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【The Clown Assassin】〜道化の暗殺者物語〜  作者: 空の上の猫
〜道化の章〜〔亜人村編〕
38/41

【絶望への旅立ち】

━━━━━━━パルテステラ・リオル王国……地下牢獄。


地下には(うめ)き声が響き、冷たく頑丈なレンガの壁に鎖に繋がれ、数多の拷問を受けたであろう傷だらけのロキシルが幽閉(ゆうへい)されていた。


コツ……コツ……コツ……

鉄格子の前に手を腰で組んで現れるリオル。

その表情はどこか勝ち誇った様子で、ニヤリとロキシルに視線を送っていた。


リオル王:「うぅ……なんと実に美しい光景だ……ロキシル、貴方の希望は(つい)え、貴方が"支配"する時代は終わりました。

もう誰も貴方を恐れない……これからは私が神に代わりこの世界をもう一度作り直すのです。

そしてあの恐ろしき皇帝……デイモアも私に付くことでしょう……ンクク、クハハハハハ!!」


ロキシル:「……ふっ……くだらないな、皇帝がお前に?笑わせんじゃねぇ……お前、次俺の顔を見る時は命が無いと思え……"エルガド"」


リオル王:「次ですか……んハハハ!あるといいですねぇ……二日後貴方は私の息子と共に民達の面前で斬首され処刑されるのです。せいぜい抗ってみなさい」


ロキシル:「お前を王にしたのが間違いだった……絶対に許さねぇ……あの世から這いずってでもお前を殺してやる……!!」


リオル王:「ほぅ?それはそれは、楽しみです……では……」


ロキシル:ーシエル……助けようなんて馬鹿な真似すんじゃねぇぞ……たまには言う事聞きやがれー


━━━━━━━━━━・・・・・


城を後にし、正面ではなく反対の門から逃げるようにロンブルクを出たシエル達……。


数時間の逃亡の末、王国から遠く離れた無人の商人宿舎へと辿り着いていた。


シエル:・・・・・


レイン:「……これから、どうすんだよ……シエルは手配書に載ってるしよ、王会で一体なにがあったんだ」


デイン:「……父様、恐らく皇帝が何か起こそうとしているのは確かだ……」


シエル:「……リオル王だ……ベリアルトは奴を教皇って呼んでた……」


アルフォス:「教皇だと……!?」


マキシス:「エルガド教会か……昔からいい噂を聞かなかった、訳の分からん神を崇拝しているらしいからな、リオルが教皇……意味がわからねぇ」


デイン:「教祖であるエルガドは大昔に死んでいる……その後を継いだのがリオル王ということなのか……?」


レイン:「どっちにしてもよ……相手が悪すぎるだろ、アイツらは訳の分からない魔法や術を使う、俺も一度相手したことがあるが……そんな奴らの(おさ)があのリオル王だなんて……しかも一つの国が作れる程の数がいるって話だろ、そんな奴ら俺たちだけで勝てるとは思えねぇ」


シエル:「戻らないと……」


レイン:ー!?


デイン:「正気かシエル……!?……王都も今どうなってるかわからないんだぞ!!」


シエル:「仲間たちが……ロキシルが、酒場のマスターやイナンちゃんもいる……まだ生きてるはずなんだ……きっとロキシルがなんとかしてくれてる……」


皆:・・・・・


シエル:「皆はここに隠れててもいい、逃げてもいい、俺は一人でも行く」


シエルの言葉に苛立ったレインが強く胸ぐらを掴み、シエルを強く睨んだ。


レイン:「んクッ……お前、言っていいことと悪いことがあんだろ……!!逃げてもいいだ?ふざけんな!!俺達はお前の仲間だ!見捨てねぇしお前が行くって決めたなら着いてってやる!!でもな……でもな……!俺達を見捨てるのだけは許さねぇぞ!!」


シエル:「……ごめん。……でも、……」


デイン:「でも、なんだシエル……俺達が殺られたら、そう言いたいのか?……そんな事は絶対にない、俺達はもう誰も死なない。信じてくれ、お前を一人にはしないと誓おう」


マキシス:「なめんじゃねぇぞシエル……もうちっと仲間を信じろよ……なに一人で背負(しょ)い込んでやがる、ぶん殴るぞ馬鹿野郎!皆辛ぇんだ!!辛くて……苦しくて……どうしていいかわかんねぇんだ、お前は俺たちのリーダーだ…。お前に着いていく、文句は言わせねぇ」


ミリス:「そうよ、シエル……私達を見放さないで」


アルフォス:・・・・


シエル:「……」


重い空気と無言の静けさが(しばら)く続く。


シオン:「シエル、とりあえず今はここで少し休まないと、皆倒れちゃうよ……」


シエル:「うん……そうだね、とりあえず……ここを借りよう」


ノルン:「うん……」


幸い商人が多数利用する為寝泊まりできる部屋が数部屋あり、それぞれが個々に部屋へと入った。


シエルの希望で、一人にしてもらい部屋のベッドに座り込むシエル……。


シエル:「……皆……ごめん……っ……」


拳を握りしめ、ベッドに倒れ込み目の上で手を震わせるシエル。

失うことの恐怖が襲い、今にも気を失いそうになっていた。


コンコン……


シエル:「……?」


シオン:「入ってもいい……?」


少し冷静になりたいとも思ったシエルだったが、仲間と話すことが今は一番必要だとシオンを中へ入れる。


シエル:「大丈夫だよ、入っておいでよ」


ゆっくり扉を開け、入ってくるシオン。


シエル:「びしょびしょだね……」


シオン:「シエルもだよ……」


壁にかかっていた布で互いに頭を拭く。


シエル:「寒くないかいシオン、風邪ひいちゃうかも」


シオン:「優しいねシエル、大丈夫……」


シオン:ーぅぅ……ー


そう言うと、横に座り頭をシエルの肩へのせるシオン。

その瞬間、お互いに不思議と体が少し軽くなった気がした。

暫くお互いに顔を赤らめ無言の時を過ごす。


シエル:「……シ、シオン……ちょっと恥ずかしい……かな」


シオン:「えへへ……やっといつものシエルに少し戻ってくれた。

……ねぇ、シエル……どうしてこんな事になっちゃったんだろう」


シエル:「……わからない。でもその教団が動いてるのはなにか意味があるんだ、それにロンロンや皆が巻き込まれた。……そして俺達も」


シオン:「……なんで……争いを避けられないんだろう、……どうして……」


涙を零し、肩を震わせるシオン。

そんなシオンにシエルは静かに手を握る。


シオン:「あぁぁぁ……ぐす……ぅぅ……ごめん、泣いてばっかりじゃだめだね、泣かないって決めたのに」


シエル:「泣いたっていいよ、優しい心が……思いやる心があるから涙を流せるんだ。泣くことは悪いことじゃないよシオン」


シオン:「神様は意地悪だね」


シエル:?


