後日譚その7 転生うさぎとクリスマスパーティー
月の領域でのある日のことです。わたしはふと思い立って給仕の為に控えている弥生に〈念話〉スキルを使って声を掛けました。
(…弥生、今は何月の何日でしたっけ?)
「12月の15日で御座います」
わたしの突然の脈絡のない質問にも即座に答える弥生。さすがです。
改めてこの世界の暦についてお話しをしておきましょう。1日24時間で1ヶ月が30日。年終わりの2日間と年始めの3日で合計365日あります。日数だけならば地球と同じですね。
それと日本と違って分かりやすい四季というものはありませんが、季節によって寒暖差はあります。国によって差異はありますが、大陸全体の傾向として夏はとても暑く、冬はとても寒いという感じです。ひょっとしたらこの大陸は世界地図的に北に位置するのかもしれませんね。地球でこの世界に一番近い気候はイタリア辺りですかね。夏が40度、冬がマイナス5度くらいと言われている場所です。この大陸も大体そんな感じです。
いろいろと言いましたが、私の住む領域内では気候を弄れるので、普段は四季による温度変化を過剰にしないくらいにとどめて、常に過ごしやすい湿温を保っています。温度変化を消さないでこんなめんどくさい仕様にした理由は、気温を一定にすると今が外の世界でどれくらいの季節なのか分かりにくいという弊害が出るからです。公国出身者は他国に出るとそういう意味でいろいろと大変らしいです。常に一つの季節でしか暮らしていなかったせいで、季節ごとの服なんて持っていないらしいですからね。ってそんなことはどうでも良いのです。
12月の15日ということは、もう今年もあと僅か…。の前に地球ではとあるイベントがありましたね。そうです。クリスマスです。この世界ではそういった文化はありませんが、折角思い出したのでやりましょうか。
というわけで、まずは話の分かる分身体(永久)を召喚します。
「またくだらないこと始める気ですね?」
いつも思うのですが、分身体のくせに偉そうではありませんか?わたしが本体なのですが。
「そう思うのならば、もう少し本体らしい威厳を備えてください」
(…心を読んで会話しないでください。それでは、諸々よろしくお願いしますね?)
「はいはい。仕方ありませんね」
飾り付け云々は永久に任せて、わたしはケーキとチキンの用意をしましょうか。
と思ったのですが。
(…ケーキってありましたっけ?)
「少なくとも、記憶の中にはありませんね。聞いてみたらどうでしょう?」
(…そうですね)
あの三人ならば通信の魔術具を使っても良いのですが、ここは普通に〈思念伝達〉スキルを使いましょうか。
(…セラさんとエルさんとクーリアさん。今大丈夫ですか?)
(はいはーい。執務中だけど大丈夫だよ)
(私の方も暇しているから大丈夫よ)
(私も大丈夫です。新しく来た本の整理をしていただけですので)
『白の桔梗』…一応冒険者パーティーとしては解散しているのですが、わたしの中ではこの名前での印象が強いので未だにパーティー名で呼んでいます…のメンバーに声を掛けたわたしは、早速ケーキについてと、ついでに良さげな鶏肉の話を聞いてみました。
(えーっと…。けーき?誰か分かる?)
