第1話 KOUBEファクトリー
第1話 KOUBEファクトリー
―――それは珈琲に携わる物なら誰もが憧れる称号の一つ
―――そしてその称号を得るには数々の試練がある
―――毎年その頂点に立てるのは、たった一人である
―――だがその頂に登りつめたものだけにしか見えない世界とは……
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ここは珈琲専門店:KOUBEファクトリー兵庫区にある自家焙煎珈琲店で、代表取締役の僕(成沢明)が設立した株式会社珈琲ファクトリーKOUBEの店舗部門である。取締役副代表でバリスタの香坂七海が、運営統括している。僕と七海・焙煎士で副代表の加藤さんで、直接世界中のブランド農園と交渉して仕入れたスペシャリティーコーヒー豆を使っている。メニューはその豆を使ったドリップコーヒー4種類(月替わり)と、エスプレッソ(カフェラテ・カプチーノ)を提供している。今日も常連さんたち愛好家が来店し、珈琲を飲みながら会話を楽しむ憩いの場所になっている。
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「おはようございます!」
「あ!明くんお疲れ様~」
朝9時、バリスタ兼焙煎士の僕は毎朝のルーティーンである珈琲豆焙煎作業を終えてから、七海・加藤さん・スタッフたちに挨拶をして店内に入る。この時間帯になると開店前の準備に追われていたスタッフが一旦仕事の手を止めて、僕の方を向きながら「お疲れさまです」と声をかけてくれる。これが一日の始まりだ。
僕はまず七海が調整したエスプレッソマシーンの最終チェックを兼ねて朝の一杯を頂くのが日課である。
「うん!バッチリ。七海。ありがとうね」
そう言って僕は七海にお礼を言う。
「うふっ♪明君どういたしまして~」
すると彼女は嬉しそうな顔をする。
「さすが明君。超一流のバリスタは違います。私なんかまだまだだよ……」
焙煎士で副代表の加藤さんが褒めてくれた。
「いえそんなことありませんよ。焙煎士としては加藤さんにはまだまだ及びませんから」
僕は謙遜しながら答える。
焙煎士とは焙煎・ブレンド一人でこなすスペシャリストのことである。そしてバリスタは珈琲を提供するまでの一連の作業を、お客様の前で行うことで珈琲の味はもちろんのこと、接客技術やテーブルセッティングなども含めた総合的なサービスを提供できるプロのことを言います。
焙煎士は焙煎・ブレンド・焙煎後の管理・焙煎機のメンテナンス・焙煎機を使った焙煎作業・コーヒー豆の計量(グラム数を決める)・焙煎前の水分値測定などの工程があり、バリスタはドリップ珈琲(・サイフォン・ネルドリップ・フレンチプレス・エアロップ)・エスプレッソマシーンを使ってのエスプレッソ・カフェラテ・カプチーノなどの提供、コーヒー豆の販売を行う。焙煎士とバリスタでは仕事内容が大きく異なるため、どちらが良い悪いということはないけれど、焙煎士の方がより珈琲に詳しくないと勤まらない職業である。
バリスタの資格試験は難しいと言われている。焙煎士は特に資格があるわけでない、焙煎業務に携わっている人のこと焙煎士と呼んでいる。
「明君来月の店舗で提供するブレンドコーヒーメニューの試作品を作ってみたのだけど飲んでくれる?」
「え?もうできたのですか!?早いですね」
加藤さんが早速珈琲を提供してくれた。その珈琲は今月のブレンドと違い季節に合わせてブレンドする品種や割合を変えている。
「とても香りが良く、酸のニュアンスが程よくたっており、グレープフルーツを感じさせます。またそこに程よくバニラエッセンスの甘みが感じられますね」
僕は試飲して感じたことを述べる。
「明君は相変わらずいい舌を持っているね。これこそ世界バリスタチャンピョンだ」
加藤さんはとても満足気な表情で言った。
「とんでもないですよ。僕なんてまだまだ未熟者ですから」
