第708話 鑑定
客室を出て廊下を駆ける。
宴の余韻がまだ残っている館内を感知で確認し、できるだけ人との遭遇を避け。
湖畔の館玄関前に到着。
館内へのそれと同時発動中の感知は標的の不審人物を捕らえたまま放していない。
どうする?
オルドウ伯に一言伝えるべきなのか?
いや、駄目だな。
もうそんな余裕はない。
不審者が動き始めている。
なら、ここは単独で進めよう。
まずは自身の気配を希薄。
そのまますべるように庭園へ。
「……」
「……」
「……」
湖畔の館というその名の通り美しい湖の畔に建つオルドウ伯別邸。
当然、館の内外では様々な用途に湖水が利用されている。
中でも特筆すべきはこの大庭園。
サヴィラ湖水を引き入れ様々な趣向を凝らした水の庭園は訪れる者の目を惹きつけてやまない、と聞いていたのだが……。
月夜に映し出されたその様はまさに評判通り。
状況が状況だというのに、魔力で強化された俺の目がついつい庭園内を動いてしまう。
とはいえ、標的を捕らえたままの感知状況に変わりはない。
このまま近づけば、すぐにでも接敵できるだろう。
ああ、まだ敵と決まったわけじゃないか。
「……」
ん?
標的の足が止まった?
気配もわずかに薄まってる?
こっちに気づいたのか?
違うな。
これは気づいてる者の動きじゃない。
ただ、こうやって自在に気配を操れるということは……標的はそれなりの訓練を積んだ人物。つまり並の一般人ではなく、騎士、剣士、魔法使い、冒険者の類と考えた方がいい。
ならば、こっちももう一段上げるべきだ。
緩めた足を高密度の魔力で包み込み、足音をほぼ完全に消去。
その状態で慎重に歩を進める。
大庭園内に造られたひょうたん型の池に沿って外縁部分へと近づいていく。
「……」
標的が潜んでいるのは池の先にある自然林の中。
今も林の中で動いては止まりを繰り返し……また気配が薄まった?
薄まって、さらに薄まって。
まずい!
速度も上がってる。
今度こそ気づかれたのか?
「……」
大丈夫だ。
標的は依然として感知の網の中。
何より、もうすぐそこにいるはず。
よーし!
見えたぞ!
自然林の中を駆ける後ろ姿、黒衣のあいつに違いない。
ダンッ!
視認とほぼ同時に庭園の敷石を蹴り、自然林へと飛び込む。
強化した足を速度に特化させ駆ける。
気配遮断など無視した高速疾走だ。
彼我の速度差は歴然としたもの。
こうなればもう逃がしはしない。
……捕まえた!
「っ!?」
自身の逃走路に回り込んで行く手を阻んだ俺を前に、驚愕の表情を浮かべる黒装束の男。
「……」
ただし、それも一瞬のこと。
既に表情を消している。
「何者だ? ここで何をしていた?」
「……」
「答えろ!」
「……」
侵入者の様式美ともいえる黒衣に身を包んだ男の口は閉じられたまま。
目だけを軽く動かし、こっちの隙をうかがっている。
「答えるつもりはないと?」
「……」
けどな、そいつは悪手だぞ。
俺に鑑定の時間をくれたんだからな。
ということで、じっくり鑑定してやろう。
〇 ユントール・シャリヌ
レベル 2
23歳 男 人間 シャリヌ家5男
HP 81
MP 73
STR 98
AGI 123
INT 109
<スキル>
気配消去(小)
気配消去のスキルを持つ侵入者らしくアジリティ(AGI)はかなりのもの。アジリティが100前後である鷹郷さんや強化なしの武上と対すれば速さの面で圧倒できる実力だ。他の数値もそれなりに整っている。ただ、そうは言っても、魔法も使えるこの世界の騎士数人と対峙して単独で斬り抜けられるレベルではない。それはここ湖畔の館でも同じ。昨日から守衛任務に就いている騎士が複数で囲めば問題なく捕縛できるはず。
つまり俺が後れを取ることなどまず考えられない相手ってことだ。
が、油断すれば足元をすくわれる危険は常に存在するし、宝具という切り札を持つ可能性も忘れちゃならない。
「……」
まっ、この状況で心配することでもないか。
ちなみに、今の俺の状態はこんな感じになっている。
有馬 功己
レベル 9
20歳 男 人間
HP 243(+32)
MP 299(+33)
STR 348(+28)
AGI 248(+25)
INT 372(+27)
<クエスト>
1、人助け 済
2、人助け 済
3、魔物討伐 済
4、少数民族救済 済
5、貴族令嬢救出 済
6、兇神討伐 済
7、神山守護 済
8、貴族令嬢救命 済
9、領主令嬢救命 済
<ギフト>
異世界間移動 基礎魔法 鑑定改 多言語理解 アイテム収納
時間遡行(2刻)1
<露見>
地球 1/3 、 2(点滅)/3
エストラル 1/3 、 2(点滅)/3
何と嬉しいことに、クエスト達成報酬として時間遡行が手に入っていたんだ。
これで多少の無理もできるというもの。
本当にありがたい。
ありがたいのだが……。
異世界エストラルでの露見点滅が増えてる!
それも0から2にだぞ!
まずいのか?
まずいよな?
でも、どうすればいい?
なぜ増えたのかも分からないのに?
「……」
何も思いつけない。
なら、日々用心するだけ?
それしかないのか?
はあぁぁ。
非常に頭が痛い。
心も萎えそうになる。
けど、今はそんな場面じゃないんだよ。
仕方ない。
とりあえず、これについてはまた別の機会にということで。
ユントール・シャリヌだな。
「……」
ステータス上はまったく脅威を感じないこの男。
通常であれば、このままオルドウ伯家に引き渡して俺はお役御免になるところ。
ただ、ひとつ。
シャリヌという家門名だけがどうしても気になってしまう。
そう、俺の記憶が確かなら。
夕連亭やアルさんが属するコルヌ家、オルセーたちのレンヌ家、この2家同様の諜報関係家門だったような……。