(ごめんなさい。ちょっと分からないわ)
(私も聞いたことが無いですね。ただ、集まって来た本の中に今は亡き国の本も混ざっているので、そこから料理の本がないか探してみます)
ケーキのほうは残念ながらハズレですね。クーリアさんの調査に期待しましょう。最悪は素材から集めて手作りするしかないですね。素材は探せばあるでしょう。万が一存在していなかったらクリスマスケーキは別のもので代用することにしましょうか。
(鳥肉に関しては、ロック鳥っていうAランクの鳥の魔物の肉が最高級食材として知られているよ)
(ロック鳥ならば不死鳥に聞いて見なさいな。あの辺に生息していたはずよ)
(ロック鳥ですか…。私は一度も食べたことないですね)
ふむふむ。ロック鳥ですか。地球でも伝説として語られている巨大な鳥ですね。伝説といっても、大型の鳥を大昔の人が見てそれを誇張して語り継がれて出来た存在の可能性があるそうですが。この世界ではきちんとロック鳥という名前の魔物が居るのですね。
それぞれにお礼を言って通信を切ります。いろいろと追及がありましたが、クリスマスはわたしの領域の身内のみでやる予定なので適当な事を言って誤魔化しておきました。あ、でも、クーリアさんには後でこっそり教えてあげないといけませんね。
さて、ケーキの情報が得られませんでしたので、とりあえず居場所が判明しているチキン…ロック鳥の方から攻めましょうか。永久の方は…ミラーにクリスマスについての概要を伝えたところのようですね。ミラーから各聖獣達に話が通るでしょうから、これでだいぶ楽になるはずです。って、永久が卯月と遊び始めたのですが…。まぁ、ミラーの代わりをしなければなりませんし、仕方ありませんか。
再び〈思念伝達〉を使って今度は『炎熱の領域』の管理者である不死鳥のフェニさんに連絡を取ります。件のロック鳥が居るのがあの山らしいですからね。念のためです。
(あら?突然どうしたの?)
(…ちょっと聞きたいことがあるのですが)
わたしがロック鳥について聞くと、フェニさんは確かに山の中に巣があると答えました。
(ロック鳥なんてどうするつもりなの?)
(…ええと。食べようかと思いまして)
(そうなの?それなら今度手土産に持っていきましょうか?)
(…いえ、わたしが狩って領域の皆さんと食べようと思っていますので)
(そう。トワのところは本当に仲が良いわね。そういうことなら、私は手を出さないわ。ただ、領域の外であまり派手な戦闘はしないでね。直してもらうわよ?)
(…ええ。それはもちろんです。…それと、念のために聞いておきたいのですが、ケーキをご存知ですか?)
(けーき?ごめんなさい。聞いたことはないわ)
神獣はとても長く生きている魔物で、いくつもの人類の繁栄を見てきています。ひょっとしたら、ご存知ではないかと思って聞いてみたのですがやはりダメでしたか。わたしが落胆しているとフェニさんか「でも…」と話を続けます。
(ひょっとしたらリルが知っているかもしれないわ。神獣はあまり人の世界に降りないけど、あの子はしょっちゅう人里で遊んでいたから)
(…なるほど。ならばリルさんにも聞いてみることにしますね)
(力になれなくてごめんね?)
(…いえいえ、フェニさんにはいつも助けられていますよ。では、また後ほど)
〈思念伝達〉を切り、弥生の方に体を向けます。すると、弥生がさっと目の前まで移動してきました。なんだか、メイドっぽいですね。今度メイド服でもプレゼントしてあげましょうか。でも、巫女服も似合っているのですよね。似合っているというか見慣れてしまっただけですが。
(…ちょっとフェニさんのところに行って来ますね。すぐに戻ってくると思います)
「畏まりました」
弥生に見送られながら、転移でささっと『炎熱の領域』にとびます。フェニさんに用事は無いのですが、近くをうろつくので挨拶くらいはしておかないといけません。
領域内に転移して、すぐ傍にあった適当な岩の上で待っていると、すぐにフェニさんが鳥の姿で現れました。鳥と言っても、虹色の翼を持ち、羽ばたくと虹色の軌跡を残すとても綺麗な鳥です。不死鳥というよりは鳳凰っぽいですよね。
(…こんにちは、フェニさん)
わたしが声を掛けると、フェニさんが目の前に着地しました。同時に虹色の羽根がいくつか舞い散っていたのでいくつか回収しておきます。
(こんにちは、トワ。何やっているの?)
(…フェニさんの羽根はとても高品質な材料として使えそうなので)
(それを本人の前でやるのは失礼じゃないかしら?)
