第21話 夕連亭 6 ※
「くっ!」
速い。
確かに速いが、対処できないほどではない。
後ろに一歩跳び、身を引いて剣撃を避ける。
が、刃風に皮膚を撫でられた。
予測より剣が伸びてきたのか。
これは、少し修正の必要があるな。
「……」
再び距離をおいて対峙。
「これを避けますか。やりますね」
「そっちも大した腕前だが、捕らえて尋問するんじゃなかったのか?」
今の一振り。
明らかに殺す気満々の一撃だった。
しかも、いきなり首への剣撃とは!
……。
やはり俺を斬ったのはこいつか?
「フフ、生きていれば尋問しますよ」
「……」
嫌な嗤い方だな。
「ちょっと母さん、どういうこと? さっきから何なの?」
「後で話すわ」
「後じゃなくて今でしょ、それにコーキさんを助けないと」
「……」
「母さん!」
「うるさい娘ですねぇ。少し黙っていてくれませんか。あとで相手してあげますから」
口を動かしてはいるが、構えに隙はまったくない。
動きも素早く、鋭い。
油断したら、やられるかもな。
「さて、これはどうでしょうね」
今度は剣を突き刺してくる。
これも、かなり鋭い。
右、左、右!
身をかわし、日本から持って来た軍用ナイフで細剣を跳ね上げる。
「やはり、これでは無理ですか」
「そうだな」
この短いナイフでやり合うのは簡単じゃないけどな。
「では、これで」
更なる攻撃が連続で放たれるが、それらを全て避け、かわし、受け流す。
そして、無傷のまま再び距離をとる。
「これでも決まりませんか」
それでは俺に勝てないな。
とはいえ、相当な腕前であることは確か。
異世界には、こんな奴がそこら中にいるのだろうか?
異世界恐るべしだ。
が、しかし……。
その強さは、こちらの想定を超えているわけじゃない。
ここまでの動きを見たところでは、とんでもない魔法で攻撃でもされない限り、問題はないはず。
よし!
ずっと心の奥に残っていた恐れや迷いが完全に消え失せ、獰猛な闘争心が奥底から湧き上がってくる。
「フフ」
「何を笑ってるのですか?」
面白い。
やっぱり、冒険はこうじゃないとな。
「ハハハ」
夕連亭に入ることを恐れていたあの感情が嘘のよう。
命を懸けているというのに、今は相手と戦い倒すという思いで溢れている。
「恐怖のあまり狂ってしまいましたか」
「いや」
この時間が愉しいだけだ。
とはいえ、ここは素早く確実に勝利を手にしておきたい。
実戦不足の俺が長々と戦っても良いことはないだろう。
「気味の悪い人ですねぇ。……仕方ない、魔法で片をつけましょうか」
やはり、魔法も使えるのか。
「それは、どうかな」
簡単に使わせるつもりはない。
魔法戦に慣れていない俺が、わざわざそれを相手にする必要はないのだから。
片足で床を強く蹴りあげ速度を上げる。
一瞬でオルセーに近づき、ナイフの一撃をその左胸に突き入れる。
「っ!?」
オルセーは驚きながらも、右に跳ぶようにして俺のナイフをギリギリでかわす。
が、それが狙いだ。
そのまま無防備になった脇腹に準備済みの雷撃を至近距離で放つ。
「ゲェ!」
腹に直撃。
さすがに外すわけがない。
「……」
それでも、まだ立っている。
こいつ、凄いな。
魔法への耐性、雷への耐性でもあるのか?
「ウゥ……無詠唱?」
まあ、でも、これで終わりだ。
胸に掌底を打ち込む。
ドン!
「ウッ!?」
しっかりと心臓を捕らえた。
立ってられないだろう。
ゆっくりと、オルセーが膝から俯せに崩れ落ちる。
……終了だな。
ふぅ。
とりあえず一安心。
色々と不安もあったが、杞憂に終わって良かった。
やはり、悩むより動いた方がいいということだ。
さてと。
「すごい! 魔法も剣も!」
「……」
呆然と立ち尽くすヨマリさんとウィルさんを横目に見て、倒れている2人の拘束を始める。
雷撃と掌底で倒したので、気を失っているだけだからな。
早めに処理しないといけない。
用意していたロープを厨房から持ち出し手早く拘束、2人を床に転がす。
これでいいだろう。
「おふたりとも、大丈夫ですか?」
「え、ええ、私は」
「私も大丈夫です」
ロープで拘束している間、俺のことを黙然と見つめていた2人。
そろそろ、話ができる状態に戻ったかな。
「どうしてコウキさんがここにいたのですか?」
「ウィルさんが襲われるという話を偶然耳にしたもので、助けるためにここで待っていました」
あらかじめ用意していた作り話。
ちょっと無理があるけど、許してほしい。
「……」
「そんなことが……」
黙り込むヨマリさん。
あらぬ場所を見つめながら呟くウィルさん。
「とりあえず、これで一安心です」
詳細は語らず、流しておこう。
「あの、コウキさん?」
「はい」
困惑の表情がとけないヨマリさん。
何か失敗したかな?
