表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夜空の涙

作者: 小畠愛子

「おじいちゃんは? ママ、おじいちゃんは?」


 小さな女の子に聞かれて、目を赤くはらしたお母さんは、ささやき声で答えました。


「おじいちゃんはね……。……お星さまに、なったのよ」


 首をかしげる女の子を、夜空は静かに見つめていました。と、まるでこぼれるように、夜空から星が流れ落ちたのです。


「……ごめんなさい、おじいちゃんは、お星さまにはなっていないわ。だって、ミキちゃんのおじいちゃんは……」


 再び夜空から、星がこぼれ落ちました。




「ごめん、悪いけどおれ、他に好きな人がいるから……。ごめんね」


 それだけいうと、スラッとしたスーツ姿の男の人は、足早に去っていきました。そのうしろすがたを、事務服を着ためがねの女性が、ぼうぜんと見つめています。男の人がいなくなると、女性は声をおしころして泣き始めました。


「……やっぱりわたしなんて、なんの魅力もない女なんだ……」


 すすり泣く女性を、夜空は静かに見つめていました。と、まるでこぼれるように、夜空から星が流れ落ちたのです。


「……わたしは、ゆいなさんの素敵さを知っているわ。それなのに……」


 再び夜空から、星がこぼれ落ちました。




「くそっ! 来るな、死にやがれよ!」


 全身黒い服に身を包んだ男が、叫びながら銃を連射します。「カチッカチッ」と、むなしく音が響き、怒声がだんだんと近づいてきます。


「ちくしょう! ……おれも、ここまでか……」


 黒い服の肩の部分が、真っ赤に血で染まっています。ギリッと歯ぎしりして、男は夜空を見あげました。その男を、夜空は静かに見つめていました。と、まるでこぼれるように、夜空から星が流れ落ちたのです。


「……純也さん、小さいころのあなたは、あれほど正しく輝いていたのに……。わたしと同じ、黒に染まってしまったなんて……」


 再び夜空から、星がこぼれ落ちました。




 たくさんの人が涙をこぼし、嘆き悲しむのを、夜空はただ静かに見守ることしかできませんでした。そして、そのたびに夜空は、星を一つこぼすのです。


「わたしがこぼした涙を見て、だれかが幸せを願っているかもしれない。……でも、結局だれも幸せになんてならない。わたしはどれだけ、悲しむ人たちを見続けないといけないのかしら。星が全て落ちるまで? 星が全て枯れるまで?」


 夜空から、ぽろり、ぽろりと、星がこぼれて落ちていきます。と、またもや誰かの苦しそうな悲鳴が聞こえてきました。夜空の闇は濃くても、夜空は目を閉じることはできません。ただその悲鳴をあげた人を、見守ることしかできないのです。


「あぁ、またわたしから、星がこぼれていくんだわ……。あら、この声は……」


 夜空は静かに、声のするほうへ耳をすませました。




「ヒッ、ヒッ、フーッ!」

「もう少しだから、がんばって!」


 女の人が、歯を食いしばってこらえています。その苦痛に満ちた声が夜空からいくつもの星をこぼして、そしてやがて悲鳴はとぎれました。


「あぁ……。きっと、あかりさんもまた、お星さまになったっていわれるんだわ。死んでしまった人はだれも、お星さまになんてならないのに。それどころか、わたしはずっと、お星さまをこぼすことしかできないのに」


 そうして夜空から、最後の星がこぼれようとしたそのときでした。


「オギャアッ! オギャー!」


 元気な泣き声が聞こえてきて、夜空はめんくらってしまいました。なにが起きたのかわからず、とまどう夜空に、悲鳴をあげていた女性の安堵の声が聞こえてきたのです。


「よかった……。生まれてきてくれて、ありがとう……」


 それを聞いた夜空に、ぽつり、ぽつりと、星の明かりが戻ってきました。それはたくさんの産声をあげて、夜空の闇を埋めていきます。そして、それと同時に、夜空はいくつもの星をこぼしていきました。星は生まれ、そしてこぼれて、それをくりかえして……最後に空は、たくさんの星の輝きを残して、白んで朝を迎えていきました。




「すごい、流星群だ! 願いごとをいわなくちゃ」

「願いごと? そんなの迷信だろ。かないやしないさ。こんなくそみたいな世の中に、希望なんてないよ」


 二人の男女が、そろって空を見あげていました。男は疲れた顔で、一心不乱に空を見あげる女性の顔をちらりと見ます。


「ホントに願いごとなんてかなうと思ってるのか?」


 あきれたようにいう男に、女性はほほえんでうなずきました。


「本当よ。だって、願ったからこそ、あなたと出会えたんだから」


 男はわずかに目を見開きました。ポケットに忍ばせていた二つの薬から、男は手を離しました。


「……もう少し、生きてみるか……」


 男のつぶやきを聞くと同時に、夜空も白んでいきました。そうして夜空は眠りについたのです。たくさんの星に囲まれて。

お読みくださいましてありがとうございます(^^♪

ご意見、ご感想などお待ちしております(*^_^*)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 頑張って生きてみるのもいいものですね!
2022/01/12 17:17 退会済み
管理
[一言] 「冬童話2022」から拝読させていただきました。 嘆き悲しみだけでもないですよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