第16話 何が為に
24時。
目が覚めてしまった。
明日に備えて眠ったのはいいが、さすがに眠り過ぎなのか、すぐに目が覚めてしまった。
とはいえ、オルドウに向かうには早すぎる。
あと数時間はこちらで過ごそう。
「ふぅ」
当然のように思考はあの夜のことに移ってしまう。
まず、ウィルさんは誰に殺されたのか。
俺を襲ったのは誰か?
おそらくは同一人物なんだろうな。
夕連亭の宿泊客の誰かがウィルさんを刺し、それを見つけた俺の口も封じようとした。
そういうことか。
それとも外からの侵入者?
分からないな。
しかし、あの時は背後に気配を感じなかった。
30年の修行の中で、それなりに人の気配を察知することもできるようになっていたはずなのに。
ウィルさんの状態を見て、気が動転していたというのはある。
それでも、殺気を持って向かってくる相手の気配くらいは気づくことができると思うのだが。
そんなに動転していたのか。
それとも、気配を消すことができる相手だったのか。
これも分からない。
分からないが、明日そいつに対する時は警戒しなければいけないな。
明日……。
ちゃんとできるのか。
異世界間移動。
その言葉を使おうと思うと、いまだに呼吸が苦しくなる。
そう簡単に治まるものでもないのだろうが…。
でも、何度か繰り返しあちらに行けばこの症状もなくなるはず。
いや、ウィルさんを助けて、その殺人者を捕えればすぐに治まるかもしれないな。
ウィルさんを助けて。
ウィルさん……。
この時間の流れの中では、俺はヨマリさんを夕連亭まで案内していない。
当然、ウィルさんとも出会っていないんだよな。
ふたりは俺のことを知らないのか。
そうか。
……。
……。
助ける必要……。
あるのかな?
知り合って、何日も経っていない。
友人と言える関係でもない。
今回なんて知り合ってさえいない。
なのに、命を懸けて夕連亭に戻る必要が……。
……。
……。
って、何考えてんだ、俺。
そんな情けない、浅ましい考えをするなんて。
心が少し弱っているからといって、こんなことを。
そうだ。
何のために異世界に行こうとしてたんだよ。
子供の頃から夢見ていた異世界の冒険ってそんなものだったのか。
目の前で倒れる人を放置して自分が楽しめればいい。
安易な道を選択して先に進む。
そんな恥ずかしいことをしたら、10歳の俺に、30年頑張った時間に、あの時の決心に顔向けができない。
ここでウィルさんを見捨てて、この先異世界でどんな活動をしていくというんだ。
助かる可能性のある命を助けないなんて。
そう、馬鹿なこと考えている場合じゃない。
明日はオルドウに行く。
夕連亭で殺人者と対峙する。
必ず捕らえてやる。
チュン、チュン。
窓の外から聞こえる鳥のさえずり。
ん?
あれから眠ってしまったのか。
え?
待てよ、今何時だ。
7時!?