シオン:「だって、なにか辛いことがあるようにしたから心のある生命(いのち)が泣けるようにされたんでしょ?違うって言うなら神様に怒ってやる!」


シエル:「アハハ…、シオンの言う通りだね……神様は意地悪だ、この世界に生命を創る時にそういう事が起きるようにしちゃったんだから、酷い話だよ」


シオン:「神様の馬鹿……本当……酷いよ」


シエル:「神様が本当にいるんだとしたら……どんな気持ちなんだろうね、自らが創った生命がこうして争い、悲しんでいる……あまりにも残酷だ」


シオン:「……よし!」


突然姿勢をただし深呼吸をするシオン。

何をするのかと困惑するシエルに、シオンはふとももをパンパンと優しく叩く。


シオン:「はい!シエル……は……はやく……」


シエル:「……!?……い、いや、恥ずかしいよ!そんないきなり」


シオン:「ぅ……いいから、頭……のせて」


口をもごもごさせながら仕方なく頭をのせるシエル。


シオン:「えへへ……ちょっと冷たい」


シエル:「髪……濡れてるからね、痛くないかい?シオン」


シオン:「うん……大丈夫……」


再びお互い無言の時間が続く。


シエル:「……シオン、その……暖かいね……」


シオン:ー!!……ー


シオン:ーうぅ……してみたはいいものの……恥ずかしさでシエルを見れないよぉ……ー


シエル:「……え、えっと……」


シオン:「ぉぉぉ……落ち着いた?シエル……」


シエル:「う、うん……凄く落ち着いた。大胆だねシオン……」


シオン:「えへへ……みんなには内緒ね……」


シエル:「言えないよ……」


シオンの膝枕の暖かさに次第に眠くなってしまうシエル、目がうとうとし気づくとそのまま眠りについてしまった。


シオン:「寝ちゃった……」


眠ったシエルの髪を優しく撫でるシオン。

近くで見るシエルの寝顔に心癒されていた。


シオン:「無理やりだったよね、ごめんねシエル」


━━━━━━━━━━━━━━━・・・・・


ー暖かい……とってもいい匂いがする……


ーこの香り……知ってる気がする……少し心が軽い……


ー花……?花の香りだ……


ゆっくり目を覚ますシエル。

シエルの瞳に、見たかった景色が広がる。

白い花に青い空……


ーシスナ……ー


シエル:「シスナ……、シスナ!?」


「ぅ……」


声がし、振り返ると顔を赤くしぷるぷると震えるシスナが恥ずかしそうに座っていた。


シスナ:「ばか……」


シエル:「久しぶりに会えたのに……いきなりばかは酷いよ……アハハ」


シスナ:「そんな必死に何度も呼ばれると……恥ずかしんですけど……」


我に返り自分も恥ずかしくなってしまう。


互いに無言になる……。


シエル:「会いたかった……」


シスナ:「嘘つき……」


シエル:「え……」


ゆっくり近づいてくるシスナ、じっと見つめていると

急に頬を強く引っ張ってきた。


シエル:「いぃだだだ!!いたいよ…シふナぁ!!」


シスナ:ーむぅぅ〜!!ー


頬が物凄くヒリヒリする……。


シスナ:「……ばか、どうして心を閉ざしたの?」


シエル:「……これ以上誰かを失うのが、傷つくのが怖いから……かな」


シスナ:「だからって閉ざしちゃだめ!」

シスナは真っ直ぐな目でシエルに訴えかける。


シエル:「はい……ごめんなさい」


シスナ:「わかればよろしい……えへへ」


謝るシエルに優しく抱きつくシスナ。

小さな胸元に顔が当たり心臓の鼓動が早くなる。


シスナ:「……」


シエル:「音が……聞こえない……」


シスナ:「実体じゃないから……聞こえないよ?」


シエル:「でも胸の感触はあるんだね……」


シエルは小声でー小さいけど……ーと呟く。

抱きつく力を強め、シエルの首を絞める。


シエル:「いでで!アハハ!ごめんごめん!いだぁー!」


シスナ:「変態……」


シエル:「アハハ……ごめんってば……」


首元を優しくさする……。


シスナ:「私も……会いたかったんだよ?」


シエル:「そう言って貰えて良かった」


シスナ:「誰かさんが心を閉ざしたりしなければもっと早く会えたのにな〜??」


シエル:「俺だって"人間"だからね、そりゃ、落ち込むし、悲しんだりするよ……」


シスナ:「でも、一人になろうとしないで、シエル……」


シエル:「……うん」


シスナ:「それだけは駄目……、心を閉ざす事は自分の為にも、誰の為にもならないよ……一人になる事を望んでは駄目……約束してくれる?もうそんな事しないって」


シエル:「うん……約束する」


シスナ:「破ったら絶対許さないから!」


シエル:「はい……」


シスナ:「お説教おしまい!」


シエル:「ごめんね、シスナ……嫌な思いをさせて」


シスナ:「ううん、大丈夫。いつもシエルを心配してるの、嫌な思いなんかしてないよ、ここは貴方の夢の中なんだから!もっと頼って!言いたい事なんでも言っていいんだから!わかった?」


シエル:「アハハ……!わかったよ」


シスナ:「えへへ〜」


機嫌が治ったのか、背中をくっつけてくるシスナ。

頭の後ろをコツンと当ててくる。


シエル:「ここはいつでも綺麗なんだね……空も……花も……」


シスナ:「うん……ずっと晴れてるよ」


シエル:「……!、そういえば前から気になってたんだけど、この白や青い花はなんて花なんだい?」


シスナ:「気になる?」


シエル:「気になりますな〜?」


シスナ:「教えなーい!えへへ」


シエル:「え〜……」


シスナ:「冗談ですぅ、この花はね"ワスレナグサ"って言うの」


シエル:「ワスレナグサ……か、初めて聞いたや」


シスナ:「バルバザスにはたっくさん咲いてるの……、いつか行ってみてね!」


シエル:「うん!行った時は探してみるよ!」


シスナ:「うん!」


シエル:「ありがとうシスナ」


シスナ:「ん?別になにもしてませんぞ?」


シエル:「そんなことありません」


ーアハハ……えへへ……ー


シスナ:「どういたしまして、もう大丈夫?」


シエル:「うん……!大丈夫」


シスナ:「良かった……」


シエル:「また会いに来るから」


シスナ:「閉ざさないでいてくれたらちゃんと会えますよ?」


シエル:「アハハ……わかったよ、約束したからね」


シスナ:「うん!……ずっと待ってるから」


シエル:「ありがとう……シスナ」


シスナ:「どういたしまして」


しばらく互いに背中を合わせたまま一緒に空を見上げる。

この景色を忘れないように……この時間を忘れないように……。

そしてシエルは座ったまま目を閉じ、眠りについていた。


シスナ:「おやすみ……シエル」


━━━━━━━━━━━━━━━・・・・・


いつの間にか目を閉じていたシオン。

ふと目を覚まし、寝ているシエルを見て状況を思い出す。


シオン:「子供みたい……」


優しく髪を撫でているとシエルが寝言を呟く。


シエル:「……シスナ……スゥ……スゥ……」


突然聞こえた名前に撫でていた手が止まり、指でシエルの口をそっと抑える。


シオン:「ばーか……いつまで夢見てるの……"可笑しな道化さん"……」


・・・・・・


部屋で一人残されたノルンは三角座りで拗ねていた……。


ノルン:「うぅ……シオン戻ってこないし……これからどうなっちゃうんだろ……、どうしていいかわかんないよ……お父さん……お母さん……」


首につけた青い宝石の着いたペンダントを手に取り見つめるノルン……。

忘れていた記憶が徐々に蘇ってくる。


ノルン:「……どうしても"奴の姿"が思い出せない……それさえ思い出せれば……」


━━━━━━ノルン……!!!……私を探しなさい!必ず私を見つけて……!そして"シエルを私の元へ連れてきて"……━━━━━


ノルン:「"マーリーンさん"……この世界のどこに居るの……?わからないよ…」


沈んだ空気の中、皆が静かに眠りにつく……。


・・・・・・そして朝を迎える。


雨は上がり、オリタルの青い空が広がっていた。


シエル:「皆、おはよう」


デイン:「あぁ、おはようシエル…皆」


マキシス:「?ミリスが部屋に居なかったんだが…誰か知らないか?」


シオン:「レインもまだ起きてきてないね」


皆がレインの部屋に視線を向けると丁度レインが部屋から服を乱れさせ出てきた。


シエル達:・・・・・


レイン:「あぁ…皆起きてたのか」


するとレインの背後からミリスが現れ、デインとマキシスが視線を逸らした。


レイン:「え…えっと……」


ミリス:「あら、みんなおはよう…」


アルフォス:「はぁ……ったく……」


無言の時間が過ぎる。


ミリス:「……兄様達、少し様子が変だわ?」


シオン:「昨日の今日だからね…まだ気持ちの整理がついてないんだよ、私達の依頼は失敗…皆守れなかった、そんなすぐには立ち直れないよ」


ミリス:「えぇ、それもそうね……でもいつまでも(くじ)けていられないわ、その噂の教団を全員殺して仇をとらなきゃ」


シオン:「うん、そうだね……」


身支度をし宿舎を出た。

シエルは顔が見えないよう、顔が隠れるようフードを被り髪を首から後ろへ回す。


シエル:「ロンブルクへ来る途中村があったはずだ、そこへ向かおう」


レイン:「おう」


デイン:「わかった」


暫く道を走り、何事もなく近くの村にたどり着いた。そして村で馬車に乗ることが出来たシエル達……、村には手配書が貼られておらず怪しまれることなくリオルへと向かうことへ……。


そして二日後……

リオル王国近くまで無事辿り着き急ぎ王国へと向かう。


デイン:「やっとここまで来れたか……」


レイン:「あと少しだな」


シエル:「行こう……!」


歩き始めたシエルにマキシスが声をかける。


マキシス:「シエル……」


シエル:「ん?……なんだい、マキシス」


マキシス:「その、遅くなってすまないんだが…あの時怒鳴ったりして悪かったな」


シエル:「ううん、俺が悪かったんだ……俺も反省してる。

皆を信用してないような事を言ってごめん。

もう、あんな事言わないって約束するよ」


マキシス:「掴んだ時、痛かったろ?服……大丈夫だったか?」


シエル:「アハハ…痛かったし、破れるかと思ったよ。

この服気に入ってるから大事にしないと、マキシスの力は凄いからね」


マキシス:「お、おぉ…すまねぇ」


レイン:「ほら、急ぐぞ?」


シエル・マキシス:うんーおう!


