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第726話 雑魚



<古野白楓季視点>




 武上くんと向き合っているのは……。


「異形?」


 でも、異形特有の嫌な気配がしない。

 だったら。


「古野白さん、近づけば分かるよ」


「ええ、そうね」


 里村くんと2人、少し速度を落とし距離をつめていく。





「あれ、人なのかなぁ?」


「……」


「それにしては武上くんの様子がおかしいし」


 その通り。

 状況的には人だと思うけれど、武上くん越しにも奇妙な気配が滲み出ている。

 だからだろう。こんな距離なのに、人かどうかの判断もつかない。


「武上くん、武上くん!」


「……」


「もう聞こえてるんでしょ? ねえってば!」


「……里村」


「そうだよ、って、聞こえてんじゃん」


 一瞬振り返った武上くんが発したのは険しい声音。


「おまえは来んな、どっか行ってろ」


 今度は背を向けたまま。

 突き離すように放ってくる。


「そう言われても……」


 里村くんはあまり感じていないようだけど、もう間違いない。

 そこにいるのが人であれ異形であれ、好ましくない事態が起ころうとしているんだ。


「私が様子を見てくるわ。里村くんは少し離れてて」


「古野白さんまで」


「お願い!」


「……分かったよ」





**************************


<武上大志視点>




 里村から手渡された縄を右手に握り。


「先にあいつら助けとくからな」


「ちょっと、武上くん」


「おまえらはゆっくりでいいぞ」


 脚を強化したオレについて来れない古野白と里村を残し一気に加速。左右の景色が流れ去るくらいの速度で駆けてやる。


 行きと同じく道路上には異形も人もいない。オレの走りを邪魔するものは何もない。なら1、2分で砂浜の入り口に到着できる。そっから砂壁まではすぐ。


「待ってろよ、有馬」



 よーし、入り口が見えてきた……ん?


 何者かが浜から出てくる。

 こっちに歩いてくる。


 ありゃ、誰だ?


 さっき砂浜にいたのはオレたちだけ。

 今残ってるのは有馬と幸奈だけ。

 なのに?


「……」


 予想外の事態に強化脚が緩む。

 思わず歩いちまう。


「……おまえ」


 やつまでは10メートル。


「施設のもんじゃねえな」


 この距離で見間違うことはない。

 あんな顔のやつ、ここにはいなかった。


「……」


「何者だ?」


「ふっ、ふふ」


 なっ!

 こっち見て嗤いやがった。

 しかも馬鹿にしたような嗤いだ。


「なに嗤ってる!」


「ふふ、ははは」


 このやろう!


「嗤ってねえで答えろ!」


「はは……これが嗤わずにいられるか」


「何だと!」


「ここまで近づいても気づかぬのだからな」


 ここまで近づいても気づかない?

 オレが?

 こいつのこと知ってる?


「ほら、どうだ? これなら分かるであろう?」


 口の端を上げながらさらに数歩近づいてくる。

 距離はもう5メートルもない。

 けれど。


「……知らねえ、おめえなんて記憶にねえ」


「まだ思い出せぬとはな。さすがにもう嗤えぬぞ」


「何言ってやがる。オレはなぁ、雑魚のことはすぐ忘れるようにしてんだよ」


「雑魚? 私が雑魚だと?」


「過去に会ってんのに忘れてるっつうんなら、そういうこったろ」


「きさま!」


「おっ、どうした?」


「……」


「雑魚と言われて怒ったのか?」


「そのような言葉に憤慨するほど愚かではない」


「怒ってんじゃねえか」


「……馬鹿らしい」


「よく言うぜ」


「……」


「その顔で怒ってねえなんてな」


「黙れ、雑魚!」


「っ! オレは雑魚じゃねえ!」


「……」


「雑魚じゃねえつってんだ!」


「……もういい、さっさと片付けてやる」


 何?


「おめえ、やる気か?」


 その細っこい体でオレに勝てるとでも?


「なら、やられても文句言うんじゃねえぞ」


「……」


「って、おい!」


 正体不明の男が後退っていく。


「偉そうなこと言っときながら、逃げんのかよ?」


「逃げたのではない。こういうことだ」


「わけ分かんねえこと……うっ!?」


 瞬間、全身に重りがついたような感覚が。

 これは?


「異能?」


 いや、違う。

 はっきりとは分からねえが、異能とは異質な何かを感じる。

 ってことは。


「おめえ……」


 どう見てもただの細男にしか見えねえ。

 人にしか見えねえ、が、異形なのか?


「ふっ、やはり雑魚だな」


「だから、違えつってんだろ!」


「ふふ」


 さっきにも増して嫌らしく口を歪める細男。

 その黒髪から色が消えていく。

 両の眼が紅く染まっていく。


 銀髪、紅眼!?


「半異形?」


「ふふ、ははは」


「……和見屋敷の異空間に現れた半異形なのか?」


 あの空間異能者のなれの果て、人と異形との混成種。

 だったら。


「これは威圧?」


 けど、あいつは上手く喋れなかった。

 威圧を使う時も獣のような唸り声を上げていた。

 なのに、今は人のように言葉を操り、無言で威圧を放ってる。

 いったい、どういうことなんだ?


「はは……半異形? そんなものではない」


 違う?


「なら、あれとは別の異形?」


「別でもないな」


 半異形でもなく別でもないだと?


「おまえたちの使う言葉で言うならば、そう大異形だな」


 そいつは、つまり。


「あの半異形が成長したってことかよ?」


「ふむ、そういうことでもないのだが、まあ、その解釈でいいだろう」


「……」


「どうした顔色が悪いぞ」




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