第736話 原因
「ちょっと、武上くん」
「ごほっ、ごほっ、ごふっ!」
武上の咳が酷くなってる。
「立てないくらい辛いの?」
両膝をついてしまった。
「こうすれば楽になるかな?」
里村と幸奈が背中をさすり始めた、が。
「ごほっ、げほっ!」
まったく治まらない。
「もんだ……ごほっ、げほっ、げほっ!」
「これ、普通じゃないわ。一度部屋に戻って休みましょ」
「うん、それがいいよ」
「だから、大丈夫だって、ごほっ、ごほっ、げほっ、ごぼっ!」
「えっ!?」
「武上くん!?」
血!?
血だ!!
「うっ」
瞬間、蘇るあの場面。
何とも言えない痛みが脳裏を走り抜ける。
「ごほっ、ごぼっ!」
「嘘!?」
「そんな、血がたくさん……」
「はあ、はあ、ごほっ!」
武上の傍らで固まる古野白さんと幸奈。
「しっかりして、武上くん! すぐに薬貰ってくるから。あっ、でもその前に部屋に連れて行かないと」
里村は動揺しながらも動けている。
俺は……。
「有馬くんも手伝って!」
「あ、ああ」
「きっと大丈夫だよ、喉が切れただけかもしれないし」
そうだ。
まだ何が原因なのか分かってないんだ。
ニレキリの毒と結び付けて焦る必要なんてない。
「武上くん、立てるかな?」
「あたり、まえ、ごほっ、ごふっ!」
「無理よ、これじゃ立てても歩けないわ」
「でも、古野白さん」
「だから有馬くん、背負ってくれる?」
「もちろんです」
重量のある武上を背負って歩けるのは俺だけ。迷う必要もない。ただ、あの部屋でいいのか?
「古野白さん、この施設内に医務室はないんですか?」
「薬剤を保管している部屋が医務室みたいなものだけど、今は専門家はいないはずだから」
「そうですか」
なら、仕方ない。
とりあえず部屋で休ませるしかないだろう。
「有馬……ごほっ、げほっ!」
「大丈夫だ、俺が運んでやる」
里村、古野白さん、幸奈の手を借りて武上が俺の背中に。
「功己、部屋まで行けそう?」
「無理だったら、ボクも手伝うよ」
「問題ない。そんなことより急ぐぞ」
「うん……ごほっ」
なっ?
「ごほっ、ごほっ!」
「「里村くん?」」
里村まで咳を?
「ごほっ……平気、ちょっとむせただけ、ごほっ」
「ほんと、平気なの?」
「うん、問題ないよ。だから早く、ごほっ、ごほっ」
とてもそうは思えない。
嫌な予感しかしない。
「武上くんを早く」
「……分かったわ」
「ごほっ、ごほっ、げほっ……あれ?」
っ!?
「「里村くん!」」
「血? ボクも……げほっ!」
まずい!
「里村、おめえ……げほっ、げほっ、ごほっ!」
背中に生温い湿り気?
「「武上くん!」」
武上が大量に喀血したんだ!
「ごほっ、げほっ、げほっ、ごふっ!」
背中に意識が向いたその瞬間。
里村が激しく咳込み、蹲ってしまった。
その手を真っ赤に染めて!
目の前の光景が信じられない。
意味が分からない。
どうして、こんなことになってしまったんだ。
「武上くん! 返事して、武上くん!」
「そんな……」
宿の1階ロビー。
そのソファーに横たわる武上。
穏やかな寝姿とは対照的に襟元は真っ赤に染まったまま。
「お願いよ、武上くん!」
「……」
邪狼狗討伐済みの今回、武上が連れ去られることはなかった。あの鱗粉が撒かれることもなかった。武上が害される場面なんてどこにもなかったはず。
なのに、どうして?
「武上くん……」
何が起こったのか?
どうなっているのか?
まったく理解できない。
が、それでも、事は起こってしまった。
これは紛れもない事実。
「……」
もちろん、俺も呆けていたわけじゃない。
現状でできることはすべて試した。
前回同様に治癒魔法も気も。
背中越しに武上を密かに治療し続けた。
使えそうな薬剤も投与した。
けど……駄目だったんだ。
「うぅぅ、ううぅぅ……」
「……」
鱗粉には効果があった俺の治癒魔法。
それが今回通用しなかった。
ということは、原因は鱗粉以外ってことになる。
邪狼狗がいないのだから当然と言えば当然だ、が、だったら原因は何なんだ?
何らかの病?
無いことはないだろう。
けど、昨日までは元気の塊だった武上と里村が2人同時にこんなことになるなんて、普通は考えられない。
それに病気なら、治癒魔法の効果が多少なりともあるはず。
こんなに早く武上を失うことはなかったはず。
ただ、不思議なのは……。
「功己、里村くんの容態はどう?」
「……今のところ小康状態を保ててる」
里村の治療には効果が出てること。
ということは、武上と里村では原因が違う?
いや、このタイミングで同じような症状なのに、それは考えがたい。
なら体質の違い、原因の量差。
それとも……。
因果の強制力が働いてる?
時間が武上の死を望んでる?
「大丈夫なのね?」
「……断言はできない」
セレス様の時もそうだった。
状況は変わっていたのに何度も同じ結果を迎えてしまった。
もちろん、異なる状況毎にはっきりとした要因があったけれど、その要因を越える何かも感じていた。
だったら、今回も……。
「でも、きっと大丈夫よ」
「……」
「里村くんは回復するわ」
「……どうしてそう思う」
「さっきと違って功己、落ち着いてるから」
それは……そうかもしれない。
実際、今の里村の症状は悪くない。
良化する可能性が高いとも思える。
ただし、平静でいられるのはそれだけが理由じゃないんだ。
俺にはまだ切り札が残ってるから。
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