空は曇り、リオル王国は静まり返っていた。

毎日賑わいを見せる街には誰の姿もなく、扉の鍵は閉められ不吉な空気が漂っていた。


レイン:「なんで誰も居ねぇんだ」


シオン:「嫌な予感がする……こんなの異常だよ」


ノルン:ーなんだろうこの感じ……それに何か聞こえたような……ー


ミリス:「……どこも閉まってるわ、皆どこへ行ってしまったのかしら」


シエル:ー?……ー


デイン:「シエル、どうかしたか?」


シエル:「城の方だ……誰か大声で話してる」


レイン:「んあ?城って……収穫祭も王家の祝祭もまだ先だろ……なにしてんだ」


シエル:「とにかく急ごう!!」


屋根を移動すると怪しまれる危険性がある為、広く長い道を素早く移動する。


そして……


ミリス:「あれは……ロキシル……!?」


アルフォス:「この国にこんな風習があったとはな……クソみてぇな見世物(みせもの)してやがる」


シエル:「……まだ、まだ遅くない」


シエル達の視線の先に映る死刑台に膝をつき、拘束されたロキシル……そして……


マキシス:「ロキシルの横……王子じゃないのか……!?」


皆:ー!?ー


レイン:「嘘だろ……この刑は……王がやらせてんだよな……」


デイン:「我が子であるはずのサンメルト王子を……死刑台に立たせるなんて……前代未聞だ……!!」


シエル:「クッ……!!」


ダガーに手を掛け、今にもロキシルの元へ行こうとするシエルに、シオンが小声で説得する。


シオン:「シエル、落ち着いて……!今飛び込んでも敵の的だよ……、もう少し待って……少し様子を見よ?」


シエル:「う……うん」


死刑執行人:「只今より……!国内で暗殺ギルドを裏で組織し、この国を危機に(おとしい)れた大罪人、元王国騎士団団長アルベル・ラズ・ロキシル!!……そして我が国、パルテナス・エラ・リオル国王……パルテナス・エラ・フィオラ王妃の実孫(じつまご)、パルテナス・エラ・サンメルト王子を暗殺ギルド擁護(ようご)の罪として、二名の刑を行う!!」


ー昨日あれだけの人数死んだのにな……ー

王子がそんな事を…… ーロキシル様が……ー


ペトル:「おかぁさん……」


母親:「駄目よペトル、母さんの後ろにいてちょうだい……」


父親:「救ってもらっておきながら……なにも出来ないのか……神よ……どうか彼の者たちに慈悲を……」


オルダ:「あぁぁ……こんなこどあっでええだが?!あのひどだぢはあぐにんじゃねぇのに……」


村長:「……」


ユウト:「シエルさん達……無事だよな……」


ミオシャ:「絶対大丈夫だよ……!それよりこれなんなの……」


ユウト:「学校で習ったろ……死刑だよ」


ミオシャ:「そんな……この世界でもやっぱりあるんだ……」


アイリーン:「この国……こんなに残酷な事する国だったの……?」


シルフェ:ー怖いよ……帰りたいよ……ー


群衆がざわつき、視線を死刑台へと向ける。


レイン:「どうする……周りには兵達がうじゃうじゃいやがる……」


シエル:「……」


どうにか動けないかと策を練るシエル達に、突然聞き覚えのある声が小さく聞こえる。


???:「皆さん……無事だったんですね」


背後から声がしたシエルが振り返ると、深くフードを被った少女が立っており、金髪が見えたことでシエルが気づく。


シエル:「イナンちゃん!?」


イナン:「は、はい……!イナンです。皆さんこちらへ……着いてきてください」


イナンの後を着いていき、路地裏へと案内された。

イナンがー少しここで待っててくださいーとシエル達に伝え、階段を降りていった。


少しして扉が開き、中からイナンと共に酒場の店主が顔を見せる。


シエル:「二人共無事で良かった……仲間達は?」


イナン:「……」


店主:「すまないシエル……皆殺されちまった」


シエル:・・・・・


レイン:「クッッ……!!」

悔しさのあまり石壁を殴るレイン。


シオン:「そんな……」


誰も言葉が出ない。

リオルで何があったのか気持ちを落ち着かせ店主に問うシエル。


店主:「三日前だ、俺とイナンは買い出しから戻る時だった、王国兵達が大勢酒場に入っていってな…俺はすぐに察したよ、それですぐ宿に匿ってもらってな」


シエル:「ロキシルはどうして捕まったんだい……?」


店主:「俺たちに伝言を残して、城に一人で乗り込んだんだ……」


デイン:「無茶な…いくらマスターでもそれは」


マキシス:「いいやデイン、そうでもねぇ」


アルフォス:「マスターなら王都の兵全員相手にしても平気だろうな、まぁ魔法兵を除いてだが」


シエル:「リオルの魔法兵はロンブルクの比にならない技術を持ってる……ロキシルはそれを知った上でわざと捕まったんだ」


レイン:「わざとって……まさか、俺達を逃がすためにか!?」


店主:「あぁ、そうだ……ここでお前らが出ていけばあいつの行動が無意味になっちまう……イナンあれを出してくれ」


店主に言われたイナンはバックから紐でくくられた紙を手に取る。


イナン:「ロキシルさんがシエルさん達と逃げろって、この地図を……」


イナンから地図を渡され、手に取るシエル。

地図にはシャーダルのナルビスタに印が付けてあり、

デインはそれを見て何かを察する。


デイン:「父上だ……恐らく父上の元へ行けば何か分かるのかもしれない」


マキシス:「父上は前々から教団の事を調べていたからな、多分だがマスターは王会で父上に会ったんだろう。俺達としても"都合がいい"」


レイン:「でもよ……マスターも王子も……このまま二人が殺されるのを突っ立って見てろっていうのかよ……」


店主:「お前達だけでも救いたいんだ……腹を(くく)れ」


シエル:「ごめん……マスター、やっぱり見逃せない」


店主:ー!?……ー


イナン:「シエルさん!!」


マキシス:「俺もだ!」


レイン:「馬鹿野郎……」


その場から走り出し死刑台へと向かうシエル、レイン、マキシス、そして後を追うようにデインとアルフォスもその場を後にした。


店主:「ったく……馬鹿でわがままな野郎共、ロキシルの言った通りだったな……」


イナン:「ほんとだね……」


シオン:「私達も行こ!」


ノルン・ミリス:ーうん!……ええ!ー


━━━━━━━━━・・・ー


民達がざわつき二人に視線を向ける。

生命の死に興味を示す者……恐怖し、目を逸らす者。

そんな者たちを死刑台の上に手を縛られ膝をつくロキシルはじっと見つめていた。


ロキシル:「……さっさと逃げろよ……馬鹿共」


ロキシルの言葉に少しの笑みを浮かべるサンメルト。


サンメルト:「あの方達は……本当に大切にされてきたんですね」


ロキシル:「あぁ……、俺たちは家族だからな。

大事なガキ共が"死なれちゃ困る"、あいつらには俺の代わりにやってもらう事がまだまだあるからな」


サンメルト:「そうですか……私も、やりたい事がたくさんありました……」


ロキシル:「そんだけ(わけ)ぇんだ……こんな所で終わっちまうには勿体ないだろ……お前はあんな父を持った事が、お前の人生における一番の汚点だろうな」


サンメルト:「ハハハ……ロキシル殿。

私はこの死に……もう少し抗ってみたかった……この国を……世界を、もっと良くしたかった……」


ロキシル:「俺もだ……。悪い事をしたな……好きなだけ俺を恨んでくれサンメルト」


悲しげな表情を浮かべるサンメルト、板に映る大きな影。

目の前には巨体の処刑人が立ち、髪を掴まれたサンメルトは兵達に首を固定され死が近づいている事を理解する。


ロキシル:「おい!先に俺を殺せ!!!」


執行人:「黙れ……この罪人めが……!処刑人さっさと始めろ!」


処刑人:「サンメルト……最後に言い残す事は?」


サンメルト:「言い残すこと……ですか、そうですね」


サンメルトは深く息を吸い民たちに視線を向ける。


サンメルト:「我が愛する民達よ……!私がこのような姿を皆に見せてしまったことを……どうか許して頂きたい。そして……私が今から言う事をどうか忘れないで欲しい」


皆がざわつきサンメルトに視線を送る。

処刑人はサンメルトを睨み、大きな剣を構えた。


執行人:ー何を言うつもりだ……ー


サンメルト:「皆は知るべきだ……!この国の王が本来我が父で無いことを!!」


ーどういうことだ……?ー王子おかしくなっちまったのか?ーどうしちゃったのかしら……ー


執行人:「戯言を……!処刑人……!殺してしまえ!!」


サンメルト:「皆はあの男の恐ろしさを……!嘘を……!真実を……知る権利がある!!何故若い女ばかりが……何故年老いた者たちが少ないのか……!何故……この国の兵達の星葬礼がないのか……!!」


