガイが服を脱いで待っていたんだから()()()があるって事だろう!?」


「それでも()()に同意も得ず襲い掛かるなんてサイテーです。

嫌われますよ? てゆーかもう嫌われたんじゃないでしょうか」


遅れて部屋に戻ってきたケモ耳メイドさんが、オニーさんに色々言ってくれてるけど、「幼子」てまさかわたし?

そりゃあ胸は……あんまりないかもだけど!

花も恥じらう十七歳の乙女に「幼子」て。


「……我が唯一、俺を嫌いなのか」


さっきのニヤリとした表情とは反対に、焦ってるような縋る目を向けられても。

嫌いってゆーかなんてゆーか……


「コワイです」


誘拐犯だし、痴漢だし。

でも、強盗犯からは助けてくれたみたいだから、恩人でもあるのかな。


「ご主人様の事はさておき、まずはお着替えいたしましょう」


ケモ耳メイドさんが、何やらショックを受けているオニーさんを尻目に、ガウンを着せかけてくれ、別の部屋に連れて行ってくれた。

あ、ここはウォークインクローゼットだな。めっちゃ広いけど!


「取り急ぎ用意させたものなので、お気に召すものがないかもしれませんが、追々増やして参りましょう」


取り急ぎ? へ? わたしの為?


訳が分からないまま用意された服に着替えた。

袖がふんわりしている白いブラウスに、これまたたっぷりふんわりした落ち着いたローズピンクのスカートは、フリルとかレースとかいっぱいで、とにかくフリフリ。

…………もしかしてこれって子供服?

あははは、まさかぁ……ねぇ?


最初はゆるゆるだと思ったのに、メイドさんがなんか呟くと、キュッと体にフィットした。

わっ!? 魔法?

やっぱり魔法がある世界なのかな。

最後にレースに縁どられたピンクサテンのリボンを頭に飾られた。

わたし、おかっぱヘアなんだよね。増々子供っぽいったらない。




着替えてクローゼットから出たら、なんとオニーさんがまださっきと同じ姿勢で固まってた。

でも怖いので、メイドさんの後ろに隠れて移動する。

行き先はベッドのある寝室を出た広い部屋で、こっちの部屋も白とピンクのコーディネイトに、金の装飾が可憐に添えられてる。良いとこのお嬢様の部屋って感じかなぁ。

ソファを勧められ座ると、これまたふかふかで予想以上に体が沈み込んだわたしに、メイドさんが無情な事を言った。


「お茶の支度をしてまいります」


「ま、ま、待ってください~! 置いて行かないでぇ!」


ふかふかソファのせいでバランスを崩しながらも、なりふり構わずメイドさんにしがみついたよね。

だってオニーさんと二人きりにされたくないもん!


「――そうですね、あのご主人様と一緒は怖い、ですね。

それではご一緒に厨房へ参りましょうか」


メイドさんの厚意にしがみついて、部屋を出ようとドアへと向かった時だった。


「待て待て! 俺のツガイ、部屋を出ては駄目だ!」


さっきまでベッドの脇で固まっていたはずのオニーさんが、瞬間移動したかのようにドアの前に立ち塞がっていた。

はっや!


「それではご主人様がお茶の用意をなさってください。

ツガイ様はご主人様と二人きりは怖いそうです」


「ぐっ。しかし、この俺に茶を淹れろというのか!?

おまえの仕事はなんだ!?」


「メイドですね。期間限定の」


「期間限定でもメイドはメイドの仕事をしろ!」


「仕方ありませんね。ではツガイ様、ご一緒に参りましょうか」


「だから待てというのに!」


これ、堂々巡りってやつ。

んーと、解決策は……


「じゃあ、わたしはこの部屋で待っているので、オニーさんとメイドさんが一緒に行けば良いと思います」


そう提案したのに、二人が何とも言えない微妙な顔でわたしを振り返った。

なんでかなぁ。


「『おにーさん』というのは俺か?」


「そうです。名前を知らないので」


オニーさんはぺちっと片手で額を叩き、天井を見上げる。


「浮かれて名乗りもまだだったか」


そう呟いたオニーさんが、こっちに一歩近づいたから、思わずビクッと肩が跳ねた。

オニーさんて身長高いし、黒くて真っすぐな長髪と、真っ黒な服のせいで圧迫感があるんだよね。


わたしがびくついているのを察したのか、オニーさんはそこで立ち止まり、片膝を着いてわたしと目線を合わせようとする。


うん、わたし、メイドさんの背中に隠れたよ。

瞬間、オニーさんは寂しそうな目をした。たぶん。


「俺の名は、ライル・ディーン・ドラゴニア。ライルと呼んで欲しい。

我が唯一、我がツガイ、俺に名を呼ぶ権利を与えてはくれないだろうか」


権利とかなんとか難しそうな事よりも、誘拐犯に本名を名乗りたくない。


「……【かのこ】です」


「くぁ……のぉくぉ?」


パッと偽名も思い浮かばないから、仕方なく下の名前だけ教えたのに。

外国人が慣れない日本語の発音に苦労しているかのよう。

そんなに言い難いのかな?

