第11話 検証 1
「もう、30分も遅刻だよ」
幸奈とのお茶の約束。
かなり尻込みしていて、できるなら避けたいなんて思ってもいたけど。
いざ、時間に間に合わないとなるとそれどころじゃ無い。そりゃもう、急いだというもんだ。
それでも、30分の遅刻……。
「ごめん、大学でちょっと手間取って」
こんな謝り方で良かったか。
「ん……午前中に授業終わってたんでしょ」
幸奈も同じ大学に通っている。
なので、こちらの授業のことも把握しているんだよな。
「まあ、色々あるんだ」
「そうなの」
「やることが多くてな」
大学生活は20年近く前のこと。
今日は図書館に籠るのではなく、授業に出たのだが、まあ大変だった。
とにかく、忘れていることが多い。
人の顔なんかもあまり覚えていない。
親しそうに話しかけられた相手に、「誰ですか?」なんて聞けないしな。
「ふぅ~ん、何があってもいいけどさ、30分遅れるのはどうなの?」
「だから、ごめん。お茶を御馳走するから許してくれ」
「仕方ない、今日はそれで許してあげるよ」
「……ああ」
幸奈の反応に特に変わった様子は見られない。
それに、あまり怒ってもいない。
この喋り方で良かったみたいだ。
「じゃあ、珈紅茶館に行こうか」
「えっ、そこなの?」
「ここから近いからさ。今日は少し遅くなったし、それに暑いから」
駅近くにあるレトロな喫茶店。コーヒーの味もさることながら、店内も渋くて俺は気に入っている。実は40歳になった今も、今じゃないか、とにかく実家から離れて暮らしている40歳の俺も年に数回は来る店だ。
20歳の幸奈との会話は、そんな俺のホームグラウンドで行いたい。
「仕方ないなぁ~。まあ、確かに暑いしね」
「本当に暑いな」
「汗が止まらないよ。早く行きましょ」
既に夕方ではあるけれど、初夏の日差しは侮れない。
40歳当時の日本では、温暖化だ猛暑だと騒がれていたけれど、今の日本も十分暑いぞ。
そんな暑い中、幸奈はジーンズに長シャツという服装。
そう言えば、幸奈は昔から夏でも長袖を着ていたよな。
懐かしい。
徒歩で3分。
2人で歩くことに緊張することもなく、すぐに到着することができた。
席に着くやいなや、俺はコーヒーを注文。幸奈はケーキセット。お詫びだから、何でも注文してくれ。
「暑いのに、やっぱり、ホットコーヒーなんだ?」
「この店はホットだろ」
「ふふ、そうかもね」
そう言う幸奈はアイスコーヒーとケーキのセットだけどな。
「それで、最近どうなの?」
「うん?」
何のことだ?
最近といっても、俺にとっては20年前のこと。
全く見当がつかない。
店内の冷房で止まりかけていた汗が噴き出てくる。
「だ、か、ら……あっ、ごめん」
幸奈が話し出そうとした時、携帯電話の着信音。平成前半に流行った曲だ。
この当時はスマホじゃないし、着メロなんてものをみんな使ってたんだよな。
懐かしくなってくる。
まあ、当時の俺は携帯電話を持っていなかったんだけど。
「えっ、今から……。遠くじゃないです、でも……」
何かあったのか。
急用か?
「分かりました……今から帰ります」
おっ、帰るのか?