民達:ー確かに……言われてみればー王は特殊な術で年老いた人を若返らせてるって……ー


冒険者:ーこの国……普通じゃなかったってのか?ーやっぱりどっか怪しいと思ったんだー


執行人:「なにをしている!!言葉などいらん!!さっさと殺れぇぇ!!!」


サンメルト:「この国の武力がいかに残酷なものであるか……ー!!」


煽られた処刑人が急いで剣を振り下ろしサンメルトの首に刃があたる……サンメルトは目を(つむ)り死を覚悟した……。


しかし……


サンメルト:ー?……ー


サンメルト:「貴方は……!!?」


ロキシル:「馬鹿野郎……」


剣が弾かれる音と共に処刑人の首が落ち、民が悲鳴をあげる。

執行人が危機を感じ兵達に指示を出すが目の前の光景に皆が混乱していた……。


シエル:「あ〜あ全く……大事なダガーが傷ついちゃったよ、仮一つだからね王子」


戸惑う兵達に怒鳴り指示を出す執行人。

状況を把握していないまま支持を受けた兵達がシエルに剣を向け襲いかかる……がしかし、目に見えない攻撃が繰り出され、次々と倒れていく兵達に唖然とする執行人。


執行人:「なっ……なんだ……何が起きている!!?」


ロキシル:「馬鹿はお前だけじゃねぇのかよ……ったく」


シオン:「シエル!今のうちに!」


シエル:「わかった……!さぁ二人とも、逃げるよ」


この出来事を城内から見ていたリオルは腰で手を握り、不敵な笑みを浮かべていた。


リオル王:「馬鹿なゴミ共が……足掻いたとて無駄な事……待っているのは絶望だと言うのに。私が創る天国には不要な存在……。

焦らずとも、もう誰も私に逆らえないのだ……ンククク……ンハハハハ!!!」


━━━━━━━━━・・ー


ロキシルとサンメルトの錠と紐を外しアルフォスが二人に剣を渡す。


アルフォス:「王子……少しは戦えるだろ?」


サンメルト:「えぇ、もちろんです。このお方に剣術を学びましたから」


ロキシル:「じゃあ俺達はサンメルトを護衛しつつここから逃げるぞ!」


シエル:「お前ら……絶対許さない」


仲間達を……ロンディネルや村の者たちを失った怒りをダガーにのせる。


ロキシル:「暴れろお前ら!!!」


デイン達:ー了解!!!ー


執行人:「魔法兵……!殺してしまえ!!……!?」


立ったまま動かない兵達が執行人が瞬きをした次の瞬間には倒れ、他の兵達も魔法兵も弓兵も次々に殺されていく(さま)に恐怖する。


執行人:「し……信じられん……こんな一瞬で……」


ロキシル:「お前ら……誰を相手にしてしまったか、理解できたか?俺達はてめぇら全員殺してやる。一生地獄で後悔してろ」


執行人:「リ……リオルさ……っま……」


ロキシルに首を斬られ死す執行人。

魔法兵達も次々に殺られ民達が騒ぎ逃げ惑う。


ロキシル:「やっぱ来やがったか……」


突如現れた大勢の白いローブの信者達に、ある事を悟ったロキシルはシエルに"最後の指示"をだす。


ロキシル:「シエル!!サンメルトと二人を連れて転送陣(てんそうじん)へ向かえ!!どこでもいい!どこか遠くへ飛んで逃げろ!!……後は俺の地図を見りゃわかる!」


シエル:「……?ロキシル、あんたは…」


ロキシル:「ちょっと暴れたらすぐに追いついてやるよ……だからさっさと行きやがれ、文句ならそん時聞いてやる……わかったら行け」


シエルは事を理解し歯を食いしばった。

ロキシルは嘘をついている……そう察して。


レイン:「シエル!!行くぞ!」


デイン:「マスター!……!?」

ロキシルに背を向けシエルが飛んできたことに驚くデイン。

向かってくる信者達に剣を構えるロキシルを見て、デインもまた自分がどうするべきかを悟っていた。


デイン:「そんな……マスターァァ!!」


シエル:「デイン!行かないと……!急ごう……ロキシルなら、絶対負けないよ……絶対」


マキシス:「ッッ!!絶対戻ってきてくれよマスター!」


デイン:「信じよう……」


三人を護衛しつつ走り出すシエル達。


ロキシル:ー後は頼んだぞ……シエル……お前には、お前達には生きていてもらわねぇと困るんだよー

:「はぁ……ったく、最後くらいマスターって呼べよ……馬鹿野郎」


シエルが見つめるロキシルの背中は強く、勇ましく見えた。

しかし、ロキシルの表情がどこか寂しげであったことをシエルは見逃さなかった。


シエル:ーッッ……!!ふざけんな……死んだら許さないからな……!!ロキシル!!ー


ロキシル:「さぁ……ちと遊ぼうぜ?まだ全力は出せねぇが……まぁなんとかなるだろ……。

フゥ……さぁ、全員纏めて……かかって来やがれぇぇぇ!!!!!」


剣を力強く握り信者達を次々に斬り殺していくロキシル。

しかし……

そう甘くは無かった……。


ロキシル:「ンブゥッッ……ぐッ……」


ポタポタと地面に血が落ちる。

身体中に矢が刺さり、腕も斬られていることに気づいたロキシルは怒りを(あらわ)に、城を睨みつける。


ロキシル:ー時飛ばしか……やりやがったな……ー


ロキシル:「エルガドォォォォォオ!!!!!」


リオル:「フハッ……フハハハハハハハ!!!!」


次の瞬間ロキシルの剣が黒く光り、残った片腕を全力で振った。

そして、ロキシルを囲んでいた信者達が木っ端微塵に肉片となって消え去り、城の門が二つに割れる。


リオル:「ほう……まだそれ程までの力を……流石ですね」


ロキシル:「この城ごと……ぶった斬ってやらぁぁあああ!!!」


━━━━━━━━━━━━━・・・・ー


転送陣がある建物へと近づき、少しの安堵を見せるシエル達。

シエルが先頭を走り、三人を囲むように仲間達が走っていた……しかし、


シオン:「あそこ!!あそこだよシエル!!!はァ……ハァ……」


シエル:「王子……!あと少しで……」


ーえ……?ー


振り向いたシエルが見た光景……。

それはロキシルの行動を無へと変える悲惨な光景だった……。


レイン:「どうした!?シエル……ーっ!?ー」


ノルン:「そんな……いつの間に……」


