第705話 居心地
「ちっ、里村は退く気ねえんだな?」
「当然」
「ならしょうがねえ、もう一回勝負してやらぁ」
「またボクが勝っちゃうのに?」
「うるせえ、次は遠泳だ」
「持久力勝負ってことかな?」
「どうした? 自信ねえか?」
「そんなわけないでしょ」
「なら」
「いいよ、もうひと勝負しよ」
この過剰なバイタリティ。
武上だけならまだ理解もできる。
何と言っても、こいつは筋肉と体力でできているからな。
けど、里村はどうなんだ?
こんなやつだったか?
って、そもそも武上より泳ぎが上手いのか?
「ということなので、有馬くん、お願い」
「……何を?」
「何って審判に決まってるでしょ。今度こそちゃんと見ててよね」
「……ゴールは砂浜にしろよ」
「うん、沖まで泳いで戻って来る。それでいいかな、武上くん?」
「いいぜ」
「じゃあ、今から」
「おう、勝負だ!」
「2人ともちょっと待て、遠泳の前に……」
少し休んだ方がいいぞ。
そんな言葉をかける前に、2人は走り去ってしまった。
ほんと、こいつらは……。
「お待たせ」
「……」
2人と入れ替わるようにやって来たのは古野白さんと幸奈。
ともに水着を身に着けている。
「有馬くん、何か?」
ビーチに水着姿で現れるのは当然のこと。
何もおかしくはない。
ただ、目の前にいるのはモデル体型の古野白さん。
そんな彼女の見事な着こなしを実際に目にすると、ちょっと圧倒されるものがある。
「ひょっとして、見惚れているのかしら?」
「……そうですね」
「えっ?」
「古野白さんはスタイルが抜群ですし、純粋に綺麗だなって」
生地多めのビキニトップスにハイウエストのボトムス、そこにくるぶしまであるパレオを合わせた姿は露出少な目でありながら、古野白さんの魅力を余すところなく引き出していると思う。
「あっ……ありがとう」
「いえ、思っていることを言っただけですから」
「……そう」
古野白さんが俯き横を向いてしまった。
照れてるのか?
珍しい。
「功己……」
古野白さんに代わって前に出てきた幸奈。
半眼で俺を睨んでいる?
「功己ぃぃぃ」
「ああ、幸奈も似合ってるな」
「それだけ?」
「……水着とパーカーがとっても可愛くて似合ってますね」
「何なの、その棒読み!」
「わるい、わるい。けど、ほんとにいい感じだぞ」
古野白さん同様ビキニタイプであろう水着の上にパーカーを羽織った姿が今の幸奈にとてもよく合っている。
「古野白さんへと態度とまったく違うんですけど」
「それは、気のせいだな」
「ううぅ、もう!」
これ見よがしに頬を膨らませて見せる幸奈に、こちらの頬もつい緩んでしまう。
と同時に、場の空気も変わってきた。
正直、ありがたいな。
「もう、もう」
しかし。
「……」
前回の人生では、この時期の幸奈とは疎遠だった。
会うことも話すことも滅多になかった。
当然、成人した幸奈の水着姿を見る機会なんてあるわけもなく……。
つまりこの状況は、何かこう、微妙に居心地が悪いんだよ。
「どうせ、わたしなんて」
おそらくは、幸奈も同じ。
俺同様に気まずかったはず。
さっきまでは古野白さんの後ろに隠れるようにして、こっちの様子を窺っていたのだから。
「わたしなんて、古野白さんとは比べ物にならいですよーだ」
ただ、今の幸奈にはそういった感情が見えない。
このやり取りに気を取られて、気まずさが消えてしまったんだろう。
「何言ってるの幸奈さん、とっても可愛いのに」
「えっ?」
「私なんかよりずっと魅力的よ」
「ないです、ないです、絶対に!」
「そんなことないわ」
おかげで、こっちも立て直すことができた。
「有馬くんもそう思うわよね?」
「功己?」
「さっき言っただろ、似合ってるって」
「それ、棒読みだったし」
「いや、ほんと似合ってるって。その……可愛いぞ」
「……」
とはいえやはり、幸奈を前にこういうことを口にするのは気恥ずかしいものがある。中身は中年男だというのに、まったく。
「ねっ、幸奈さん、私の言った通りでしょ」
「でも、古野白さんの方が……功己ぃぃ」
「これも先程言いましたけど、古野白さんはとても美しいですよ。ここが一般のビーチなら大変なことになってたでしょうね」
一方、古野白さん相手だと口も滑らかに動いてくれる。
「っ、私のことはいいの」
もちろん本心だからではあるが、それは幸奈に対しても同じ。
同じはずなのに、なぜか……。
「けど、有馬くん、こういうことも言える人だったのね」
「……まあ」
「認識を改めないと」
騙しているようで悪いが、こう見えて実際は40男なんだ。
古野白さん相手にこの程度の対応なら、難しいことじゃない。
「でもそうね、正直、結構な驚きだわ」
「古野白さんの言う通りだよ」
「……」
ただ、20年前には無理だったろうし、今の俺が幸奈の目にどう映るかを考えると。
「功己に色々あったのは知ってるけど、それでも変わりすぎ。もう別人みたいだもん」
「幸奈さん、彼ってそんなに変わったの?」
ちょっとやりすぎたかもしれない。
「……」
まっ、今さらか。
だったら、いっそ。
「俺が変わったんじゃなく、2人が本当に魅力的だからです。どこからどう見ても、これはもう間違いないので」
畳みかけの追い討ちを。
「……」
「……」
これで終わり。
終わりにしてくれ。
「……」
「……」
いや、いや。
また変な空気になってるぞ。
「幸奈、古野白さん?」
この状況。
どうすればいい?
正解はいったい?
「有馬くーん、ボクの大勝見てくれた?」
里村、武上!
最高のタイミングだ。