(…ですね。本題に移りましょう)
フェニさんに怒られたくはないので早々に羽根の回収をやめます。それでも。既に回収した羽根を返す気は無いので手早く収納魔法に仕舞って、さっさと話を進めることにしました。
フェニさんは少しの間じとっとわたしを見ていましたが、やがて諦めた様に顔を横に振り、〈思念伝達〉でここら辺一帯の地図を見せてくれます。
(トワの連絡を受けてからちょっと領域内を調べてみたら、ロック鳥の変異種を見付けたの)
(…ほう。どの変異ですか?)
(巨躯ね)
それは都合が良いですね。魔物の変異にはいくつか種類があって、同じ個体が分裂して、二体同時に倒さないといけないやつだったり、子を生み出すものや、特定の能力が異常に強化されたり、非常に賢くなったりと多種多彩にあります。その中でも最も多い変異種が『巨躯』と言われるもので、その名の通りとても体が大きくなり、それに比例して魔力量も跳ね上がります。単純にして強力な変異と言えるでしょう。で、何故巨躯が都合が良いのかというと。
(…それはお肉が沢山とれそうですね)
というわけです。体が大きくなっているから当たり前ですよね。
(…それにしても、何故魔物の変異種は巨躯型が多いのでしょうね?)
わたしが今まで会ったことのある変異種も巨躯型が多かったですし、頭脳型や母型なんて見たことありません。何か理由でもあるのですかね?
わたしの疑問に、フェニさんはあっさりと答えてくれました。
(それはそうでしょうよ。魔力が異常に増えた時に一番楽な変異方法が体を大きくすることだもの。体を大きくすることで体内の魔力の濃度を下げて、魔力を扱いやすくするのよ)
(…へぇー。そうだったのですか)
それに、体内の魔力濃度が高いと魔力の扱いが難しくなるなんて初めて聞きました。でも言われてみれば、体の体積の大きい人型と今のうさぎ型とでは魔力の制御に若干の違いはありますね。なんというか、うさぎ型の方が魔法の威力が高くなって手加減しにくいのですよね。これは魔力濃度の問題だったのですね。…まぁ、正直わたしからしたら微々たる差なのですが。
(…では、わたしはロック鳥を狩りに行きますね。フェニさん、情報提供ありがとうございます)
(こんなのなんていうこともないわよ。また近々そちらの領域にお邪魔するわね)
(…はい。待ってますね。あ、でも25日は身内で小さなパーティーをやる予定なので遠慮してください)
(あら。その為のロック鳥というわけね。了解したわ。他のメンバーが乱入しないように目を光らせておくから安心して)
(…それは本当に助かります)
リルさんとオロチさんとか、パーティーなんて言ったら「宴じゃあ!!」とかいって来そうですからね。フェニさんのお言葉に甘えてけん制してもらいましょう。
フェニさんと別れ、ロック鳥の巨躯型変異種をサクッと倒し(戦闘シーンは割愛します。魔法でちょちょいっとやっただけなので)収納に仕舞います。でも、巨躯型でとても大きな鳥とはいえ、わたしの領域の住民全員分にはさすがに届かないので、領域外から少し調達しましょうか。…住民といっても、元動物組はほとんどがお肉を食べませんけどね。
そんな感じで月の領域のクリスマスパーティー企画が始まり、わたしは主に食材の調達に奔走し、弥生やベガ等の料理が出来る人たちに食料を渡していろいろと作ってもらったり、永久の総合監修による月の領域全体の飾りつけが行われ、元動物達は木の実やら何やらを持ってきて各地の聖樹に飾り付けたり、聖獣達はカーバンクル達が〈魔宝石生成〉スキルで生み出した小さな魔宝石なるものをあちこちに飾り付けて、魔力でピカピカ光るイルミネーションを作ったりなどをしていました。