まずい。
寝過ごしてしまった。
これは、間に合うのか。
ギリギリ、いや、間に合わないかもしれない。
急いで準備し、着の身着のままで。
「異世界間移動」
無事にオルドウに降り立つ。
今回は息が詰まることはなかった。
焦っていたからだろうか、若干息苦しくなったが移動することができた。
とはいえ、そのことを考えていると少し気持ちが悪くなってくる。
でも、今はそんな場合じゃない。
夕連亭に行かなければ。
急いで走る。
深夜の大通りを駆け抜け、到着。
中からは多くの人が動いている気配。
ウィルさんは……。
夕連亭の入口は閉まっているため、庭に忍び込み大窓から夕連亭の食堂を覗いてみる。
食堂には夜中だというのに、宿泊客や従業員など多くの人が集まっている。
その中心に……ウィルさん。
ウィルさんが倒れている。
そんな…。
……。
……遅かった。
間に合わなかった。
結局、12時間を無為に過ごし日本に帰還することになってしまった。
翌日。
自室にいる俺は重い心と体のまま。
ずっと同じようなことが頭の中を回っている。
あの現場に間に合わなかったのは、寝過ごしたせい。
つい眠りに落ちてしまったから。
注意不足……。
でも、本当にそうなのか。
本当は行きたくなかったんじゃないのか。
寝過ごしたことを理由にして。
……。
そんなことはないと思う。
思いたいが。
完全には否定しきれない。
無意識のうちに拒否していたのでは。
息苦しさと気分の悪さを言い訳に。
……。
助けたいとは思っていたはず。
なのに、無意識はどこまでも計算高く。
今回のことは忘れて新たな冒険を始めればいいんじゃないかと。
ウィルさんとは知り合ってさえいないのだから、気にすることなんてない。
だから、放置すればいい。
眠ってしまえ。
起きなくていい、なんてことを。
だから、眠ってしまった。
起きなかった。
そうじゃないのかと。
……。
もちろん、これはウィルさんを助けることができなかった自責の念からくるもの。
それは分かっている。
……。
そんなことを考えながら、悶々と過ごす時間。
夕連亭でのあの夜から、昨日、そして今日。
本当にどうしようもないな。
かっこ悪い。
こんなはずじゃなかったのに。
でも、助けることができなかったのは事実。
それは変えることができない。
「調子はどう?」
「大丈夫だ」
幸奈が訪ねてきた。
「功己のお母さんから、調子が悪そうだと聞いたから来たんだけど」
「昨日も大丈夫だと言っただろ。身体は健康だ」
身体は大丈夫なんだ。
ただ、色々と情けないと思っているだけ。
「じゃあ、お茶にでも行く?」
幸奈の声が今の俺には心地よく響く。
20歳に戻ったころ、2人で会うことを躊躇していたのに不思議なものだ。
「……いいぞ」
お茶くらい問題ない。
「いいって……」
こちらのことを、つま先から頭までじっくりと眺め。
「そんな状態だと楽しめないでしょ」
「……」
「功己、どうしたの? 身体自体は悪くないのよね?」
「……身体は健康かな」
「本当に」
「まったく問題ない」
「それなら、何か悩み事でもあるの?」
「……」
あるな。
「わたしに言えないこと?」
「……」
そうだ。
「……そう」
そんな顔をしないでくれ。
「昔から功己は変わらないね。詳しいことは何も言わず勝手に突っ走って。……幼馴染のわたしなんて信用できない?」
「いや……。信用してる」
「それなら」
信用はしている。
「……ちょっと失敗してな」
けど、異世界関係のことは言えないんだ。
「失敗くらい誰でもするでしょ」
「……」
「10歳の頃、何て言ったか覚えてる?」
「何か言ったか?」
「『ぼくには誰にも言えない夢がある。そのために身体をきたえて勉強して、毎日頑張るんだ。だから、今までみたいに一緒に遊べない』って言ったのよ」
「……言ったかな?」
そんな気もする。
「言ったのよ。それで、功己はそれまでと別人のように頑張っていたわ。一緒に遊べなくて寂しかったけど……そうじゃない、それはどうでも良くて、とにかく一生懸命だった。そんな功己がわたしには眩しかったの」
そう。
努力はしてきた。
でも、今の状態と関係があるのか。
「だから、わたしも無理して功己を誘わなかった。功己の態度に納得いかないことも結構あったわ。でも、どんな時も努力を続けている姿を見ていたから……。そんな功己は一度の失敗くらいで落ち込んでなかったでしょ」
「……」
「だから、失敗なんか気にしなくていいわよ。功己がずっと落ち込んでいる姿を見たら、その、わたしも困るわ」
励ましてくれているんだよな。
「『憂鬱な気持ちも身体を動かせば回復するもんだ。身体が精神を強くするんだ』これ、功己の言葉よ」
「……」
こんなこと幸奈に言ったんだな。
今さらながら恥ずかしい。
「そんなにその失敗が気になるなら、まず動けばいいんじゃないのかな」
「……そうだな」
まずは行動。
部屋に籠っていても仕方ない。
正直、今回の失敗は今までにないものだけれど、だからといって、いつまでも何もしないわけにはいかない。それなら、早めに行動する方がいい。
「いいこと言うな」
「そうでしょ」
もう、ウィルさんを助けることはできない。
でも。
オルドウに行って、ウィルさんの仇を取ってやる。





