後日譚その5 転生うさぎと図書塔建設
事の発端はクーリアさんからのお願いでした。
『帝国狂乱』事件の後始末に追われるセラさんのお手伝いに出向していたクーリアさんが、今度は獣王国に行きたいと言い出したのです。確か、『帝国狂乱』事件から二年後ぐらいのことでしたっけ?
弥生は反対していましたが、わたしとしてはなんとなく獣王国に行きたそうな気はしていたので許可を出しました。名目上は獣王の結界の調査と対応です。クーリアさんがじっくりと調べればそう遠からずあの結界も解除することが出来るでしょう。
ただ、本命としては、今まで知らなかったクーリアさんの家の人達の気持ちを知ったことで、何か関わる機会が欲しいと思ったのでしょう。あの馬鹿兄弟はアホなので除外します。
結界自体は一年と経たずにクーリアさんの手によって解除されたようですが、それからさらに二年ほどは獣王国を中心に活動していました。時々は月の領域に帰ってきましたけどね。そんな中途半端な生活を続けていたクーリアさんは、ある日、月の領域に帰ってきてわたしにこうお願いをしてきました。
「勝手なのは重々承知の上でお願いしたいのですが、本格的に獣王国に住むことを許可してくださいませんか?」
(…理由を聞いても良いですか?)
弥生から刺すような視線を受けつつも、クーリアさんは自分の想いを語ります。理由も大体は察しがついていましたので、ある意味予想通りでした。
「この数年間、私は獣王国にあるブラックキャット家の屋敷で暮らしていましたが、子供の頃に私がどれだけあの屋敷の皆さんに迷惑を掛けて、それでも大切にしてもらっていたのかよく分かりました。寿命の無くなった私があの場所でずっと暮らす訳には行きませんが、せめて、あの家がある獣王国を見守りたいのです」
(…直接あの国に関わる訳では無いのですね?)
「はい。さすがに、神獣の眷族である私が人の国に深く関わる訳にはいきませんからね。ただ、見守りたいだけです」
(…そですか。良いんじゃないですか?)
「主様!クーリアは主様の眷族です。主様のために御側に寄り添うべき存在です。他の場所で暮らすなんてそんな…」
(…別に、離れていたって私の眷族であることに変わりはありませんし、大切な家族です)
「トワちゃん…」
(…満足するまで獣王国に居ると良いでしょう。ただ、この場所も貴女の居場所であることだけは忘れないでくださいね)
「はい!もちろんです!」
弥生には呆れた視線を送られましたが、わたしとしてはまあ、どっちの居場所も大切にして欲しいと思いますからね。特に、家族が居て、愛されているのならば尚更のことです。
弥生の反対には、わたしが後でちゃんと説明して説得するとして、一番の問題は彼女の暮らす場所でした。どうしましょうかね?
「今まで通り、屋敷で暮らすつもりでしたが…」
「…ダメです。対外的にも獣王国とは無関係であることを示すために、獣王国の街から離れてもらいます」
「ということは、街の外に適当な家を建てないといけませんね」
「…」
「…?トワちゃん?」
「…普通に家を建てるのはちょっとつまらないですね」
「えっ?普通で良いと思いますけど…」
クーリアさんの普通という意見を却下して、クーリアさんにどんな場所で暮らしたいか事細かに聞き取り調査をしました。結果、クーリアさんの暮らす場所には読み切れないほどの大量の本(主に魔術関係)と魔法研究や魔術具研究が出来るぐらいの広さがあれば十分だそうです。なるほど。読み切れないほどの本ですか。
まずは、その読み切れないほどの本というものを確保するために、わたしは知り合いの居る各地へと連絡をとりました。その結果、聖国からはセラさん、王国からは図書館の司書をしているレティアーナさん、エルフの里からはエルさん、公国からは四季姫を代表して桜さん、魔国からは吸血姫のアナスタシアさんという豪華なメンバーから沢山の本(意外に要らない本って多いのですね。)を寄贈してもらい、旧帝国周りからは、あの辺りを行き来できるゼロさんに依頼して可能な限りの本を集めてもらいました。
更に、意外ですが、神獣達の中にも本を持っている人が居ましたので譲ってもらうことになりました。フェンリルのリルさんとフェニックスのフェニさん。そしてなんと、ウロボロスさんも持っているそうなので、頂く事が出来ました。
なんでも、異世界に干渉する魔法について調べたり、人族の文明を滅ぼす基準の一つである、文明レベルを見る為にこうした書物を買うことがあったのだとか。異世界に干渉する魔法に関しては、それが不完全な資料だったとしても存在自体が危ういものなので、クーリアさんの家に置く場合は厳重な封印をすることが約束されました。というか、研究自体はまだ半ば(本人達が本の存在を直前まで忘れてました)だったので、建物が出来た後にでもクーリアさんに研究させてみましょうか。おや?リルさんのは娯楽本ではありませんか。まあ、貰っておきますか。
さて、本を集めていたら物凄い量になってしまったので、一旦わたしの収納魔法の中に全部仕舞っておきます。気付いたら蔵書数が王国の図書館の倍以上になってしまいました。まぁ、王国の図書館には他国の本はあまりありませんからね。
しかし、この蔵書数を保管するためには相当の大きさの建物が必要です。わたしはまず、どんな設備が必要となるのか知るためにクーリアさんを連れて王国の図書館に出向き、レティアーナさんから色々と教えてもらいました。図書館に必要な魔術具の作成はクーリアさんに任せることにします。思っていた以上に大量にありましたが、クーリアさんならばそれほど時間を掛けずに作れるでしょう。