「功己、ごめん」
電話を切った幸奈が両手を合わせて頭を下げてくる。
「どうかした?」
「ちょっと家で急用ができて」
「ああ、それならいいよ。こっちは急用でも何でもないんだから」
というか助かる。
幸奈とふたりきりのこの時間。
ここ数分で少し慣れてはきたものの、それでも気まずい気持ちは残っている。
何より、話も食い違いそうで色々と大変なのは明らかだから。
「ごめん、今日の代わりに明日はどうかな?」
「明日かぁ……」
「ダメ?」
上目遣いで見てくるな。
断りづらいだろ。
「そうだなぁ、明後日ならいいけど」
今夜から明日いっぱいは大学も休んで異世界オルドウの街に行くつもりだから。
「了解。じゃあ、明後日も今日と同じ時間に駅待ち合わせで」
「分かった」
「ありがと。じゃあ、ごめん、先に帰るね。あっ、ケーキ食べておいてね。これ、代金。功己の分も御馳走するから。遅刻のお詫びは次回ご馳走してね」
早口にそう言って、小走りで出て行った。
よっぽど急ぎの用事なんだな。
「ふぅ~」
さて、時間ができたぞ。
どうする?
早めにオルドウに行くか。
幸奈が帰った後、ひとりでコーヒー2杯とケーキをいただき、すぐに帰宅した俺はそのまま部屋にこもり異世界行の準備をする。
前回はシャツの上からマントを羽織っていたのだけど、少し暑かったんだよな。オルドウの街は日本の今の季節に比べたら気温も湿度も低いと思うが、それでもマントを着て歩き回るのは少しキツイものがあった。
なので、今回は昨日オルドウで購入した服と日本の服を使ってマント無しでも目立たない服装で向かおうと思う。
ズボンは綿のパンツで色はベージュ、シャツは購入したばかりの七分袖の丸首のシャツ。素材が何かは分からないけれど、生成りの色合いで俺のマントと同じように目立たない色をしている。若干ザラザラしているため、あまり着心地が良いとは言えないが、少し大きめのサイズをゆったりと着ているので、それほど問題はない。
靴はスエード素材の合成皮革で色はズボンよりも濃いベージュ。靴裏はクッションが効いたゴム素材なので長時間歩いても足に優しいはずだ。
前回の異世界探索で周りを観察したところ、ズボンは日本の綿パンで地味な色合いなら問題なし、靴もサンダルのような靴かスエード調の革靴っぽいものを多くの人が履いていたから、こちらも日本の靴でも大きな問題はないだろう。シャツはデザイン的に異世界物の方が良いと判断して数着購入しておいた。
この組み合わせで、あちらの世界の人々の服装にかなり似せることができたと思う。
今回マントは使用せず鞄に入れて持って行くつもりだ。その鞄は筒形ワンショルダーのボンサックバッグ。これもあちらの人たちが持っていた鞄に似ている物を探して今回新たに購入したものだ。
これで前回よりあちらの世界に馴染んだ外見になるはず。
服装、持ち物問題なし。
家族にも、今日は疲れているのでもう寝る、明日も昼までゆっくりすると連絡済み。勝手に部屋に入られると困ったことになるけど、うちの家族はそういうことはあまりしない。
まっ、入られたら入られたで、帰還後ごまかせばいい。
これで明日の夕方くらいまでたっぷりあちらの世界に滞在できる。前回と同じだとするなら、日本時間で22時間程度、異世界での時間の流れに換算して44時間程度滞在する予定となる。
「現在、日本時間の19時。全て問題なし」
2階の自室を出て、静かに階下へ。
家族に気付かれないように廊下を進み物置部屋に入る。
誰にも見られることなく到着。
今回はここから異世界に移動する。
というのも、異世界間移動の際の法則を確かめておきたいからだ。
ということで。
「異世界間移動!」
軽い浮遊感の後、到着したのは……夕連亭の室内だよな。
室内を見回してみると、机の上には書置きと5マルク。
間違いない、俺が借りた部屋だ。
「よし、よし」
これで異世界間の移動に関して1つのルールが推測できる。
初回は俺の自室から異世界の路地裏に移動、次に夕連亭の部屋から俺の自室。そして今回が自宅物置部屋から夕連亭の部屋へと移動したことになる。
あの路地裏は子供の頃に見た異世界の風景にそっくりだった。
つまり……。
どこから異世界間移動を発動しようと前回の異世界間移動時の出発地点に戻ることができる、ということになるんじゃないか。
この推測が正しいならありがたい。
まだ試行回数が少ないから確定はできないが、次の移動で物置部屋に戻ったなら、ほぼ確定と考えてもいいだろう。
移動に関してはこれで良しとして、次は時間だな。
前回夕連亭を出たのが異世界の夜、時間は不確かだが夜なのは間違いない。で、俺の腕時計による日本の時間の流れでは午前9時だった。つまり、異世界では日本時間にして12時間滞在していたはずだ。
それが、日本に戻った際の時刻は午前3時だった。ということは、異世界の12時間が日本の6時間になるということだろう。
その計算でいくと、今回の日本滞在は午前3時から午後7時の16時間なのだから、異世界では32時間経過しているはず。
「……」
なんだけど、机の上には書置きと5メルク。
1日以上経過しているなら、机の上にそのままってことはないよな。
「これは……」
時間の流れに関しては考え違いしているということなのか?
