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第713話 だから、それは……




 昨夜、湖畔の館で捕縛したシャリヌ家の2人をオルドウ伯爵に引き渡した際。


『これはオルドウを預かる我々の仕事』


 口にしたのはやはりこの一言だった。


『冒険者コーキは気にせず休めばよい』


 これまでの彼の言動からすれば、まずは予想通り。

 なので当然、返答に困ることもなく。

 複数考えていた対応の中から1つ、伯爵の言葉を受け入れる選択をし、客室での睡眠偽装からの異世界間移動行使となったわけなのだが。日本帰還後、一晩経った今でも引かれた後ろ髪が戻ってくれない。


 どうしてすぐ客室に戻ったのか?

 どうして尋問の様子を見ようとしなかったのか?

 尋問に参加しないまでも館に留まるという選択肢はあったはず。それなのに、即時帰還を選んでしまったのはなぜ?


「……」


 伯爵の言葉に有無を言わせぬものがあったから。

 部外者が加わるより、騎士だけに任せるべきだから。

 そもそも、俺と伯爵家は近しい関係じゃないから。


 それらしい答えはいくらでも出てくる。

 実際、その理由も間違ってはいないはず。

 ただ、どうしてもあれが頭に残って……。


 7つのスキルを持つ超絶の存在。

 何をするでもなく夜の闇に消えていった謎の女性。


 その行動と殺意や害意といった負の感情をまったく感じさせない佇まいから、少なくとも昨夜はもう危険はないと判断したものの。


 本当に良かったのだろうか?

 帰還後に襲撃なんてことは?


「はあぁ」


 何を考えても今さらだな。

 仕方ない。

 今夜皆が寝静まった後にまた訪れるとしよう。



「溜息なんかついて、どうしたの功己?」


 ん?

 嘆息していたのか?


「有馬くんもビーチには食傷気味なのかしら? それとも、2人の勝負に?」


「……里村と武上の競泳については、ええ、まあ」


 何度やっても同じ光景を見るばかり。

 さすがに興味は失せている。


「そうよね。ほんともう、どうでもいいわよ」


 古野白さんも俺も気持ちは同じ。

 幸奈も、そして今まさに泳いでいる里村もそうなんだろう。






「いつまでも落ち込んでないで、しっかりしなさい」


 いつになく意気消沈している武上に対し、励ましの言葉を口に出す古野白さん。

 なかなか見ることのない光景だ。


「……落ち込んでねえ」

 

「どこがよ?」


「……考えてただけだ」


「何を?」


「次に勝つ方法に決まってるだろ」


「何度やっても同じだって。それでもボクと勝負したいなら、そうだね、来年かな」


 一方の里村は容赦なし。


「里村……」


 おかげで、武上がまた沈んでしまった。


「その話は後にして。私は部屋に戻るから」


 古野白さんの優しさももう出てこない。

 俺は……。


「ボクも一度戻るよ」


 ここで元気づける言葉は必要ないな。

 なら。


「俺もだな」


 部屋で休もうか。


「武上くん、わたしたちも行きましょ」


「……ああ」


 古野白さんを先頭に続くのは里村と俺、少し離れて幸奈と武上。

 灼熱の白砂の上を早足で進んで……ん?


 何だ、これは?

 

「……」


 濃密な気配、いや、気配というよりエネルギーといった方がいいのか。

 とにかく、恐ろしいほどの何かが近づいてくる。


「みんな止まれ!」


 これの正体が何なのか今は分からない。

 けれど、尋常じゃないことだけは確か。


「動くんじゃない!」


 俺たちはまだビーチの途中、宿までは距離がある。

 だったら、ここで立ち止まって備えるべき。

 そう伝えようと口を開いた俺の足下に。


 ズーーン!!!


 突き上げるような衝撃と大きな揺れ!

 そして。


 ズズッ、ズズズズッ!!


 砂浜が沈んでいく!?

 それも一部じゃない、かなりの広範囲に渡ってだ。


「何!?」


「何だぁ!?」


 突然のあり得ない状況に皆の顔が凍りつく。

 直前に異常を察知していた俺も平静じゃいられない。

 それでも、今できることを。


「みんな、俺の傍に!」


 里村は隣にいる。

 前方にいた古野白さんは、ゆっくりと沈下する砂上を駆けてきた。

 武上もすぐそこ。

 けれど!


「あっ!」


 幸奈が転んでしまった!


「「幸奈さん!」」


 それを目にした古野白さんと里村が駆け出そうとする。

 武上は気づいていない。


「幸奈さん今行くから、なっ?」


 古野白さんをおさえ。


「俺が行きます」


 いまだ揺れと沈下が続く白砂を蹴る。


「功己ぃ」


 頼りない足もとを飛ぶように駆け、数秒で到着。


「大丈夫か?」


「……ごめんなさい」


「謝らなくていい、それより怪我は?」


「大丈夫、砂浜だから」


「なら、皆のもとに行くぞ」


「うん、って、ええっ??」


 幸奈を両腕で抱え上げてやる。


「おろして、功己!」


「気にするな」


「でも、わたし……水着」


「……」


 その一言で瞬間的に足が止まる。

 腕に意識が走っていく。


「水着だから」


 それは……。


 違うだろ!

 今は緊急事態なんだ!

 そんなことより。


 顔を赤らめる幸奈を無視して腕に力を入れなおす。

 そして、そのまま、沈下を続ける砂浜を急発進。


 ズズッ、ズーーン!!!


「危なっ!?」


「きゃあ!」


 目の前に白砂の壁!

 部分沈下だ!

 それも、さっきより速い!

 激しい!


「くっ!」


 激しく揺れる足場とその衝撃に耐えきれず膝が折れる。

 白砂に両膝がついてしまう。

 が、幸奈は絶対に離さない!


「功己?」


「俺に掴まってろ、強くだ!」


「う、うん」


「……」


「……」



 沈下が終わった。

 揺れもほぼ止まりかけ……止まった。


「幸奈……大丈夫か?」


「……」


「幸奈?」


「あっ……うん」


「まさか、怪我したんじゃ?」


「平気……その、功己が……護ってくれたし」


 俺に強く抱きついたままの幸奈。

 確かに、怪我があるようには見えない。

 真っ赤に紅潮した頬以外はどこにも。


「ありがと、功己……でも」


 うん?


「水着」


「……」


「わたし、水着……」


 いや、だからそれは。


「……」


「……」


 身動ぎもしない俺と幸奈。

 お互い砂上に固定されたかのように動かない。


「……」


「……」


 もちろん、分かってる。

 そんな場合じゃないことは重々承知している。

 ただ、動けないものは動けないんだ。



「有馬くん、幸奈さん!?」


 おそらくは10秒も経っていないはず。

 けれど、1時間にも思えるような時間。 


「2人とも無事か!?」


 そんな時間が砂壁の上からこちらを心配そうに覗き込む3人の顔を見て、ようやく終わってくれた。俺たち2人を縛る枷が消え去ってくれた。


「ああ、体に問題はない」


「そうなのね、よかったぁ」


 古野白さんの表情が目に見えて緩んでいく。

 武上も里村も。


「それで有馬くん、上がってこれそう?」


「……簡単じゃないですね」




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