009 謎の機械に感動
街に帰還したルシアスとミオは、ギルドでクエストの報告を行う。
魔石の換金も忘れない。
「こちらが今回の報酬兼魔石の買い取り額となります」
いつものように受付嬢からお金を渡される。
その額に対して、ルシアスは不満をこぼした。
「苦労したわりにしょぼいな……」
クエスト報酬は問題ない。
最初に提示されていた通りのものだから。
問題は魔石のほうだ。
持てる量に限りがあるため、苦労に比例した額ではなかった。
ルシアスにとって、今日は人生で最も疲れた一日だ。
魔石もそれなりの額になってくれなければ満足できない。
「やはり今度からクエストは3つまでだな」
それがルシアスの結論だった。
移動するエリアが多いと疲労度が跳ね上がる。
緊張の糸が張り詰めたり緩んだりを繰り返すから。
ミオは「ですね」と同意して、こう続ける。
「時間的には問題ないですけど、体力や精神的にきついです」
「同感だ」
二人はくたびれた足取りでギルドをあとにした。
◇
「効率良く稼ぐならさー、ランクの高い魔物を狩る必要があるんだよな」
「でも、ルシアス君の目的ってお金よりランク上げですよね?」
酒場と不動産屋に行ったあとのこと。
ルシアスとミオは目的地に向かいながら話していた。
「そうなんだよ。フリッツをぎゃふんと言わせたいからな。でも金だってほしい。難しいところだ」
「自分の階級より上のクエストをこなしたら、同ランクのクエストを数回クリアした扱いにしてくれてもいいと思いますよね」
「本当だよ。昇格するには同ランク以上のクエストを500回クリアする必要がある――この条件は分かるよ。でもさ、F級のクエストを500回クリアするのとA級を500回クリアするのじゃ過酷さが違うわけじゃん。それを同じ評価ってのはなぁ」
「ですねー。あっ、ここですよ、私たちのお家!」
平屋の前で二人の足が止まった。
周囲に背の高い建物が並ぶ日当たりの最悪な家だ。
この家がルシアスとミオの新たな住居となる。
二人はこれまでの稼ぎを注ぎ込んで中古物件を買ったのだ。
固定PTの多くは一つ屋根の下で過ごしている。
その方が何かと都合がいいからだ。
「本当に日当たりが悪いですねー、これじゃ洗濯物が乾きませんよ」
「だから俺たちでも手の届く価格で投げ売りされていたんだよ」
家の鍵を開けて、二人は中に入った。
抱いた感想は、特筆することのない一般的な民家、というもの。
ダイニングキッチンや浴室など、最低限のものは備わっている。
広さも二人で使う分には問題ない。
「それでそれで、どうするんですか? 洗濯物!」
「ああ、そうだったな」
ルシアスはスマホを使って家具を設置している最中だった。
ミオに話しかけられたので作業を中断し、質問に答える。
「コレを使えば解決するはずだ」
そう言って彼が設置したのは洗濯乾燥機だ。
「なんですかこれー!?」
ミオは目をぎょっとさせて驚いた。
洗濯機や乾燥機はこの世界に存在していない。
だから驚くのは当然のことだった。
「俺もよく分からないが、洗濯と乾燥ができるらしいぞ」
「この大きな箱にそんな機能があるんですか!?」
「そのようだ。まぁ見てな」
ルシアスはその場で全裸になり、着ていた物を機械にぶちこむ。
ミオは両手を顔に当てて恥ずかしそうにしていた。
「もういいぞ」
ミオが恐る恐る目を開くと、ルシアスは新たな服に着替えていた。
「商品説明によると、ここに洗剤を入れるようだ」
「洗剤とか買っていませんよ!」
「いや、洗剤と言っても俺たちの知っている物ではないようだ」
「なんですと!?」
この世界で使われている洗剤は手のひらサイズの塊。
別の世界で「固形石鹸」などと呼ばれているものだ。
ルシアスは〈ショッピング〉で洗剤を購入した。
もちろん別の世界で使われている洗剤だ。
「これが洗濯用の洗剤らしい」
「洗濯用ってことは、この洗剤では体を洗っちゃ駄目なんですね」
「どうやらそのようだ」
ルシアスは適量の洗剤を洗濯機に入れて起動する。
洗濯機はガゴガゴと音を立てて、彼の服を洗い出した。
ホースを繋げていないのに、内部には問題なく水が供給されている。
そして不要になった水は異次元の彼方へ消えていく。
『洗濯と乾燥が終わりました。取り出してください』
機械音声が終了を告げる。
洗濯開始から10分後のことだった。
「えっ!? もう終わったんですか!? というか喋りましたよ!?」
「コイツ、人格が宿ってるのか!?」
二人は驚きながら洗濯機に話しかける。
おーい、こんにちは、貴様の名は? 等々。
しかし、洗濯機はうんともすんとも言わなかった。
「どうやら決められたセリフだけを言うようだな」
「不思議ですねー。って、見てください! 洗濯物が乾いていますよ!」
洗濯乾燥機から服を取り出して目を煌めかせるミオ。
「それに服が新品同然のふわふわになっているぜ」
「これがあれば日当たりとかどうでもいいじゃないですか!」
「だろー?」
ルシアスは得意気に微笑む。
この時、二人は洗濯乾燥機に夢中で忘れていた。
ベッドルームのことを。