第706話 連行
中天から照りつけてくる太陽。
その勢いはさっきまでの比じゃない。
パラソルの下にいても、ジリジリと音が聞こえてくるようにさえ感じられる。
あちらの世界の暑さどころじゃないよな。
ただ、それでも。
「里村ぁ、もうひと泳ぎするぞ!」
「りょーかい」
武上と里村は止まらない。
この恐ろしい猛暑の中、僅かな休憩を挟んだだけでほぼ泳ぎ続けている。
「で、最後に?」
「おう、真剣勝負だ!」
「これまでも真剣だったでしょ?」
「いいや、最後だけだな」
「……まっ、いいけどさ」
あの元気はどこから湧いて来るんだ?
活力を生み出す異能でも持ってるのか?
というか、熱中症は大丈夫なんだろうな?
「さあ、昼飯にしようぜ」
「うん、うん、お腹空いたからね」
ようやく満足したのか、武上と里村が戻って来た。
「ん? あいつらは?」
「有馬くん、古野白さんと幸奈さんはどこにいるの?」
「2人とも部屋で涼んでいるはずだが」
「こんなビーチに来てんのに、部屋にいんのかよ」
「もったいないよね」
「休むのが普通だと思うぞ」
「普通じゃねえだろ」
「いや、いや、おまえらが異常なんだって」
「どこがだ?」
「その体力に決まってるだろ。で、平気なんだよな? 熱中症の症状は出てないよな?」
「熱中症……ああ、日射病のことか?」
そうだった、この頃は熱中症じゃなく日射病と呼ぶのが一般的だったんだ。
「ボクは平気だよ」
「オレもまったく問題ねえ」
「……」
即答する2人の顔色に異状は見られない。
これなら、まず心配はないだろう。
「っつうか、ここは空気はうまいし海もバッチリだからよぉ、いくらでも泳げそうだぜ。なあ、里村」
「うん、ここの気は最高だよね」
確かに、それは俺も感じていた。
この離島に到着してから、かなり体調が良くなったからな。
「ほんと、身体強化しなくても強化されてるんじゃねえかって感じだわ」
「ボクもいつも以上に速く泳げた感じがする」
「里村……おまえ、まさかズルを?」
「強化の異能を持ってないボクができるわけないよね。だいたい、ズルするなら強化持ちの武上くんでしょ」
「オレがズルするわけねえだろ」
「ボクもだよ」
そういえば。
今日の早朝の空気も素晴らしかった。
あれは幸奈の神舞のおかげだと思っていたが、この島の影響もあるの……うん?
何だ?
この気は?
「なら、お互いフェアだったってことで。さすがにお腹が空いたからさ、早く食べに行こうよ」
「だな」
「……」
消えた?
けど、一瞬だけ異質なものを感じたような?
「有馬もぼっとしてねえで、行くぞ」
「……ああ」
俺の勘違いなのか?
「どうだ、これの乗り心地は?」
どうと言われても。
超のつく高級馬車の客室内でその持ち主であるオルドウ伯爵に問われ、称賛以外の返答などできるものなのか?
「……非常に素晴らしいですね」
いや、できるわけないだろ。
特に俺のような冒険者にとっては肯定称賛以外はあり得ない。
が、娘であるササリーシャ嬢は違う。心の言葉をそのまま外に出しても許されるはず。
「まるで雲に乗っているようです」
「雲か」
「はい、とってもフワフワなので」
「ふむ」
そんなササリーシャ嬢が褒めたたえるのだから、こっちの世界品質で最上級なのは間違いない。
「このような馬車をわたしのために?」
「うむ、病中のササリーシャを湖畔の館まで乗せていくために作らせたのだ」
「お父様、とっても嬉しいです」
「そうか、そうか」
まあ実際のところ、オルドウ伯が得意気になる程度の心地良さはある。
俺がこの地で乗ってきたどんな車両よりも快適だからな。
「はい、これならまったく疲れません」
ただ、そうは言っても現代日本の上質なそれには比ぶべくもないんだよ。
良質素材丹念仕上げの座席がいくら優れていても、車輪周りやサスペンション的な欠陥はもう……。
「本当に素敵」
加えてもうひとつ、客室空間としての大きな問題が存在する。
それはもちろん、同乗者だ。
「ですよね、コーキ様」
「はい、ササリーシャ様のおっしゃる通りです」
3人掛けの豪華座席が対面設置された馬車の客室。
座っているのは俺とオルドウ伯、娘のササリーシャ嬢のみ。
これで居心地が良いわけがない。
ちなみに、このササリーシャ嬢。
霊薬を口にして半日で全快したらしい。
その結果、今は病中から希望していた領主家の別邸で過ごすため移動していると。
「ところで、コーキよ、なぜリャナーヤ様なのだ?」
そんな全快祝いの馬車行に俺が同行している原因が彼女。
「50年前に亡くなったリャナーヤ様になぜ興味がある?」
ただし、詳しいことはまだ話せていない。
話す時間すら与えられずこの馬車に連行されてしまったからだ。
ということで、まずは。
「それを話す前にもう一度確認させてください。今の閣下の近くにリャナーヤという名を持つ女性はいないのですね?」
「親族にも家人にもおらぬな」
「出入りの商人などにはどうでしょう?」
「ふむ、末端までとなると断定はできぬが、おそらくはおらぬだろう」
どうしてだ?
「我が家に出入りする者がリャナーヤ様の名を使うはずがないからですよ」