イナン:ーッッ!!ー


イナン:「イヤ……イヤァァァァァ!!!」


店主:「イナン!見るな!!んぐっ……見るんじゃない!!」


恐怖で涙を流すイナンを強く抱きしめ、悔しさと怒りで言葉が出ない店主。


誰も目の前の光景に理解が追いつかなかった。

サンメルトの横を共に走っていたはずのイナンや店主すらも"その事"には気づくことが出来なかった。


サンメルトの首は無く、体だけがそこに倒れ地面に血や内臓が飛び散っていた。


デイン:「なにが……なにが起きたんだ!!?」


シエル:ーッ!!!ー


屋根に視線を向けるシエル。

既に全方位を信者達に囲まれていた事に気づき、高速で信者達へ攻撃を仕掛けた。


レイン:「ふざけんな……ふざけんなぁぁあ!!!」


溜めをせず瞬羅を発動したレイン。

すかさずデイン達も攻撃を仕掛けた……がしかし、

次々と殺されていく信者達だったが、一向に数が減らず、体力だけが奪われていく。


デイン:「ダメだ……キリがない……!!」


マキシス:「絶対(ぜってぇ)に……!!許さねぇえ!!!」


ミリス:「ハァ……はァ……どうすれば……転送陣はすぐそこなのに!!」


幾度となく斬り続けるシエル。

怒りが頂点に達し、ダガーの刃が少しづつ砕けていくのを分かっていながら、一切止まることなく信者達を斬り殺す。


顔や服が血まみれになり、視界を真っ赤に染めるシエルに、仲間である者たちさえもシエルに対し恐怖していた……。


アルフォス:「シエル……もうやめろ……」


デイン:「お前が倒れたら……終わりなんだ……」


シオン:「シエル゛゛!!もうやめて!!!」


余りの恐怖心に涙を零すシオン。


シエル:ー一人……残らず……殺してやる゛……!!!ー


何度も骨を斬ったダガーの刃に斬れ味は既に残っておらず、それでも首を抉りとるように信者達を殺していく。


レイン:「シエル……馬鹿野郎……はァ……ハァ……」


逃げ場はない……幾度となく現れる信者達に、仲間達は絶望していた。


そして誰もが恐れた事が起きる。


━━━━━━━━━━……!?!


たった一瞬……。


誰も"瞬きはしていなかった"……しかし、シエル達を囲むように突然現れる兵や魔法兵達。

仲間達に向けられる剣や槍……、誰一人動く事は許されない。


━━"絶望"……。

これ以上ない絶望に襲われそこに救いは無く、シエルでさえ手の打ちようが無かった。


シエル:「はァ……ハァ……ふざ……けるな……」


リオル:「んクククク……いやはや……よく頑張りましたね〜?、しかし惜しかった……実に惜しい。

残念ですが貴方には消えてもらわねばならぬのですよ"ヴルスト・ハンス・シエル"。

"あの方"は貴方になにかしら希望を抱いていたようですが……?私には関係の無い事。

丁重に私自(わたしみずか)ら殺して差し上げましょう」


シエル:「ウアアアアアアアア゛゛!!!」


シエルはボロボロの体でリオルに襲いかかった……がしかし、ダガーの刃は一切届かず、大きく高笑いするリオル。


リオル:「フハハハハハ!!無駄……無駄無駄無駄なのです。

まったく……救いようのない"愚者"ですね貴方は……いや?"道化"ですか……ンフフ……んハハハ!!とても楽しませて貰いましたよ!!」


身体がまったく動かせず、シエルの腹部にゆっくり……ゆっくりとリオルの手に握られた剣が刺さっていくその光景は、仲間達を更に絶望の(ふち)へと叩き落とす。


レイン:「やめろ……やめてくれ」


シオン:「やめて!!!お願い!!……ヒグッ……やめてぇぇ!!!」


デイン:「アァアアア゛゛!!!」


マキシス:「てめぇら……!!絶てぇ殺してやる゛!!絶てぇにだ!!!!」


シエル:ーごプッッ……ンっぐっっ……ー


口から血を吐くシエル。

この状況を誰よりも"喜び"……"楽しむ"リオルにシエルはどうする事も出来ない。


リオル:「いい声です……んフ……ンはハハハハハハ!!!!

さぁ!さぁさぁもっと……もっと絶望に打ちひしがれたその賛美歌(さんびか)を神に……"この私"に!!聴かせるのです!!!!」


仲間達が膝から崩れ落ち、シエルの意識が遠くなっていく。


シエル:「ンぶッ……ヴぁ……!!!ぁあ゛゛……ごろ……ず……ああああ゛゛!!!」


怒りに満ちたシエルのとてつもない殺気に次々と倒れる兵や信者達……。

ダガーで刺さった剣を砕き、腹部に剣の片割れが刺さったままその怒りを源に兵士達を斬り殺す。


リオル:「おや……?まだ動けるのですか……?貴方達、殺してしまいなさい」


魔法兵:ーう……ー私達もさすがに限界です……ー


シエルに次々と殺されていく兵士や信者達。

辺りには肉片が飛び散り、その光景を見た兵士達が恐怖していた。


兵士:「撤退命令を!!リオル様!どうか撤退命令を!!!」


リオル:「なりません、貴方方は神の為にその生命を捧げるのです。

悪を前にし背を向けるということは貴方方は神の啓示に背くという事。それが何を意味するのか分かっていますか?」


兵:「な、なにを……!?このままでは我々が不利に……」


リオル:「不利?……いいえ、私達は全く不利ではありません……貴方達もまだ"力尽きていない"ではありませんか」


兵:「な……、なにを根拠に……」


リオル:「根拠?貴方達に授けた力がまだ残っているではありませんか……戯言を」


兵:ー?!


リオル:「フゥ……神に忠実なる信者達よ……この者たちに神の力を」


リオルに言われるがまま突然ブツブツと何かを唱える信者達。

すると兵達の体がボコボコと暴れだし、角や牙が生え始める。


兵:ーな、なんだ!!ーお、おぉ……おたすゲヲヲヲ!!!ーヴォラァァァァ!!!!ー


魔物へと姿を変える兵士達、目で追える素早さだが、重い攻撃がレイン達に襲いかかる。


シエル:「やめろぉぉぉぉ゛゛!!!!!」


魔物兵達を止めるべく今にも折れそうなダガーを握りしめ仲間達を助けようとするも……


シエル:ーウブッッ……!!!