人族が出入りしている区画にも、人に見付からないように、如月やスライムちゃん、オボロなどの隠密に秀でたメンバーが飾り付けを行い、やってきた人達を驚かせています。人族への説明は教会に居るプリシラさんに任せました。
あ、そうそう。ケーキについてですが、クーリアさんが昔の書物からそれらしきものを見つけ出し、各地で食材を買い揃えてから領域に帰ってきました。製作は料理担当の仕事なので量産してもらっています。作った料理は一旦わたしかクーリアさんの収納で保管しているので、どんどん作っても問題ありません。わたし達のは時間が止まっている特別製の収納魔法ですからね。でも、さすがに作りすぎですね。ちょっとだけ今居る人族に分けてあげますか。パーティーですからね。
それでもちょっと余りそうだったので、身内でこっそりやる予定だったのを変更してやっぱり神獣達にも来てもらうことにしました。弥生が張り切り過ぎなのですよ。
別に無理に消費する必要もないのですが、パーティー用で作ったものはその場で全部片付けたくなるのですよね。余り物って思うと食欲が湧かないのです。
セラさん達も都合が合えば月の領域の教会に来て参加していいことにしましたが、セラさんもエルさんも忙しそうなので今回は見送りになりそうと言われました。今回はと言われても、次回もやるとは限りませんがね。
そして、とても忙しい10日間があっという間に過ぎて、12月25日。クリスマスです。この世界にはありませんがね。
「「かんぱ~い(じゃ)!!」」
わたしが音頭をとる前にパーティーという名の宴会を始める神獣が居ますが、あれはフェニさんに任せましょう。冷ややかな笑みを湛えて蒼い炎を手のひらで弄びながらリルさんとオロチさんのところに行っています。合掌しておきましょう。南無ー。
「アホなことをやっていないで早く始めてください」
「…わかっていますよ」
今日のわたしは人型です。食事はこっちの方が楽ですからね。さて、では始めますか。
〈念話〉でこの領域のそれぞれの場所に集まって待機している全ての人達にわたしの声を伝えます。
(…今日はクリスマスです。と言ってもわからないでしょうから、一年の終わり頃に行うただのパーティーだと思ってください。我が領域の住民達、それに今回たまたま居合わせた人族の皆さん、今日くらいは日頃の仕事も忘れて楽しんでください)
そこで一度言葉を切り、領域の設定を弄る端末を取り出しました。そして、とある操作をします。
(…ささやかなものですが、わたしから皆さんへのプレゼントを贈りましょう。では、存分にお楽しみください)
〈念話〉を切ると同時に領域の空から雪が降ってきました。いえ、正確には降らしました。それも、ただの雪ではありません。普段は辺りを漂っている魔力の粒子を虹色に光らせて降らせているのです。
領域のあちこちから驚きの声を聞き取りました。わたしの居る中央広場もざわざわとしています。
「ファンタジー世界も顔負けのファンタジーな景色ですね」
「…ふふん。たまには誉めても良いのですよ?」
「ふふ。誉めはしませんが、今日くらいはこの言葉を贈りましょう。『メリークリスマス』」
永久が微笑みながら地球でのクリスマスの言葉を言いました。地球ではこのようにパーティーをしたことはたぶん無いと思いますが、知識としては知っています。しかし、永久の微笑みは凶悪ですね。わたしよりも女神です。
「きゅいー!!!」
「あーもう、卯月。人の姿で食事をしなさい。暴れないの。…え?他の場所も行ってくる?仕方ないわね。如月、ついていってあげて。私は主様の給仕があるから…」
「…弥生も行ってきて良いですよ。今日くらいは家族水入らずで楽しんでください」