てゆーか、今頃気づいたけど、なんかフツーに言葉が通じる不思議。

なんでかな?

まあ、通じないより通じる方が都合がいいもん。気にしない気にしない。


「カ・ノ・コ」


「くぁのぉーくうぉー」


遠ざかったな。


「えー、それじゃあ……【バンビ】でいいです」


「バンビ!」


なんでこれはすんなり言えるんだよ!


わたしの本名は、清水鹿ノ子(しみずかのこ)

両親的には『子鹿=鹿ノ子(しかのこ)』を『バンビ』と読ませたかったようなんだけど、役所が受け付けなかったので『かのこ』のまんまになった経緯がある。

いやいや、バンビって! 年取って「バンビさん」とか呼ばれたらもう恥ずか死ぬわ!!

とはいえ、家ではバンビと呼ばれているし、「こじ~かの~バンビィ」とか歌まで歌うお母さん。くっ。


「バンビ。愛らしい響きだ」


金色の瞳をキラキラと輝かせて見つめられてもなー。

つまりなんだ? 名前を呼んで欲しいのかな。

個人名よりも、「誘拐犯」とか「変態」とか言ってやりたい。けど犯人を刺激してはいけないらしいから仕方ない。


()()()()()、『ツガイ』って何でしょうか」


「「えっ!?」」


二人ともに驚かれてしまった。

『ツガイ』って動物とかが番うっていうやつで合ってるかな?

もしくは、ラノベとかで竜人とか獣人とかが『運命の番』を求めてほにゃらら的なあれかな。


「オニーさんは【鬼】なのでしょうか」


「『おにーさん』ではなくライルだ。それから『おに』とは何だ?

俺は『竜人族』だが」


「リュウジンゾク?」


「うん? 『竜人族』だ」


「それは『ドラゴン』とは違うんですか」


がっくりと項垂れるオニーさん。なんか違ったらしい。


「祖を辿れば同じかもしれないが別物だ。

我々竜人族は通常は人型で過ごし、竜型に変身してもドラゴンとは姿形が違う。

……あんな頭の悪い魔獣と一緒にされたくはない」


最後の一言は、大変不本意だと言わんばかりに眉間に皺が寄ってた。

だって知らなかったんだもん。ごめん。


でも、質問すれば答えてくれる。

問答無用で攫われて、さっきは押し倒されたけど、一応話は通じるみたいだな。これ大事。


「ご主人様、ツガイ様。ここではなんですので、椅子に座ってお話しください。お茶は執事殿に頼みましょう」


メイドさんが空中に向かって指をクルクルした。

何してんの? て思ってたら、少しして『ザ・執事』というような服装でぴしりとした身のこなしのオジサンがやって来て、メイドさんをちらりと睨む。


「オカリナ。メイドの分際でわたしを呼びつけるなど、ずいぶん偉くなったものですね」


ああ、わたしのせいで叱られてる!


「仕方がないではありませんか。ツガイ様がわたしと離れるのが嫌だと申しますし、ご主人様がこの部屋から出るのを禁じておりますので」


「シュバルツ。いいからお茶と軽食の用意をしてくれ」


執事さんは、メイドさんにしがみつくわたしと、オニーさんを交互に見て、仕方なさそうに溜息を吐いた。


「かしこまりました」


執事さんが出て行った後、わたしはメイドさんに謝った。


「ごめんなさい。わたしが離れられないせいで、執事さんに叱られてしまって」


「いいのですよ。元はと言えば、この邸に使用人が少ないせいですから」


この広い部屋から察して、大きなお邸なんだろうなぁと思うんだけど、メイドさんがケモ耳メイドさんしかいないとか?

さすがにそれはないか。


「全く、主が我儘なせいで使用人が居つかなくて、()()()を無理やり臨時雇いにするとか、本当に今後どうするつもりなのでしょうね?」


じろりとオニーさんを睨みつけるメイドさん。

この主従関係ってどうなってるの!?


「俺の我儘ではない! こちらに色目を使ってくる不届き者をクビにしたり、ツガイが見つかったと辞めて行ったのが重なっただけだ!」


ムッとした顔のオニーさんも、メイドさんを睨みつける。


「だからと言って我が愚兄に頼むなど、進退窮まった感がひしひししていますね。

そのせいで私は巻き添えですけれど!」


なんか話が見えない。とにかく最初っから話が見えない。


「あのぉ」


「なんだ、バンビ」


グイっと身を乗り出してきたオニーさん。行動が唐突過ぎてやっぱり怖い。

メイドさんの腕に更にしがみ付いたら、オニーさんは不機嫌そうにその腕をじとっと見ている。


「何もかも全然分からないので、説明を求めます!」


『ツガイ』の説明も途中だよ!