"時を感じぬまま"一瞬にして大きな槍がシエルを貫く。


リオル:「貴方は無力……いい加減理解したらいかがかな?……もう貴方にはどうする事も出来ないのですよ」


アルフォス:「クソッ……!シエル゛!!!うあ゛っ!!」


シオン:「そん……な……」


イナン:「シエルさん゛!!!」


デイン:「グあっ……!!こんな所で……死んでたまるか……!!」


レイン:「お前ら全員……ここで殺してやる゛……!!」


ノルン:「シエル……!っ!!ハァ……はァ……このままじゃ皆が……それにもう刃がもたない」


ミリス:「耐えなきゃ……!皆生きてここを出るの!!……んア゛゛!!」


リオル:「魔法兵……こやつらの筋力と素早さを上げるのです。さぁ……もっと……もっと絶望を感じなさい!!神の怒りを知るのです!!」


更に強化され次々に襲い来る魔物兵達に為す術なく傷を負ってしまう仲間達……。


その光景を見せられていたシエルはボロボロの身体で既に動くことが出来ず、怒り、悶え苦しむしかなかった……。


シエル:「やめ…ろ……やめてくれ……」


地面に膝を着き、身体が言うことを聞かない。


リオル:「貴方のお仲間達にはなんの罪もない……全て貴方が悪いのです。

この世に存在していること自体が大罪なのですよ……ンフフ……んハハハハハ!!」


シオン:「諦め……ない゛……ぜっ…たい……!」


仲間達の希望も虚しく、シエルが口から血を垂らし完全に気を失ってしまう。

そしてそれを見たリオルは勝利を確信していた。


シエルが倒れ、勝算が無いことを悟った仲間達。

自分達が生き残れば……そう意志を強くするも信者や魔物兵……そして魔法兵達も留まる事を知らない。


現実というものは悲惨である事をシエル達に叩きつけるリオル。

この場に救いは無い……誰もが諦めかけた……、


━━━━━━その時……。


???:「デヴァインザーラ!!!」


突然聞こえた召喚魔法詠唱にそこに居た皆が困惑する。


ムリリリと地面が膨れ上がり、白く巨大な魔神の手が姿を見せる。


リオル:「おや?」


シルフェ:「覇王拳!!!」


強力な一撃と共に身体が吹き飛ぶ魔物兵達。


シオン:「……何がどうなって……!?あの人たちは……?」


レイン:「だ……誰だ……」


ユウト:「シエルさん……!なんて酷い怪我を……皆さん!!!早くこっちへ!!」


ズズズズズ……


シエル達や民家とは比べ物にならない程巨大な姿をしたその魔神は、鍛え上げられた白い巨体を地面から重く引き抜く。


ザーラ:ーウアアアアアアアア!!!!ー


アイリーン:「魔神ザーラ!あの白い服の奴らを倒して!私達を守って!!とことん暴れちゃって!!」


ザーラは無言で頷き、屋根ごと信者達を叩き潰す。


ユウト:「ミオ!!」


ユウトの呼びかけにミオシャが素早く双剣で敵を足止めし、仲間達に着いてくるよう指示を仰ぐ。


隙を見たユウトがシエルを背に抱え、転送陣のある建物へと歯を食いしばり全速力で走った。


レイン:「誰か知らないが……助かった……はァ…ハァ」


ユウト:「礼ならここを出た後にしてください!!」


アイリーン:「早く!皆さんここです!!」


転送陣へと仲間達が入った事を確認し、アイリーンとユウトも転送陣へと入った。


信者に放たれた強力な攻撃魔法で砂へと戻るザーラ、魔物兵は全滅し、信者達や魔法兵達の死体が辺りに散らばっていた。


リオル:「まぁ……良いでしょう。これもまた神による導き……焦らずとも必ず"その時"は訪れます」


信者:「教皇様、後を追いますか…?」


リオル:「いいえ、辞めておきます。

せっかくの良い機会ですので"試したい事"があるのです。今は泳がせておきなさい……」


リオルは転生陣をニヤリと見つめ、目的の場所へと移動しようとしたその時。

一人の信者がリオルの耳元で何かを囁く。


リオル:「……!?それはそれは、"あの方"もなかなかしぶといですね〜、四肢を失いあれだけ死へと近づけても尚、まだ私に抗うと言うのですか……ンフフ無駄なあがきを」


━━━━━━━━━━━━━・・・・


王国の領地から遠く離れた草原へと転送され、なんとか逃れる事が出来たユウト達。

空から放り出され尻を強く打っていた。


ユウト:「イテテ……転送陣に飛び込むもんじゃないな」


アイリーン:「本当ね……、ー!!シエルさんは!?」


放り出されたシエルはピクリともせず、ノルンやシオン、イナンが涙を流し叫んでいた。


シオン:「シエル゛!!お願い……目を覚まして!!」


ノルン:「起きて……起きてシエル!!」


イナン:「シエルさん……!!ひぐ……起きて……目を覚ましてください!!」


シエルが息をしていない事を悟ったレイン達は下を向きシエルを見ようとはしなかった。

拳を血が出るまで強く握り、肩を震わせる仲間達。


ユウト:「そんな……まだ間に合うはずだ……」


アイリーン:「絶対死なせない!!」


アイリーンが召喚詠唱を唱え、小さなエルフを呼び出す。

そしてエルフに羽根をばたつかせエルフの鱗粉を調合器へと入れた。


アイリーン:「後は……あ、あった!」


アイリーンのバッグから中くらいの瓶を取り出し、

透き通った液体を調合器へと入れ混ぜ合わせる。


ユウト:「アイリーン、それは?」


アイリーン:「女神の涙だよ、前にサミシュティアで貰ったの」


ゆっくり、ゆっくりと混ぜ合わせシエルの元へ駆け寄る。


アイリーン:「これを!ゆっくり飲ませてください!」


三人でシエルの体内へと薬液が入っていくよう体を持ち上げる。


シオン:「お願い……飲んでシエル」


アイリーン:「戻さないようゆっくりお願いします……」


薬液が全て入り、様子を見る。

しかし、シエルは全く息をせず起きる様子もない。


ノルン:「シエル……戻ってきて」


アイリーン:「絶対遅くない……間に合うはず」


ユウト:「……」


レイン:「目……覚ましやがれ……馬鹿」


デイン:「お前が居なきゃ……駄目なんだよ!!」


ミリス:「シエル……」


マキシス:「てめぇ!!起きやがれ!!さもねぇとぶっ叩くぞ!!……ぐす……さっさと起きねえか……」


ユウト:「そんな……どうしてこんな事に……」


ミオシャ:「嫌……嫌だよ……人が死ぬとこなんて見たくないよ……」


シルフェ:「シエルさん……起きてくださいよ……グすっ……ぅぅ……」


全く動く気配がないシエル。

皆が信じるも奇跡は起きない……。


レイン:「傷は塞がってんだろ……動けよ……動きやがれシエル!!!責任取るって言っただろ!!」


━━━━━━━━━━・・・・


???:「起きろ〜?おい、起きろっつの」


顔を強く叩かれ目を覚ますシエル。

目を開くとそこには前に会った灰色の髪の男が脚を開いてしゃがんでいた。


シエル:「うわ……美人が良かったな……」


額を指で弾かれる。


シエル:ーイテッ……


シエル:「なにすんのさ!!」


???:「なにすんのさじゃねぇっての……お前こそ、んなとこで何してんだよ」


シエル:「え……」


状況を理解したシエル。

また何も無い景色が広がった場所にいる事に気がつき、自分が死んだのだと思い込む。

軽い体を起こし胡座(あぐら)をかき男に問いかけるシエル。


シエル:「やっぱりここ天国??」


???:「ん〜違ぇな、残念だが天国なんかじゃねぇ。まぁ詳しいことは言わねぇがお前はまだ死んでねぇとだけ言っとく」


男の言葉に少し安心する。

しかしここが天国でないとしても重要な事が残っている気がするが何故か思い出せない。


シエル:「そっか……って結局あんた誰なのさ!?」


???:「今のお前には分かんなくていいよ……そのうち思い出すだろうさ」


寂しげな表情を浮かべる男。

優しい視線がシエルに向けられていた。


シエル:「ケチだな……なんで俺と同じ髪型なの??真似してるの?」


???:「ばーか、こっちが言いてぇよ、まぁ似合ってんじゃないか?俺は嬉しい……ってそんな事よりだ」


男は腕を組み真剣な表情へと変わる。


???:「前に言ったろ、大きな壁にぶつかるって……。お前が相手してる奴らは本当の敵じゃねぇ。それを忘れるな……お前が本当に殺らないといけない相手はまだピンピンしてる。

いつまた"あいつ"が動き出すか分かんねぇが、準備はしておけ?んで、その準備の為に"リンリン"に会うんだ。

あいつなら絶対助けてくれる、なんなら今もお前に会いたがってるだろうさ」


シエル:「そのリンリンって……誰なの?」


???:「ったく……相当やられたなシエル。

まぁ会えば少しは思い出すだろ、"マーリーン"……この名を忘れるな」


シエル:「マーリーンか……どこかで聞いた気がするな〜……う〜ん、まぁわかった!忘れないよ!」


???:「忘れたら承知しねぇからな!?絶対だぞ!?……絶対会ってやってくれ、それだけでもあいつ……少しは報われるだろうしな」


シエル:「どういうこと……?」


???:「今思い出したって意味ねぇ、今はとりあえず在るべき場所に帰るんだ。お前を待ってる奴らが騒いでんだよ……」


シエル:「待ってる……そうだ……俺……こんな所で、こんな所で座ってる場合じゃない!!皆が……!仲間たちが!!それにロキシルも……!」


ロキシルという名を耳にした男は少し険しい顔になり、深くなにかを考えている様子だった。


???:「ロキシル……ロキシルか……、シエル」


シエル:ーん?


???:「そいつはまだ"生きてんのか"?」


シエル:「わからない……信じてはいるけど、あの状況じゃ……」


???:「そうか……まぁいい。さっさと帰れ、んでもう二度とここへ来るな!わかったか!?いちいち"降りてくる"のも疲れるんだよ!まぁお前の為だ、もっと気を引き締めやがれ……ったく」


シエル:「うん。わかった……」


シエル:ー呼ばれる……?降りてくる……ってどゆことだろ……本当に思い出せない、この人誰なんだろう?もしかして……未来の俺……!?んなわけないか……顔違うし……って早く戻らないと!!ー


シエル:「ね、ねぇ!どうやったら戻れるの!?」


???:「そのまま倒れろ、んで目瞑ってろ」


男に言われるがまま地面に勢いよく目を瞑ったまま倒れた。


すると深く……深く沈んでいくような感覚に包まれ、

意識が遠のいていく……。


???:「じゃあな……シエル。あとは頼んだぞ」


━━━━━━━━━━━━・・・・・ー


雲が晴れ、涼しく風が吹いている。

太陽がゆっくりと雲から顔を出し、草原をより明るく照らし始めた。

しかし、そこに倒れる者と涙を流し叫ぶ者達……。


シオン:「いや……嫌だよ……起きてってば……シエル……」


ノルン:「こんな所で……こんな終わり方……許さないよ!!……ぅぅ……ぐす……目を覚まさないとその顔叩くよ!!?」


男達は(うつむ)き……静かに涙を流す。


店主:「くそ……なんでこんなことになるんだ……あいつはお前に託したんだシエル!!起きねぇとまたあいつに言いつけんぞ!!……くそっ……こいつら置いてくんじゃねぇ!!」


イナンが泣きじゃくったままシエルを見つめていた。

すると……


イナン:ー!?……


少し、ほんの少しシエルの指が動き涙を(ぬぐ)うイナン。


イナン:「シ……シエルさん……シエルさん!?」


仲間達: ー……?