わたしがそう言うと、しばらく逡巡した後、卯月を抱えて如月を隣に伴って中央広場から離れていきました。
弥生達を見送ったわたしは、他の場所に視線を移します。
「…スライムちゃん、ロック鳥の丸焼きは美味しいですか?」
わたしの質問にぷるんっと嬉しそうにスライムちゃんが震えました。それは良いのですが、あれだけ大きいロック鳥(追加で討伐した変異種ではない奴です)を一匹丸々スライムの体に入れてゆっくりと溶かしている姿はちょっと食欲を失いかねません。わたしはそっとスライムちゃんから目を逸らしました。
「ほら、遠慮せずに食べてください」
「いや、あの、その、じ、自分でやりますので…」
「こうでもしないと遠慮するでしょう?ほら、飲み物ですよ」
気付けば永久がクーリアさんに食事を勧めていました。結局セラさんとエルさんが来られなかったこともあって、最初はちょっと遠慮気味でしたが、あの調子ならば永久に任せておけば大丈夫そうですね。クーリアさんの顔が真っ赤ですが、間近で永久の微笑みをずっと見ていればああもなるでしょう。わたしは無表情なのでああいう顔は出来ないのですよね。わたしの無表情に慣れている人ほど、彼女の微笑みは効果がばつぐんらしいです。意味はよくわかりませんけど。
何かに目覚めそうな感じのクーリアさんは永久に任せて、スライムちゃんの側に座っているオボロに声をかけました。前髪で隠れていて片目しか見えませんが、楽しそうに月色の瞳が輝いているように見えます。
「…オボロもこちらの食事には慣れましたか?」
わたしの言葉に、器用にお箸でロック鳥のから揚げを食べていたオボロが中性的な顔で魅力的な笑顔を浮かべながらこくこくと頷きました。
「うん!ダンジョンコアとしてずっと籠っていた時は食事なんてなんの興味も無かったけれど、こうして美味しいものを食べるというのはとても心が満たされていく感じがするよ!」
「…そうですか。お気に召したのなら良かったです」
ダンジョンコアが食事なんてしないでしょうからね。特にずっと孤独の中で過ごしてきたオボロにとっては、こうして大勢が騒ぐ中での食事に思うことがあるのかもしれません。
しかし、オボロはスライムちゃんと一緒に居ることが多いのですよね。何か波長でも合うのでしょうか?
それは置いときまして、わたしは他の場所の様子を見に席を立ちました。
聖獣達も交代制であちこちに給仕をしているようで、今はちょうど聖獣達のリーダー格が全員揃ってロック鳥の照り焼きを食べていました。珍しく人型ですね。聖獣は滅多に人型にならないので、全員が人の姿をして集まっているのを見るのは新鮮です。
「…楽しんでいますか?」
「あ、トワ様。見ての通り、楽しんでいますよ」
聖獣達の集まりに声を掛けたら、ミラーが一番に反応しました。やや遅れて他のメンバーからもそれぞれ挨拶されます。それを片手を上げて止めさせてから、食事を続けるように促します。
「…しかし、皆さんの人の姿は新鮮ですね。ベガはたまに見かけますが」
「あたし達は自分の種族としての姿に誇りを持っていますからね。今は食事をするために特別です」
「…それならば、他の広場に集まっている住民達と食べてくれば良いのではありませんか?あちらは人の姿でなくても食べられるように配慮していたはずです」
「それも考えたけど、折角だから全員で中央広場に集まるのも良いんじゃないかと思ってね」
「ここに全員が集まるのは、トワ様に初めて会った時以来ですから」
ラタトスクのラスクとアスクレピオスのレピオスが会話に交ざって来ました。しかし、ラスクもオボロに似て中性的な顔してますね。声もどっちつかずですし。性別どっちなんでしょう?