少ししてから執事さんが戻って来て、お茶やら焼き菓子、サンドイッチをテーブルにセッティングしてくれた後、まずは飲めや食えやと勧められて、ちょっと恐々お茶を飲む。

赤いから紅茶かなーと思ったら、ルイボスティー的なやつだった。


お腹が空いてるし、サンドイッチとか食べたいけど、本当に大丈夫かな。

そう警戒しているのが分かったのか、オニーさんが率先してサンドイッチを口に運んで見せ、メイドさんが「人族でも安心して食べられますよ」と促してくれたので、ようやく食べてみたら美味しかった。

ただ、食べている所をオニーさんにじっと見られてて居心地悪かったけど。


で、粗方食べ終わった後、待ちに待った説明の第一声がこれ。


「バンビは俺の『()()()()』だ」


おうふ。


オニーさんの言う事には、獣人たちは伴侶の事を『ツガイ』と呼んでいて、特に『リュウジン族』と『ギンロウ族』は生涯唯一人の『運命の番』がいるんだって。

他の種族よりもツガイに対する執着が強く、もしツガイが病んだら一緒に病むし、死んだら後追い自死するほど繋がりが深く、特に雄はツガイを家に閉じ込めたがるんだとか。


つまり、監禁!? ヤンデレ系!? やだぁ。

オニーさんはとっても美形だけど、「イケメンに限る」とかないから!

フツーに監禁は犯罪だから!


「それにバンビは『聖女』だ。それが外に知られれば狙われるからな。この結界を張った部屋から出てはいけない」


「……セイジョ?」


そういえば、オニーさんに連れ去られる時、誰かがそう言ってたような?


「申し訳ございません。ツガイ様が寝ておられる間に、鑑定させて頂きました。

そうしたら職業が『聖女』だと判明したのです。しかも『異界人』であるとも」


「カンテイ……?」


「『鑑定魔法』です。魔導具で、その人の名前・年齢・職業・魔法属性など調べられるのです」


メイドさんの耳がへにょりと垂れて、わたしに頭を下げた。

本来なら、本人の承諾なしに鑑定するのは失礼な事なんだって。

だよねー。勝手に個人情報見られたんだもん。


しかしだね、『聖女』ってどういうことだろう。

勇者召喚に巻き込まれたんじゃなく?

まさか……コンビニのお姉さんや、サラリーマンのお兄さんも何かしら職業があったりして?

強盗犯が『勇者』ってくらいだから、あり得なくもない?


「異世界より召喚された客人には条件付けがされ、特別な能力が与えられると聞く。

実際召喚魔法を成功させた例は遥か昔だが、まさかあの国がそこまでやらかすとはな。

だが、おかげで俺はバンビと出会えたのだから礼を言わなくてはならない、か?」


「止めて下さい! あの国は無駄に北の魔国に侵略戦争を仕掛けては敗れているではありませんか。それゆえの暴挙でしょう」


んーと、詳しい事はやっぱり分かんないけど、この二人の言い分を聞いていると、わたし達を召喚した国は好戦的って事で、もしかしたら、わたし達を戦争に巻き込むつもりだったという話?

そんな危ない世界とはさよならしたい。


「あのぉ」


「なんだ、バンビ」


だからオニーさんてば、急に身を乗り出すの、止めてくんない?


「わたしは元の世界に帰れるんでしょうか」


「バンビは俺を捨てるのか!?」


如何にもショックを受けたと言わんばかりのオニーさんは、またフリーズしてしまったので、代わりにメイドさんが答えてくれた。


「双方向の親和性のある世界ならば行き来が可能だと聞いた事はありますが、元の世界が特定出来ない召喚魔法での帰還は……難しいです」


なんてこった!




***




帰れないって聞いたのが一番ショックだったけど、怒涛の展開で心身共にまいっていたのか、あれから少し寝付いてしまったよ。


一日に何度もお見舞いに突撃してくるオニーさんにイラッとしながらも、その存在にさすがに慣れてきちゃった。

『ツガイ』がどうこうだとかは別だけどね!

来るたびに何かしら手土産的なものを持参してプレゼントしてくれるし。


……いえ、別に、物に釣られた訳じゃないよ? ホントだよ?


ごほんっ。

メイドのオカリナさんには、こちらの世界の事を少しずつ教えてもらってる。


まずは、この世界には人族以外に獣人族と魔族がいて、今いる所は獣人族の国の一つ。

現在の王様は竜人で、銀狼族と交代で国王を務めるのだとか。

世襲制じゃなく、強い者がTOPに就くそうで、獣人の中でも強い竜人族と銀狼族が、それぞれ最も強い代表を選抜して玉座を継ぐという。


どうやって選んでいるかと訊いたら、「戦って序列を決めている」そーだ。

脳筋かっ!


