第735話 杞憂
「っ! 誰!?」
「幸奈、少し下がってくれ」
「えっ?」
「少しだけ待っててくれ……ストーンウォール」
今回は幸奈が上るわけじゃない。
俺ひとりでいいんだ。
だったら。
「ストーンウォール、ストーンウォール、ストーンウォール、ストーンウォール!」
大きさも形も無視した不揃いの石壁5つ。
それを階段状に並べ。
跳べばいい。
「ええっ!?」
ダンッ!
「ふふ、はは……!?」
ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ!
「おまっ!?」
目の前には驚愕する邪狼狗。
「……異能者だったのか?」
「いいや」
「なら、今のは?」
「答える必要はない」
おまえはここで消えるんだからな。
「何だと?」
これ以上の言葉は不要。
必要なのはこいつ。
シュッ!
振るった右拳が風を切り。
邪狼狗の顔面に炸裂……しない。
頬をかすっただけ。
シュッ!
続く左も同じ。
「くっ!」
こいつ、前回より早い。
対応力も明らかに上。
不自然すぎるほどの差だ。
といっても、分かっていれば対処できる。
手を焼くレベルじゃない。
「うぅぅ……」
その邪狼狗が俺の顔を見て後退していく。
殺気に飲まれたのか、両頬の出血に焦ったのか?
いったん距離を取る考えのようだ。
もちろん、ここで逃がすつもりはないが。
「なっ!」
一気に決めてやる。
この剣で屠ってやる。
「やめろ!」
やめるわけないだろ。
ザシュッ!
逆袈裟に一振り。
「ぐぎゃあぁ!」
続けて。
ザンッ!
上段から一閃。
「ぎ#%@*!」
さらに水平一文字に。
ザッッシュン!
「#%@」
言葉にならない声を漏らしながら地に落ちる邪狼狗。
そのまま沈黙してしまった。
身動ぎもしない。
剣先でつついても反応はなし。
「……」
終わったのか?
あの邪狼狗を倒したのか?
「……よし」
大異形討伐完了だ。
これでもう心配はない。
武上も救えるぞ。
「ふぅぅぅ」
思わず安堵の息が溢れ出てしまう。
緊張が解け、心身が弛緩していく。
けど、まだだ。
まだ皆の無事を確認できていない。
ここで邪狼狗が消えたのだから何の問題もないとは思うが、この目で3人の安否確認をしなきゃ落ち着かない。
「功己~~、そっちはどうなってるの?」
その前に幸奈だな。
「こっちは終わった。今から迎えに行く」
「えっ? どうして?」
「有馬、おまえ?」
俺の目の前で声を上げたのは古野白さんと武上。
場所は宿の程近く。
後ろには里村もいる。
「どうやって上ったんだ?」
ほぼ想定通り。
それでも、分かっていても、ほっとする。
頬が緩んでしまう。
「っつうか、上れるんなら先に言えよ」
「……」
「ったく、縄なんて必要ねえじゃねえか」
とはいえ、これは……。
「急ぐ必要も心配する必要もなかったわね」
俺の判断ミスだったかもしれない。
「で、どうやったのかしら?」
「ボクも知りたいな」
「……」
里村がしきりに右耳の後ろを掻いている。困った時や考え事をする際のあいつの癖だ。
「魔法でも使ったのか、それとも超能力か?」
両手を組んで指を鳴らしているのは武上。これも前回の人生でよく見た武上特有の仕草。
「有馬くん?」
男2人に比べると付き合いの浅い古野白さん、彼女の癖についてはいまだ不明のまま。
「「どうなの?」」
「どうなんだ?」
なんて現実逃避している場合じゃないよな。
「おい、おい、まじで魔法でも使ったんじゃねえだろうなぁ?」
ほんと、まずいことになってきた。
これじゃ、また露見があやしくなってしまう。
かといって、どう答えればいいのか?
前回と違い今回は簡単に見逃してくれないだろうし。
「たまたま上りやすい場所があったから」
なっ?
幸奈?
「もちろん普通なら無理だけど、功己なら上れるから」
何言ってるんだ?
「緩やかな崖があったってか?」
「有馬くん、そういうことなの?」
「……」
この流れで他の返答は無理というもの。
だったら、このまま。
「ええ、まあ」
押し通すしかない。
「何とか上ることができました」
「……とりあえず、色々と様子を見に戻りましょ」
「だな」
ちょっと待ってくれ。
砂壁に戻るなら、幸奈の言葉通りにしなきゃならない。
皆の目を盗んで傾斜の緩い箇所を作らなきゃならない。
そのために……。
「ごほっ」
ん?
「ごほっ」
武上が咳を?
このタイミングで?
「……」
いや、いや、ただの偶然だろ。
「ごほっ、ごほっ」
「急に咳なんかして、どうしたの?」
「風邪でもひいた?」
「ちが、ごほっ……のどに何か詰まっただけだ」
そうだよな。
俺の杞憂だよな。
「そう?」
「ああ、問題ねえ」
状況が状況だけにどうしてもセレス様の件が頭を過ってしまうが、あれとこれとはまったく別の話。そもそも前回の流れでは、そんなこと起こっていないんだ。
「問題ねえから、さっさと行くぞ」
「ええ」
「有馬もついて来いよ」
「……」
問題ないならないで、それもまた問題だが。
「おい、里村何してる?」
「えっ、うん、ちょっとね」
「ちょっと何なんだ?」
「そこに影が見えたような気がしたんだよ。でさ、もう異形はいないのかなって?」
「影……有馬、古野白、気配はどうだ?」
「私は何も感じないけど……有馬くんは?」
「同じです。この近くに気配は感知できません」
気配消去できる異形がそうそう存在するとも思えない。
とすれば、里村の勘違いの線が濃厚だろう。
「ってことだ」
「うん、ボクの見間違いだね」
「まっ、異形が出てくる可能性もあるしな、用心して……ごほっ、ごほっ、ごほっ!」
「武上くん?」
「ごほっ、ごほっ、ごふっ!」