それから、わたしも聖獣達の集いに混じっていろいろな話を聞きました。一番驚いたのが、元々は聖獣達は全く別々の場所に棲んでいたらしいです。元の住処が暮らしにくくなってきて、徐々に集まってきて今のような多種多彩な聖獣達が一緒に活動するようになったとのことです。ちなみに、これも意外だったのですが、実は聖獣達の中で一番の古参はミラーらしいです。でも、他種族を纏めるような器量やカリスマは持ち合わせていなかったのでリーダーはベガに譲ったのだとか。ですが、魔力量や総合的な戦闘能力はベガよりちょっと上らしいです。道理であんなに卯月の相手が出来るわけですよ。
そんな新たな発見もありましたが、他の場所にも顔を出しに行こうと思い、聖獣達をそれぞれ労ってからその場を後にしました。
それからもまぁ、神獣達のバカ騒ぎをフェニさんと一緒に止めたり、教会に居るプリシラさんの様子を見に行ったり、教会に集まっていた人族達の様子をこっそりと見たり、各地の広場に居る住民達にあいさつ回りをしたりとそこそこ忙しく移動していたら、あっという間に時間が過ぎて夜も遅い時間になっていました。
中央広場に戻ると、「貴女も周りばかり見ていないで食べなさい」とフェニさんに甲斐甲斐しく世話を焼かれたり、戻って来た弥生達と一緒に食事をしたり、また馬鹿騒ぎを始めた酔っぱらいを折檻したりなど、気付けばあんなに用意していた大量の食事が終わってしまいました。
出せる食事が終わったところで宴も流れ解散となり、弥生とベガが筆頭になってそれぞれ後片付けが始まります。
「あ、そうだ。…はいトワ、プレゼントよ」
フェニさんが帰り際に綺麗にラッピングされたものを手渡ししてきます。どうみてもプレゼントボックスです。
わたしが驚いて固まっていると、フェニさんがいたずら成功だと言わんばかりにくすくすと笑いだしました。
「クリスマスはこういうものなのでしょう?」
「…何故知っているのですか?」
クリスマスはこの世界に存在しない概念です。フェニさんが知っているはずがありません。わたしが疑問に思って問い掛けると、フェニさんがくすくすと笑いながら視線を逸らしました。その視線の先には永久が手の空いた聖獣達に指示している姿があります。わたしを通して視線に気付いた永久がこちら振り向きました。どうやら覚えが無い様で首を横に振っています。まぁ、彼女が知っていてわたしが知らないはずが無いですからね。心の声はある程度隠せますが、見聞きした記憶は一つの存在としてリアルタイムで共有していますので。
訳が分からず首を傾げていると、フェニさんがふふっと笑ってウィンクしました。フェニさんって基本的には真面目な人ですけど、時々お茶目ですよね。
「永久経由から聞いたけれど直接では無いわよ。弥生に頼んで聞いてもらったの」
「…なるほど」
言われてみれば、弥生が飾り付け指示をしていた永久にさりげなく質問していましたね。永久もそこから伝わったのかと納得しています。
「というわけで、私からのプレゼント。本当はあのアホ共にも用意させる気だったんだけど…」
「…お気持ちだけ貰っておきます」
「でも、ケイルとウロボロスからそれぞれ希少な素材を貰っているわ。好きに使ってちょうだい」
「…ありがとう御座います。…でも、ケイルさんは先程まで居ましたよね?なぜ直接渡さなかったのでしょう?」
ちなみにウロボロスさんは面白そうだけど自分が行くと他の者が畏縮するからと来ていません。気を使わせてしまったみたいなので、とりあえずお肉とケーキはあげておきました。たぶん、向こうで食べているでしょう。
「ケイルは直接渡すのが恥ずかしいそうよ。俺には似合わない。ですって」
「…あの人意外と繊細ですよね」
これらの素材はありがたく貰っておきます。わたしは場所と食事しか提供してないのですけどね。まぁ、くれるというならば遠慮するのも野暮でしょう。
フェニさんからのプレゼントはフェニさん自作の腕輪でした。素材がオリハルコンとフェニさんの羽根という豪華な代物です。大切に仕舞っておきましょうね。
フェニさん達を見送ると、今度は弥生達がやってきました。卯月が突進してきたのを受け止めます。追撃でスライムちゃんが頭に乗ってぷるんっと震えました。
「私達の大切な主様に、プレゼントを御用意致しました。お納めください」
「森のみんなからもプレゼントを預かっているのです!」
「如月もあるじ様にプレゼントします!」
