第704話 ビーチ
異世界間を移動し日本とオルドウでの二重生活を始めてからずっと。
本当につい数日前まで、ずっと忙しい日々を過ごしてきた。
次から次に起こる問題の解決のため眠る間も惜しんで奔走してきた。
そんな俺が今は時間を持て余している。
「武上くん、朝食が済んだらビーチに行くのよね?」
「おう、今日は昼まで泳ぐつもりだ。古野白も行くだろ?」
「そうねぇ、昼までは無理だけど少しなら……幸奈さんと里村くんはどうかしら?」
「ボクは武上君に付き合うよ」
「古野白さんが行くなら、わたしも」
離島リゾートで豪華な朝食をいただき、美しいビーチで午前を優雅に過ごすなんていう贅沢ができるくらい時間が余っている。
「で、有馬は?」
正直、数日前と今との間にギャップがありすぎて、あの世界でのことが非現実なんじゃないかとさえ思えてしまう。
「まだ疲れてんのかよ?」
「功己?」
「……もう大丈夫だ」
「なら?」
「ああ、俺も行こう」
とは答えたが。
ほんとに、これでいいのだろうか?
俺には分不相応と思われる離島リゾートで、優雅に気楽に過ごしても?
ただただ寛いでいても?
あちらの皆は寸暇も惜しむような状況なのに?
「よーし、そうこなくっちゃな」
「うん、うん、早く食べてみんなで海にゴーだね!」
「おう!」
「……」
いや、寸暇を惜しむは言い過ぎか?
セレス様やエリシティア王女がいくら大変だといっても、遠征自体はもうしばらく先のこと。今が危急存亡の時というわけじゃない。多少はゆっくりとした時間も持てているはず。
なら……。
程度の差こそあれ、俺もゆっくりと過ごしていいのかもしれない。
寛いでいいのかもしれないな。
とはいえ、いつまでも休んでいたくはないという思いもある。
だから、ゆっくりするのは離島リゾートが終わるまで。
その後は色々と動くとしよう。
で、具体的に何をするのか?
「……」
まず気になるのは、セレス様とエリシティア王女の遠征計画。
当然のことながら、何よりも先にこれを考えてしまう。
ただし、俺が動く可能性はかなり低い。
というのも、今回俺はこの作戦への参加を求められていないからだ。
加えて、遠征後に領都ワディナートや黒都カーンゴルムで合流する予定もない。
もちろん万一の場合は黙って見過ごすつもりはないが、事が上手く進み続けるなら俺は完全に蚊帳の外状態ってことになる。
どちらにしても、今考えることじゃないし動くことでもないか。
となると。
次に考えたいのは、シアの視力問題なんだが。
実はこの問題、もう頭を悩ます必要はないのかもしれない。
ヴァーンいわく、既に解決の目処が立っている、もうすぐ治療に進める、とのことだからだ。
もちろん、その言葉が虚言である可能性も考えてはみた。
俺と距離を置くためのその場しのぎという線を探りもした。
が、どうやら、ヴァーンは本当に治療の手段を見つけているらしい。
つまり、この件にも俺の出る幕はないってことになる。
なら他は?
セレス様と王女の遠征、シアの治療以外の案件、問題は?
やはり、ギリオンの件しかないだろう。
「……」
正直言って、これまであの竜化現象については諦めていた。
兇神エビルズマリスが絡む神の領域だと、どうすることもできない問題だと投げ出していた。
けど、ここに来て。
今は本当に不可能事なのかという疑問が拭い去れなくなっている。
実際ギリオンに加え、禁具を使って兇神の雫と化したオルセーの姿も俺は見ているのだから、竜化に人の手が入ってる可能性を考えてもいいはず。元凶となる者がいる可能性も……。
ん?
だったら?
「……なぜ?」
なぜ、今まで簡単に諦めていたんだ?
最初から無理だと思い込んでいたんだ?
「なぜって言いたいのはこっちだぞ、有馬」
「……」
「おまえ、いつまで食ってんだよ?」
「里村、やるじゃねえか」
「そう?」
「その細っそい体でなかなかの速さだったぜ」
「んん? 勝ったのはボクだよね?」
「いんや、引き分けだ」
「違うよ、明らかにボクが勝ってたから」
白い砂浜に設置された大きなパラソルと豪華なビーチチェア。
その心地よい空間で涼む俺の視界に武上と里村の姿が入ってくる。
「有馬くん、今の勝負見てたでしょ? ボクの勝ちだよね?」
「引き分けだよな?」
「……ここから分かるわけないだろ」
このビーチチェアから何メートル離れてると思ってるんだ。
「そっかぁ、接戦だったから分っかんねえかぁ」
「だから接戦じゃないって。そのチェアからでも分かるくらいの差だったって。有馬くん、ほんとは見てなかったでしょ」
「……」
「まっ、いいじゃねえか」
「えっ? 武上くん、負けを認めるの?」
「はあ! どうしてそうなる?」
「いいって言ったから?」
「んな意味じゃねえわ!」
まだ一日が始まったばかり、朝食を終えた直後だというのに、どうしてこんなに元気なんだ?





