第707話 推測
「先日の調合後我が屋敷を出る際、その者に声をかけられたというのだな?」
「はい」
「それで、しばらくは一緒に街を歩かれたのですね?」
「おっしゃる通りでございます」
「ふむ……リャナーヤ様を名乗る10代半ばの女人がササリーシャの妹を僭するとは奇妙奇天烈この上ないが、その方が言うのだから真なのだろうな」
「お父様の治めるオルドウのしかも領主館でそのような戯言を口にする者がいるなんて本当に考えられませんけれど、恩人であるコーキ様が体験されたことですから」
「……」
正直、2人のこの反応には驚きしかない。
「わたしは信じますよ」
「……恐れ入ります」
いくら霊薬調合に尽力したとはいえ、ここまでの信用を得ているとは想像もしていなかった。
「しかし、その女人の狙いは何なのでしょう?」
「金品を狙った賊とも思えぬしな」
「ですが、館の中にいたのは事実ですので」
「ふむ……コーキよ、どう思う?」
「私にはまったく」
この2人に見当もつかない彼女の狙いなど、俺に分かるわけないだろ。
ただ。
「ただ、ひとつだけ」
「何だ?」
「リャナーヤ様を名乗った女性からは悪意も害意も感じませんでした」
「我が家への邪な思いなどなかったと?」
「はい」
そこに関しては結構な自信がある。
とはいえ、俺が感じたこと、話せることはこれくらい。
彼女の狙い、思惑、俺に興味を抱いた理由など、他は想像もつかないことばかりだ
。
だからこそ、こうして伯爵親子との同行を受け入れ、居心地のよくない客室空間にも耐えている。
「……」
「……」
「……」
今俺たちが向かっている先は数代前のオルドウ領主が当時のキュベリッツ国王から下賜された邸宅で、代々の領主が大切に扱っている特別な別邸。
その湖畔の館での暮らしを愛していたのが他ならぬリャナーヤ様。晩年の大半をそこで過ごした彼女は、多くの遺品を館に残しているらしい。
つまり、湖畔の館を探れば何らかの手掛かりを見つけることも可能。
と考えているのだが……。
もちろん、その可能性が限りなく薄いことは理解している。
それでも今の俺には時間があるし、手掛かりなど館の遺品以外に思いつけない。
だったら、試してみるべきと判断したんだ。
まあ、リャナーヤ様を名乗ったあの女性ともう一度会えるなら話は早いんだけどな。
「コーキよ、彼女に害意がないということなら今は放置するしかあるまい」
「……そうですね」
「それにだ、今夜はそのような者のことを考えるよりササリーシャの全快を祝ってほしい」
「お父様」
そうだった。
今回はそのための湖畔行だった。
「閣下、ササリーシャ様、失礼しました」
「気にしないでください、コーキ様」
「いえ、そういうわけには……」
とりあえず、今夜は彼女の全快祝いの宴に参加し。
リャナーヤ関連については、その後だな。
ササリーシャ様の全快祝いとして開催された宴が無事終了し、湖畔の館内に与えられた客室に戻った俺。今はソファーに座り寛いでいるのだが……。
どうしても思考を止められない。
明日、故リャナーヤ様の遺品を調べたあと、考察はそれからで十分。
と思いながらも頭が勝手に動いてしまう。
あの女性が領主館にいたのはなぜなのか?
なぜ俺に話しかけてきたのか?
その狙いは?
そもそも、彼女は何者なのか?
リャナーヤと名乗った理由は?
当然、これらの謎はすべて謎のまま。
まったくのお手上げ状態なのだが、それでも推測できることがないわけじゃない。
「……」
あの日、彼女と会話したのは俺ひとりだけだったらしい。
会話どころか、彼女の姿を見たのも俺ひとりだったと。
領主館の守衛任務に就いていた騎士たち、執事、下人、庭師、誰ひとりとして彼女を視認していないんだ。
普通に考えてあり得ることじゃない。
領主館に足を踏み入れ、俺に話しかけ、俺とともに館をあとにする。
これらの行動すべてが目撃されないという偶然などあるはずがない。
館を去る際に俺と言葉を交わした2人の門衛。
彼らまで俺の隣にいた彼女の姿を見ていないなんて……。
こうなるともう、俺が夢や幻でも見ていたか、彼女が認識阻害の類を使っていたと考えるしかないだろう。
「……」
この地は非常識な魔法や宝具が多数実在する世界だ。
自覚など微塵も無くても、あの瞬間の俺が幻を見ていた可能性がゼロだと断言はできない。ただ、それでも、夢や幻の類が領主館から夕連亭まで長々と続くとも思えな……。
そうだ!
夕連亭の店員が彼女を視認していたじゃないか!
なら、やはり、あれは夢幻ではなく彼女の術。
魔法か魔道具、宝具の類と考えるべき。
その術が夕連亭を前に。
「解けていた?」
つまり……。
彼女が自身の存在を隠したかったのは領主館にいる者に対してのみ。
そう考えていいのかもしれない。
身を隠して領主館に足を踏み入れる。
それでいて、悪意も害意も感じさせない。
そんな彼女の狙いは?
分かるわけないか。
「……」
結局のところ、彼女については何をどう考えてもほぼ分からないという結論に達してしまう。
それでもまあ、彼女が見た目通りの存在じゃないということだけは確かなんだ。
だったら、その悪意や害意の有無にかかわらず警戒を続けた方がいい。
そう。
今この瞬間、湖畔の館内に彼女がいる可能性だって……!
反射的に広がった俺の感知の網。
その一端に異物が?
「……」
湖畔の館の外、広大な庭園の奥に感じるこの気配。
オルドウ伯の関係者とは思えないぞ。