因みにオニーさんは、王様の甥で、竜人族の序列二位だそうです。

一位はもちろん王様。

オカリナさんは銀狼族の序列六位。

序列一桁台は地位が高く、人を使う立場であって、メイドなんかしないそうだ。

だから「この私が」と言っていたんだね。


その後も特に聖女の力に目覚めた――とかなくて、誘拐(召喚)されてから一週間後、思いがけないお客様がやって来て事態は動いた!


なーんてな。


結界を施しているという部屋に、オニーさんが招き入れた二人の内一人は顔見知りだったよ。


「おー、JK! 元気だった?」


「コンビニのお姉さん!!」


コンビニの青と白の制服ではなく、女戦士と言わんばかりの鎧を身につけたお姉さんは、白銀の耳と尻尾を持つガタイのいいおにーさんに縦抱っこされている。

なんで!?


「ちょっと! いい加減降ろしてよ!」


「駄目だぞ、マイハニー♡。獣人は外では絶対ツガイを離さないんだ。

特に人族はか弱いから危ないだろう?」


ま……マイハニーて。

それにツガイて。


「お姉さんのツガイ?」


「そう言うのよねー。アタシには分かんないんだけど。

突然やって来て、『ツガイだ!』て言われてからすぐ抱っこしてきて、いくら殴っても放してくれないんだよねー」


確かに、白銀のおにーさんは、顔に青あざが出来ていた。


「で? JKはなんでソファーの陰にいる訳?」


「だって、危な……ぎゃーっ!!」


覆いかぶさる黒い影に気づいた時には、オニーさんに縦抱っこされていた。

じたばた暴れても全く手が離れない。


「バンビ、今はこのまま我慢してくれ」


オニーさんの左腕にお尻を乗せる格好で、右腕でぎゅっと抱きしめられてるから動きが封じられたよ。

という所でさすがに気づいたわ。今までずっとわたしの意思を尊重されていたって事に。

いざとなれば、こんなに簡単に拘束されちゃうんだもん。

わたしが怖がらない適度な距離感を守ってくれていたんだなー。

この数日、オニーさんとはソファの背もたれ越しに話をしていたのよね。


「なんだ、ライル、ツガイに拒否られてんのか」


「貴様こそ、ずいぶん殴られたようだな」


「マイハニー♡のパンチはいくらでも受けて立つ!」


この発言にお姉さんが、「【マゾ】かっ!」とツッコミ入れたけど、意味が通じなくて空振りしてた。

ムッと口を尖らせるお姉さんを、白銀のおにーさんがあやすように頭をよしよしと撫でたら、すかさずお姉さんが顎にグーパンチを見舞ったよ。


「ぐふっ」


「いい気味ですねぇ、我が愚兄。

さて、約束通り、この首輪を外してもらいましょうか」


ケモ耳メイドのオカリナさんが彼らの背後から現れて、白銀のおにーさんを睨みつけてる。

ん?


「グケイ?」


「そうですツガイ様。この男こそ愚かなる我が兄。『愚兄』。

ご主人様に挑んだ戦いに負け、その賭けの代償を可愛い妹に支払わせる為、魔力制御と変装の魔法付与された首輪を無理やり着けてくれやがりました『ろくでなし』です」


確かにメイドさんは黒いチョーカーを着けていたけど、それが魔法の首輪なのかぁ。


「うわぁ、【鬼畜】ぅ」


「『きちく』? なんだか分からんが、そこの『ろくでなし』のとばっちりを受けたのがオカリナだ。

体面を気遣い、変装魔法で銀狼族と分からないようにメイドに仕立てた。

こちらはそれで少し助かったのも事実だが」


オニーさんが冷ややかな目を向けた白銀のおにーさんは、首をゴキンと鳴らして頭を振っている。結構ダメージを受けてたみたいね。


「らってしょーな゛ないらろ」


あー、呂律が回ってないよ。

お姉さんてば、やり過ぎたかと心配そうに顔を覗き込んでる。

それに気づいたおにーさんは、にぱっと笑った。

にやりでも、にこりでもない、子供のような無邪気な笑顔に、お姉さんも毒気を抜かれたみたい。


「確かに貴様には『従僕』の真似事など出来ないだろう。だが、オカリナに押し付けて終わりというのも忍びない。

という事で、北のドルモワ魔国への遠征に行ってもらった訳だが……ずいぶん早い帰還だな? 一月も経っていないぞ」


オニーさんが不審な目で、白銀のおにーさんをじろりと睨む。


「あー、あー、ごほん。それはだな、マイハニー♡=運命の番を見つけたからだ!!」


「まぁ、ツガイが見つかったなら仕方がない」


えっ、納得なんだ!?


「第一で最大の理由はそれだが、例の国との小競り合い自体がすぐに終わったんだよ」


お姉さんを抱えながら肩をすくめて見せたおにーさん。

何やら呆れているっぽい。


「今回はわざわざ異界から召喚した『勇者』もいたのだろう?