「いえ……あの、ウィルを助けてくださり、ありがとうございました」
少し表情が和らいだ。
「ありがとうございました」
ふたりともに、深々と頭を下げての感謝の言葉。
色々と事情がありそうだから、俺のとった行動が今後にどういう影響を与えるのか分からない。
それでも、今回はウィルさんを助けることができたし、俺の命も無事だった。
「ウィルさんを助けることができて良かったです」
本当に良かった。
ここに戻って来て良かった。
「コーキさん。知り合ったばかりなのに、ここまでしてもらうなんて。本当にありがとうございました」
「まあ、その、成り行きですから」
とはいえ、これが俺の異世界での第一歩。
ウィルさんを見捨てて、この先異世界の道を胸を張って歩いていけるなんて思えない。
成り行きでも重要な一歩だ。
まあ、自己満足の偽善とも言えるけれど。
命を懸けた偽善かな……。
「そんなこと……。コーキさん、この御恩は決して忘れません」
また、深く頭を下げてくれる。
「感謝の言葉は充分いただきましたから、もういいですよ」
ホントにもう充分だ。
「コーキさん」
ウィルさん……。
こうして見ると確かに女性に見える、かな。
やっぱり、女性なんだろうな。
ウィルさんの横顔を眺め、そんなことを考えていると。
「コウキさん?」
ヨマリさんが、不安げな表情で横から近づいて来る。
「どうしました」
ちょっと、近くないか。
俺の肩にヨマリさんの肩が当たりそうだ。
「この2人は生きているのですか?」
「え、ええ、気絶しているだけです。こちらの2人のことは……ヨマリさんに任せた方がいいですよね」
肩をずらしてヨマリさんから、少しだけ離れる。
「気を失っているのですね」
「そうです」
部外者の俺はあまり口を出さない方がいい。
ウィルさんを助けることができ、自分もこうして生きている。
俺としては、それだけで充分だ。
詳しい事情を聞くつもりもない。
姉の娘を養女として育て、男として宿屋で働かせている。
一族の問題も色々と抱えているように見える。
そんな複雑な家と一族の事情を余所者に知られたくないだろうしな。
それに、ここから先は異世界初心者の俺には手に余りそうな案件だ。
まあ、多少は知ってしまったけど、それは成り行きというもの。
見逃してもらいたい。
「その、拘束が解けないか心配で」
再び近づいてきたヨマリさんの息が俺の頬をなでる。
「まあ、大丈夫だとは思いますが……」
身を屈め、確認のため床に倒れた2人を拘束するロープを手に取る。
問題ない。
しっかりと拘束されている。
「問題な……」
と、背後から顔を覗かせたヨマリさんの頬が俺の頬に触れそうになる。
だから、近いって!
もう少し離れてくれ。
「ちょうど良かったわ。試したかったの」
何を?
そう思い、ヨマリさんから離れるために立ち上がろうとする。
と……。
えっ!?
首に衝撃!
えっ?
何だ?
熱い!?
これは……?
振り向いた先には、ナイフを構えたヨマリさん。
「ごめんね、コウキさん。でも、ちょうど良かったのよ」
「な、どうして、母さん!!」
何を言ってるんだ?
熱い……。
首に手をあてると。
血……。
溢れている。
……。
何だよ、それ!?
何なんだよ!!
どうして……。
前回のことが頭を過ぎる。
「はあ、はあ」
「コーキさん、コーキさん、しっかりして。すぐ薬を」
「はあ、はあ……」
前回と同じことが……。
「コーキさん!」
「何事だ、これは!?」
誰かが入ってきた。
「ベリルさん、母さんがコーキさんを! 薬を!」
「ウィル、何を言っているんだ。落ち着いて話しなさい」
「はやく、早く薬を!」
「ヨマリ、これは?」
「今さら来ても遅いわよ、ベリル」
「はあ、はあ、はあ」
ああ、まずい。
くそっ!
またしても!
「カハッ……」
手足から力が抜け、目がかすむ。
さむい……。
「ああ、死んでしまうのね」
さむい、さむい……あたたかい?
ぼやけていく視界の中、体を抱えられている感触だけが伝わってくる。
これは……ウィルさん?
「コーキさん! コーキさん! コーキさん!!」
ありが、と、ウィルさ……。
「やっぱり、マチガイね」
何を言って……。
ああ……。
……。
……。
『…………リセット』





