夜空の涙
「おじいちゃんは? ママ、おじいちゃんは?」
小さな女の子に聞かれて、目を赤くはらしたお母さんは、ささやき声で答えました。
「おじいちゃんはね……。……お星さまに、なったのよ」
首をかしげる女の子を、夜空は静かに見つめていました。と、まるでこぼれるように、夜空から星が流れ落ちたのです。
「……ごめんなさい、おじいちゃんは、お星さまにはなっていないわ。だって、ミキちゃんのおじいちゃんは……」
再び夜空から、星がこぼれ落ちました。
「ごめん、悪いけどおれ、他に好きな人がいるから……。ごめんね」
それだけいうと、スラッとしたスーツ姿の男の人は、足早に去っていきました。そのうしろすがたを、事務服を着ためがねの女性が、ぼうぜんと見つめています。男の人がいなくなると、女性は声をおしころして泣き始めました。
「……やっぱりわたしなんて、なんの魅力もない女なんだ……」
すすり泣く女性を、夜空は静かに見つめていました。と、まるでこぼれるように、夜空から星が流れ落ちたのです。
「……わたしは、ゆいなさんの素敵さを知っているわ。それなのに……」
再び夜空から、星がこぼれ落ちました。
「くそっ! 来るな、死にやがれよ!」
全身黒い服に身を包んだ男が、叫びながら銃を連射します。「カチッカチッ」と、むなしく音が響き、怒声がだんだんと近づいてきます。
「ちくしょう! ……おれも、ここまでか……」
黒い服の肩の部分が、真っ赤に血で染まっています。ギリッと歯ぎしりして、男は夜空を見あげました。その男を、夜空は静かに見つめていました。と、まるでこぼれるように、夜空から星が流れ落ちたのです。
「……純也さん、小さいころのあなたは、あれほど正しく輝いていたのに……。わたしと同じ、黒に染まってしまったなんて……」
再び夜空から、星がこぼれ落ちました。
たくさんの人が涙をこぼし、嘆き悲しむのを、夜空はただ静かに見守ることしかできませんでした。そして、そのたびに夜空は、星を一つこぼすのです。
「わたしがこぼした涙を見て、だれかが幸せを願っているかもしれない。……でも、結局だれも幸せになんてならない。わたしはどれだけ、悲しむ人たちを見続けないといけないのかしら。星が全て落ちるまで? 星が全て枯れるまで?」
夜空から、ぽろり、ぽろりと、星がこぼれて落ちていきます。と、またもや誰かの苦しそうな悲鳴が聞こえてきました。夜空の闇は濃くても、夜空は目を閉じることはできません。ただその悲鳴をあげた人を、見守ることしかできないのです。
「あぁ、またわたしから、星がこぼれていくんだわ……。あら、この声は……」
夜空は静かに、声のするほうへ耳をすませました。
「ヒッ、ヒッ、フーッ!」
「もう少しだから、がんばって!」
女の人が、歯を食いしばってこらえています。その苦痛に満ちた声が夜空からいくつもの星をこぼして、そしてやがて悲鳴はとぎれました。
「あぁ……。きっと、あかりさんもまた、お星さまになったっていわれるんだわ。死んでしまった人はだれも、お星さまになんてならないのに。それどころか、わたしはずっと、お星さまをこぼすことしかできないのに」
そうして夜空から、最後の星がこぼれようとしたそのときでした。
「オギャアッ! オギャー!」
元気な泣き声が聞こえてきて、夜空はめんくらってしまいました。なにが起きたのかわからず、とまどう夜空に、悲鳴をあげていた女性の安堵の声が聞こえてきたのです。
「よかった……。生まれてきてくれて、ありがとう……」
それを聞いた夜空に、ぽつり、ぽつりと、星の明かりが戻ってきました。それはたくさんの産声をあげて、夜空の闇を埋めていきます。そして、それと同時に、夜空はいくつもの星をこぼしていきました。星は生まれ、そしてこぼれて、それをくりかえして……最後に空は、たくさんの星の輝きを残して、白んで朝を迎えていきました。
「すごい、流星群だ! 願いごとをいわなくちゃ」
「願いごと? そんなの迷信だろ。かないやしないさ。こんなくそみたいな世の中に、希望なんてないよ」
二人の男女が、そろって空を見あげていました。男は疲れた顔で、一心不乱に空を見あげる女性の顔をちらりと見ます。
「ホントに願いごとなんてかなうと思ってるのか?」
あきれたようにいう男に、女性はほほえんでうなずきました。
「本当よ。だって、願ったからこそ、あなたと出会えたんだから」
男はわずかに目を見開きました。ポケットに忍ばせていた二つの薬から、男は手を離しました。
「……もう少し、生きてみるか……」
男のつぶやきを聞くと同時に、夜空も白んでいきました。そうして夜空は眠りについたのです。たくさんの星に囲まれて。
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