第703話 三度はない
現身ではなく魂なら容易に世界を渡ることができる。
そう考えるのも尤もだが、実際は違う。
と言い切れるのは、以前トトメリウス様が異世界間の理について口にするのを聞いたことがあるから。
つまり、ただ智神の知見を借りただけ。
俺の経験や実践的知識によるものじゃない。
「でも、でも、不可能ではないんだよね」
「まあ、な」
「だったら大丈夫。ギリオンさんならきっと来れるよ」
「……」
「ねえ、あのギリオンさんだよ。確率なんて無視して飛んで来ちゃうから」
さすがに、それは。
「というか、さっき来てたし」
「……」
「功己の剣を受けて笑ってたし」
もはや完全なる断定口調か。
「どう? 納得した?」
「……納得できるようなこと言ってないだろ」
「でも、何となく納得できたでしょ?」
「……」
まったく、理も道理もあったもんじゃない。
蓋然性や確率なんて顧みもしていない。
「功己?」
とはいえだ。
世界が不条理に満ちているのは事実。
渡界可能性がゼロじゃないのもまた事実。
俺が感じたあの時の感覚も……。
だったら。
「そういうことにしておくか」
「もう、ほんとなのに」
「わかった、わかった」
他の誰でもない、幸奈が言うことなんだ。
どれだけ難しかろうと、超のつく低確率であろうと、信じたいとは思う。
「ううぅぅ」
「変な顔するなって、信じてるからさ」
「ほんとに?」
「ああ」
こう口に出せるくらいには信じている。
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとだ」
「うん……なら、許す」
得心がいったように一度頷いた幸奈がわざとらしくふんぞり返って見せてくる。
「許す」
まだふんぞり返ったまま。
「なら、許す」
「……」
分かったよ。
「ははぁ、ありがたき幸せ」
「……ふっ、ふふっ」
付き合ってやったんだぞ。
「笑うなよ」
「ごめん、ごめん。でも子供の頃のこと覚えてたんだね」
「……ああ」
俺が異世界に傾倒する前、2人でよく遊んでいた頃。
幸奈が姫様で俺が家来というごっこ遊びを頻繁にさせられたからな。
「そっかぁ」
その際の決めゼリフは頭の中にしっかり残っている。
「覚えてたんだぁ」
30年経った今でも不思議なくらい鮮明に。
「では……褒美を与えよう」
「……」
「褒美を与えよう」
いや、いや。
さすがにもう。
「褒美を」
「勘弁してくれ」
「ええぇ」
「続けるようなことじゃないだろ」
「ノリが悪いなぁ」
いや、だからな。
話はずれすぎてるし、空気もおかしなことになってるじゃないか。
「……」
ここはちょっと。
「それでだ」
話を戻させてもらうぞ。
「それで、幸奈が感じたギリオンは笑ってたんだよな?」
「……うん、とっても満足してる感じだったよ」
「満足して笑ってるだけだったか?」
「えっと……あっ、負けてないって言ってたような気がする」
「ギリオンが俺に、負けてない?」
「うん、多分」
「そうか……」
最後の一撃を放ったあの瞬間。
実は、俺も感じてたんだ。
「最高の剣を受けることができて嬉しい。けど、まだだぞ! って」
あれは鑑定や気配感知じゃない。
確実でもなければ正確でもない。
本当に微かなものだった。
けど、感じたんだ。
「俺は負けてない! って」
今幸奈が口にしたまさにその感覚を。
「……」
ここまで幸奈と話すことで色々と気づくことがあった。
納得できそうなこともかなりある。
それでも、真実は分からない。
すべては妄想、錯覚、詭弁、牽強付会の類。
そうも思えてしまう。
ただ……。
神娘と同調した幸奈と異世界を渡れる俺が同じ感覚を覚えたのなら。
信じることができる。
信じたいんじゃない。
俺は信じられるんだ。
「でもさ」
ん?
「わたしはどうなんだろ?」
幸奈がどう?
「功己の剣ほどじゃなくても、わたしの舞も少しは意味があったのかな?」
そんなことか。
「今さらだが、今回のことはすべて幸奈の舞があったからこそなんだぞ」
分かりきってる。
「ギリオンの魂が本当に世界を渡ったのだとしたら、間違いなく幸奈の舞のおかげだ。剣なんてそのついでにすぎない。俺はそう思う」
「……ギリオンさん喜んでくれたのかな?」
「もちろん」
「ほんとに?」
「ほんとにほんとにほんとのほんとだ! ってさっきも言ったよな」
「……そんなには言ってないもん」
「心の中で言ってたんだよ。それと、これももう一度言っとくぞ」
「ええ?」
「幸奈の舞は最高だ。ギリオンだけじゃなく俺にとっても最高の舞だった。お世辞じゃなく心からそう感じてるし、そう思ってる」
「……」
「三度目はないからな」
「うん……ありがと」
小声で答えた幸奈がはにかむような仕草で眼を逸らす。
そのまま視線を外し続けて。
「あっ」
「……」
「あれ!」
幸奈の指さす先。
そこには。
「見て、功己。日の出だよ!」
水平線の上に僅かに頭を出した日輪。
「うわぁ」
その曙光が優しく、それでいて力強く砂浜を照らし始めている。
「きれい、とっても……」
ああ。
絶景だな。