……ん? 『勇者』といえば、バンビを襲ってきた奴か……」


「ああ、それですよ! あなたに“ワンパン”でやられていた【強盗犯】です」


オニーさんの疑問にお姉さんが答えたんだけど、どうやら【強盗犯】という単語が通じてないみたい。

仕方がないなぁ。


「【強盗犯】というのは『盗賊』と同じ意味です」


「ああ、そうなのか。教えてくれてありがとう、バンビ」


至近距離にある顔が更に近づいて、ほっぺにチュッと!?

うお~キスされたっ!!

こういうの免疫ないからアワアワしてしまう。


「はぁ? 『勇者』が『盗賊』なのか? ははっ、なんだそれ。

しかもライルに一撃でヤられてるって、そりゃー弱いはずだわ」


おにーさんに“ワンパン”がどうやら通じていたようで、呆れかえった苦笑を浮かべている。


「ねぇ聞いてよJK。あの【強盗】ってば、せっかく魔法で治療してもらったのに、『誰でもいいから人を殺してみたい』とか危ないこと言い出してさぁ。

さすがにドン引きしたあの国の人達が、早々に戦場に送り出した訳。

アタシたちも道連れにされたのはかなりムカついてんだけど!」


「うわぁ」


「それでさ、アタシの職業、どういう訳だか『戦士』なのよ!

これまで格闘技とか武道とか一度も習った事ない、花の女子大生のアタシがよ!?

もう一人いたリーマンは『賢者』だって。まだそっちの方がいいわー」


「あ、それで女戦士みたいな恰好してるんですね」


「そう、恰好だけはね。剣を持って戦えるはずもないのに、『魔王を討伐して来てください』って言われてもさぁ。

自分と全く関係ない人や国の為に、なんで誘拐された被害者が力を貸すと思ってるのかしらね!」


「同意~」


わたしが意見を同じくしている事に安心したのか、お姉さんが喋る喋る!


「ヒーラー役の『聖女』がいないのに、『勇者(強盗)』『賢者』『戦士』のほぼ攻撃組ってパーティ、はなっから危ないってもんでしょ!?

しかも実戦経験もない素人を最前線に送ってくれたのよ!?

信じられる!?

魔国とやらの国境に移動している三日の間に、同行していた騎士たちが剣の持ち方とか教えてくれたけど、どうしろっていうのよね!

リーマンなんて魔法の使い方も知らないのに、やたら長い杖とか渡されちゃってさ。

付け焼刃の魔法講座を受けたって、魔法の『ま』の字もない世界から来たのよ!

すぐに出来る訳ないじゃない! 【マンガ】じゃあるまいし!!」


口挟む隙もないよ。

ただ、うんうんと頷くだけ。


「【強盗(勇者)】なんて剣を渡されたとたんに振り回して、周りに怪我をさせていたから檻に入れられて運ばれて(笑)!

到着して解放されたら『ヒャッハー!!』て突撃して、魔王に瞬殺されたのよ!

『勇者』って何だったのって位の瞬殺よ!

残されたわたし等どうすりゃいいのって感じで、付け焼刃のリーマンが張ってくれた結界に籠って小さく震えてたわよ!」


「大変でしたね」


「そうよ! 大変だったのよ!!

こんな異世界で死んじゃうのかと思ったわよ!!

そしたらいきなりこの狼が降って湧いて出て、ノーテンキな事言い出したから思わず殴ったわ」


「お、おう」


「にやけたイケメンが、『見ィ~つけたぁ♡ 俺の運命! 俺のツガイ! こんな所に隠れていたのかぁ♡』なーんて甘ったるい声出してさぁ。

なのにいきなり豹変して、隣にいたリーマンを殴り飛ばしてくれちゃって、ちょっとイケメンだからって許されると思う!?」


「だってー、やぁっと見つけたマイハニー♡の側に男がいたんだぞ!?

俺の唯一に別の男がいるのを許せる訳ないだろう?」


お姉さんが怒っているからか、白銀のおにーさんの耳がへにょりと下を向いている。


「ただの顔見知りの関係なのに、なけなしの【漢気(おとこぎ)】を見せてアタシを守ってくれてたのに、問答無用で殴り飛ばすとかサイテ―!」


「だ、だからな、その『リーマン』も回収して治療しただろう。

機嫌を直しておくれよマイハニー♡」


眉毛を八の字に下げた困り顔をお姉さんに向けているけど、お姉さんはプイっとそっぽを向いてる。


うーん、攫われてきたわたしだけど、安全な場所に囲われていたこの一週間。

危険な目に遭っていたお姉さんに掛ける言葉がないなぁ。ううーん。


「えーと、そのサラリーマンのお兄さんは今どこにいるんでしょう?」


「この邸の応接室におります。

ですが、現在気を失っておりますのでお話は出来ません」


お姉さんに尋ねたつもりだったけど、答えたのはオカリナさん。

だけど、気を失ってるってどうゆう事!?


