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第699話 無駄



 領主家を探るという彼の提案を断り、夕連亭の客室に向かう。

 ただ、その歩みは遅々としたもの。

 無駄と思いながらも色々と考えてしまうからだ。


「……」


 調合した霊薬に問題はないのか?

 ササリーシャ嬢はあの薬で全快するのか?


 彼女の回復手段を懸命に探していたオルドウ伯爵。

 そんな彼が、仮に庶子だったとしても実の子を諜報部に知られないほどに秘匿するものだろうか?

 いや、そもそもリャナーヤ嬢は伯爵の娘なのか?

 娘じゃないなら、彼女は俺に嘘をついたのか?

 そんな素振りはまったく見えなかったが?


 それに、この夕連亭。

 領主家のこと、何をどこまで知っている?

 俺に事実を話しているのか?

 俺との関係をどう思っているんだ?


「……」


 今さらながら不思議に思ってしまう。

 この普通じゃない宿になぜ俺が惹かれるのか?

 過去の因縁を考えれば、避けてしかるべきなのに?

 実際、あの事件の直後は他の宿を定宿としていたのに?


 ウィルさんがいるから?

 ベリルさんにお世話になっているから?

 いや、それにしたって無頓着すぎるだろ?


 駄目だな。

 色々と考えれば考えるほど、怪しく思えてくる。

 オルドウ伯爵もリャナーヤ嬢も夕連亭も……。



「コーキさん、どうしました?」


「……ベリルさん?」


「こんな場所で立ち止まって考え事なんて、珍しいですね」


 ああ、そうか。

 廊下で足を止めていたんだな。


「私にできることなら、お答えしますよ?」


「……」


 夕連亭の主人であるベリルさん。

 彼なら従業員より多くの情報を掴んでいるはず。

 領主家についても詳しいに違いない。


「それでは1つ、リャナーヤという女性をご存じですか?」


「冒険者の方でしょうか?」


「いえ、領主家の関係者だと思います」


「オルドウ伯爵家の?」


 腕を組んで考え込んでしまった。


「リャナーヤ、リャナーヤ嬢……」


 ベリルさんのこの表情、とても彼女のことを知っているようには見えない。


「申し訳ありません。領主家に関わる者についてはある程度まで頭に入れているのですが、何分その数は大変なものでして」


「関係者というか、血縁者だと思われるのですが?」


「血縁関係? それは領主様のですよね?」


「はい」


「領主様と血のつながりがあるリャナーヤ嬢……っ!」


 知ってるのか?


「確か、3世代前にそのような名を持つ方がいたような……」


 3世代前?

 それだと、今何歳なんだ?


「すみません、曖昧な記憶ですので少し調べてみます」


「ベリルさん、こちらの言葉不足でした。そのリャナーヤ嬢、10代半ばの女性でして」


「10代半ばの血縁者ですか?」


「……おそらくは」


 魔法が溢れるこの世界。

 10代に見える100歳越えの存在もあり得ないことじゃない。

 実際、先日戦ったあの大魔法使いエヴドキヤーナも外見と実年齢がとんでもなく乖離していたのだから。


 とはいえ、そのような女性は極極稀な存在だろう。

 簡単に出会えるとも思えない。

 何より、リャナーヤ嬢からはエヴドキヤーナのようなただならぬ空気を感じなかった。


 つまり、彼女は見た目通りの10代半ばの女性。

 ベリルさんの知る関係者とは別人だと考えた方がいい。

 それに、彼女が名を偽っている可能性もある。いや、むしろその可能性が高いか。

 なら、リャナーヤという名前や領主の血縁にこだわることすら無意味なのかもしれないな。


「……」


 彼女と一緒にいた時、必要性なんて全く感じなかったけれど。

 念のため鑑定しておけばよかった。

 鑑定さえ済ましていれば、彼女の意図や目的は分からなくとも出自で頭を悩ませることはなかったのに……。



「断言まではできないですが、リャナーヤ嬢という10代の血縁者は存在していないかと」


 やはり、そうか。


「お役に立てず申し訳ありません」


「あっ、いえ。こちらこそ、つまらぬことで時間を取らせてすみませんでした」


「とんでもないことです、お客様の悩みにお応えするのが当宿の理念、方針ですので」






 部屋に戻ってベッドに寝転がること数分。

 諸々の謎が頭から離れてくれない。

 無意識の内に勝手自由に頭をかき乱してくる。

 いまだにずっとだ、が。


「……無駄だよなぁ」


 いくら考えても答えの出ることがない思考。

 考えるだけ無駄というもの。

 だったら、いい加減放棄すべきだろう。

 そもそも。


 リャナーヤと名乗った女性の正体も彼女とオルドウ伯爵家との関係も、俺が知ったところでどうしようもない。

 彼女が俺に接触してきた意図だけは少し気になるが、それも偶然と考えればそれまでのこと。これ以上頭を悩ます意味なんてまったく……。

 

 まっ、次に会う機会があれば、その時はそれなりに。

 だから、今はリャナーヤ嬢のこともオルドウ伯爵家のことも頭の中から消し去って、体と頭を休めよう。


「よし」


 すべて忘れて、仮眠をとって、日本に帰還だ。






 こちらの時間にして6時間ぶりに戻った豪華客室。


 ベッド、テーブルに変化はない。

 ドアにも開かれた痕跡は見られない。

 強化した耳を澄ませば、隣室から武上と里村の寝息が聞こえてくる。

 当然と言えば当然だが、何も問題はなかったようだ。


「……」


 時刻は日本時間の午前4時過ぎ。

 まだ夜は明けていないが、今の俺に眠気はまったくない。

 ここ数日の不眠が嘘のように、夕連亭でしっかり仮眠をとれたからだろう。


 しかし、悪夢も見ずに熟睡できるなんて考えてもいなかった。

 身体と頭の疲労が結構あったとはいえ、不思議なことだよな。


「さて」


 皆が起きるまで、どうやって過ごそう?




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