「もちろんボクも用意したんだ。あなた様からしたら大したものではないけれど、受け取って欲しいな」
弥生からは弥生がプリシラさんと協力して裁縫で作ったというマフラーが、卯月と如月は月の領域の住民達と集めたであろう沢山の森の恵みを、オボロからはダンジョン能力で作成した水晶玉のような見た目のダミーコアを、頭の上からスライムちゃんが自分の体を少し切り離してスライムゼリーをくれました。
心の奥がぽかぽかとしてくるのを感じながら、表情だけは変えて伝えることが出来ないので、頑張って言葉でお礼を言います。でも、ダミーコアって何に使うんですか?とりあえず収納魔法につっこんでおきましょう。
「…ありがとう御座います。…その、皆さんこと、大好きですよ」
「卯月もあるじさまが大好きなのです!」
「き、如月もです!」
「ふふ。この領域に住む者は皆がそう思っています」
片付けを再開する弥生達と別れます。ちなみに、卯月と如月がまとめて寄越した森の恵みの中に、恐らくは聖獣からの贈り物であろうユニコーンの角が入っていました。…ユニコーンの月は定期的に生え代わるらしいので、ちょうど落ちたタイミングで回収したのだと後から聞きました。ですが、この時のわたしはその事をまだ知らないので、ユニコーンの角が入っているに気付いた時は聖獣達のユニコーンに対する仕打ちに唖然としていました。
それぞれと別れると、最後に後片付けの指示をしていた永久がやってきます。頑張ってくれたので労っておきますか。
「そんなついでのような労いなど要りません」
「…だから、心を読んで会話しないでください」
どうやら、心の声を隠すのは永久の方が上手いようで、わたしはほとんど筒抜けになっているのに永久が何を考えているかわからないことが多いのです。分身体のくせに生意気ですよね?
「いろいろ言いたいことはありますが、今日それを言うのは無粋ですね。ところで、これから少しだけ付き合ってもらえませんか?」
「…?珍しいですね。構いませんよ」
「では、ちょっと飛びますよ」
永久がわたしの手を握り、転移魔法を発動させます。思わず転移先を〈全知の瞳〉で確認してしまいました。わたしの産まれた場所。王国北の大草原ですね。
夜空に満天に輝く星々と、大きな満月が宵闇の草原を照らしています。
星と月がどこか見慣れた領域のものとは違うように感じるのは、わたしの領域の月が作り物だからなのか、それとも、あちらは地球の月もイメージに入っているからでしょうか?どちらも綺麗な月であることには変わりはありませんがね。
「…それで?ここで何をするのです?」
「いえ、ちょっと二人きりでお月見でもしようかと。二次会というやつです」
永久がわたしの様子を伺うようにちらっと視線を送ってきました。少しだけ不安に感じているのがわたしにも伝わってきます。
……アホですね。わたしが断る訳ないじゃないですか。
わたしの心の声が伝わったのか、永久はあからさまに安心したように頬を緩めます。そして、お互いに阿吽の呼吸でお月見セットを準備しました。
聖夜の星々と月を眺めながら、何を語るでもなく永久と並んでお団子を食べたり、時折地球での話を聞いたりしながらのんびりとお月見をします。
穏やかなで静かな時間が過ぎていき、永久がふと口を開いてこんなことを言いました。
「貴女がトワで、本当に良かったと思います」
「…何を言っているかさっぱりですが、良かったと思うならばもう少し毒舌を止めて欲しいですね」
「それはダメです。他が貴女に甘いのですから、わたしぐらいは厳しくないといけません」
「…本当に同一存在なのかわからなくなりますね、ホント」
彼女が突然二人きりのお月見に誘ったのは、さっきの言葉を言いたかったからのようです。どうせ心の声は駄々漏れなのでここで言いますが、わたしもわたしの前世が永久で良かったと思っていますよ。
こうして、最後は永久と二人だけでお月見するというちょっと珍しいことをやって、月の領域のクリスマスパーティーが静かに幕を閉じました。
永久が珍しくデレましたし、思い付きでやったにしてはなかなか楽しかったですね。覚えていれば来年もやりましょうかね。
余談ですが、わたしが『クリスマス』といった単語を使ってしまったせいで、聖国の一部の人達に毎年12月25日にクリスマスパーティーをやる文化が出来てしまいました。仕方無いので、ただパーティーをするだげでなく、プレゼントを贈り合うという知識を入れておきました。まさか人族の生活に定着するなんて思いもしませんでしたよ。