「あー、リーマンたらさぁ、オカリナさんに会った瞬間、【ケモ耳メイドさん!!】って飛びついたのよ。ないわー。

まぁ、ワンパンでのされたけど」


「なるほど?」


「同じ日本人同士、話したい気持ちもあるかもだけど、別に会わなくていいと思う。

JKの他にアタシにもツガイがいるって分かってから、【おっぱいの大きいケモ耳美少女が迎えに来ないかなぁ】なんて妄想するような奴で、オカリナさんに無遠慮に抱き着こうとしたんだし」


「なるほど」


お姉さんの説明に、ちょっと会いたかった気持ちが瞬く間に消えたよ。


NO.変態!


でもなんとか、お姉さんの気が紛れたかな。

白銀のおにーさんもホッとしたみたいだし。


オニーさんは元々わたしと会わせる気がなかったようで、執事さんに王宮に送り届けて世話人を付けろと指示していた。


バイバイ、名も知らないサラリーマンのお兄さん。


……と思ってたら、翌週、その王宮に関係者一同召喚されてしまいました。




***




「異世界からの客人たちよ、この度は災難だったな」


オニーさんの叔父さんだという王様は、かなり見た目が若かった。

三十代前半って感じ。

それにやっぱり少しオニーさんと似てる。


「ライル、それにオルガノ、ついにツガイを得られたそうだな。うらやま……げふん、めでたい事だ。

それがどちらも異世界からの客人とは妙な縁だがな」


そーですよねー。

わたしたちが召喚されなければ、永遠に会えなかったんだから。


「誠に。ヘレネ王国には、()()()は感謝しております」


オニーさんが優雅にお辞儀をした。

優雅に……出来るんだ。

今まで唐突な行動しか見てないから、ちょこっと感心してしまった。


ヘレネ王国っていうのは、わたし達を召喚した危ない国です。


「その縁を持って、異世界の客人たちを我が国で保護すると決まった。

ツガイを外に出すことに不満はあろうが、一度は皆に披露目をしておくべきだろうと今日来てもらったのだ」


ここは謁見の間。

国のお偉いさんたちがたくさんいるんだよ。

さすがにこういう場なので、今日は縦抱っこされてません。

ただ、がっちり肩に腕を回されてる。


「お心遣い、感謝申し上げます」


オニーさんの一礼に倣って、わたしもお辞儀をした。

大体四十五℃傾斜。

ラノベの異世界物ってよく西洋風だったりするから、女性はカーテシーするみたいな事よく書かれてたけど、特に教わってないし、日本人組はふつーにお辞儀してますよ。



今日のオニーさんの衣装は、やっぱり黒尽くし。

でも、上着やマントにびっしりと金糸の刺繍が施されてて豪華。

ついでにわたしのワンピースドレスも、黒地に金糸の刺繍が華やかです。

相変わらずフリルにレースがいっぱいだけどねー。


コンビニのお姉さんは、オカリナさんに借りたドレス着用。

淡い水色で体にフィットするマーメイドライン。

出るとこ出てると似合うよねー。


そしてそのオカリナさんは、魔法の首輪を外してもらって本来の姿に戻ってるの。

白銀の髪と耳。アイスブルーの瞳。

青から白へのグラデーションのマーメイドラインドレスが超似合うクールビューティー!!

色味が変わるだけで印象ががらりと違うね。


サラリーマンのお兄さん? いるよ。

チャコールグレーの上下一式借りた模様。

こちらの上着はお尻が隠れるくらい長い。


私たち日本人組は、この謁見前に自己紹介をしあってる。

何時までも「JK」とか「コンビニのお姉さん」とか言ってられないしね。


コンビニのお姉さん改め、加藤真理子さん十九歳。通称マリー。

サラリーマンのお兄さん改め、田中健司さん二十四歳。通称ケン。


わたしは日本人組に『かのこ』と呼んで欲しいとお願いしたけど、他の人達が混乱して面倒になったので、結局通称は『バンビ』となった。

なんでだよ。


因みに、竜人族や銀狼族は長命種で、成人は五十歳位で、寿命は二百歳オーバーが普通らしい。

つまり、十代は()()認定。

白銀のおにーさんが、マリーさんの年齢を知って「えっ!?」ってきょどってたのが可笑しかった。

程よくボンキュッボンだもんね、マリーさん。



「しかし、ヘレネ王国にも困ったものだが、ドルモワの魔王がついにかの国の王族を皆殺しにしたようだ。

これを機に、魔族と人族の全面戦争に発展しなければ良いのだがな」


うわー、なんか物騒な話になって来たぞ。


「勇者召喚などしたから、我慢の限界に達したのでしょう。

ヘレネ王国は自業自得としか言えないかと」


王様の隣、厳めしい顔のおじさんが呆れた感を出して言う。

え? 宰相なの?

へぇと感心してたら、謁見の間の外から、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきたよ。


バターンと乱暴に開かれる扉。


「聖女はいねがぁ!」


頭の左右にねじれた大きな角が生えている、怖い顔した人が乱入して来た!