「謙遜しなくていいよ。それはそうとして、明君これを淹れるワイングラスはもう決めた?」
そう僕たちの珈琲店では、珈琲をコーヒーカップだけでなく、品種・焙煎度別に合わせてワイングラスやウイスキーグラスでも提供する。
「今七海と菜々緒が中心となってガラスメーカーからの提案されたグラスから選んでいます」
「そうっか……明君も忙しいよね。わかった、明君の意見も聞きたいところだけど、また落ち着いたら相談させてもらってもいいかな?明君の珈琲に対するこだわりは人一倍強いと思う。それを具現化できるグラスが見つかるといいね」
「そうですね。二人も張り切っていますからね。それと今日のオンライン販売分の焙煎豆状態はいつも通りOKですか?」焙煎された珈琲豆は店舗とインターネットショップで販売している。オンラインで販売する分は加藤さんはじめ焙煎ファクトリー(焙煎部門)のスタッフの目利きによって選別している。人工知能搭載梱包ロボット使ってこだわったパッケージの箱に入れられて商品となる。商品はオンライン販売部門スタッフが、お客様一人一人の好みやニーズに合わせたオーダーメイドでお届けしている。もちろん商品には自信があるが、焙煎後2~3寝かせてから発送することを心掛けており、鮮度にこだわっている。
「ああ問題ないよ。ただ今日も明君の焙煎した珈琲が売れているみたいだからそっちに回すように調整している」
「ありがとうございます。加藤さんのブレンドも人気ありますもんね。じゃあ僕はこれで失礼します」
「うん。お疲れ様。これからもよろしく頼むよ」
加藤さんは僕の肩を叩きながら笑顔で見送ってくれた。
焙煎ファクトリー(焙煎部門)は、KOUBEファクトリーの隣に会社設立2年目に作った。私が子供の頃からお知り合いの高齢の夫婦が住んでいた家があったが、15年前にご夫婦が家を売り払ってから一気に朽ち果ててししまった。ご夫婦から買い取った地元不動産会社(社長がぼの父と同級生)から有効活用しないかと言ってくださり譲渡してもらって、そこに建てた。裏側でKOUBEファクトリーとつながっている。
オフィスに戻ると、七海と僕の妹のバックオフィス部門で広報をしている菜々緒がグラスを見て話しをしていた。
「あっ兄ちゃんおかえりー。これ見てみて!」
菜々緒が話しかけてきた。
「どう、来月から使えるワイングラスあった?」
「あったよ。この3つなら来月からブレンドコーヒー提供する際に使えるよ」
「私これいいなと思っていたのだ。お兄ちゃん・七海さん早速注文するね」
「うん、お願いね。七海、あと今週の生豆の発注書はできている?確認したいのだけど」
「できているよ。こっち」
「ありがとう」
「ねえ明君、ちょっと聞いてくれるかな?」
七海が真剣な顔つきで話してきた。
「何、どうかしたの?」
「スタッフの今後のバリスタの各種競技大会向けてなんだけど、美保子ちゃんが今世界バリスタ大会優勝に向けてトレーニングしているけどほかのスタッフも大会に出させようと思うのだけどどう?」
「そうだねぇ、確かに最近みんな頑張っていると思うから出させてもいいかもね。でもKOBEファクトリーは少人数だからなかなか難しいじゃないかな?それに美保子に統括してもらっているオンライン販売部門もまだこれからだし」
「そっか、わかった。ありがと!美保子ちゃんに言ってみるわ」
そういうと、七海は自分の席に戻っていった。
それからしばらくして、美保子が帰ってきた。
「ただいま戻りました~」
話に上がっていた美保子が帰ってきた。柳瀬美保子、この会社設立してから最初に採用したバリスタの女性である。初めは店舗部門のKOUBEファクトリーで働いてくれていたが、僕が新しい方向性を模索していた時にオンライ販売を提案してくれた。そのことから今は執行役員としてオンライン販売部門を統括している。当然バリスタとしてはもう一流の実力を持っている。