その間に、わたしは建物の建築に取り掛かることにしました。蔵書数的に横に長くすると敷地を圧迫する恐れがあるので、塔みたいに高い建物にしましょうか。この時はそんな軽い気持ちで作り始めたのです。
本というのは日を追うごとに増えていくものです。わたしが建物の建設準備に取り掛かってる間にも各地から本が追加で集まってきます。このような状態では、普通の建物ではいずれ容量限界が来るかもしれないと懸念して、魔力で増築する建物を思い付きました。領域のように礎の核を用いれば、魔法で建てた建物を後で改築したり増築したりできるのではないかと考えたのです。それ以外にも、礎の核を用いれば様々な機能を塔に付与出来ます。防衛用の結界とかですね。
さっそく、オリハルコンの塊から礎の核となる魔術具を作って、その制御盤も用意します。それらを塔の最上部に当たる場所に配置しました。ちなみに、オリハルコンの大きな丸い塊と制御盤に当たるオリハルコンの板は管理者の魔力で染めなければならないので、領域内でわたしの月魔法『蒼月の円舞』で蒼い月を呼び出して、クーリアさんの魔力量と回復量を爆上げした状態で数週間かけて染めました。わたしなら一日で出来るのですけど、神獣の眷族とはいえ、ただの魔人のクーリアさんでは魔力量的に時間が掛かるようですね。あ、わたしも管理できるように登録してありますよ。最低限の機能しか使えませんが。
まあ、そんなこんなと忙しくしている中、ダンジョンを開設したり、他の神獣に絡まれたりなどもしていたため、クーリアさんの家、もとい『図書塔』の建設材料を全て揃えるのに数年の年月が掛かりました。
そして、材料を使って一夜で一気に建設してついに完成した図書塔の高さはおよそ200メートル。大阪にあるクロスタワーがおよそ200メートルの54階建てとなっていますので、それくらいをイメージして頂けると分かり易いかもしれません。まぁ、この後も少しずつ大きくなっていくのですが…。
高さも相当ですが、敷地面積も相応に広いです。丸い円柱形の塔なので、ぱっと見は新しいダンジョンに見えますね。冒険者が押し入ってきても大丈夫なように中の防備も整えますか。
増築に関しては、建築材料(石やら金属やら)を指定の魔法陣にまで持っていって、制御盤を操作するだけで簡単に増築が出来るようになっています。とりあえず、今後のためにと100メートルは増築出来そうなくらい保管庫に入れておいたのでしばらくは大丈夫でしょう。
住居スペースと一部の研究資料については最上部付近に設置し、上層は主に難度が高くて危険な魔法や魔術具関連の本が配置され、下層部分は世界中の国の歴史やら民謡学やら絵本やら創作話やら比較的一般的な魔法や有名な魔法学の本などなど雑多な種類が整然と配置され、一般開放して入館料をとってお金も入るようにします。
それらの説明が全て終わると、ずっと魔術具の制作をしていたクーリアさんは、始めて見る図書塔を呆然と見上げながら
「ほへぇ~。トワちゃんに任せるととんでもないものを作りそうとは思っていましたが、想像の上過ぎて言葉が出てきません」
と、呟きました。気に入った(?)ようなので問題無く今後はこちらに住んで頂くことになりました。獣王国の王都からは少し離れていますが、他に高い建物が無いので、その姿は遠くからでも確認出来ます。獣王とかクーリアさんの父親の宰相さんとかが何事だとやってきましたが、わたしが関わっていて、クーリアさんが獣王国で暮らすための家だと言い張ったら、なんだか諦めたような顔で帰っていきました。
図書塔の存在はその大きさ故にあっという間に世界中に存在が知り渡り、塔の下層部分は一般開放もしているため、人族の利用もちらほらとありました。ただ、魔人が管理しているということで忌避されている感じではありましたが。
そして、何がどうしてそうなったかは知りませんが、特に宣伝してないにも関わらず、図書塔には新しい本から古い本まで様々な本が無料で世界中の様々な人から寄贈されるようになりました。それら全てを管理するクーリアさんも最初の数年は大変そうでしたが、そのうち管理にも慣れてきたようで、わたしに泣きごとを言う連絡も無くなりました。
クーリアさんは今後の生活は図書塔がメインになりますが、一年に何回かは月の領域に帰って来るように言ってあります。帰ってくる時期は特に明言はしなかったのでお任せですが、真面目な人なので約束は守るでしょう。
こうして、世界中の本が集まるこの塔は『知識の塔』という名前で人族から呼ばれるようになりました。
いや~いい仕事しましたね。
「ところでトワちゃん」
「…はい。なんでしょう?」
「これ、本当に塔を造るんじゃなくて、空間魔法で建物の内部を拡張するだけでも良かったのではありませんか?」
「…………」
そんなことはありませんよ?空間魔法による拡張は魔力を沢山使いますし、そもそも、何かあった時に空間が消滅したら本が一気に外に出て大変ですしそれに…。
と、言い訳をしていたら、クーリアさんがとても微笑ましいものを見る目で頭を撫でてきました。わたしは貴女の主なのですが?
余談ですが、フェニさんが「あら、良い止まり木ね」とか言ってちょくちょく屋上付近に居座るようになったとか。止まり木とか貴女要らないでしょう。理由を問い詰めたら、ただ高いところが好きなのだとか。あ、そうですか。もう好きにしてください…。