窓から外を眺めてみる。
今まさに朝日が昇ってきたところだ。
美しい眺めだけど、今は景色を楽しんでいる余裕はない。
うーん。
32時間経過したと仮定するなら、朝日が出るような時間はぴったりなんだが。
考えても無駄だな。
とりあえず外に出て話をしてみよう。
食堂なら誰かいるかもしれない。
とその前に。
ステータス確認だ。
有馬 功己 (アリマ コウキ)
20歳 男 人間
HP 110
MP 75/155
STR 183
AGI 125
INT 211
<ギフト>
異世界間移動 基礎魔法 鑑定初級 エストラル語理解
セーブ&リセット(点滅)
セーブ&リセット 1
<所持金>
13、870メルク
<クエスト>
1、人助け 済
2、人助け 済
やはり魔力は75になっている。
異世界間移動で80の魔力を使うのは確定だな。
2つ目のクエストが完了しているのは、道案内をしたから。
そして、セーブ&リセット。
こいつがまた。
……。
セーブ&リセットが増えているのは、鑑定で確認したところ、これもクエストの報酬だと分かった。
分かったのだけど……。
こんな凄い特典が簡単に貰えて良いのかと、本当に戸惑ってしまう。
1度目はサービス的なものと思えば、まだ受け入れ易かったが。
2度目の人助けで、こんなものを貰えるなんて。
正直なところ、2つ目が手に入るとは思っていなかった。
考えているようで、実はそれほど深くは考えていなかった。
軽く考えていたんだ。
だけど、こうなると。
ちょっと怖くなる。
いや、かなり怖いな。
3度目4度目も続けば……。
本当にいいのか、これで。
確かに、見知らぬ地である異世界で冒険する身としては、セーブなんて幾つあってもありがたいだけ。貰えるだけ貰った方が今後は楽になる。
とはいえ、こんなとんでもない力を何度も使えるとなると、色々と勘違いしてしまいそうだ。
剣術や体術などは自分の努力によるもの。
魔法は貰った力とはいえ、その後は自分で鍛錬を重ねてきた。だから、これも努力の成果だと考えられる。
鑑定や言語理解はまあ置いておくとして、今俺の持つ力は概ね30年の努力の賜物だと思っている。
このセーブ&リセットは……。
努力も何もあったもんじゃない。
それなのに、とんでもない効果を発揮してしまうものなんだ。
こんなものを複数持って、それに慣れてしまったら。
普通ではいられないよな。
過ぎた力は身を滅ぼす……苦労もなく手に入れた力なら、なおさらだ。
まあ、神様からギフトを貰った俺が言うのもどうかと思うが。
……。
今後、仮に複数所持したとしても、十分に注意する必要がある。
もう既に一度セーブを使ってしまったが、リセットは命に関わるようなことがない限り使わない方が良いかもしれないな。
二度目のセーブもそう。
保険的な使用に留めるべきだ。
……。
まさか、セーブという力自体がこちらの世界では珍しくないことだとか。
それなりの人が使えるとか。
そんなことはないよな。