ゆっくりと息を吹き返すシエルにイナンが胸に耳を当てた。


イナン:「ぅ……うぁああん……!!シエルさぁぁん!!!」


シエル:「ぁ……ぁはは……凄い顔してるね……イナンちゃん……かぁいいな……」


シオン:「シエル……もう……ばかぁああ!!!」


シエル:「あはは……ごめんてば……」


店主:「ぐす……ったくよぉ……心配させやがってよ!!」


レイン達はシエルが生きていたことに深いため息をつく。


デイン:「まったく……困った奴だ……」


レイン:「へっ……なに寝てんだよ馬鹿野郎」


マキシス:「あと少しで腹と顔殴ってたぜ……へへ」


シエル:「物騒だね……顔はやめてよ……顔は……ぁはは」


ミリス:「安心したわ……もう……」


嬉しさで号泣するイナンに強く抱きつかれるシエル……。

そんな光景にノルンとシオンは少し嫉妬するような素振りを見せていた。


ノルン:ーうぅ……お父さん浮気だよ……ー


シオン:ーなんで嬉しそうなの……馬鹿……ー


シオン・ノルン:ーまぁ……今回だけねー今回だけだよ……ー


イナン:「ぁあぁあん゛!!よがっだぁぁ……!!!」


シエル:「あはは……ごめんね……ち、ちょっと苦しいな……ぅぅ」


ユウト:「あはは……いいなぁ……んぐっ……!」


ユウトの言葉に苛立ったミオシャとアイリーンがユウトの腹を横から肘で殴る。


アイリーン・ミオシャ:ーふんっ……


シルフェ:ー羨ましいんだ……ー


シエルが横を向きユウト達の存在に気づく。


シエル:「ユウト……それにアイリーン達も」


ユウト:「シエルさん……!良かった、本当に無事で良かったです!……もう会えないんじゃないかと……」


アイリーン:「私の調合薬が役に立って良かったです。

ユウトがああ言ってくれなかったらきっと今頃後悔していました」


シエルがなんの事か分からず状況も理解していなかった為、シオンはシエルが気絶していた時の事を細かく説明する。


シエル:「そうだったのか……ユウト、アイリーン、ミオシャにシルフェ……俺を…俺の大切な仲間を救ってくれて本当にありがとう。心から感謝しているよ」


ユウト:「いえ!俺達も前に救って頂いたので!それにシエルさんには自分達も感謝してるんです。

闘技場の事やその他の事も、あの時酒場でシエルさんに出会ってなければ自分はこんな経験はしてなかったと思います」


アイリーン:「ユウトが先陣を切って言ってくれたんです。

後悔したくない……だから着いてきて欲しいって、私達覚悟を決めてここにいるんです」


シエル:「危険な目に合わせてしまったのに……言葉が出ないよ……あの泣いていた時とは大違いだね……アハハ」


店主:「ん〜?……!!?あんちゃん、あん時泣いてたあんちゃんか!いやぁ〜大したもんだな!!」


ユウト:「いえいえ……それ程でも」


ミオシャ:「泣いてたんだお兄ちゃん……」


ユウト:「ま、まぁね……」


レイン:「ユウトって言うんだな、本当にありがとう。この借りは必ず返すと約束する」


ユウト:「はっ……はい!!」


シエル:「デイン……ロキシルは……」


デイン:「すまない……ここには」


シエル:「そっか……」


店主:「信じろ……あいつはそんな簡単に死なねぇ。

あいつとずっといた俺が言うんだ……今は信じろ」


店主の言葉に頷くシエル達。

ロキシルは生きている。そうに違いないと……そう思うほかなかった。


ユウト:「シエルさん……これからどうするんですか?」


シエル:「そうだね……まずはロキシルに言われた通りナルビスタに向かうしかないね」


ユウト:「じゃあ俺達も連れていってください」


ユウトの言葉に驚くシエル達。


デイン:「ユウト殿、助けて貰っておいてこんな事言うのは心痛いが……危険すぎる。

相手はただの盗賊や魔物じゃないんだ」


ユウト:「わかってます。それをわかった上であの時シエルさん達を助けようって思ったんです。

邪魔になるような事はしません……一緒に戦わせてください」


ユウトの言葉に嘘は無いと感じたデイン。

その強い表情に言い返す事は出来なかった。


マキシス:「いい顔してるじゃねぇかユウト……でも死ぬかもしれねぇぞ?お前の大切な可愛いその子達が犠牲になるかもしれねぇぞ」


ユウト:「皆……覚悟出来てるんです。お願いします……!!」


シエル:「ユウト……本当に危険なんだ、それでも一緒に戦ってくれるかい?俺はユウト達にも……誰にも、死んで欲しくないんだ」


ユウト:「シエルさん……」


マキシス:「良い奴と出会ったもんだなシエル!俺は気に入ったぜ」


シエル:「マキシス……アハハ、どうやら俺の仲間が気に入ったらしい、仕方ないね」


デイン:「敵わんな……まったく」


アイリーン:「いいんですか!?」


レイン:「そうらしいな、よかったじゃんか」


ミリス:「貴方達の覚悟、感じたわ!一緒に悪い奴らを消してやろうじゃない!」


アイリーン:「はい!!」


デイン:「強いな君達、その意志を尊重するよ」


ユウト:「えへへ……ただの"意地"ですよ」


ノルン:「だとしても怖い物は怖い、それでもそうやって言い切れるんだから私は凄いと思います!」


ユウト:「い、いやぁ〜あはは!照れちゃいます」


ミオシャ:「もう……馬鹿、ほんっと馬鹿」


シオン:「仲良いんだね!これからよろしくね!」


ミオシャ:「は……はい……!」


ミオシャ: ーすっごく綺麗……星みたいな目してる……ー


シエル:「頼もしいよ……これからは魔法師(ウィザー)も襲ってくるかもしれないからね、よろしく頼むよ皆」


ユウト達:ーはい!!