「明さん、梱包素材メーカーさんから新しい提案を受けました。どうしますか?」
「うん、見せてくれる?」
僕は美保子の提案書を見た。
「うーん、これは少しコストがかかるかもしれないなぁ。でもいいアイデアだね。試しにやってみよう。早速手配してくれるかい」
「はい、わかりました」
美保子は笑顔で答えた。そしてテキパキと動き始めた。
「それと、今度うちのカフェのメニューをリニューアルしようと思うのだよね。どんなのがいいと思う?意見聞かせてよ」
「そうですね、私だったら……」
彼女はしばらく考えた後こう言った。
「やっぱりアイスコーヒーがいいと思います」
「えっ?なんで?」
「だって、珈琲専門店なのにコーヒー以外のドリンクを提供しているじゃないですか。それって変ですよ。だからもっと積極的にコーヒーの良さを伝えていくべきだと思います」
「確かにそうだねぇ。じゃあ店ではコーヒーにもう一度フォーカスしていこう」
「あとスイーツにも力を入れるといいと思います。特にチョコレート系のケーキがオススメです」
「おぉ、それはナイスアイデア。さすが美保子!」
「ありがとうございます。ふふっ」
彼女の得意げな顔を見て思わず笑みを浮かべてしまった。
「あと美保子バリスタ世界大会に向けてトレーニングの調子はどう?オンライン販売部門統括の仕事がきつかったら七海と僕でサポートするからね」
「大丈夫です。私はもうバリスタとして一人前になりました。自分のことは自分でできます」
「そっか。なら安心だ」
「はい!任せてください」
そう多忙な一日が終わっていった。
***
―――翌日。
今日も毎日の日課であるエスプレッソマシーンの最終確認から一日が始まる。そんなこんなで開店前の準備を着々と進めていた。するとお店にとある女性がやってきた
「明、順調そうね」開口一番話を始めたのは、京都からやってきた鈴木千波である。
彼女は京都で自身が設立したcafeblack whiteを運営している株式会社Coffee Planetの代表を勤めている。
僕の2歳先輩にあたる。
「千波さん。急にどうしたのですか?メッセージアプリで連絡してくれたらいいのに」
「だって、昨日からずっと忙しかったでしょう。それにあなたと話すのも久々だから会いたくなってね」
「そうなのですか!?ありがとうございます!」
僕は嬉しくて思わず笑顔がこぼれた。
「千波さんの珈琲店も毎週末行列ができるぐらい人気ですよね。千波さんのアート的発想の珈琲には毎回驚かされます」
「ふふん、私はまだまだよ。もっと良いアイデアがあるはずといつも考えているわ」
千波さんは、幼少期の頃から絵や少女漫画を描くのがとても好きである。その上中学校の頃から写真撮影の趣味もできた。そのため何かを表現することにずば抜けて能力が高い。
それは今の千波さんが手掛けている珈琲にも色濃く反映されている。その珈琲は今までの概念を覆すもので、珈琲業界で熱い視線が注がれている。
「まぁ千波さんは、自分のことを珈琲アーティストと表現していますもんね?」
「そうよ!私にとって珈琲は芸術作品なの。そしてそれを飲んでくれるお客様にとっても芸術作品になるような珈琲を提供したいと思っているの」
「確かにその通りですね。千波さんの珈琲を飲むと本当に癒されるのですよ。まさにアートです。京都と言う土地柄もそうさせているのか知れませんね」「あら、嬉しいこといってくれるじゃない。でもその言葉はお世辞ではなく本心で言って欲しいわ。私が求めているのは、お客さまの心に響くものであって、お金ではないの。だから私の珈琲は、芸術作品なの」
彼女は、自分の珈琲を芸術作品として捉えており、お店ではアート作品を楽しんでもらうように接客をしている。
例えば、珈琲カップ&器のデザイン一つとっても、今までない斬新なデザインである。茶器で提供することもある。お店のインテリアも京都らしさと近未来を絶妙に融合している。