そしてオニーさんがわたしをサッと抱え上げたのが同時。


「何事だ!? ドルモワの魔王」


すかさず問い質したのは王様。

魔王なのか。【なま〇げ】かと思ったよ。


魔族(わんど)の天敵、勇者は倒したばって、まんだ聖女がいるんだべ!?

こっちさ連れで来だって言うはんで、さっさと出してけろじゃ!」


……魔王、訛ってるね。

てゆーか、オニーさんが「は?」と地の底から響くような低音で一言発したんだけど、冷気が~!


「オカリナ、バンビを頼む」


「お任せください」


という会話の元、オニーさんの腕からオカリナさんの腕に渡されるわたし。

どういう事かな?


「あー、皆の者、避難するように」


宰相さんが、謁見室にいた人たちを避難誘導するのに対し、オニーさんが一人で魔王に近づいていく。


「ライル、ここでは止めてくれ。王宮が壊れ……あー、聞いちゃいねーか」


王様の言葉の途中で、オニーさんが魔王に先制攻撃。

オニーさんの腕の一振りで、魔王がドカンと壁にめり込んだんだけど!

魔王もワンパンなの!?


「聖女バンビは竜人族である俺のツガイだ!

ツガイを害しようとするならば報復するまでだ!」


ガラガラと壁の残骸と共に床にべちゃっと落ちた魔王だけど、まだ意識があるみたいで、頭を左右に振ってゆっくりと起き上がったよ。

わぁ、頑丈だなー。


「……あ? えーっと……ヅガイ?

ぢょっと待で! 聞いでねーけど!? だはんでぢょっど待でぇぇぇぇぇ」


オニーさんに引きずられて魔王の声が遠ざかって行く。

しばらくみんな無言で固まってた。


「……ええと、どういう事でしょうか?」


現在、何故かオカリナさんにお姫様抱っこされてるわたしが、恐る恐る質問した事で固まっていた皆さんが我に返ったように動き出した。


「――そうですね、竜人族と銀狼族は唯一のツガイを、それはそれは大事にします。

自分の命と同様なのです。

だから、ツガイを攻撃するという事は、己自身を攻撃されたと同一とみなし、反撃・報復します。

これは国の法律ではなく、種族的な権利です」


わたし、まだ指一本触れられていませんけど!?


「先ほどドルモア魔国の王は、『天敵の勇者は倒したが聖女がまだいる、差し出せ』と言っていました。

つまりバンビ様を殺すと言っているのと同義です。

だからライル様は攻撃に打って出たのです」


「あ、そういう……あの魔王さん、訛ってて言ってることがちょっとよく分からなくて」


クスリとオカリナさんが笑って頷いた。


「北方の国の人々は訛りが強いですからね」


うん。

でもさ、魔王だよ? 強いんだよね?


「大丈夫なんでしょうか。その、色々と」


一国の王様をぶちのめしてただで済むんだろうか。


「まぁ大丈夫だろう。ライルと魔王が互角だとして、あっちがよっぽど馬鹿じゃない限り、二度と聖女に危害を加えないと誓約して手打にするだろうさ」


びっくりしたぁ!

王様が答えてくれたのはいいんだけど、すぐ近くに居るんだもん。


「互角、なんですか?」


オニーさんが強いって事だよね?