アイリーン:「お役に立てるよう頑張ります!」


シルフェ:「わ……私も……がんばぅ……ぅぅ」


シエル:「よし……いつまでもここに居ちゃまずい、すぐに移動しよう」


店主:「近くに商人の休憩所がある筈だ、そこへ向かうといい。まずは体を休めないとな」


シエル:「わかった。そうするよ」


新たに加わったユウト達。

この借りは必ず返す……そう強く決意を胸にシエル達は

ナルビスタへ向かうため、まずは休憩所へと歩き始める……。


━━━━━━━━━━━━・・・ー


暫くして……。

日が落ち……夜を迎える。


ー休憩所ー


ナルビスタまでの道程(どうてい)を決める為、部屋の中央に置かれた長い机に広げ、話し合っていた。


デイン:「店主がいて良かった……」


店主:「一目でわかったぜ、ここは王国から西端(せいたん)の商道だってな、よく街から離れてここいらで商人と話してたからな、覚えててよかったぜ」


マキシス:「だとしたらまぁ……だいたいここら辺だな」


デイン:「ならオリタルのペケッタ公国を通ろう。

父上の従兄弟である【バルト公爵】がいる。

きっと力になってくれるはずだ」


シエル:「さすがだね……アハハ」


マキシス:「まぁ貴族だ、俺達には嫌でも頭下げるだろうな」


デイン:「兄様……アサシンになって多くの貴族を殺めてきたが……バルト公爵はあんな非道な奴らとは違う。そんな言い方は良くないと思う」


マキシス:「そうだな、すまない」


レイン:「ペケッタか……そこなら獣車(じゅうしゃ)に乗れるかもな?」


デイン:「確かに、そんなものがあったな」


店主:「乗れるってんならそこからレノバスタを通った方がいいな」


レイン:「……」


シエル:「ここは避けるかい?レイン」


レイン:「いや、セルナの墓に寄っていきたい。終わったって伝えてやんなきゃ」


デイン:「よし、ならレノバスタを抜けてコダバ砂漠まで二日かけて向かおう。

コダバ砂漠の北側にロルコッツがある、そこまで辿り着けば後は転送陣でナルビスタへ行けるはずだ」


マキシス:「長ぇ道のりだなおい……」


シエル:「早くて一月半(ひとつきはん)……何も無ければ……だけどね」


デイン:「シエルは手配書に載っているからな……これが最善だ、どこで奴らの目があるかわからないからな……」


シエル:「ごめんね……これで俺も大罪人の仲間入りだ」


レイン:「笑っちまうな、そんなもん俺らだってとっくに大罪人だぜ」


マキシス:「はっはっ!まぁアサシンだからな!俺らには俺らの正義があるって話だ!」


アルフォス:「ったく声がデケェんだよ……皆起きちまうぞ……ったく」


シエル達:ーすまない……ーごめんね


店主:「よし、これで決まりだ……!ほんじゃ明日に備えてお前らもしっかり寝とけよ?」


シエル:「うん、そうするよ……おやすみ皆」


レイン:ーおう……


デイン:ーおやすみ


マキシス:ーゆっくり休めよ!んじゃまたな


アルフォス:ーやっと寝れる……


ナルビスタへ向かう……新たな目的と真実を知るために……。

夜が明け、シエル達はまた歩き始めた……。


絶望が待つその先へ……


━━━━━━━━━━━━━━━・・・・ー


二日前……


シエル達が村を去った後……。


雨が降り続け、地面はぬかるみ、亜人達の死体が少しずつ星へとなっていた……。


グヌチャ……グヌチャ……


村に現れたのはシエルに卵を渡し、レインに瞬羅の助言をした老人だった。


辺りを見渡し、何かを感じる地下へと足を運ぶ。


老人:ー!?


老人:「なんと……なんと(むご)い……」


アイル、ミーシア、ヘレナ達の姿を見た老人。

ふつふつと怒りが湧き、歯を食いしばる。


老人:「こんな……こんな幼き者達までもが殺されている……。

もう黙ってはおられん時が近づいておるようじゃな……」


老人:ー?


階段を降りてくる二人の青年。


髪が背中まで伸びた銀髪の青年と男らしい短髪で鍛えられた肉体を露出する金髪の青年が老人へ話しかける。


銀髪:「じいちゃん……この子達は?」


老人:「シエルが守ろうとした者たちだ……」


金髪:「……」


金髪の青年がアイルの頭を撫で、目を開かせて何かに驚く。


銀髪:「どうしたの?」


金髪:「まだ……まだ息がある」


老人:「なに!?……ほ、本当か!!?」


銀髪:「"俺達の血"を飲ませるかい?」


老人:「……しかし、失敗すれば……」


金髪:「一度連れ帰ってから考えようぜ、母さんなら何とかしてくれんだろ」


老人:「そうじゃな……ガイム、ゼイル!この子達を運ぶんじゃ」


ガイム:「おう、急ごうぜ」


ゼイル:「女の子二人は優しくね?優しく」


老人:「はようせんか!」


外へ運び出し、老人が口笛を吹くと……


空から翼を持たぬ白美(はくび)の龍が現れ、アイル達を乗せる。


老人:「急いでくれ……!この子達はまだ間に合うかもしれん!二人はわしの後を着いてくるんじゃ!ええな?」


ガイム:「わかってる、行くぞゼイル」


ゼイル:「はーい」


ガイムが鈴を鳴らすと巨大な翼を羽ばたかせる金の竜と銀の竜が現れる。


ガイム:「誰かに見られちゃまずい……行くぞ」


ゼイル:「どうせ幻かなんかって思われるだけだよ、気にすることないんじゃない?」


ガイム:「まぁ、だな……ほら行かねぇとじいちゃん怒んぜ」


ゼイル:「はいはい、さぁ行くよ」


遙か上空へ飛んでいく竜達……。

その強風で森がざわつき、魔物達が怯えていた。


老人:「シエル……お前の身に……一体何が起きたというんじゃ……どうして世界は……こんなにも闇に……血に満ちておる……」



━━━━━━━━━━━━━━━・・・・


シエルの手配書が大陸中に張り出されてから数時間後……。


地図には無く、導かれる者だけが立ち入ることの出来るある森の中に、一件の木で出来た家があった。


家の前には銀の毛並みをした巨大な狼が尾を巻いて寝ており、家の周りを妖精たちが飛んでいる。


妖精:「ウィード〜!いつまで寝てるのさ!!」


ウィード:「邪魔をするな……」


妖精:「ウィードの寝る邪魔したら食われちまうぜー??」


妖精:「べ~っだ!」


ウィード:「まったく……ん?」


妖精達の前に現れた、蒼いサーコートを身に着けた灰色の髪をした男。


なにか急いでいる様子の男は家の扉を優しく叩き、中の住人に話しかける。


???:「母様!母様!!」


水晶を見つめ、茶を飲む女性……。


???:「ー?……アーシー、どうかしたの?」


???:「入ってもよろしいですか?」


???:「息子に駄目とは言わないわ……入っておいで」


扉の先に立つその女性は、凛とした美しさで、長く伸ばされ整った緑の髪をなびかせ、透き通った翠眼(すいがん)が美しく、誰もが目を奪われてしまう程の女性だった。


???:「そんなに息を切らして……何事?」


アーシー:「これを……」


アーシーは女性にある手配書を手渡す。

そしてその手配書に描かれた男の姿を見て女性は瞳を大きくする。


???:「アーシー、これをどこで?」


アーシー:「私の国ですが、聞いたとこによるとこの手配書は大陸中の各国に出されているようです……母様が探されている"あの方"にとても似ていると思って……」


???:「えぇ……間違いないわ、名前は少し違うけど、間違いない……」


アーシー:「か……母様……?」


涙を零す女性。

手を震わせ、その場でしゃがみ込んでしまった。


???:「ごめんなさい……アーシー、少しわがままを聞いてくれるかしら」


アーシー:「母様の為ならもちろん」


???:「弟達にも伝えて、この手配書の者を生きたまま私の所へ連れてきて……できるだけ早く。

もし仲間がいればその者達もよ……お願い、必ず連れてきて欲しいの」


アーシー:「わかりました。急ぎランスラム達にも探させます」


???:「ありがとうアーシー、あの子達にもよろしくね」


アーシー:「はい、母様。では」


妖精:「アーシー~リンリン泣かせたな??」


アーシー:「違うよ……あんな母様初めてだ」


ウィード:ー……?リンリンのこの感情はまさか……生きていたのか……あの小僧がー


"マーリーン":「ぐす……ぐす……シエル……生きて……生きてたのね……早く貴方の顔を……"あの日の事"を……伝えたいの……」


木棚に置かれた綺麗な花を見つめるマーリーン。


マーリーン:「"グレイ"……あの子はまだ生きていたわ…まだ……この世界は終わってない……貴方が愛し、生きたこの世界は……まだ終わってないわ……」


━━━━━━━━━━━━━━━・・・・


アルラーク大陸ーある遺跡……


リオルが信者達と大きな魔法陣を囲み何か呪文を唱えていた。


リオル:「さぁ……準備は整いました。どうやら上手くいったようです……ンクク……ンハハハハハハ!!!!」


陣が強く光だし、上空に光が撃ち放たれた。

暫く放たれた後、陣が消え儀式に終わりを告げる。


リオル:「神の導きにより別世界から舞い降りし者たち……神に与えられたその力を……あの者へ捧げるのです!……"転生者"、そう呼ばれし異界の者たちの力を……我がものに……ンハハハハハハハ!!」



次章【転生・転移者強襲編】へ続く……。

投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした……。

話の見直し、誤字修正、矛盾はないか等確認と、

この先の展開の構成にかなり時間がかかってしまいました。


次の章はシエル達が"真実"に近づいていく大きく話が動く章となっています!

ぜひ楽しみにして頂けると嬉しいです。


私のお話に貴重なお時間を頂き、読んで頂けることに心から感謝しています。

これからも書籍化目指して続けて投稿していきますので応援よろしくお願いいたします。


ブックマークや評価、ご感想お待ちしています!

この回を最後まで読んで頂きありがとうございました!

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