表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
706/706

第701話 毒になる



「セレスさんはもっと凄いんだからね」


「……」


 俺は、あちらの世界でのセレス様の神舞を知らない。

 ちょっとした舞踊すら見たことがないし、それに関する話を聞いたこともない。


「わたしなんかより、ずっとずっと上手なの」


 ただし、想像はできる。

 幸奈がこれほど見事に舞えるんだ。その知識と経験の持ち主であるセレス様の神舞は最高に素晴らしいものなんだろう。


「まったく比べものにならないんだから」


 幸奈の自己評価が不思議なほどに低いのも、セレス様の神舞を知っているからこそ。と考えれば納得もできる。


「でもさ、功己に褒めてもらえるってことは……わたしの舞も悪くなかったんだよね?」


「当然だ。さっきも言っただろ、抜群だったって」


「そうだけど」


「それに俺だけじゃない。古野白さんや里村が見ても絶賛すると思うぞ」


「……ほんとに?」


「ああ」


 あれを見て心が動かないなんてあり得ない。

 無粋な武上でも感じるものがあるはず。


「だったら、成功したって思っていいのかな?」


「もちろん」


「そう、そうなんだ」


「ところで、成功というのは上手く舞えたってことか?」


「んん、上手くというか……」


 巧拙じゃない?


「わたし、上手くも舞いたいんだけど今回の目的は他にあって」


「他の目的?」


「……」


「幸奈?」


「……鎮魂だよ」


 鎮魂。

 まさか!


「ギリオンの?」


「……うん」


 幸奈がギリオンを思って、ギリオンのために。


「あっちとこっちでは世界が違うから、ギリオンさんには届かないかもしれないけど」


「……」


「けど、今のわたしにできることはこれくらいしかないから。できること、したいから」


「幸奈……」


 そんなことを考えていたのか。


「本当はずっと無理だと思ってたの。でも、夜明け前の海を見てたら、ここからなら届くかもって」


「……」


 さっきの神舞。

 幸奈からは神気に近いものを感じた。

 舞う幸奈と海、空、砂浜との境界が曖昧になり、すべてが1つになるような感覚。幸奈が消えていく錯覚すら覚えた。


「思い違いかな?」


 あれはもう。

 ワディンの神娘が執り行う神事そのものだったんじゃないのか。

 なら、鎮魂も。


「わたし、意味ないことしちゃったかな?」


 違う!


「そんなわけないだろ。幸奈の思いは絶対に届いてる」


「功己……」


「きっとギリオンも喜んでる」


「……」


「間違いない」


「そう、かな?」


「ああ、喜びすぎてこっちに来るかもだ」


「ふふ、だったら嬉しいね」


 嬉しいのは幸奈だけじゃない。

 喜んでるのはギリオンだけじゃない。

 俺が、俺も……。


「こっちの世界でギリオンさんに会えたら、ほんと最高だね」


「……だな」


 最高だ。

 心からそう思う。

 が、それとともに。


 抑えようとしても抑えきれない切々とした感情が溢れてくる。

 感謝と畏敬の念、そしてもうひとつ。

 どうしようもなく自己中心的な自身への慚愧。


「……」


 かけがえのない大切な仲間を失った後。俺はただただ悩み苦しんでいるだけだった。後悔という名のもとで己の感情にばかり目を向けていた。もちろん、ギリオンを悼む気持ちがなかったわけじゃない。けれど、ここ数日は特に……。


 そんな俺とは違い。

 幸奈はすぐに鎮魂を考え、この旅先で舞ってくれた。

 ギリオンのために俺のために実行してくれた。

 幸奈だけじゃない。

 今思い返せば、あの時。

 セレス様も神舞を捧げてくれたのだと思う。


 2人に比べて俺は……。

 倍以上も生きているのに、いつまで経っても未熟なままじゃないか。



「功己、どうかした?」


 溜息をつく俺を幸奈が心配そうに見上げてくる。


「やっぱり、わたしの舞かな?」


 だから。


「さっきも言っただろ、それは違うって」


「でも」


「幸奈には感謝しかないんだ」


「でも功己、浮かない顔」


「それは……情けないと思ってな」


「情けない? 功己が?」


「ああ」


「それこそ違うよ、まったく違う。情けなくなんてない」


 いや、俺は本当に。


「功己はギリオンさんのことで色々考えているんだと思うけど、多分間違ってるから」


「……」


「こっちの世界でもあっちの世界でも功己の傍でずっと見てたわたしにはよく分かるんだからね」


 幸奈には見えてないだけなんだ。


「また、そんな顔してぇ」


「……」


「みんなのためにあんなに頑張れる功己が情けないわけないでしょ」


 みんなのため?

 俺が?

 本当に?


「あっ、また偽善とか思ってる」


「……」


「でも功己言ってたよね。偽善も善だって、やらない善よりやる善だって」


 そうだ。

 確かに、そう考えていた。


「今の功己が辛いのは理解できるし、自分を責める気持ちもよく分かるけどさ、ちょっとずれてると思うな」


「……」


「でもまっ、そういう時もあっていいかぁ。功己も人間なんだし、完璧でもないんだし」


「……」


「ただね、責めすぎは良くないと思うよ。わたしも前に……って、わたしのことはどうでもいいんだけど。とにかく、自責も過ぎると毒になるだけだからね」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング ここをクリックして、異世界に行こう!! 小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