まぁ確かに、不意を突いたにしろワンパンでぶっ飛ばしてたしなぁ。


「竜人族の“ツガイ第一主義”は有名で周知の事実だし、ライルは本当は序列一位の強者だからな。

あいつ、序列決めの武術大会で『叔父上の方が人望があるので問題ないでしょう』としれっと手を抜きやがったんだ。


あーあ、四年後政権交代したら、今度は俺がツガイ探しの旅に出てやる」


最後の方は小声でぶつぶつ言ってるからよく分からなかったけど、つまり心配いらないって事でOK、なんだろうな。




この日、午前中に王宮で謁見してた訳だけど、夕方になってオニーさんが帰ってきた。

王宮の客室に待機させられて、オカリナさんにおにーさんのオルガノさん、マリーさんと一緒にお茶してた所に。

ケンさんは……誰かとどっかに行っちゃっていない。


「バンビ! さぁ、家に帰ろう」


「いやいや、ちょっと待て。

一応、皆心配してたんだぜ? どんな顛末になったか教えてくれよ」


今にもわたしを抱っこして連れて行きそうなオニーさんを止めたのはオルガノさん。

ちょっと面倒くさそうに顔を顰めたオニーさんは、わたしが頷いたからか話してくれるようだ。


「叔父上には報告して来たぞ。

ドルモアの魔王には、二度とバンビに手を出さないと誓約させたし、ヘレネ王国にも誓約させた。

あの国は傍系王族の公爵家が玉座を継いだそうだが、しばらくの間はドルモワ魔国が監視する事になった。

自分たちが召喚した異界人に未練がありそうな神官たちもいたが、今度干渉してきたら国ごと潰すと脅しておいたし、今は体制を整えるのにそれどころじゃないだろう」


あー、魔王が王族を皆殺しにしたとか言ってたっけ。

思い出したらぶるっと寒気が。


「すまないバンビ。怖い思いをさせたな」


オニーさんは片膝を着いて、わたしと視線を合わせてくる。

ん? よく見たらオニーさんは無傷じゃなかった。

顔とか手に傷があるし、服も所々焦げてたり破けていたり。


「……あの、怪我をしているみたいですが?」


「ああ、大したことはない。かすり傷だ」


ううん、でもなぁと、思わず、本当に咄嗟にソファから立ち上がり、オニーさんに自ら近づいて傷のある頬に手を当てる。


そういえば、初めて自分からオニーさんに近寄ったなー。


いや、まあ、とにかく。

聖女と言えば治癒とか回復魔法でしょ。

まだ魔法は習ってないけど――


「痛いの痛いの飛んでいけー」


と、頬に当てた手をぱっと上へ放る振りをしてみた。

さすがにそう上手くはいかないかなー。

あはは、こんな子供だましとか、何やってんだろ。


――てぇ、何かふわっと光ってるし、傷が治ってるし!?


「……バンビ」


オニーさんも驚いている。


「おまじない、効いてるし」


マリーさんの呟きに、えへっと半笑いになった。

ちょっと恥ずかしかったから。


ああ、なんやかんやと絆されてきているなぁ。

オニーさんが縦抱っこしてくるのに抵抗しないとか。

だってさ、すっごく嬉しそうに蕩けるような甘ーい笑顔を浮かべるんだもん。


「ありがとうバンビ」


顔が近いと思った時には手遅れで。


「み゛ゃっ!?」


変な声が出た。

お口にチューされてびっくりしてアワアワするわたしに、更に頬とか鼻先とかにキス攻撃を仕掛けてくるオニーさん。

頭に血が上ってクラクラして来たので、これ以上は駄目ってオニーさんの口を両手で塞いでみた。

それさえも楽しそうに見つめ返されて、もうどうしていいのやら進退窮まった感じ。


これはいかん。

なし崩しに貞操の危機が訪れそうなので、もうすぐ十八歳の誕生日が来る事や、わたしの生まれた国ではそれが成人だとか、絶対秘密にしようと心に決めた。




***




しばらくして。

やっとわたしはオニーさんに慣れて名前で呼ぶようになった。

聞いてた通り、本当に大事にされて、移動する時は基本抱っことか、椅子に座れば膝の上、食事も手ずから食べさせられるし、もう! 暑苦しいくらい構い倒されている。


しかし、仕事もそこそこ(ライルさんの仕事は王様の補佐官)、家にいる時間が多いけれど、ツガイがいる獣人はそれが普通なんだとか。

特に竜人は極端らしい。

誰に聞いても、「フツーですよフツー」と目を逸らされて言われる。

おい?


時々、日本の家族や友達を思い出してじめっとするけれど、そんな時は更に構い倒して来て、プレゼント攻撃が激化する。

浸る事も出来ないんだよ。


魔法の勉強は徐々に進めている。

基本を教わった後、イメージ力でそれっぽく使えている感じ。

だからなのか、聖女としてのお仕事は特にない。

まぁ、ライルさんが外に出してくれないっていうのもあるんだろうな。


つい先日、マリーさん経由で既に成人しているのがバレたけど、特に迫られなくいつも通り。

恐らく、彼ら基準でまだ子供の年齢だとか、わたしの見た目が子供っぽいからとか、理由はいくつかある。

ただ、たまーに色気駄々洩れの眼差しを向けられるのには、全力で気づかないフリをしている。


まだ大丈夫。たぶん。


本当に番う覚悟が出来るのはいつになるのやら。

ライルさんには気長に待っていて欲しいな。




拝啓、お父さん、お母さん。

あなた方の知らない世界で、わたしは幸せに暮らしているよ。






-----おわり-----



<蛇足>


◆その後のマリーさん

 番のオルガノにうざ絡みされ、つい手が出るけれど逆に喜ばれるので、怒った時は無視するようにした。

 かなり効果があり、そうやって躾……調き……教育的指導を施して仲は良好に。

 召喚された三年後には一児の母になった。

 時々テレビ電話的な魔導具でバンビと連絡を取り合っている。


◆その後のケンさん

 魔法を極めたいと魔法師に弟子入りし、「俺TUEEEEE!」を目指している。

 未だにカワイイケモ耳美少女は迎えに来ていない。



<補足>


作中、「北方の人々は訛りが強い」と書いていますが他意はありません。

むしろ作者が北国出身です。

魔王の台詞の訛りは、わたしの地元の方言を参考にしています。


「魔族」のルビが『わんど』とありますが、『自分たち』という意味で使用しました。

方言で「わ」→『自分』という意味で、複数形で「わんど」→『自分たち』という意味になります。



***



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