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第734話 トレース


 鼓動が速まっていく。

 体温も上昇していく。


「ふぅぅぅ」


 とりあえず。


「ふぅぅぅ」


 2度深呼吸して。


「……」


 さあ、見るぞ!




<露見>


地球    1/3  、 5(点滅)/3

エストラル 1/3  、 2(点滅)/3 




 確定は1。

 ともに1だ、増えてない!

 点滅も5と2のまま。


「よし!」


 よし、よし!


「これで、またあっちの世界に渡れる」


 オルドウにもテポレン山にも行けるんだ。


 願っていたけれど、完全には信じることができなかったこの結果。

 この現実を前に、興奮が抑えられない。


「はあぁ」


 と同時に緊張が解け、力が抜けてしまう。

 全身が弛緩していく。

 ただ。


「よかったぁ」


 心からそう思う。

 本当に。


「……」


 この緩みのままベッドで休みたい。

 つい甘い衝動に駆られる、が。

 もちろん、そんなことできるわけもない。


「……まだだ」


 今はまだ休んでる時間も緩んでる余裕もない。

 すべきことが沢山あるんだよ。


 それに。

 この露見判定も絶対とは言い切れないだろ。

 遡行前の古野白さんに疑念が深まり確定に変化する可能性。

 そう、時間差での確定もあり得る。


 ん?

 待てよ。

 そもそも、露見の判定軸はどこの時間なんだ?

 もし今この時間が絶対的な軸なら、遡行前のことは無いことになるはず。

 けど、そうすると、こっちの点滅5は……。


 前回のこの時間、異形の群れを倒す前段階。

 朝宿にいる時点で点滅は2だった。

 それが今は5になっている。

 ということはつまり、遡行直前の数値が反映されてるってこと。

 遡行直前の事実は消えないってことだ。


 なら、露見判定軸は今の時間ではなく俺の主観的時間になるのか?

 遡行前も遡行後も主観的時間は途切れることなく続いていると露見基準では考えるのか?


 だったら、遡行前の古野白さんのその後は俺の主観的時間からは外れる。

 つまり、つまり、あの古野白さんが原因で露見確定になることはもうない、そう考えていいはず。


 いや、しかし?

 

「……」


 駄目だ。

 混乱してきたぞ。



「有馬くーん」


「……」


「まだなの~?」


 ああ、そうだった。


「悪い、もう少しだけ待ってくれ」


「少しだけだよ」


「りょーかい」


 とりあえず、現時点での確定は1のみ。

 問題はなし。

 何かあったら、その時に考える。

 それでいい。

 今回は運が良かった、ってことでいい。


 とはいえ……。


 どうにも分からないことが多すぎる。

 特にここ最近はあちらの世界でもこちらの世界でも理解が追いつかないことばかりだ。単にそういったところに首を突っ込んでいるだけかもしれないが、やはり俺自身に問題がある可能性も無視しちゃいけないよな。


 外見は20歳だが中身も多分脳も40の中年以上。

 脳が退化して理解力が低下していてもおかしくないんだから。


 ただそれでも、今日にいたるまで何とか危機を乗り越えてきた。

 すべてを完璧にこなせたわけじゃないし失ったものもあるけれど、多くを助けてもきた。


 それはもちろん、過去に戻ることができるから。

 時間遡行は大きな理由だろう。

 が、忘れちゃいけない。

 幸運に助けられた事実を。

 実際、今回もそうだ。

 このタイミングで時間遡行が2つ。

 やり直して武上を救うことができる。

 その上、新たな露見確定もなし。

 本当についている。


 とはいえ、やはり気になるのが露見。

 遡行前、気の使用でごまかしはしたものの皆の回復ぶりは普通じゃなかった。

 当然、古野白さんと里村には怪しまれたはず。

 なのに確定しなかったんだ。


 ということは、多少のことは見逃されるんじゃないだろうか?


「……」


 あの治癒魔法で露見に変化がないのだから、今後も魔法を使える?

 地味な魔法なら問題ない?


 まあ、あれだ。

 もしもの場合は躊躇なく使えるよう、選択肢には入れておこう。









「それにしても、里村は遅すぎないか?」


 やり直しの2回目。

 ここまではほぼ前回通り。


「……だな」


 武上は健在だし、皆の言動も前回と同じ。

 ただ。


「問題が起こってる可能性もある。武上、古野白さんと一緒に様子を見てきてくれ」


 これが最適な行動かというと……。


「下じゃなくて、また宿かよ」


 正直、この時間まで何度も迷った。

 すぐにでも邪狼狗を探して倒すべきか?

 前回と同じように過ごすか?

 正解など分かるわけもない。

 なら、賭けをすべきじゃないだろ。


「私はここに残るわ。武上くん、行ってきて」


「いえ、古野白さんもお願いします。宿の方にも異形が出現しているかもしれませんので」


 邪狼狗を探して見つけられなかった場合、その後の流れがまったく読めなくなる。

 不測の事態も起こり得る。

 だったら、邪狼狗が現れるまでは前回をトレースした方がいい。


「里村は異能を持たない普通人ですし、当然武器も持ってません。そんなあいつを護ってとなると、ひとりでは危険です」


 その狙い通り、ここまではやってこれた。


「それに、万一の事態に備えるためにも古野白さんと武上は共に動くべきではないでしょうか」


 朝食、ビーチでの時間、揺れと沈下、異形討伐。

 すべて同じように動いてきた。

 問題はそう、このあとだ。


「古野白さん?」


「……分かったわ。けど、すぐ戻ってくるから。有馬くん、幸奈さん気をつけて」


「「はい」」


「じゃあ、武上くん行きましょ」


「……ああ」


 2人が視界から消えていく。


「功己、これで一応魔法も剣も使えるね」


「……そうだな」


 さあ、ここからだぞ。


「あれっ、古野白さん? 戻ってきたの?」


「……」


「まずいよ、功己。剣を隠して!」


 大丈夫だ。

 何の問題もない。


「ふふ」


 あれは古野白さんじゃなく。


「ふふふ」


 邪狼狗だからな。




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