また、季節によって変わるメニュー表も彼女が原案を出して作っている。日本の文化と次世代技術の融合をアート×珈琲で具現化し続けいる。
「それにしても千波さん。今日は何でここに来たのですか? 確か明日から東京に出張じゃなかったのですか?」
「あ、それなら大丈夫。もう新幹線に乗ってきたから。明日の準備も済ませてきたから心配しないで!」
「えぇ!!仕事早すぎますって!!」
「ふふっ。明を驚かせたくてね。サプライズ成功!」
「あ、ありがとうございます!」
僕は思わず笑みが溢れてしまった。
***
「あ、そうだ。明、私が来月出す予定の珈琲持ってきたの。ドリッパー貸してくれる?ここで淹れるから」
「えっ!千波さん、もう新作作ったのですか!?相変わらず早いですね」
「当たり前でしょ?私は天才バリスタなのだから」
千波さんは自信満々な表情で言った。カウンターの中に入って早速コーヒー豆を挽き始めた。
僕のところのスタッフも手を止めて千波さんの手さばきにくぎ付けとなる。
「明君、千波さんの手さばき流石京都生まれだね。趣味で茶道を学んでいるからかな?」
「いや違うと思うぞ。あの人は、元々絵描き志望だったし」
「へー、意外だね」
「千波さん、凄いなぁ~」
「うん、僕も思う」
スタッフたちも感嘆の声を上げていた。奥から遠巻きに焙煎ファクトリーの加藤さん・バックオフィス部門統括の誠さんが見つめていた。
「加藤さん、彼女の渾身の焙煎したコーヒーだそうですよ。負けていられませんね?」
「誠君、分かっているじゃないか。俺たちも負けてられないな!」
加藤さんは誠さんと会話しつつ、心の中で闘志を燃やした。
「よし、できた。明、どうぞ飲んでみて!」
「はい、いただきます」
僕は珈琲を一口飲んだ。すると、今まで感じたことの無いような深いコクと芳ばしさが口に広がった。香も
「美味しい……。この味、最高です」
「でしょう? これは、ブラジル産のサントスNo2をベースにして、エチオピア産モカ・イルガチェフェをブレンドしているの」
「なるほど。これアフターミック(それぞれの豆を別に焙煎してからブレンド)ですか?」「正解! 今回は、より深みのある味わいを目指してみたわ」
「確かに、いつも以上に深みがある気がします。酸味が少ない分、苦みの余韻がしっかりしていますね」
「うん、その通りよ。やっぱり、明は私のことよく理解してくれているのね。嬉しいな♪」
千波さんが満足げな顔で微笑む。
「でも、千波さんの焙煎技術が素晴らしかったからこその出来栄えですよ」
「ふふん!まあね」
彼女は鼻高々といった様子で誇らしげにしていた。
「さぁ皆も飲んで、学んでくださいね」
千波さんに促されて、スタッフたちも試飲した。
「うわっ!何この珈琲。さすが千波さん、明さんが尊敬しているわけですね」
「うん、こんな焙煎は初めてです! 香り高くておいしい」
「深みがあって素晴らしいですね」
「ありがとうございます」
千波さんは照れくさそうな顔をしながら丁寧にお礼を言う。しかし、すぐにキリっと真剣なまなざしに変わる。
「焙煎は、コーヒーの個性を最大限に引き出す仕事。だから、お客様が求めているものを提供するのが私たちの仕事であり責任なの。そして、それは同時に焙煎士のプライドでもあるの」
千波さんの言葉に一同はハッとした。
「明、私もまだまだ勉強中だけど、お互いに切磋琢磨して、関西から新たな珈琲の価値観を作っていこうね。あなたがいれば私はどこまでだって成長できると思うの。だから、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。僕も努力していきます」
僕は力強く答えた。
「はい、二人とも握手!」
加藤さんが僕らの間に入った。
「おぉ、熱いねぇ」
「はい、加藤さんも焙煎の腕磨いて下さいね」
「おう、任しておいて!」
二人の姿にスタッフも心を動かされることになる。